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【完結】JKだけど、前世は異世界の大魔導師(♂)だったらしい  作者: root-M
第四章 15歳、思春期、何も起きないはずもなく
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34.牽制、宣戦布告 その1

 期末テストが終わった。


 欠けに欠けていた集中力は、自己嫌悪で補った。

 どうやら、ダウナー状態に在った方が集中できるタイプらしい。我ながらなんと不健全な、と思う。テストのたびにこんな精神状態になってはいられない。


 それでも美也子は惨憺(さんたん)たる結果をすでに覚悟していた。赤点はなんとか免れただろう。


 エイミには、あの発言は気にしないように何度も言い含めた。それは自分にも言い聞かせていたのだと自覚している。


 一学期最大の重苦から解放され、学生たちは浮かれた足取りで早々に帰っていく。もう気分は夏休みだ。

 美也子と愛奈もその波に乗りつつ、校門を出た後に最寄りのファストフード店へ寄った。

 互いの家からは離れてしまうが、ランチがてら少し話を聞いて欲しいと、美也子から頼んだのだ。


「前世の自分に嫉妬ねぇ~」


 話を聞くと、愛奈は不可解そうに首をかしげた。


 醜い心情をつぶさに話すことはできなかった。

 前世の自分をライバルのように意識してしまうこと、同居している前世からの知人がふとした瞬間に、比較するような発言をしたことは話した。


「あたしにはよく分かんないな~」

「そっか……」

「……えっと、うーん」


 暗い面持ちで口元を引き結ぶ美也子を見て、当初は無理解を示した愛奈は少し考えてくれた。


「え~っと、前世のあたしを知る人に、前世の方が美人だったって言われるようなものかな? それは確かにムカつく」

「そういう悪口系じゃないんだけど。でも立派な人物だったっぽいんだよね。私とは違う。真由香ちゃんだって、元々は前世の私が好きだったんだから」


 ぼそりと言うと、愛奈はきれいに整えられた眉を歪めた。


「どうして美也子は前世と今を別々に考えちゃうの? 記憶がまばらで、性別が違うからかなぁ?」


 その理由は分かっていた。先日、記憶の中で出会って、まるで別人のように会話をしてしまったからだ。

 ただのメッセンジャーだと言っていたが、あれはすでに一人の人格だったように思う。


 仮にエイミとクリスデンが男女の関係だったとして、前世の恋人が死後も転生先に駆け付けてくるなんて、どう考えてもロマンティックな美談でしかない。

 だがもし本当に恋人関係だったのだとしたら――それを想像するだけで醜い心が沸き立つ。


「ねぇ美也子、あたしも、その子に会ってみたい」

「え?」


 暗く沈む美也子に愛奈が微笑む。少し悪戯めいたものを含んでいる気がした。


「これから行っていい?」





「お邪魔しま~す」


 愛奈は明るい調子で玄関に上がる。


「お帰りなさいませ、ご主……美也子様」


 エイミが丁寧に頭を下げた。その後、愛奈に向き直る。


「お初にお目にかかります、愛奈様。わたくしはエイミと申します」


 すでに電話で愛奈の訪問の件は伝えてあった。

 ご主人様とは呼ばないように、とも。


「愛奈『様』だって。初めて言われたぁ。可愛い獣人さんだね~」


 二人が向き合って並ぶ。愛奈の方が少し背が高い。


「獣人って初めて見た。転生前の世界にはいなかったんだよね~」


 愛奈の手が、エイミの耳へ伸びる。びくりとエイミは身体を引いた。


「あ、触られるのイヤだったぁ?」

「ええと……ご主人様……」


 困惑気味にエイミは美也子を仰ぐ。


 そういえば『美也子の許可なく他人に触れさせたりしない』と言っていた。

 その言葉を聞いた夜のことを思い出すと、少しだけ胸が痛む。あの時のエイミは、クリスデンの記憶がないと知って、本当にただの少しも落胆しなかっただろうか。


 一瞬、触らせてやりなよと言いそうになる。

 美也子の心を乱すエイミ、及川に嫉妬してくれないエイミ、美也子を嫉妬させるエイミ。その復讐として。

 だが、その思考の邪悪さは分かっている。


「ゴメンね愛奈、私以外に触れられたくないんだって」

「へぇ~。忠臣だねぇ」


 愛奈の賞賛に、エイミは黙ってはにかんだ。


「リビングと私の部屋、どっち行く?」

「美也子の部屋見たい!」


 勢いよく手を上げて愛奈が答えた。


「愛奈の部屋より、ずっと狭くて地味だよ」

「そんなの気にしないよ~」


 うきうきと愛奈は美也子の肩を押し、部屋へ急かした。


「美也子の部屋、しんにゅ~!」


 明るい声を上げながら入室し、部屋をぐるりと見回した。


「片付いてるね」

「エイミが掃除してくれるの」

「いいなぁ、前世の役得だね」

「そう、前世が立派な人だったから。ね、エイミ」


 同意を求めてから、固まる。

 今のは失言だ。間違いなく、嫌味だった。


「……左様でございます」


 小さな声で、エイミが答えた。耳が垂れている。


 わずかに流れる気まずい空気を敏感に察したようで、愛奈が目をしばたたかせていた。


「あの、お飲み物をお持ちします。麦茶とアイスコーヒーと、炭酸飲料がございますが」


 微妙な空気を振り払うように、エイミが明るい声で愛奈に尋ねる。


「ありがとうエイミちゃん。じゃあ、麦茶ちょうだ~い」

「かしこまりました。ご主……美也子様は?」

「私も麦茶でいいよ。ええと、むしろ私が汲んでこようか」

「滅相もございません」


 一礼して、エイミは出ていく。その背中を見送りながら、愛奈が言った。


「ねぇ、トイレ借りていい?」

「うん、廊下出て、すぐ右手のドアがトイレだよ」

「ありがとう」


 いやにニコニコしながら愛奈は出て行った。


 手持ち無沙汰の美也子は、ベッドに腰掛けてスマホをいじるしかない。

 SNSの新着をざっとチェックして、エイミも愛奈も少し遅いなと思い至る。


 愛奈は、腹でも痛いのだろうか? エイミは、茶をこぼして困っていたりしないだろうか?


 様子を見に行こうとスマホを置いた時、ノックの音が響いた。

 ドアを開けたのは愛奈。その後ろから、両手が塞がったエイミが入ってくる。


「お待たせ致しました、()()()()


 そう呼ばないよう言い含めておいたのに、友人の前で『ご主人様』と呼ばれて美也子は気恥ずかしくなる。

 だが、愛奈は気にしていないようだ。


「遅くなってゴメンね美也子~。エイミちゃんと、ちょっとお喋りしちゃったぁ」


 遅かった理由は合点がいった。

 お喋りの内容も気になるが、愛奈は真由香のように殴打したり毒を吐いたりするような性格ではないから、突っ込んで聞く必要もないだろう。


「ありがとう、エイミ」


 お盆をローテーブルに置くエイミに礼を言うと、柔らかい笑みを見せた。


「いいえ、ご主人様」


 またご主人様と言った。美也子の指示を失念するなんて、エイミらしくない。母の前では、ちゃんと名前で呼んでくれるのに。


「じゃあ、お茶頂くね~」

「あ、どうぞ」


 疑念は、愛奈の明るい声で霧散した。

2万PV突破しました。


また、たくさんの評価、ブクマありがとうございます。

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