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90.花火大会 その2

 バルコニーに出て東の方向を見つめていると、大きな音と共に花火が打ちあがる。

 女子三人でそれを眺め、めいめいに感嘆の声を漏らした。


「いいな~。あたしの家からじゃ見えないし、現地に行くのもちょっと遠いんだよね」

「確かに、愛奈の家からだと送迎してもらわないとキツいね」

「へぇ、彼氏とは行かなかったの?」


 真由香の意地悪が始まった。美也子は拳を握り、暴力による制止の準備に入る。


「……まーくんとは、去年は名古屋港の方に見に行ったの」


 上空を見上げたまま愛奈はぽつりと言う。真由香はつまらなさそうに続けた。


「ふーん、その後、どこかにしけこんだの?」


 美也子には、その言葉の意味がすぐに分からなかった。


「ううん、ちゃんと家に帰ったよ~。親が心配するじゃない」

「あっそう」

「親がいない日にすればいいから」


 あっさり言ってのけた愛奈に、美也子は一瞬『親のいない日に何をするのかな』と考え、そして赤面する。

 真由香を見ると、騒ぎ出そうと何かをもごもご言っていたので、牽制しておいた。


「真由香ちゃん、お菓子食べる? アイスもあるよ」


 エイミの真似をして、有無を言わさぬ笑みを作ってみた。その物真似が上手(うま)かったせいだろうか、不満そうにうつむいただけで、真由香は結局何も言わなかった。

 

 それから菓子をつまんだり、真由香と愛奈の危険な会話にはらはらしたりしつつ、フィナーレを待つ。

 両隣のバルコニーからも歓声が聞こえてくるので、ここで女子トークをするのはよろしくないと、早々に知れたことは僥倖であった。


 終盤のスターマイン連発はいつ見ても圧巻だ。見事な大輪の花がいくつも夜空を輝かせ、その背後で柳のような黄金の光が興を添えている。眺めているだけで、蒸し暑さや宿題のことなど、煩わしいことを何もかも忘れさせてくれる。

