表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】JKだけど、前世は異世界の大魔導師(♂)だったらしい  作者: root-M
第五章 悪魔と食事をする時は、長いスプーンを使え
68/116

68.最後に、少しいけない想像をした

「美也子のじいさんばあさんって、まだ元気よね」


 真由香にそう言われて、唐突に何を言うのかと首を傾げた。


「まあ、そうだね。四人とも元気だよ」


 風邪を引いたという話すら聞かない。


「……うちの母方のばあさんは、もう娘や孫のことだって分からないわよ」

「え?」


 疑問符を浮かべる美也子から目線を逸らし、真由香は独り言のように続けた。


「道理で……クリスデンの葬式の時、屋敷がやたら芳香剤臭いと思ったわよ」


 そしてエイミを見た。


「あんただって、今の半分くらいに痩せこけて、禿げ散らかしてたものね。クリスデンが死んだショックだけじゃなかったってことか」

「だから、どういうこと?」


 問う美也子に対し、真由香はグッと言葉に詰まった。卑怯だとは分かっていたが、その目を真っ直ぐ見つめると、ためらいあらわに口を開く。


「……痴呆状態だったってことよ。――そうなんでしょ!?」


 最後の問いは悲鳴のようだった。エイミは頷き、そのまま深く顔を伏せた。


「おっしゃるとお――」


 エイミの言葉が途切れたかと思うと、嗚咽が始まる。

 真由香もまた、泣いていた。


「あのクリスデンが……。さぞ無念だったでしょう」


 美也子は、涙さえ出てこない。ただ茫然自失と立ち尽くすのみ。


 自分が老人になったときのことなど考えられない。しかし、クリスデンの記憶を取り戻してしまったら、自ら老いるに先んじて、それを見せつけられることになるのだ。


 報道番組の特集で介護の現場を見たことがある。息を呑むような内容だった。それを思い出して、背中が冷たくなった。

 それをエイミがたった一人で。誰の手も借りずに。

 美也子自身も、老いればそうなるかもしれない。


 ――知りたくない。


「ご主人様に前世の記憶がないと知ったとき、本当に安堵致しました……」


 エイミの独白が重く床に落ち、テレビから聞こえてくる芸能人たちの笑い声が、ひどく白々しく部屋に響いた。


 恐る恐る美也子はエイミに尋ねる。


「でも、痴呆ならその時の記憶なんて残ってないんじゃ……」

「いいえ、まだら状態で、記憶が錯乱しているときのことを覚えていらっしゃいました。突然過去のことを思い出されて嘆いたり、わたくしを母君と間違えたり、なにかにお怒りになられたり。そして状態がよい時に、すべてを後悔されて、わたくしに許しを乞うのです」


 エイミの顔は、すっかり青ざめていた。


「その時の記憶は、決して今のご主人様が知ってはならぬものです。若く輝かしい人生に、必ず影を落とします」


 黙っている悪魔たちを見遣ると、複雑そうな表情をしていた。


「確かに、元クリスデンちゃんの記憶には、一部強力な防壁があったわん。そこに突っ込もうとしたら、メッセンジャーってヤツに捕まっちゃったの。すっごい魔法の秘密を守っているのかと思ったけれど、本当に守りたいのはそういう辛い記憶なのかもしれないわねぇん」


 女悪魔が同情の眼差しを向けてくる。


 一方のリューは、真っ直ぐに美也子に問うてきた。


「お前はどう思う? 今の獣人の話を聞いて、前世のことは永劫封印しておきたいか?」


 即答できない。リューは続ける。


「もしお前が、清濁併せて、全ての記憶を取り戻す覚悟があるのならば、わたしは如何なる手段を行使してもそれを成し遂げてやる。お前の記憶の防壁など、突き破る自信はある」


