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【完結】JKだけど、前世は異世界の大魔導師(♂)だったらしい  作者: root-M
第五章 悪魔と食事をする時は、長いスプーンを使え
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52.悪魔、見せびらかされる

「ちょっと待ちなさい!」


 唐突に真由香が叫んだ。


「何だ」


 『惰眠を貪るもの』が不快感をあらわにする。

 その視線を受けて、真由香が固まる。だがすぐに我に返り、女悪魔を殴った。


「いったぁ~い」


 大仰に身をくねらす女悪魔に、真由香が叫んだ。


「『惰眠を貪るもの』って……! 何でこんな大物を連れてくるのよ!」

「えぇ~? だって引退して暇だって言うんだものぉ」

「高位の者に恩を売りたいだけでしょ!?」

「どうしたの?」


 美也子が問うと、真由香は口ごもった。代わりに女悪魔が笑う。


「スンヴェルで有名な御方を連れてきちゃったから、蜂蜜ちゃんが嫉妬してるのよん」

「へぇ、有名なの?」


 首を傾げて『惰眠を貪るもの』に尋ねる。


「元七大公だ」

「へ~ぇ、偉かったんだねぇ」


 そう感嘆しつつも美也子には、いまいちその偉大さが理解できない。長生きをしているようではあるが、こんな可愛い子に務まる程度のお仕事なのだろう。


「何で引退しちゃったの?」

「毎日風呂に入れと周囲が煩かったのでな」


 その理由に、吹き出してしまう。

 やっぱり、子どもじゃないか。しかも『惰眠を貪るもの』なんて、ちょっとコミカルな名前だし。美也子だって惰眠を貪るのは好きだ。きっと、気が合うに違いない。


「え~? お風呂には入った方がいいよぉ」


 急に親近感を抱き、美也子は小柄な悪魔の肩を何回も叩く。真由香が目を丸くしていたが気にしない。


「おねーさんと一緒に入ろうか?」


 服を脱ごうとした時は引いてしまったが、よくよく考えれば、子どもの身体なのだから、股間にも可愛らしいものが付いているに決まっている。銭湯で母親に連れられている男の子とそう変わらないだろう。


 美也子は、すっかりこの悪魔を弟妹のように感じてしまっていた。


「ごはんは何を食べるの?」

「お前の魔力だけでいい。先ほどの量で、三日分」

「省エネだね」


 遠慮がちに抱き締めてみると、されるがままなので調子に乗ってさらに強く抱く。


 真由香は部屋の隅で、女悪魔と何かひそひそ話をしていた。困り顔でこちらを見ている。


「大丈夫だよ真由香ちゃん、この子すごく大人しいし」


 むぅ、と真由香が呻る。


「エイミに見せたいから、帰るね」


 すると真由香の顔が、不快げに歪んだ。


 小言か嫌味がやって来るのを恐れ、美也子は早々に野沢家を後にした。


 『惰眠を貪るもの』は、一時的に他人から姿が見えないようにして、大人しく美也子の後ろを付いてくる。エレベーターが物珍しいようで、その時は無表情を崩してきょろきょろしていた。その様がまた可愛らしい。


