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【完結】JKだけど、前世は異世界の大魔導師(♂)だったらしい  作者: root-M
第四章 15歳、思春期、何も起きないはずもなく
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31.及川 マスト ダイ その2

 声の主を振り返り、そこにいた二人の女子を見て顔が強張ってしまった。


 愛奈と真由香が、積年の友のような顔で連れ立って通路にたたずんでいたからだ。


「あたしたち、この席でいいでーす」


 案内係の店員に明るくそう言って、愛奈が及川の隣に座り、真由香が美也子の横に来た。


「二組の及川くんだよね~? ゴメンね、混んでるから相席してあげたほうが、お店も助かるよね~」

「久しぶりだね及川くん。中二の時同じクラスだった野沢だよ」

「あ、うん」


 いやにフレンドリーな女子二人に気圧され、及川は唖然としていた。


「ドリンクバー二つ下さぁい」


 愛奈が店員に甘い声でオーダーする。


「じゃ、取りに行こ」


 真由香が美也子の腕を引っ張る。いつもはそちらから触れてこないくせに。


「いや、私まだ入ってるから」

「及川くんの分、取りに行ってあげればいいじゃない。ねっ」


 真由香の視線を受けて、及川は遠慮がちに答えた。


「あ、じゃあアイスティーを……」

「分かった、取って来るね」


 引きつった笑みで、美也子も席を立った。


「何でここにいるって分かったの」


 ドリンクコーナーで美也子は二人を非難する。


「真由香ちゃん、悪魔の力で私のこと尾行してたんでしょ」


 過日、ヘラーたちの居場所を突き止めた時のことを思い出す。


「私は何の魔法も使ってないわよ」


 真由香は涼しい顔で野菜ジュースを注いでいた。その視線を愛奈に向ける。


「えへへ」


 曖昧に笑う愛奈の顔を見て、魔精(ませい)の能力を使ったのだと思い至る。


「そもそも、二人ってこんなに仲良くなかったよね。何で一緒にいるの?」


 訝しげに見つめると、愛奈は真由香に微笑みかけた。


「仲良くないこともないよね~、真由香ちゃん。連絡先交換したし」

「バカ言わないで。一時協力体制なだけよ」


 協力して美也子のデートを阻害しようとするなど、なんと恐ろしい。一体何が、彼女らをそこまで突き動かすのか。

 真由香の気持ちはまだ分かるが、まさか愛奈まで。

 溜め息しか出ない。


「はいこれ、及川くんの。持って行ってあげて」


 愛奈が差し出してきたのは、ホットドリンク用のカップだった。紅茶のティーバッグがお湯に浮かんでいる。


「ちょっと! アイスって言ってたじゃない!」

「そうだっけ~?」


 愛奈はアイスカフェオレを持ってさっさと席に戻っていく。

 仕方ないので、これは美也子が飲むことにして、アイスティーを汲み直した。


「お優しいこと」


 真由香の嫌味が背中に掛かる。


「あのねぇ、真由香ちゃん。これじゃあ私が、お使いもろくに出来ないバカな子みたいじゃない」

「男って、バカ女の方が好きじゃない?」

「及川くんはそんなことなさそうだよ」


 及川を庇う美也子に、真由香は言葉を失って口をパクパクさせた。


 それを放置して、席に戻る。

 すると、愛奈が及川にあれこれ聞いていた。部活は、成績は、家族構成、血液型は。

 及川は戸惑いながらも、きちんと答えている。


「へぇ、及川くんAB型なのぉ~? 二重人格ぅ~?」


 愛奈はテーブルに肘をついて、いつもより数割増しで間延びした声を発している。聞き方こそ穏やかだが、及川を貶めようとする意図を感じた。

 及川は反論することなくただ苦笑している。


「いや、どうだろうね、あはは」

「そう~? 美也子はどう思う?」

「血液型占いなんて、私は信じてないから」


 愛奈に話を振られ、美也子はぴしゃりとそう言ってしまった。愛奈が驚愕の表情を向けてきたが、気付かないふりをする。


「そうそう、そんなの非科学的だよね」


 やって来た真由香が美也子に追随する。

 魔女が『非科学的』という単語を使用するのは、滑稽である。


 愛奈は、協力者だと思っていた人間にまで裏切られ、開いた口が塞がらないようだ。

 だがすぐその顔に笑みが戻る。……目は笑っていない。


「真由香ちゃんだって、呪いとか魔法とか信じてるでしょ~?」


 今度は真由香が顔をひきつらせた。

 魔女である真由香にとってはまごうことなき事実だ。信じる信じない以前に、実際使うことができるのだから。

 だが、その正体を知らぬ及川にとっては、真由香はただの『痛い子』になってしまう。

 

