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【完結】JKだけど、前世は異世界の大魔導師(♂)だったらしい  作者: root-M
第五章 悪魔と食事をする時は、長いスプーンを使え
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70.わたくしは下がいい

「……やっぱやめようか」


 気恥ずかしさで、美也子はつい言ってしまった。するとエイミは、喉に何か詰まっているかのような悲鳴を上げた。


 ふと、リューに言われたことを思い出す。口にキスをするのは、美也子からのおねだりがあるまで待つと。

 美也子からリューにキスをねだるような日は来ないと思うが、ここは一つ、あの悪魔の真似をしてみたいという嗜虐衝動が湧いてきた。


「エイミがどうしてもしたいって言うならしよう」


 にんまりと笑って、エイミに言ってやる。すると赤い顔のまま、目を逸らされた。


「……ご主人様がしたくないのなら、結構です」


 ――あれ、そう来たか。


「じゃあ、やめよう」


 意地になっても仕方ないことは理解している。意地悪言わないでご主人様、などと言って、抱き付いてきてくれたら可愛いのに……と横目でエイミを窺った。


 エイミは何とも言えない顔で皿を拭いていた。

 美也子も水栓レバーを上げて、洗い物を再開する。


 ――ああ、この雰囲気はよくないな。一体何が悪かった。

 それは、エイミを試そうとした美也子自身だ。

 美也子は再度水を止めた。エイミが手から皿を離した瞬間を見計らい、その腰に抱き付く。


「やっぱしようよ~」


 うふふとエイミが笑みをこぼした。してやられた。


 キッチンで向き合う。美也子は見上げ、エイミは見下ろしている。初めてのキスは、特別な場所なんかじゃない、こういう日常で生じるものなのだろうと思う。


 だが、いざこうして対峙すると、どうしようもない。


「ねぇ、私初めてだから、どうしたらいいか分からないの」

「わたくしだって、初めてです」


 お互い身構えすぎてしまったようだ。

 二人の間に流れる沈黙は、とても気まずい。嫉妬し合っていた時の比ではない。美也子の体温も上がっていく。


「あの、ご主人様」

「うん」

「寝室に行きませんか」


 唐突なエイミの提案に、戸惑う。


「ど、どうして?」

「わたくしが仰向けに寝ます。そうすれば、あとはご主人様が重力に従って顔を落とすだけで、成功するのではないでしょうか」

「そ、そう……だね?」


 それはなんだか違うような気がするが、もうなんだか分からない。


「えっと、それなら、私が仰向けになってもいいんじゃない?」


 するとエイミは強い口調で否定した。


「いいえ、わたくしは下がいいです」

「し、下がいいんだ?」

「はい。――さあ、行きましょう」


 そこはかとなく息の荒いエイミに背中を押され、リビングを出ようとした時。

 キッチンカウンターの角に、大きな目を細めたリューが立っていた。


「うわあっ!」


 美也子は悲鳴を上げた。

 小柄な悪魔は、視界に入りづらい。今までの会話を聞いていたのだろうか?


