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3.おやすみ

「お許し頂けないのですか?」

 

 顔を上げたエイミはこの世の終わりのような表情をしていた。

 

「そういう訳じゃないけど」

 

 美也子は目まぐるしく考えた。

 エイミを側に置くということは一緒に暮らすということだろうか。母にはなんと説明すればいいのか。獣耳の生えた少女を連れて外を歩けるのか。学校に行く時はどうしよう。ごはんは何を食べるのか。

 

 考えているうちにますますエイミが暗く沈んでいくので、悩んでいることを正直に話した。

 

「それでしたら問題ございません。普段は姿を変えてご主人様の部屋に潜んでおります」

 

 するとエイミの姿がどんどん縮んでいく。美也子が呆然としていると、その姿は小型犬のものになった。体毛はエイミの髪と同じ色で、耳も三角形でピンとしたもの。尻尾は断尾されたように短い。

 

 美也子の知っているどの犬種にも当てはまらない姿だったが、可愛らしいことに違いない。

 一番の不思議は、エイミが着ていた服がどこかに消えていることだった。

 

「すごい……これが魔法ってこと?」

 

 美也子は驚きつつも意外と冷静な自分を感じていた。エイミを自然と受け入れたように、前世のせいでこんな超常の現象を見せられても平気なのだろうかと想定する。

 

「左様でございます。この姿のままお連れ下さい。ご母堂のいらっしゃる時や、学び舎へ行かれる時は、この部屋に潜んで瞑想し、魔力を回復しております。この世界には魔力が存在しない分、己の体内で生成される魔力のみを使う必要がありますから。食事は数日おきに、何か粗末なものを頂ければ」

 

 ぬいぐるみのふりをさせればいいのだろうか。食事も本当にそれでいいのか。今はそれで良いだろうが、将来的に――例えば美也子が結婚する時などにはどうすればいいのか。果たして伴侶に隠しておけるものだろうか。

 懸念事項はあったが、週末にゆっくり考えようと思った。

 

 明日も学校がある。時計を見たら午前三時で、まだまだ眠ることができる。明日に備えて寝なくては、と冷静に思う。

 この短時間で美也子の人生観を引っくり返すことが大量にあったが、日常生活のことを第一に考えなくてはいけない。

 

「エイミちゃん、私とりあえず寝ていいかな」

「もちろんでございます。お休みの時間を奪ってしまい、お詫びの言葉もございません」

 

 エイミはベッドから飛び降りた。

 

「どこ行くの?」

「わたくしは床で休みます」

「駄目だよ、フローリングの上なんかで寝たらお腹冷えちゃう。ベッドの上でいいから」

「お優しいご主人様、では足元にうずくまることをお許し下さい」

「それだと蹴っちゃうかも」

 

 美也子はエイミを抱き上げた。

 

「ああっご主人様……」

 

 妙な声をあげるエイミをそっと枕の横に置いた。

 

「ここでいいから」

「ご主人様……」

 

 遠慮がちなエイミに美也子は憤慨するように言った。

 

「ねぇ、クリスデンって人はあなたを床で寝せてたの? 下僕って言ってたけど、奴隷のように扱っていたの? だとしたら、いくら私の前世でも許せない」

「そのようなことはございません、わたくしのような獣人は身分が低いにも関わらず、一人の女性として気遣いつつも本当に可愛がって頂きました」

「ならいいけど……」

 

 前世の自分がエイミのような健気な娘を虐げる人間でなくて安堵する。と同時にあることに気が付いた。

 

「ねぇ、もしかしてクリスデンって、男の人……?」

「そうでございます」

 

 美也子は動揺した。前世の記憶を思い出すことがあれば、女の体に男の心を持つことになるのだろうか。

 それよりもエイミのべったり具合を見るに、相当濃密なコミニュケーションを行っていたようだが、それはもしや性的なこともあったのだろうか?

 

 どぎまぎしていると、小犬姿のエイミが妙に強い口調で話し掛けてきた。

 

「ご主人様、わたくしのことは『エイミ』と呼び捨てて下さいませ」

「え? 『エイミちゃん』じゃダメなの?」


 いくら前世の縁があるとはいえ、知り合ったばかりの子を呼び捨てることに抵抗があった。 


「はい。ご主人様とわたくしの立場を明確にするのに必要でございます」

「別にそんな……」


 立場を明確に、と言われても、美也子はエイミを下僕のように扱う気など毛頭ない。

 困惑していると、さらにはっきりとした声で念押しされる。


「いいえ、お願い申し上げます」

「……う、うん。分かった」

「恐れ入ります、ご主人様」

 

 エイミの短い尻尾が激しく振られていた。

 『下僕』であるはずの少女の妙に強引な言動に理解しがたさを感じつつ、美也子は就寝のため明かりを消した。

 

「おやすみ、エイミ」

「おやすみなさいませ、ご主人様」

 

 エイミの声は弾んでいた。希望通り呼び捨てにしてもらえたからだけではなく、再会の喜びの余韻が残っているからだろうと美也子は思った。

 

 彼女が喜んでくれると、なんだか美也子も嬉しい。

 これが前世からの絆の証拠なのだろうか。

 

 そんなふうに考えているうち、いつの間にか眠りに落ちていた。

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