48.刑罰の起源
5章は「悪魔とお試し契約編」となります。
また、当48話につきましては、やや残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください。
夏休みに入って二日目の朝。美也子は真由香に呼び出され、朝食後に野沢家を訪れた。
魔法で変装させたエイミを連れて来ようと思ったのだが、頑なに真由香が嫌がったため、叶わなかった。
インターフォンを鳴らすと、すぐに真由香がドアから顔を覗かせた。
「美也子、うちに来るの久しぶりよね」
妙に嬉しそうだ。
「そうだね。えっと、おばさんはいるかな?」
手土産を掲げて見せると、真由香が優しく取り去った。
「パートに出てるから三時くらいまで帰らないわよ」
どこかテンションが高い理由、それは久々に美也子と二人きりで過ごせるからだろう。まさかおかしなことはされないとは思うが。
通された真由香の部屋は、異世界の魔女のものだとは到底思えないほど、近代化が進んでいる。
デスクトップパソコンにゲーム機数点、タブレット、巨大なスピーカーに挟まれたミニコンポ、ヘッドホン。ハイレゾ音源がどうとか言われても、美也子には分からない。
棚には少女マンガやファッション誌が並んでいる。死角に、ちょっとエッチな女性コミックがあることは知っている。
以前、『この世界に順応できなくて気が狂いそうだった』などと言っていたが、今では美也子以上にこの世界の文化技術を満喫しているではないか。
真由香の部屋に上がるのは半年ぶりで、当時もそこそこ電子機器が並んでいたが、一新されている。
「相変わらず、ハイテクな部屋だね」
「父親のお下がりよ。すぐに新しいもの買っちゃうんだから」
呆れた物言いだが、満更でもなさそうだ。
「それで、美也子が工藤から聞いたって言うブログを読んでみたんだけど」
ロボットアニメのコックピットのような椅子に座りながら真由香はパソコンを操作する。ゲーミングチェアというらしい。
「あー、工藤さんね、うん」
曖昧な返事をしながら、真由香の傍らに立ってディスプレイに映る文字を見る。
美也子はすっかりそのブログの存在を忘れていた。
「美也子、これ読んだ?」
「ま、まだ……」
画面に表示された文章をさらりと読む。
***
昔々、今より魔導師の数が半分以下だったころ。
ネヴィラでは、魔導師による犯罪が横行していました。
困った人々は、神に直訴します。
「魔導師は総じてあなた様の徒でございます。どうぞお知恵をお貸し下さい」
「じゃあさ、刑罰を残酷にしたらいいんじゃないかな?」
神はそう言いました。
「刑罰を残酷に?」
「例えば、これ」
神は土を一握りつかむと、適当にこねくりまわし、奇妙な形の物体を作りました。
「これの中に罪を犯した魔導師と水を入れて、火にかけて蒸してしまいなさい」
「それは、確かに残酷でございます」
「蒸しているところを、魔導師たちに見せて、終わった後に中を掃除させてやれば、そうそう悪いことをしようとも思うまいよ」
「ほう、それも残酷でございます。ところで、この形は一体何を模しているのですか?」
「は? 分からないの?」
神の威圧に、下々は平伏しました。
「ははーッ、失礼致しました!」
「ほら、車輪を付けてやったから、移動も楽になるよ。あと十匹くらい作ろうかな」
匹、ということは、動物を模しているのでしょうか。神の為すことは、人には分かりかねます。
「早速、これを使用致します!」
「そうしなさい。あ、でも、乱用とか、冤罪とか止めてよね! お兄様たちに、お前は頭がおかしいって、また言われちゃう」
かくして、ネヴィラでは『審判の籠』による『蒸刑』が誕生したのです。
***
「これ、どこまで本当のことなのかしら。ネヴィラの神がこんなにふざけた存在で、ノリであれを開発したのだったら、死ぬほどショックだわ」
真由香はムンクの叫びのように頬を両手で包んで嘆く。
「さすがに、わざとこういうコミカルな表現をしてるんだと思うけど」