「エイミ、見て見て、悪魔だよ」


 自宅の玄関を開け、迎え出たエイミにその可憐な悪魔を見せた。


「まぁご主人様、下僕の心臓を止める気ですか」


 電話口で言われたのと同じセリフを言われる。だが今度は、本当に驚いているようだった。


 そのままリビングに連れて行って、ソファに座らせる。女二人で囲んで、矯めつ眇めつした。やはり可愛いことこの上ない。

 短い脚をぶらぶらさせている姿があざといが、強い庇護欲を湧かせる。


「こんなに近くで悪魔を見たのは初めてです」


 エイミがそっと手を伸ばすと、悪魔は抵抗することなく頭を撫でられた。


「あら、可愛らしいこと」


 頬を緩めて素直な感想を漏らすエイミもまた、可愛らしい。


「名前は、『惰眠を貪るもの』だって。長いから、違う名前つけていい?」


 美也子の提案に悪魔は一瞬不快感を示したが、自ら提案してくれた。


「ならば、リューと」

「リュー?」

「遥か昔、俺をそう呼んだ人間がいた。死に別れた妻の名だと」

「そうなんだ……」

「俺に、男のように振る舞えと言ったのもそいつだ」

「『妻』なのに、『男のように』しろって?」


 疑問符を浮かべてエイミを見ると、彼女も首を傾げた。


 悪魔の表情がやや愁いを帯びる。それは憐憫の情に思えた。


「……そういう性癖の男だったのだ」


 美也子には一切理解できない話だ。エイミは、困ったような顔をしていた。


「じゃあ、これからは女の子みたいに振る舞ってもらってもいい?」

「早急にはできかねる。長年の癖は容易には抜けぬ」

「え~、残念だなぁ、そんな可愛い口から、『俺』はないよねぇ?」


 エイミに同意を求めると、そうですねと頷く。


 悪魔――リューはしばし考え込む素振りを見せた。


「……理解した。お前は、俺に愛玩性を求めているのだな」

「愛玩性?」

「ペット的な扱い、ということでしょう」


 エイミのフォローが入る。


「それは……」


 失礼じゃないか、と言おうとしたが、リューは勝手に納得している。


「それならそれでよい。せいぜい可愛らしい少女を装うとする」

「そうだね。一人称は『わたし』でね」

「うむ……」


 美也子と悪魔のやり取りに、エイミが吹き出す。


「ご主人様はまことに、豪放な気性でいらっしゃる。悪魔を畏れることなくそんなふうに接するなんて」


 細めた目が開かれ、懐古の念に満ちる。


「クリスデン様もそうでした。種族の差など、あの方の前では何の関係もない」


 その名前を出されても、もう嫉妬したりはしない。




 

 二十時ごろ、母が帰ってくる。

 リビングに入ってきた母に向けて、美也子は抱き上げたリューを見せびらかす。


「お母さん、見て! 悪魔だよ」


 リューはされるがまま。

 母は、その幼い悪魔を上から下まで何度も見て、笑みを浮かべた。可憐な悪魔を気に入ってくれたのだろうか。


「美也子、ちょっといらっしゃい」


 微笑んだまま母に手招きされ、廊下に導かれる。

 エイミが寄ってきて、美也子の手からリューをやんわり奪い去った。


「お母さん?」


 廊下へ行くと、トイレの扉の前に立つ母からは笑みが消え、こめかみを押えて俯いていた。


「あのね、美也子。エイミちゃんのことはいいの、ずっと前から聞いていたし。異世界の人があなたを連れに来た話だって、境遇を考えれば仕方ないことだって思える」


 そこで母は大きく息を吸い込んだ。


「でもね、新しい服を買ってきたみたいな調子で、悪魔? を見せびらかされても、一般人のお母さんは困るわ」

「あ……。ごめんなさい」


 失念していたが、母は魔法や異世界とは無縁の人だ。エイミを受け入れてくれたことだって、クリスデンの根回しあってのことなのだ。


「まだ、犬か猫を拾ってきた方がマシよ」

「犬とかと違って、ごはんはいらないんだって。姿も消せるし……」

「そういう問題じゃないの。ううん、怒ってるんじゃない。ちょっと非現実的なものを見せられて、頭が痛いだけ。きっとすぐ慣れる」


 母は長く長く息を吐いた。


「ごめんなさい……」

「大丈夫、大丈夫よ。お母さんも、あの子を撫でてもいいのね? 噛みついたりしない?」

「大人しいから平気だよ」

「……悪魔って言うのは、ペット扱いしていいの? それとも人間扱いした方がいい?」

「あの子は、ペット扱いしてもいいって言ってたよ」


 母は小さく呻く。


「まあ、夏休みだし、ちゃんと面倒見なさいね」

「はぁーい」


 美也子は、妙に浮かれている己を自覚していた。

 エイミとリュー、姉と妹がいっぺんにできたからだ。そうに違いない。

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