 花を咲かせた後キラキラと落ちる花弁が、友人たちの瞳と肌に映りこみ、まこと美しい。

 それを眺めながら、ふと口が開いていたことに気付いて慌てて閉じる。


 気付けば愛奈が手を握ってきていた。


「カップルみたいだね」


 聞き覚えのある台詞をそっと囁かれる。だが真由香もいるし、これが『カップルみたい』なのかは同意しかねるため、曖昧に笑っておいた。

 何事かと真由香の視線が向いた時には、愛奈の手は離れていた。その素早い判断のおかげで、花火大会は問題なく終了した。





「ねえ真由香ちゃん、愛奈が来ること言わなくてゴメンね」


 終了後、真由香を五階の自宅前まで送り、別れる前に一応謝罪をしておいた。


「いいのよ、知らない方が幸せなこともあるし。おかげですごく楽しい気持ちで過ごせたわ。……玄関であいつの汚いサンダルを見るまでね」


 たっぷりと皮肉のこもった言葉に閉口するしかない。


「でも、美也子が楽しめたならいいわよ。大勢でわいわいする方が、お好みなんでしょ」


 それは嫌味なのか、もしくは気を遣ってくれているのかを読み取ることができない。

 少し迷ったが、素直な気持ちを告げることにした。


「うん、今日はとっても楽しかったよ。もちろん真由香ちゃんと二人きりなのがイヤなわけじゃない。でも、三人で騒がしくしてると、やっぱり楽しいよ」

「そう……」


 真由香はうつむいた。そんな彼女を復調させるため、提案する。


「ねぇ、じゃあ、今度二人でお出かけしようか」

「えっ!」


 顔を上げ、真由香はキラキラした目で美也子を見てくる。予想以上に眩しかったため、少し戸惑う。


「リューを紹介してくれたお礼もしたいし、魔女のことも教えてもらわなきゃね。ご飯食べて、映画観て、買い物しよ。せっかくの夏休みだしね」

「いいわね」


 同意する真由香は、少しそわそわしている。美也子には、彼女が何を望んでいるか何となく分かってしまった。


「そのあと、真由香ちゃんの家に泊まろうか」


 エイミにまた寂しい思いをさせてしまうが、一日くらいは大丈夫だろうと思う程度には、信頼感が生まれていた。同じマンションなのだし、夜に一度顔見せに帰ったっていい。

 ならばその日は、できるだけ真由香の喜ぶことをしてやりたいと思う。


「一緒にお風呂に入って、一緒に寝よう」


 すると真由香は凄まじい動揺を見せた。あわあわと言葉にならない声を上げる。

 そんな彼女が可愛く思え、つい悪戯してしまう。


「棚の後ろの方にある、やらしいマンガ読ませてよ」


 そうからかうと、真由香は見る見るうちに真っ赤になった。

 本音を言えば、美也子もえっちなマンガを仔細に読み込んでみたい。以前発見した際は、こんなものを子どもが読んでいいのかという罪悪感にすぐ元に戻してしまった。

 エイミとキスをして、美也子は少し大人になったと思う。今なら、そのマンガがいろいろと参考になることだろう。


「ど、どうして知ってるのよ」

「ずっと前に遊びに行った時、ちょっと見たもん」


 真由香は立ち止まり、震えだした。そして急に顔を上げると、美也子の肩を思い切り殴ってくる。


「バカ!」

「いったい! ひどいよ!」


 これでは、女悪魔と同じ扱いではないか。

 だがよく考えると、真由香から美也子に触れてくるのはとても珍しいことだ。それだけテンションが上がっているのかもしれない。


「でも、本当に泊まりに来てくれるの……?」

「もちろん」


 そう答えると、真由香は赤い顔のままで家へと入っていく。その口元が、笑みをこらえるように震えていた。


「じゃあ美也子、今日はありがとう。また連絡するわね」

「うん」


 扉が閉められてもすぐには踵を返さず、ほんの少しだけ友との別れの余韻に浸っていた。





 今度は、愛奈を送る番だ。

 いつものように、マンション近くのコンビニまで親が迎えに来てくれるとのことで、そこまで付き合うことにした。


 花火大会ということもあり、駐車場では臨時のホットスナック売り場が展開していた。ゴミ箱にもゴミがあふれ、いつもよりも客が多い。


 その騒がしい駐車場の端で、二人で並んでお喋りする。

 ただでさえ身長差があるのに、今日の愛奈はヒールの高いサンダルを履いているものだから、頭一つ半くらい差が生じているのではないだろうか。会話をしているとすさまじい違和感がある。


「愛奈、今日は楽しかったよ。来てくれてありがとう」


 礼を言うと、にこやかだった愛奈の顔が真剣味を帯びる。


「美也子、夏休みに入ってから、いろいろあったみたいだね~」

「う、うん……」


 曖昧な返事をすると、愛奈はどこか不服そうに言った。


「美也子の家、あま~い悪魔の匂いがする。何日か一緒にいたんでしょ?」

「え、匂いが残ってるの? ……うん、確かに、三日一緒に暮らしてたよ」


 すると愛奈は、苦虫を嚙み潰したような顔になる。彼女らしからぬ表情だ。


「そうなんだ。あたしは悪魔なんて大嫌い!」

「そ、そっか、あはは」


 誤魔化すように笑っておく。

 リューも愛奈の存在を察知した瞬間怒り狂っていたし、やはり相当種族仲が悪いらしい。

 その理由に興味がないわけではないが、悪魔に尋ねても魔精に尋ねても、きっと機嫌を損ねることだろう。損ねたものを回復させるための立ち回りが面倒臭いから、どうでもいい。


「それに美也子、何か魔力の質が変わった。悪魔と何かあったんでしょ?」


 横目で見てくる友人の鋭さに舌を巻く。

 隠すことでもないし、素直に話すことにした。


「契約して、魔女になった……みたい。あんまり自覚ないけど」


 すると愛奈は、少しだけ呻った。そして大きく嘆息する。


「やっぱりぃ~。どうして?」

「前世の記憶を取り戻そうと思って」

「戻ってないよねぇ? そんな感じしないよ」


 やはり鋭い。


「ショックな記憶がたくさんあるから、その悪魔が管理してくれるんだって」

「ふーん……」


 愛奈はとことん不満そうだった。彼女の気を紛らわすため、聞いてみる。


「愛奈はさ、私が前世の……男性だった頃の記憶が戻ったら、イヤじゃないの?」

「ううん、なんか面白そうだね~」


 即答されたこともその言葉自体も、予想外だった。


「面白そう……か。ちょっと変わっちゃうかもしれないんだよ?」


 すると、愛奈は穏やかな顔で頭を振った。


「エイミちゃんも真由香ちゃんも好きになった人だもん。絶対にあたしも好きになる」


 その満面の笑みに、見とれてしまった。やはりこの友人は同じ年だと思えないほど大人び、そして美人だ。

 その細い指が、また美也子の手に絡んでくる。親指が蠢き、美也子の甲を優しく撫でた。


「っていうか、今も好きだよ~」

「ありがとう」


 友人の好意が嬉しく、素直に礼を言う。

 だが、笑みを浮かべていたその顔があっという間に不機嫌に染まってしまった。そのまま空いた方の手で頬をつねられる。


「美也子の鈍感!」

「い、痛い、どうしたの」


 慌ててその真意を問うと、すぐに離してくれた。


「ううん、何でもな~い」


 口元は笑っているが、目はそうでもないような気がした。


 その時、見覚えのある車が駐車場に入ってきた。愛奈の父親のプリウスだ。ナンバーがゾロ目なため、分かりやすい。


「じゃあまたね、愛奈」


 美也子から別れの挨拶をすると、名残惜しそうに握る手に力を込めてくる。


「うん、また遊ぼうね。また泊まりに来て~」


 細い指がするりと離れていく。と思ったら、愛奈が膝を曲げ、顔を寄せて来た。


「今度は『いい夢』見せてあげる」


 そして頬に柔らかいものが押し付けられる。

 キスされたのだと遅れて気付いた。

 だいぶ前に一度されたことがあるが、その時よりもずっと熱く、ねっとりとした感触が伝わってきた。

 

 目を白黒させていると、手を振りながら愛奈は駆けて行く。

 少しだけ、魔力を吸われたようだった。

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