表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/116

85.魔女の帰還

「わたしの愛しい魔女よ!!」


 美也子は、その歓声により覚醒した。


 元居たリビングに帰って来たのかと思った瞬間、脇に手を入れられ、軽々と抱き上げられた。犯人はもちろんリュー。

 俗にいう『高い高い』のポーズだ。急な事態に、美也子は悲鳴を上げた。


「契約は成った! まこと目出度い!」


 リューの笑顔はついぞ見たこともないほどに晴れ晴れとしている。まるで難関校に合格した受験生の親のようだった。


「ご主人様!」

「美也子!」


 エイミと真由香が寄ってきて、不安そうに美也子を見上げている。


「ちょ、ちょっと降ろしてよ!」


 抗議するとリューはその通りにしてくれたが、美也子の足が床についた瞬間、背後から抱き締められた。

 エイミの表情が冷ややかなものに変化してく。これはよくないと、背後の悪魔を思い切り突き放した。


「大丈夫だよ、私は私のまま帰ってきた。傷付くようなことも、変わっちゃうようなこともない」


 眼前の少女二人の顔を交互に見ながらゆっくりと言う。


「まぁ、ほとんどリューのお陰だよ。代わりに、魔女になったけど……」

「ご主人様、ご無事でよかった!」


 感極まったようにエイミが抱き付いてくる。その薄い胸の中で息を吸い込み、愛しい体臭を確認する。


「ちょっと、離れなさいよ!」


 真由香の文句にエイミは素直に従った。目尻を指でぬぐいながら数歩後退し、顔を伏せる。心配を掛けるあまり、泣かせてしまったようだ。


「美也子、あなたが魔女になってくれて、私は嬉しいわ」


 両手の指を合わせながら、どこかもじもじと真由香が言う。


「でも、記憶はどうなったの?」

「リューが管理してくれるって」


 悪魔を仰ぐと、得意げな顔をしている。


「なるほど、そういう手段もあったのね……」


 感心する真由香の手を、美也子はしっかりと握った。


「真由香ちゃん、魔女同士、これからいろいろ教えてもらえる?」

「あっ、ああ、私……」


 耳まで赤くなった真由香の瞳に涙があふれる。


「こんな夢みたいな日が来るなんて思わなかった」


 ぐすっと鼻をすすり上げてうつむいたため、美也子は慌てて手を離した。解放された両手で顔を覆い、真由香は静かに泣き始める。

 ただ同胞になっただけで、どうしてこんなに感涙に咽ばれるのか、理解しかねる。


 涙する二人に困惑していると、背後からリューが腕を伸ばしてきたため、すかさずかわす。まったく油断も隙もない。


「あら~ん、盛り上がってるわねぇん」


 お通夜のようになっているリビングに、明るい女性の声が響いた。


「は~い、ごきげんよう」


 真由香の影から姿を現した女悪魔を見て、美也子は目を剥き大声を上げた。


「どうしたの、その怪我!」


 右の角が折れ、左頬から耳にかけて痛々しい裂傷が走っていた。血は止まっているようで、白いかさぶたができている。


「あら~ん、心配してくれてあ・り・が・と」


 いつも通りの明るい声で礼を言われる。

 己の悪魔の惨状を見た真由香はすっかり涙が引っ込んだようで、愕然と口を開けた。青ざめ、震える声で詰め寄る。


「あ、あんた、どうしたの……?」

「何でもないのよん、アタシの可愛い蜂蜜ちゃん」

「何でもないわけないじゃない!」


 感情的になる真由香に、女悪魔は駄々っ子を見るような顔をして見せた。


「そのうち治るから大丈夫よん」

「そのうち……って。誰にやられたの!?」


 真由香は女悪魔にすがり付く。犯人の名を言えば、たちまち復讐へ向かいそうな剣幕だ。

 なんだかんだ、真由香もあの女悪魔が大好きなのだろう。


 美也子の傍らのリューが、大きく溜め息をついた。


「『あいつ』にやられたか」

「そうねん、勝手にあなたを連れ出したから、『お姉さま』に怒られちゃった~」


 女悪魔は自分を小突く仕草と共に舌を出した。お茶目な所作も、無残な傷口があっては台無しだ。


「わたしを連れ帰るよう言われたな」

「そうなのよ~ん。ちょっとだけでいいから、顔を出して欲しいのぉ」

「仕方あるまい」


 リューは女悪魔の元へ歩いて行った。その背中に静かな憤怒を感じる。


「ただちにスンヴェルへ帰る」

「ありがと、助かるわ~ん」


 身体をくねらせて礼を言う女悪魔の頬に、リューがそっと手を添えた。そして優しく口づける。

 所作こそ優しいものの、『ただくっつけるだけ』ではなく、吸い上げるようなキスだった。しかも長い。


 ――あ、あれは、大人のキスだ。

 美也子は目を背けた。同じく気まずそうな真由香と目が合う。


「水をかけますか?」


 エイミがそっと囁いてきたので、それはいい考え、と頷く。だが、気付いた時には悪魔たちは離れていた。


 すでに、女悪魔の角も傷も元通りになっていた。意味もなく衆目下で破廉恥な行為を始めたわけではなく、魔力を分け与えて治療していたらしい。


「まったく腹立たしいな。『あいつ』は一体いつまでわたしの保護者気取りでいるつもりか」


 口角を舐めながらリューは独り言ちた。


 その麗しい横顔を、美也子は半眼で見つめてしまう。いくら治療行為とはいえ、あんなに簡単に他の女性とキスをするリューに、間違っても唇を許さなくてよかったと思う。


 美也子のことが好きならば、もっと誠実な態度で示して欲しいものだ。リューの気持ちに答えられない自分に、そんなことを考える権利はないと分かってはいるのだが。

10万PVを超えました。皆様ありがとうございます。

トラブルがない限りは隔日更新を続けていきますのでよろしくお願い致します。


感想欄は制限をかけておりませんので、

気になることなどございましたらお気軽にどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