 真由香はしばらく表情を強張らせていたが、何か痛快な返しを思いついたようで、口角が吊り上がった。


「そうだね、嫌いな人がいたら、呪ってあげてもいいよ。……元カレとか」

「真由香ちゃん!」


 慌てて美也子はたしなめた。まだ失恋の傷は塞がっていないだろう。

 笑みを崩さない愛奈だが、ゆえに怖い。


 ――この状況はマズい。

 愛奈VS真由香になってしまった。


 及川も不穏な空気を察して、すがるように美也子を見てくる。


「元カレのことは別に恨んでないもん」

「はぁん、じゃあさっさと次の男と付き合えば? この前、うちのクラスのヤツに告白されてたでしょ?」


 被っていた真由香の猫がどこぞに去った。すっかり本性を剥き出してしまっている。


 何か言い返そうと口を開いた愛奈の目から、一筋の涙がこぼれた。

 美也子は思わず真由香の頭に拳骨を落としていた。


「いだっ! 美也子が私を殴った!?」

「愛奈ぁ~、とりあえず外に行こ?」


 真由香を強引に押しのけて通路に出ると、鼻をすすり出した愛奈へとハンカチを渡す。

 周囲の客のがこちらをちらちらと見始めていた。この状況を体験するのは二度目だが、慣れるはずもない。


「えっと、俺、会計してるよ」

「ありがとう。後からお金渡すから」


 及川の気遣いに礼を言い、かつてのようにまた愛奈の手を握って外に導く。背後から、仏頂面の真由香がついてきた。


 店外に出て愛奈の様子を窺うと、けろりとしていた。


「あ、愛奈?」

「ゴメンね美也子」


 愛奈と真由香が視線を交わして、戦友のように頷き合った。


「演技だったの!?」

「ケンカして美也子を連れ出す作戦だったの。でも演技じゃなくて、ほぼ本音よ」


 頭をさすりながら真由香が言う。最後の台詞と共に、ぷいとそっぽを向いた。

 対する愛奈は真由香を見つめたままだ。


「作戦が成功してよかったね~。すっご~く傷付いたけど」

「傷付けるために言ったんだけど?」

「ふ~ん、そう」


 先ほど戦友のようだった二人が、今度は仇敵のように剣呑な笑みを交わす。だが今は止める気になれない。


「ひどいよ」


 まんまとしてやられた美也子は、ただ肩を落とすことしかできない。


「千歳さん?」


 会計を終えた及川がやって来る。

 それを見た愛奈は目元をハンカチで押さえて、泣いている演技を続けた。真由香も不貞腐れた様子で、女の修羅場を演出していた。

 それを放置し、美也子はカバンから財布を取り出す。


「及川くん、ありがとう。お金は……」

「いや、お金はいいよ」

「それはダメだよ。えっと、三人分払うから」

「計算しなきゃいけないし、また今度でいいよ」

「……今払って」


 支払い方法で応酬する美也子と及川の脇で、愛奈が顔を伏せながら囁く。


「……今払って!」


 二度目は、語勢が強まっていた。それを聞いた真由香が、ハッとした表情で財布を出す。


「今払うわ! レシート見せて」


 及川からレシートをひったくり、ざっと暗算を始める。


「三人で千八百円でいいかしら?」

「ちょっと多いかな」

「いいのよ、邪魔しちゃったし、気にしないで」


 上品に笑ってみせる真由香と、指図した愛奈の意図が分かった。

 一刻も早く、美也子と及川の接点をなくしたいのだ。後日清算となれば、それを口実にまたデートの運びとなる。


 及川が一体何をしたというのだ。美也子は溜め息しか出ない。

