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【完結】JKだけど、前世は異世界の大魔導師(♂)だったらしい  作者: root-M
第四章 15歳、思春期、何も起きないはずもなく
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33.悪夢と失言

 夜は、いつものようにエイミと風呂に入って身体を洗ってやる。

 背中を擦ってやっている時、視線がホクロに吸い付けられた。


「エイミ。左の胸のところに、ホクロがあるの知ってる?」


 つい聞いてしまう。


「はい」


 エイミははっきりと答えた。 

 そんなところ、腕を上げて覗き込まないと見えないのに、なぜ知っているのだろうか。


「クリスデンに言われたの?」


 暗い思考は口から飛び出た。

 エイミは答えず、振り向かない。


「答えて」


 ついきつい口調になってしまう。


「その通りです」


 エイミの返答に、美也子は硬直した。


「一緒に入浴した際は、いつもそれを気にしていらして」


 こちらを振り向かないまま、エイミは滔々と続ける。


「あのかたは、ホクロのある女性が好きだったのです。白い肌に浮かぶそれが、情欲をあおると」


 エイミの抑揚のない声に怖気立つ。生々しい語りに吐き気がした。


「だから、わたくしを大層可愛がって下さって――」

「もう聞きたくない!」


 目を閉じて、叫ぶ。


 ――という夢を見た。


 目が覚めると、ベッドの上。

 仮眠を取っていたのだが、どうしようもない『悪夢』を見てしまった。


 あれは、エイミを穢す夢だ。自己嫌悪に芋虫のように丸まって呻った。


 スマホを見ると、十八時半を過ぎたところ。あと一時間早く起きるつもりだったのだが、アラームセットを忘れていた。


「ご主人様、夕食ですよ」


 ノックと共にエイミの声が掛かる。勉強中の美也子に遠慮してなのか、入ってはこない。


 今すぐここに来いと命じたい。

 頭から尻尾まで無茶苦茶に撫で回して嬌声を上げさせてやりたい。

 美也子一人のものなのだと思い知らせて――ああ、なんとバカなことを。


「今日のご飯、何?」

「生姜焼きですよ」


 豚肉と白米の旨味を思い出して、空っぽの胃に意識を向けた。

 歪んだ欲求は、育ち盛りの食欲でかき消してしまおう。


「すぐ行く!」


 身体を起こして、リビングへ向かった。





 夜、いつものように風呂でエイミの背中の毛を洗ってやる。ボディソープのいい香りが漂い、エイミも上機嫌そうに短い尻尾を振っている。いつもの光景。

 だが今日は、どうしても視線がホクロのある左の胸に吸い付く。


 夕食前に見た悪夢を思い出し気持ちが沈み込む。

 ただの夢だと言い聞かせ、ボディタオルを持つ手を勤勉に動かす。


 それでもやはり、気になる。

 聞いてしまえと、自棄になった心が囁いた。


「左胸に、ホクロがあるの知ってる?」

「はい」

 

素直な返答に、鼓動が早くなる。


「……自分で見たの?」

「はい、後ろの毛を自分で梳くときに見つけました」


 ――なんだ、やっぱりそうだよね。

 美也子は死ぬほど安堵した。


 クリスデンと風呂に入っていたのは、背中の毛を洗ってもらう必要があったから。もしくは介護のため。ただそれだけの話。


 抱き付いて甘えるだけで真っ赤になる少女が、『そんなこと』をしているわけがない。あの良い歳をした男が、年下の少女に対して、『分別のないこと』をするはずがない。


「んっ」


 白い肌と白い泡の中に浮かぶ黒い点を、思わず触ってしまい、エイミが身をよじった。

 くすぐったいらしい。


「気になりますか? 気に障るようでしたら絆創膏でも貼っておきます」

「何を言ってるの」


 生真面目な回答に笑ってしまう。


 湯船に向かい合って沈み、ぼんやりした思考でもう一度ホクロに手を伸ばす。なめらかな肌の感触と乳房の柔らかさが指に心地よい。


「ご主人様……」


 エイミは困ったようにしている。いや、照れている。その姿が可愛くて、ふざけて手を真下に滑らせ脇腹までなぞった。


「あっ!」


 勢いよく身をよじらせ、湯の飛沫が美也子に掛かる。今の悲鳴は、拒絶ではない。


「ご主人様ったら」

「ほら、大人しくしてよ」


 面白くなったのでもう一度。耐えるエイミの口元が震える。


「最近、少し肉が付いてきたよね」


 今度は乳房からあばらをなぞる。


「申し訳ございません」

「何で謝るの。元々痩せ過ぎだったでしょ。もっと食べたら、胸だって大きくなるかも」

「ご主人様はその方がお好みですか」

「うーん、かもね」


 太ることを肯定させるためにとりあえず同意したのだか、エイミは湯船から上半身を出してまじまじ自分の胸を見つめた。


「クリスデン様とは異なることをおっしゃるのですね」


 その言葉に美也子は硬直した。

 なぜ美也子の笑みが消えたのか、エイミはすぐに察したようだった。

 暖かい浴室にいるはずなのに空気が凍ってしまった気がする。


「申し訳ございません!」


 弾かれたように浴槽から出たエイミは浴室の床に平伏した。


「何で謝るの?」


 努めて平静を装い、美也子は苦笑している演技をした。


 エイミに見抜かれている。前世の自分へのコンプレックスを。一緒に眠った、あの日の夜から。

 羞恥心に胃がよじれそうだった。


 だが、クリスデンは如何なる状況で、エイミにどのように言ったというのだ? 胸が小さくても良いと、むしろその方が好みだとでも言ったのか? 実際に目視しながら? 触れながらか? 風呂場で? ベッドの上で? 


 膨らむ妄想が油となり嫉妬の炎を燃え上がらせる。


 クリスデンは『前世のことなど知りたがるな』と言った。まったくその通りだ、クソ野郎。


 あらゆる罵倒が美也子の脳裏に浮かぶ。同時に、男性そのものへの嫌悪さえ。


「ほら、冷えちゃうから」


 全裸で震えるエイミに立つよう促し、再度二人で湯に浸かった。


 今度は、肌に触れる気にはなれない。

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