表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/116

83.ゴースト イン ザ ウィッチ その5

「記憶を引き継ぐという神との約束は果たした。悪魔に引き継いではならないという約束などしていないしね」


 クリスデンは、年甲斐もなく悪戯っ子のように笑って見せた。


「責務を果たしたら、死者は死者らしくするよ」

「そんな……」


 あまりに唐突な宣言に、美也子は頭を振るだけだった。

 表情を強張らせる美也子とは反対に、クリスデンはにやにやしながら言う。


「あれ~、寂しいんだ?」

「た、多少は……」

「おや、素直だな」


 調子が狂ったと言わんばかりにクリスデンは頬を掻く。その仕草は、困った時などに美也子も自然とやってしまう。


「ねぇクリスデン、エイミに会ってあげるつもりはないの?」


 思いついたことを言うと、クリスデンの瞳が再度凍る。それでも構わず続けた。


「昔、私のお母さんにしたみたいに、一時的に人格を表に出して、話をするつもりはないの?」

「そんなことをして、何の意味があるのさ?」


 冷えた声。美也子には反論できなかった。


「死人が表に出て、ゴメンねエイミ、これからは千歳美也子ちゃんと仲良くやるんだよ、って言えばいい?」

「……ごめんなさい」


 恥じ入り、うつむく。あまりに子どもらしい、浅慮なことを言ってしまった。

 しばしの沈黙に、クリスデンはうって変わって陽気な声を出した。


「うーん、空気が悪くなっちゃったね。もっと明るいお別れの方が僕の……互いの好みでしょ?」


 曖昧に頷く美也子に向ってクリスデンは唇に指を添え、お茶目な様子で言った。


「君と僕、最大の共通点を教えてあげようじゃないか」

「な、何?」


 クリスデンは大仰に手を広げる。


「と~ってもモテる。そしてそのせいでいつも苦労する。たくさんのトラブルが降りかかる」

「はぁ? そ、そうかなぁ」


 いきなり何を言うのかと戸惑い、美也子は首を傾げ心当たりを模索する。

 とりあえずエイミと真由香が該当するが、彼女たちは元々クリスデンに好意を持っていたのだし、美也子自身が『とってもモテた』記憶はないのだが。


「ええー、自覚ないんだ。信じられなーい」


 わざとらしい声で非難され、苛立つ。よく見ればリューまで頷いていた。


「僕は愛奈ちゃんが好きだなぁ」


 どことなくいやらしい物言いに、美也子は友人が汚されたような錯覚を覚えた。というか、エイミのことはどうしたというのだ。つい軽蔑の眼差しを向けてしまう。


「あー、そういう目で見られると傷付くよ」


 だがどことなく嬉しそうだ。己の前世の姿とはいえ、やはりこの男のことは理解しがたい。


 肩をすくめたクリスデンは、再びリューを見る。


「では、あとはあなたに任せる。どうぞ心ゆくまで、この子の記憶を漁って、良心に従って蓋をしてあげてくれ」

「言われるまでもない。この娘の無垢な心が壊れることはわたしの望むところではない。貴様の汚らわしい記憶はわたしの中に留めておく」

「汚らわしいって言われると悲しいなぁ。間違ってはないけど……」


 いじけるようにうつむくクリスデンの顔が、不意に持ち上がる。


「そうだ、もう一つ!」


 美也子に向って人差し指を立てる。


「矢吹櫻子の話をよく聞くんだ」


 ここでその名前が出たことは意外だった。

 十三世界の神話を書いている謎の女性。美也子に会うため、わざわざ大阪からやって来てくれるその人とは、再来週に会う約束がある。


「彼女の話を聞いた結果、恐らく君と僕の考えは一致するはず。その時、僕がこの世界(オーヴィ)の神と結んだ密約も、その理由も分かるだろう」

「どうして、あなたから話してくれないの?」

「僕が言えば、どうしても僕の意思が混ざる」


 クリスデンは瞬きもせず言う。


「たとえ魂が同じだとしても、育ちや年齢が違えば、異なる判断をする場合もあるだろう。もしくは、考え付きもしないことだってあるかもしれない。それを、ジジイの僕じゃなく、若い君が判断して欲しい」

「あなたと同じ考えを持つことができなければ、どうなるの?」

「どうもならない。その時はそれでいい」


 美也子は混乱し、言葉を紡ぐことができない。

 リューが口を挟む。


「記憶を受け継いだあと、わたしから話してもよいが、それは貴様の願いではなさそうだな」

「ああ、死人の遺志を汲んでもらえて助かるなぁ、悪魔王」


 にっこりと笑ったあと、大魔導師は手を振った。まるでほんの一時の別れのように。


「じゃ、そういうことで」

「クリスデン……!」

「これで本当に『おしまい』だ。本当に長くて面倒で、くそったれな人生だったよ」


 笑みを浮かべたまま、クリスデンはしみじみと呟いた。


「あの、私……」


 もっとたくさん話したいことがある気がするが、何も胸から出てこない。ただ一言絞り出す。


「ええと、ありがとう……」

「礼などいらないよ。僕は君にすべての面倒ごとを押し付けようとしている」


 それは恐らく本心だ。男は同情の目で美也子を見ている。


「そんなっ、でも、待って……」


 美也子の呼びかけに答えることなく、異世界の大魔導師は薄く笑って霞のように消えて行く。


「ああ……!」


 何か大切なものを喪失してしまったような感覚に、うつむいて胸を押さえる。

 再度見上げた時、もはや何もいなかった。


「ありがとう!」


 すでに聞こえてはいないだろうが、それでも言わずにいられなかった。


 白い空間に、耳が痛くなるような沈黙が満ちる。

 彼とは二度と会うことはない。その永遠の別れの余韻に、自分の身体をきつく抱いた。


「さて」


 突然、リューに強く肩をつかまれ、美也子はびくりとする。


「やっと二人きりになったな」


 夜を待ちわびていた恋人のような物言いに、美也子の危機センサーが激しく反応した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