 どうやって謝罪しようか考えていると、右手を愛奈、左手を真由香に捕まれた。


「じゃあ、今から仲直り会だから!」

「えっあっちょっと!」


 女子二人に引きずられ、美也子は為すすべなく足を動かす。これではまるで刑場に引き立てられる罪人のようではないか。


「千歳さん、今日はありがとう! また連絡するから」


 背中に及川の声が掛かる。


「こっちこそありがとう」


 無理矢理後ろを向きながら、困惑顔の及川に礼を言った。

 




 それから女三人で、ファストフードの店に入った。


 注文後、窓際のカウンターテーブルで美也子を中心に横並びになる。

 それから、真由香に払ってもらった分を精算する。


「んもう、そんな短いスカート履いて!」


 フライドポテトをかじりながら、真由香が美也子の服装をとがめた。


「いや、キュロットだよ。この前買ってから一度も履いてなかったから」

「男に脚を見せることを想定しながら服を選んだの!?」

「な、何言ってるの? 及川くんと遊ぶのが決まる前に、ワゴンセールで買ったやつだよ」


 慌てて弁解すると、逆側の愛奈が身を乗り出してきた。


「あたしと一緒に買いに行ったんだよね~」

「仲良しアピールうざい!」

「ひど~い!」


 愛奈と真由香が美也子を挟んで火花を散らす。


 美也子はこの状況に呆れながらも、居心地のよさを感じていた。

 気の置けない友人に囲まれていたほうが、及川といるよりもずっと楽だ。

 彼がどんなに気遣い上手で、どんなにいいヤツだとしても。現状、付き合いたいとは思えない。


「美也子、怒ってるの?」

「美也子ぉ」


 物思いにふけっていると、怒りで黙っているのだと思われたようだ。

 両側の少女たちが媚びるようにすり寄ってくる。


「いや、怒ってない」


 素直な気持ちを述べる。


「むしろ、助かったかも」


 それは、言ってはならなかった。

 両側の二人がいやらしく笑ったからだ。


「ほら、美也子に男はまだ早い~!」

「あんなガキは美也子には似合わない!」


 すっかり調子に乗らせてしまった。


「あいつの財布、バリバリするやつじゃなかった?」


 にやにやと真由香が効いてくる。マジックテープのことを指しているのだろう。


「はぁ、さすがに違ったよ。なんかのブランド。入学祝いにお父さんからもらったって言ってたよ。ポー何とかってやつ」


 あまりブランド物には詳しくないので、覚えていなかった。

 また二人の質問攻めが始まる。


「ポーのあとは何?」

「知らないよ」

「中が派手なシマシマだった?」

「知らないって」

「どっちにしても生意気だわ!」

「やっぱりさっきおごってもらえばよかったね~」


 ――うるさいなぁ。

 でも、やっぱり嫌じゃない。


「美也子、あーんして」


 愛奈がポテトを掲げ、それを真由香がひったくって食べた。

 ぎゃあぎゃあと再度が騒がしくなる。

 その騒音には最早慣れてしまった。


 思考は、自宅で待つ獣耳の少女へと飛ぶ。

 デートの成果は何もなかったと言ったら、あの少女はどんな顔をするだろうか。

 残念でしたね、と言うだろうか。安堵の表情を見せるだろうか。

 後者であってほしいと願いながら、シェイクをすする。


 ――答えはもちろん、前者だった。


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