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27.同衾

 自室に戻ると、エイミの不安げな表情は和らいでいた。

 笑い声が聞こえていたらしい。


「お母様は、お怒りでなかったようですね」


 美也子のベッドの上に腰かけて、柔らかく微笑む。美也子はその隣に座った。


「うん、大丈夫だよ。分かってくれた。……エイミが謝ってくれたからだよ。でも、あんなふうに土下座みたいな真似しなくてもよかったのに」

 

 少し責めるような声音になってしまった。

 伏すエイミを美也子が引っ張り上げようとしたのに、まったく動かなかったからだ。従順な少女に、初めて逆らわれたような気がしていた。


 エイミは目を伏せて言った。


「お母様に、言われたのです。ご主人様のことを頼むと。自分は仕事ばかりで、肝心な時に側にいてやれないかもしれないからと。わたくしはみすみすご主人様を危険な目に遭わせてしまって……。お母様の願いに応えることができなかったのです」


 母の気持ちと、エイミの気持ち。己に向けられた二つの愛情に、美也子は胸がいっぱいになった。涙があふれそうになるが、上を向いてこらえた。


「さぁ、もう休みましょう。明日も学校がありますからね」


 小犬形態になろうとするエイミに、美也子は衝動的にすがり付いた。


「一緒に寝ようよ」

「はい?」

「狭くてもいい。その姿のまま、一緒に寝て」


 見る見る間にエイミの顔が赤くなる。


「いきなり、どうされたのですか」

「今日は本当に、怖かったんだから。エイミが無事で私の側に帰ってきたことを、実感させてよ」

「ご主人様」


 美也子は、エイミの胸に頭をうずめた。


「エイミ、言ったよね。私はまだ十五歳だからって。その通り、まだ十五歳なんだよ」


 感情があふれて、止まらない。母の前ではあんなに毅然としていられたのに、エイミを前にしたらなぜだか途端に気持ちが弱ってしまった。


 頭に何かが触れた。

 エイミの手のひらだ。幼児にするように髪を撫でてくれている。

 だがそれでは美也子を落ち着かせることはできず、ますます弱音を吐露させる結果となった。


「こんなに怖かったのは、生まれて初めてだ。エイミが酷い目に遭わされるかと思ったら怖かった。脅しのつもりで使った魔法で取り返しのつかないことしてしまって、今も死ぬほど怖い。イヤな夢を見そう。だから甘えてもいいでしょ」


 駄々っ子のようだと分かっていた。情けないと思った。

 それでも、いつもとは逆にエイミが頭を撫でてくれているから、自分の幼い部分がどんどん出てきてしまう。


「幻滅した? 幻滅したでしょ。クリスデンの方がいいよね」


 真由香もヘラーも、あの男に首ったけ。変態的な部分もあるが、頼もしく、素敵な男性だった。


「クリスデンの記憶が戻ったらよかったのにね、ゴメンね」

「どうして、そのようなことをおっしゃるのです」


 上から聞こえてくるエイミの声は弱々しく震えていた。


「甘えて頂くのも、わがままをおっしゃるのも構いません。ですが、今のご主人様を否定なさるようなことはおっしゃってはいけません」

「どうして?」

「わたくしが、悲しいからです」


 顔を上げると、エイミは瞳いっぱいに涙をためていた。


「今のご主人様は、悪いご主人様です。いくらわたくしが下僕と言えど、こんなに悲しい思いをさせて」


 美也子は、病床のクリスデンの傍らで咽び泣くエイミの姿を思い出す。

 あんな思いは二度とさせないと、クリスデンに誓っておきながらこのざまだ。すっかり泣かせてしまった。


「怖いのならば、わたくしがいつまでも頭を撫でて差し上げます。恐ろしい夢を見てしまったら、叩き起こして下さい。落ち着くまで抱き締めていて差し上げます。不安はどんどん吐露なさって下さい。一緒に、苦悩を分かち合いましょう」

「うん……」


 切実なエイミの言葉に頷き、一度離れる。


 夏用に交換したばかりの掛布団をまくり上げて、エイミに壁側に寝るよう促した。どこかに行ってしまわないように。どこにも行くはずがないのに。


「脱いで」

「はい」

「下着はそのままでいいから」


 真剣な表情で指示に従うエイミを見ながら、自分も部屋着を脱ぎ去って、キャミソールとショーツだけの姿になる。


 エイミを先に横たわらせ、その胸の中に飛び込んだ。


 温かい。とても温かい。肌を通して、体温がしっかりと伝わってくる。

 その熱を奪うように、きつく抱き締める。


 エイミが布団を掛け、美也子は頭まで埋まった。抱卵される卵の気分になるが、それがとても心地よい。


「明日からは、ちゃんとするよ」


 エイミの腕が背中に回ってきたことを感じながら、ぼそりと呟く。


「わたくしは、このままでも構いませんよ」


 声は笑声混じりだった。だが決して嘲笑ではない。彼女もまた、美也子のような幸福感を味わっているのだ。


 その時、強い既視感を感じた。

 過去、同じような状況を経験している。それは間違いなく、美也子の記憶ではない。


 ――なんだ、あの男も、甘えん坊さんだったんじゃない。ジジイのくせに。


 そう思っていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。





 小一時間もすると、汗だくで目が覚めた。


 六月に頭から布団をかぶって眠るのは、あまりに無謀過ぎた。

 身体を起こして、隣に寝ている獣耳の少女を見る。


 エイミは、布団の中に美也子を置き去りにして、自分はすっかり仰向けになって熟睡していた。


 ――そういえば、エイミの寝顔を見るのは初めてだ。

 耳の先端をつついて悪戯してやると、小刻みに二回動いた。


 起こして文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、その無防備な頬に軽く口づけるだけにしておいた。

 明日は、何食わぬ顔でおはようと言わねばならない。

 だから、さっさと寝るに限る。


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