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74.<番外編 真由香> まるで運命の王子様 その1

ネヴィラにて、魔女リーサ(現在の真由香)主観の話となります。


*強い残酷描写があります。苦手な方は控えて下さい。

 助けて、助けてと叫びながら、少女は『壁』を殴っていた。

 つるりとしたその素材は一体何でできているのか分からない。爪を立てることさえ叶わない――。


 少女が閉じ込められているのは、横は寝そべって余るほど、縦は膝立ちできる程度の高さの空間で、足元には水が溜まっている。隙間はまったくなく、外の光が一切届かない真っ暗闇。そこかしこをひたすら叩いて活路を探すが、鈍い音がわずかに響くだけ。


 違う、私はやっていない、無実だと言葉を変えた。だが、声音は壁に吸収されてしまうようで、外に届いている様子はない。


 それでも叫ばなければならない。取り返しがつかなくなる前に彼女ができるのは、無実を訴えることのみ。


 自分はただ、魔女として森で細々と生活していただけ。それなのに、ある日突然やって来た兵士に捕らえられ、領主の前に引き立てられた。

 どうやら、一部の魔女どもが領主に反乱を企てたせいらしい。

 怒った領主は、ここクンターランドに住まうすべての魔女を狩り始めた。ろくな取り調べもせず、なぜか若い魔女から順に処刑されることに決まった。


 声が枯れる頃には、あまりの恐怖に己が何を言っているのかさえ、分からなくなっていた。

 パニックになった頭の片隅で、とってもイヤな臭いがするとだけ思っていた。


 結局のところ、それは自分自身の吐瀉物と小水の臭気だった。もはや自分の肉体さえコントロールできなくなっていたのだ。

 普通に死ぬのではなく、これから想像もつかぬような苦痛を味合わされて緩慢に死んでいくのだから。


 ネヴィラの『蒸刑』とはすなわちそういうもの。


 一体何の形を模しているかさえ分からない、その巨大な処刑器具は『審判の籠』と呼ばれていた。遥か神話の時代より存在し、魔導師や魔女を処刑するためだけに使用される。


 おおよそ長方形なのだが、各所が歪んでおり、大型の偶蹄類をモチーフにしているという噂もあるが、どう見ても現存する動物に類似した姿のものはいない。

 中は空洞で、上部に大きな蓋が付いており、そこから罪人と少量の水を放り込んで閉じ込める。そして下から大火で炙る。

 所定の時間で、罪人の姿蒸しが完成というわけだ。


 ネヴィラの神が直々に作成したというそれは、何度使用されても焦げ付くこともなく、中のお掃除も実に簡単、水で洗い流すだけ。車輪がついているため、持ち運びにも大変便利。


 無実の者がその籠に入れられ、火をつけられると、たちまち神が風を吹かし消火するのだと神話は語る。だが、そんなことが起こったという話はただの一度も聞いたことがない。


 三度目の嘔吐は空吐きだった。胃に吐くものは何も残っておらず、涎だけが垂れる。

 右手で口元をぬぐった時に気が付く。そこには、魔術を封じる手枷がはめられていることを。一縷の望みに賭け、それに噛みつく。どうか外れろと。そんなことできるわけがないと叫ぶ理性の声など知ったことか。

 死に怯える本能は、歯が砕けるほどの力を込めよと命じた。もっと強く噛まねば死ぬぞと。


 僥倖だったのは、それを行う前に、籠が開いたこと。


 眩しさに目を細めたものの、状況が判断できない。茫然としていると、身体が宙に浮いたため、小さく悲鳴を上げた。

 自分を捕らえるときに担ぎ上げた、兵士たちの乱暴な所作とは大きく違う。まるで赤子にするかのように、優しく胸元に押し抱かれる。


「可哀想に、とっても恐ろしかったよね」


 低い男の声。ようやく光に慣れた目が映したのは赤毛の男。こちらを見遣る目はとても優しげで、憐憫の情に満ちている。


「越権行為だ、ヒュー・クリスデン!」


 不意に聞こえた野太い声に、赤毛の男は不快感をあらわにして声の主を見た。

 周りを武装した兵士に囲まれている。少女はまだ助かっていないのだと悟り、震えた。


「越権行為だって? それはどちらのことだろうね、伯爵」


 クリスデンと呼ばれた男の声は真冬の大気のようだった。触れた者の耳朶まで凍てつかせるような。


「大陸中の『審判の籠』を集めていると聞いて、何事かと思い駆け付けてみれば。魔女の集団処刑とは、大層よいご趣味をなさっている」

「辺境の魔女どもは結託し反乱を起こした。それを処罰して何が悪い!」


 唾を飛ばしながら叫ぶ、ひときわ目立つ鎧姿の男のことは見知っている。クンターランドの領主ヨークン。今回の魔女狩りの首謀者。


「確かに、『審判の籠』を使用するのは全ての非魔導師の権利だ」


 クリスデンはよく通る声で言った。


「だが、それを悪用する者もまた、この籠に入れてもよいとネヴィラの神はおっしゃった!」


 それは、この刑場に集うすべての者に向けられていた。

 野次馬にも、兵士にも、籠を掃除させられるために呼ばれた若い魔導師にも、次の処刑を震えながら待つ魔女たちにも。


 刑場をぐるりと囲む柵の外から口笛とともに領民がはやし立てる。


「大魔導師の言う通りだ!」

「籠の濫用(らんよう)を神は許していない! 天罰が下る!」

「魔女たちの再審をせよ!」


 民衆に騒ぎ立てられ、兵士たちもたじろいだ。

 多くの者が、今回のヨークン伯爵の暴挙を知っていた。反徒の処刑だとうそぶいて、己の権力を誇示し、魔女たちの怯える姿を酒肴(しゅこう)にするために行ったということを。


 伯爵はわななく。


「戯れ言を! 神の御意思を騙る詐欺師め!」


 少女は、クリスデンの手からそっと地面に降ろされる。立てずに地にへたり込んでしまうが、そこにクリスデンは自分のマントをかけてくれた。とても暖かかった。


 クリスデンを見上げると、伯爵の暴言など気にした様子もなく、ただ柔らかく微笑んでいた。


「この僕が虚偽を語っていると? それは面白い。――では神の意思を問いましょうか」


「審判の籠」に関しては、ピンときた方もいると思いますが、元ネタがあります。


形は、セダンタイプの車をご想像ください。窓はなく、全部真っ黒です。

モチーフはご存知の通り牛ですが、作った人(神)の造形センスが壊滅的でした。

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