表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】JKだけど、前世は異世界の大魔導師(♂)だったらしい  作者: root-M
第五章 悪魔と食事をする時は、長いスプーンを使え
69/116

69.ちょっとくっつけるだけ

 また明日来ると約束し、真由香と女悪魔は帰っていった。


 それから小休止ののち、キッチンに並んでエイミと夕飯の支度をする。

 エイミは『わたくしにお任せください』と締め出したがるのだが、『こういうのって恋人みたいじゃない』と返して以来、何も言わなくなった。


 洗い物をしながら、美也子はリビングのソファにいるリューの様子を窺った。オープンキッチンのため、シンクからはバルコニーまで見通せる。

 テレビを眺めていた悪魔は、いつの間にかソファの上で眠りこけていた。シャツがめくれあがって、股間が見えてしまっている。

 なんだかいたたまれなくなり、洗い物を中断して裾を直しに行ってやった。


「よく眠ってるよ。今日は疲れたんじゃないかなぁ」


 味噌を溶いているエイミに囁くと、複雑そうな表情を見せた。


「ご主人様があの子と契約なさったら、こういう風景が日常になるのでしょうか……」

「毎日呼び出したりはしないよ。だって、エイミが嫉妬しちゃうから」


 すると、エイミは耳ごとうなだれた。


「申し訳ございません……」

「謝らなくていいよ。ハッキリ嫉妬してくれた方が助かるな。私、鈍感だから」


 そう言うと、エイミは無言で汁の入った小皿を差し出してきた。

 舌の上で吟味してから頷き、OKの意を返す。


「エイミは、リューのこと嫌い?」

「嫌いというか……あの子は、わたくしをたまに威圧して、ご主人様にはたびたび魅了の呪をかけていました」


 予想外の言葉に驚きを隠せない。


「ええ~? 言ってくれればいいのに」

「ご主人様には効きがイマイチのようでしたから、あえて言わずともよいかと……」

「そうなんだ」


 指摘されれば、そんなような気もするが、具体的にいつどこで魅了されていたのかさっぱり分からない。だって、あんなに可愛いのだから、常日頃から魅了状態だ。


「呪がかかっていると言われると、常にそれを疑うようになります。どこまでが己の本心か確信が持てず、何も信頼できなくなる。そうなると、ご主人様はあの子を曇った目で見るようになってしまいますから……」

「へぇ、リューに配慮してくれたんだね」

「それは……。悪魔には利用価値がありそうでしたから」

「んもう、エイミってやっぱり強かだなぁ」


 からかうように言うと、エイミは恥じ入るように反対の方向を向いた。


「あ、あの、あとの洗い物はわたくしがやります」

「いいよ、エイミは手荒れがひどいんだから。ふきんで拭いてよ」


 炊事用手袋をすればいいのに、素手でないとヌルつきが取れたか分からないからと言って、着用したがらないのだ。

 再度、横並びで作業を開始する。


「ですがやはり、契約なさるのは少し反対です」


 カチャカチャと皿が鳴る音の中、エイミがぽつりと呟いた。


「なんで? 記憶のこと?」

「いえ……」


 エイミは手を止めた。何か大事な話があるのかと、美也子も水を止めて聞き入る。タオルで濡れた手を拭いた。


「だって、あの子ったらご主人様のお顔に口づけを……」


 その答えは、想定の斜め上だった。バルコニーに帰還した際、美也子の傷を治すためにしてくれた、あのキスに対して嫉妬しているということか。


「エイミだって真由香ちゃんの悪魔にキスされてたじゃない。それと同じことだよ」

「あれはただの治療行為で」

「リューだって、治療行為でしょう」

「絶対に違います。あの子は治療行為にかこつけて、欲望を満たしました」


 『欲望を満たした』などと、大袈裟な物言いだと思う。


「そ、そうかな?」

「そうですとも。その時、そういう顔をしていました」


 一体どんな顔だ。美也子には見えていなかったが、いやらしく笑っていたとでもいうのだろうか。

 しかし今思えば、エイミの見ていない場所でも二回されている。手の甲と、額に。

 これは言わない方がいいだろう。美也子は浮気を隠すかのような心境を味わった。


「ま、まあでも、傷を治してくれたんだし、ちょっとくらいいいじゃない?」


 後ろめたさを誤魔化すように笑うと、エイミは強い声で言った。


「だって、わたくしたちはまだ一回しか……!」


 そこまで言って、エイミは口元を押さえた。あっという間に頬が林檎色に染まる。

 だが美也子は、頬を掻いた。


「一回っていつだっけ?」

「覚えていらっしゃらない!?」

「あ、ゴメン、エイミが寝てるときにしたかも」


 エイミがヘラーたちに攫われた日の夜、初めての同衾の時に。寝ているエイミにしてしまったような……気がする。


「ど、どこにですか!?」

「おでこかほっぺか覚えてない」


 エイミは動揺したように、その二か所に触れた。


「あれ? エイミの認識してる『一回』とは違う?」


 尋ねると、エイミはなぜか首筋を押さえた。恥じ入っているのか、目線を合わせない。


 そんな彼女が喜んでくれるといいなと思い、提案する。


「じゃあ、今までのはノーカン。これから一回目をしようか」


 するとようやくこちらを向いた。だが、声が震えている。


「ど、ど、ど、どこにですか」


 少し照れ臭いが、美也子は素直に思ったことを言う。


「私は、口でもいいと思ってる」


 するとエイミは袖口で思い切り唇を擦り出した。


「ちょ、ちょっと。皮がめくれちゃうよ」

「あの、歯を磨いてきます」

「ええ~? 別にそんな、ちょっとくっつけるだけじゃない」


 そう言うと、エイミは複雑そうな表情を見せた。


「……ちょっとくっつけるだけ、ですか」

「ちょっとくっつけるだけじゃないの?」


 もちろん美也子も、『大人のキス』があることは知っている。洋画でよくやっている、なんだかちょっと長いやつ。よく分からないが、なんか角度を変えたりして、家族で観ていると気まずい気分になるやつ。


 この場でエイミとそれを行うのはまだ早いと思っていた。当然、エイミだってそう思っているだろうと。

 だがよくよく考えれば、『大人ではないキス』をするのも、とても照れ臭い。美也子から顔を近付けるのか、それともエイミから来るのを待つか。

 そんなの、一体どんな(つら)をして待てばいいのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