「い、いつから起きてたの……?」

「邪魔だ」


 なぜか追い払われて二人で避けると、リューはすぐそこの冷蔵庫に向かい、冷凍室の引き出しを開けた。


「やはりあいつの言った通りだ。今の時期、大抵の家庭ではここに氷菓子を入れていると」


 リューがバニラアイスのカップを取り出し、宝物のように掲げた。女悪魔に教えてもらったのだろう。


「それ、お母さんのだからダメ!」


 慌てて取り上げる。母が週末のご褒美として楽しみにしているハーゲンダッツだ。


「お前の母親はわたしを愛でてくれた。些末事だと許されよう」

「私が責任を問われるの!」


 背伸びして美也子からアイスを取り戻そうとするリューの頭に、チョップを叩き込んでおく。


「こっちのにしてよ」


 冷凍室を空けて、『アイスクリーム』ではなく『ラクトアイス』の表示のものを渡すと、リューは不満そうにそっぽを向いた。


「わたしには分かる。それは安価なものだ。容器の作りからして違う」


 くっ、と美也子は唇を噛む。このぼんやりした悪魔は、変なところで鋭い。


「やっぱり、契約しないほうが……」


 背後でエイミが呟いた。その表情が恐ろしいほどの絶望に満ちていたものだから、美也子は見て見ぬふりをしてしまった。





 夜は、昨日のように三人で入浴した。


 エイミの態度はわずかにつんけんしていたが、丁寧にリューを洗ってくれたし、リューもまた大人しくされるがままになっていた。ただ、浴槽内での会話がなく、あまりの気まずさに美也子は逃げるように湯から上がった。


 髪を乾かしたあと、自室へ戻る。

 寝乱れた跡のあるベッドを見て、エイミが『まずい』というような顔をした。

 悪戯心が湧いてきて、指摘してやる。


「ねぇ、昼間私たちが出掛けてる間、ここに寝てたでしょ。毛がたくさん落ちてるよ」


 すると、エイミはひっ、と小さく悲鳴をあげた。

 道理で、電話に出るのが遅かったわけだ。


「申し訳ございません! 掃除をしておくつもりだったのですが、失念しておりました」

「いや、謝らなくていいよ」


 掛け布団は、なぜか縦に四つ折りにされていた。


「抱き枕にしてた?」


 するとまた悲鳴をあげる。風呂から上がった時よりも、顔が真っ赤になっている。


「別に責めてるわけじゃないよ。……一緒に眠ってあげられなくてゴメンね」

「いえ、とんでもない……」


 近々一緒に寝よう、と言おうとした時、扉が開いて、リューが飛び込んできた。


「おい、母親が、あの氷菓子を食べてもよいと言ったぞ」

「んもう、お母さんったら甘いんだから!」


 まあ、仕方ないか。だって、この悪魔はとても可愛らしい。


 美也子の意識がリューに向いたことで、エイミの機嫌が少なからず損なわれたようだ。背中に冷たい視線を感じる。


「そういえば、あなたにはご主人様がとてもお世話になりました。本日はどうぞ遠慮なく、ご主人様と同衾なさってください」


 満面の笑みを浮かべたエイミは、妙に優しい口調でリューに語り掛けた。それを聞いたリューは、柳眉を歪めた。


「何ということだ、それは『上から目線』というやつだろう。お前の施しなど受けぬ」

「では、わたくしがご主人様の横で寝ますので、あなたはどこぞでお眠りください」

「雌犬め、このわたしをなぶるか」


 汚い言葉でエイミを罵るリューの頭頂に、軽く拳骨を落とす。

 痛みに呻く幼い悪魔を見て、新しい悦びを見出してしまいそうになる。それはよくない、と頭を振り、誤魔化すように冗談交じりで提案した。


「私が働いてお金を稼ぐようになったら、三人で並んで眠れる大きなベッド買おうかな」

「いえ、二人分で十分でございます」


 エイミが笑いながらも噛みついてくる。リューも負けない。


「そうだな、わたしはこの狭い寝台で十分だ」


 対抗し合う二人は、目線も合わせない。ただ、美也子ににじり寄ってくる。


「テレビで見たのですが、お城のような宿泊施設に大きなベッドがあるみたいです。いつか二人で行ってみたいものです」

「えー、何それ、昔の貴族とかの部屋じゃないの?」

「スンヴェルの私の屋敷にも、五人は寝られる広大な寝台があるぞ」

「えー、なんか寒々しそう」


 二人の謎の意見を躱し、美也子は粘着クリーナーを準備した。


「それはわたくしが責任をもってやります」


 慌てたエイミにローラーを奪われ、仕方なしに美也子は勉強机の椅子に座った。

 リューが足元にやって来て床に座る。まるで猫のようだ。


 撫でてやりたいところだが、美也子はスマホを手に取った。

 かつて工藤から教えてもらった、矢吹櫻子のブログを表示する。


 『アスラの章』と書かれたページがあったため、タップする。

 少し手が震えていた。

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