49.悪魔と契約してみたい!?
5章に関して、登場人物の台詞に性的な表現が少なからずございます。
苦手な方はご注意ください。
「はい、ご主人様」
エイミは数コールで出た。
ナンバーディスプレイを見て、美也子と母以外の電話を取るなと申し含めてある。
「ねぇエイミ~、悪魔と契約してみようかって検討してるんだけど」
「まぁご主人様ったら、そのようなことをいきなりおっしゃって。下僕の心臓を止める気ですか?」
これはやんわりと怒られている。やはり、悪魔に手を出すのはまずいか。
「真由香様の提案ですね? うーん、本音を言えば心配ですが、身を守るという面では有りかと思います」
意外にも肯定的であった。
「それに、悪魔は人に悪さをするような種族ではないはずです」
「どんな種族?」
「人好きで争いを嫌います」
それだけ聞くと、とてもいいヤツらに思える。確かに真由香の悪魔も、邪悪な存在には思えない。
「じゃあ、みんな悪魔と契約して魔女になったらいいじゃない。それをしないってことは、何かあるんじゃないの? あと、男の人は契約できないの?」
「確かに、そうですね……」
エイミが口ごもる。
聞き耳を立てている真由香をじろりと睨むと、焦った様子を見せた。
「それは……」
悪いことを隠蔽している様子ではないが、何か引っ掛かる。
「ご主人様、今すぐに決めなくてはならないのですか?」
「ええと――真由香ちゃん、すぐに決めなくてもいいよね?」
「そうね、もう少し話をしてから決めてもらって構わないわ」
「すぐ決めなくてもいいんだって。じゃあ、真由香ちゃんともう少しお喋りしてから帰るね!」
「はい、できるだけ早くお帰り下さいね」
「うん」
電話を切ると、今度は真由香がジト目で見ている。
「美也子、あの獣人と話すとき、いやに甘えたような声になってない?」
「そうかな?」
内心の動揺を隠すように首を傾げて見せる。
真由香の指摘が図星だという自覚はあった。先日の一件から、どうもエイミには甘えすぎてしまう。
「それで、悪魔について説明してくれるの?」
真由香に向き直ると、そうね、と考え込み、唐突に叫んだ。
「『墓場の上で誘うもの』! さっさと来い! 魔力余ってるだろ!」
すると、敷物に映る真由香の影から、見覚えのある女悪魔が姿を現した。不満そうに頬を膨らませているのは、呼び方が横柄だったからだろう。
「蜂蜜ちゃんはいつからそんなに傲慢で悪い子になっちゃったのぉ? 好きな子の前だからって格好をつけるのは、逆効果だと思うのん」
「うるさい! 美也子が悪魔契約に興味があるって言うから、暇を持て余していてそれなりに強いヤツを見繕って連れて来い」
真由香の言葉に、女悪魔は手を打ち鳴らして笑った。
「まあ、それは朗報ねん。この子ならきっと、選り取り見取りよん。スンヴェルの七大公とだって契約できるかもしれないわぁ~」
「バカ、そんな大物はむしろ迷惑だ!」
慌てる真由香に、美也子は尋ねる。
「スンヴェル? 大公?」
「スンヴェルはアタシたち悪魔の暮らす世界よ。今は七人が分割統治してるのん」
「へぇ」
地獄のようなところに住んでいるイメージだったが、悪魔の暮らす異世界があるというのか。
「じゃあ、いい同胞を連れて来るわねん」
ウィンクする女悪魔に、疑念をぶつける。
「渡界してくるってこと? そんなに簡単に出来るものなの?」
世界を渡るには大量の魔力と神の許可が必要だという認識だったが。
真由香が説明してくれる。
「悪魔は渡界にそれほど大量の魔力を必要としないのよ。契約者さえいれば、その者と悪魔の間に繋がりができるから、その繋がり――『ホール』を通って来る。他の悪魔を連れて来る時は、行きは私の魔力を使って一緒にホールを通らせて、帰りは美也子の魔力を少しだけ分けてやって」
「どうやって分けるの?」
「キスさせてあげて~ん」
女悪魔が、唇を尖らせてセクシーなポーズを取った。
そういえば、かつて愛奈に頬へ口付けされたことがあった。
だが初対面の異種族とそれを行うのは、あまりに厭わしい。
「え~? 知らない人とキスするのはイヤ!」
「待って待って、キスって言っても手や足でいいし、それ以前に髪を少しだけ切って渡してやれば事足りるわよ」
真由香の補足に、女悪魔が舌を出す。方法が二通りあることはあえて言わなかったらしい。
やはり悪魔と契約するのは考え直そうか。
「とりあえず、何人か悪魔に会って話をしてみなさいよ。フィーリングが合うと思ったら仮契約から始めたらいいし、イヤなら帰ってもらえばいいわ。無理強いなんてしてくる連中じゃないから」
「うん……」
何だか不安だ。
だが、よくよく考えたら――悪魔と契約すれば魔法が使えるようになるのだ。
つまりは、幼少時散々あこがれた『魔女っ子』になるチャンスなのでは。
クリスデンは魔法を習得するには経験が必要だと言っていたし、ここは手っ取り早く悪魔の力を使って、魔法使いになるのが得策なのでは。
不安で萎んだ心が膨らむ。なんだかワクワクしてきた。
「決まりねん、じゃあ、しばしお待ちあれぇーん」
投げキッスをして悪魔が消える。
一体、どんな悪魔がやって来るのだろうか。緊張と期待で胸が高鳴る。
「お待たせ~ん」
真由香の悪魔が部屋の中央に突如出現した。床に正座をした状態で。
「早っ」
あまりの仕事の早さに驚く。
女悪魔は、傍らに小柄な少女を伴っていた。
年齢は、小学校中学年程度に見える。ランドセルが似合いそうだ。
白い――いや、クリーム色の髪を華奢な肩に垂らし、角は女悪魔のような山羊のものではなく、内側に湾曲した羊のもの。
尻尾は見当たらないが、着物のような前合わせ式の衣服に隠れているのだろうか。
表情に乏しく、金色の瞳で値踏みするように美也子を見つめてきていた。
不躾な目線ではある、だが。
「可愛い!」
それが率直な感想だった。
大きな瞳と小造りの鼻と口。抱き締めたくなるような、小動物的な愛らしさが確かにあった。
この子と契約したら、ぬいぐるみや、もしくは妹のように愛でてもいいのだろうか。