 力強い悪魔の言葉に、美也子の心は少しだけ落ち着きを取り戻した。


「……少し、考える時間が欲しいんだけど、今はそんなこと言っている場合じゃない?」

「いや、何事も性急なのはよくない。今は思考を巡らせるのがよかろう」


 鷹揚なリューの態度は、すぐに激変した。瞳が妖しく輝き、美也子をゆっくりと絡めとるように言葉を紡ぎだす。


「わたしはお前に対して、仮契約などという半端なことはせぬぞ。……選べ、前世の記憶とわたしを受け入れるか、もしくは他の手段を講じるか」


 表情はいつもの乏しいものだったが、声音にはたっぷりと熱が含まれていた。口説かれているようで気恥ずかしくなったため、つい美也子は目を逸らした。


「……分かった。明日まで一緒にいられるんだよね。じゃあ、それまで待って」

「うむ。前世の辛い記憶を思い出したら、わたしがたっぷり慰めてやる」


 リューの台詞に、エイミも真由香も色めき立った。そんな彼女たちをやんわり制し、美也子は腰を屈めてリューの耳元に囁いた。


「慰めてもらうなら、エイミがいいな」


 いつまでも小さな悪魔に翻弄されてはいられない。強く在らねば。


「言うようになったな、小娘」


 犬歯を剥き出して、リューは肉食動物のように笑った。

 悪魔をやり込められた満足感にしたり顔で立ち上がり、次は真由香へと丁寧に頭を下げる。


「ありがとう真由香ちゃん。心配かけてゴメンね」

「そんな、いいのよ。私、あなたの助けになりたいもの!」


 恐縮する真由香に、満面の笑みを浮かべて見せる。それから、女悪魔に向き直った。


「えっと、セクシーな悪魔さん、あなたも。リューを紹介してくれて本当にありがとう」


 すると、女悪魔は照れたように肢体をくねらせた。


「んまぁ、可愛いこと言っちゃってぇ~」

「ご主人様……」


 不安いっぱいのエイミの声が掛かる。


「多分、私はもう前世から逃げてはいられないんだ。だから、ちゃんと考えるよ。大丈夫、だって、みんながいるから……」


 四人の顔を順繰りに見ると、みんなこちらを見つめていた。それが面映ゆく、えへへと笑って床を見る。


「夏休みでよかった。学校のある日だったら、ゆっくり考えられないもんね!」


 心にはまだ暗いものが渦を巻いている。それに乱暴に蓋をして、美也子は明るく言い放った。





 帰り際、真由香はトイレを借りたいと申し出た。家まで我慢できない程度には、切迫していたのだろう。


 リビングで所在なさげに浮かんでいる女悪魔を何となく見遣る。なぜリューは浮いていないのだろうか。悪魔って、やっぱり不可解だ。

 だが、気に入った。


「ねえ女悪魔さん」


 話しかけると、にっこりと笑って近寄ってきた。


「あら~ん、何か用?」

「あのね、女悪魔さんは、真由香ちゃんと契約するとき、記憶を全部見たんだよね」

「そうね、ぜぇ~んぶね」

「それで、真由香ちゃんが気に入ったから契約したんだよね」

「その通りよ~ん」


 女悪魔の笑みは、優しいものだった。なんとなく、姉のようだなと思い、美也子もほっこりとした気分になった。


「真由香ちゃんのことが、好きなんだよね」


 尋ねると、女悪魔は即答した。


「当たり前じゃなぁい。あの子ったら、臆病なくせに強がりで、でも優しくて情け深い。とってもいい子だもの。すぐに好きになっちゃった~」


 その言葉は、確かに真由香を言い表すにふさわしい。

 きつい性格だが、純朴で美也子以上に泣き虫だ。それになんだかんだ、美也子も真由香に頼り切りで、邪険にせず誠実な応対をしてくれる。


「そうだね」


 美也子も笑って同意し、頭を下げる。


「真由香ちゃんを、これからもよろしくお願いします」

「あら……言われるまでもないわぁん」


 人間のように、女悪魔は苦笑しながら答えた。

 不意にその笑みが消え、顔を寄せてくる。


「でもね、あなたが蜂蜜ちゃんのこと愛してくれたら一番嬉しいわ。その時はアタシ、蜂蜜ちゃんとの特等契約は諦めるわ~ん」

「そ、それは……」


 美也子は口ごもる。真由香のことは好きだが、やはり親友でしかない。

 困っていると、女悪魔の笑みがいやらしくなり、囁かれる。


「愛してあげなくてもいいから、一回くらい、えっちしてあ・げ・て」


 言い方ってものがあるだろう、と無言で顔を赤らめる美也子に、女悪魔はまさに悪魔らしく笑って、天井の方へ飛び去って行った。

 内緒話をリューとエイミが聞きとがめて睨んでいるからだ。わざと、周囲に漏れるようなボリュームで言ったらしい。


 用を済ませて戻って来た真由香が、リビングの微妙な空気に目をしばたたかせた。


 美也子は、女同士でどうやって致すのか、少しいけない想像をした。

エイミ一人での介護は凄絶なものでした。

ネヴィラにもおむつはありましたが、エイミはクリスデンの尊厳を守るため着けませんでした。その結果、屋敷に排泄物の臭気が染み付き、葬儀の際は芳香剤で誤魔化しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