美也子はフォローを入れた。
他の話では、神のことを『十三人のニート』だと書いてあったが、そんなの嫌すぎる。
「ゴメンね真由香ちゃん。車が処刑器具に似てるとは聞いてたけど、こんなに残酷な使い方をされてるなんて思いもしなかった。昔一度、無理に車に乗せようとしたことあるもんね」
中一の時。その際、真由香は過呼吸を起こした。
真由香は苦い顔で説明してくれる。
「若い魔女や魔導師が、使用後の掃除をさせられるのよ。だから、ネヴィラの魔導師たちはベジタリアンが多いの」
凄絶な話に美也子は青ざめた。だが真由香は肉を食べる。
その疑念が伝わったらしく、小さな声で真由香は言った。
「私は悪魔に身体を貸して、意識のない状態でやってたから、多少は平気なの」
陰惨極まる。言葉が出ない。
「それに……」
何か言いかけて、真由香は頭を振った。
「今日はこんな暗い話をしに来てもらったんじゃないわ。――あなた、クリスデンの記憶をもっと知りたいって言ってたわね」
「うん」
いずれまたネヴィラから刺客が来るのであれば、自衛手段を講じねば。
工藤に指示を出していた矢吹櫻子という女性のことも油断できない。来月会う予定があるため、それまでに何らかの対策をしておきたい。
「それで私、考えたんだけどね!」
真由香の語尾が跳ね上がる。
「いっそ、あなた自身が悪魔と契約して、魔女になったらいいのよ!」
ナイスアイディア、と言わんばかりに手拍子を打ってみせた。
その提案は、二つ返事で了承するにはあまりに突飛過ぎる。
「ええー?」
「え、イヤなの?」
意外そうにしている真由香を半眼で見つめる。
「むしろどうして、私が喜んでOKすると思ったの……?」
「仲間が増えたら嬉しいもの」
「そういうもの?」
「そういうものよ。本来なら魔女は群れて相互扶助するものなのよ」
明るく説明する真由香に対し、自分から仲間を捨てたくせに、という揶揄が口から飛び出し掛けた。だが、友達に対して辛辣な物言いをすることは好まないため、飲み込んでおく。
美也子の内心に気付くことなく、真由香は話を続けた。
「あなたの記憶を探るにしても、私の悪魔にやらせるには今は魔力が足りなくてね。でもあなたは元々魔力が高いし、契約しちゃった方が手っ取り早いわ」
「手っ取り早い、かぁ」
即効な手段は嫌いではないのだが、それでもすぐに承諾できかねる内容だ。
「イヤなら『仮契約』でもいいのよ。記憶を取り戻すような大掛かりな魔法は使えないけれど、それでも、護衛くらいにはなるんだから」
「へぇ、仮契約だと何が違うの?」
「悪魔の力を引き出せる度合いかしら。私は本契約してるわよ」
胸を張って言われても、困る。
「えー、なんか怖い」
「怖くなんかないわよ。この前、私の悪魔見たでしょ。みんな、頭がピーマンみたいなヤツばっかりよ」
「頭がピーマンって、どういうこと?」
そういえば、父親の写真に、頭にピーマンを乗せてマイクを持っているものがあった。母親はそれに関して深く語ることを厭った。
「中身がなくて、頭がスッカスカってことよ!」
真由香が嘲笑した。父親の写真も、それに準じた意味なのだろうか。
それにしても酷い物言いである。頭ピーマンなら、なおさらそんな者たちと契約などしたくない。
「利点だけじゃないよね?」
軽く突っ込むと、真由香の目が泳いだ。
「まぁ、持ちつ持たれつみたいなところがあるけど。あなたみたいな高魔力持ちはどの悪魔だって、我先に契約したがるはずよ」
「デメリットもあるんでしょ? っていうかエイミと相談する」
エイミの名前を出すと、真由香の顔が不快げに歪む。
「この部屋には入れないからね!」
「意地悪ぅ」
「何でもかんでも、あの獣人に相談しないと決められないワケ?」
厳しい真由香の言葉に反論できないが、意地を張っても仕方ない。
自宅の固定電話宛に電話を掛けた。
父親の写真の意味は、小ネタです。分かる人だけ分かって下さい。忘年会の出し物でカラオケしてる場面です。




