26.真っ直ぐ、目を見て
就寝前に、美也子だけ母の寝室に呼ばれる。
心配そうなエイミを落ち着かせ、覚悟を決めて母の元へ出向いた。
ベッドの横に座るように促され、並んで座る。お説教の時も、褒める時も、相談事の時も、大事な話をする際はこのスタイルがお決まりだった。
母は感情的になることなく、美也子の話を聞いてくれた。
美也子を迎えに来た異世界の人間に、エイミを人質に取られたこと。警察を呼ぶと脅して、対等に交渉したこと。
信じられないかもしれないけど、と前置きして、世界の門番がヘラーたちを帰れなくしてしまったことも話した。
真由香の助力があったことは隠した。中身が異世界の魔女にすり替わっているなど、真由香の両親と親しい母に話せるはずもない。
ヘラーたちにしたことを、母が気に病み責任を取ると言い出さないか心配だったが、意外にも何も言わなかった。
怪訝に思い顔色を窺えば、その目に怒りの炎が灯っていることに気が付く。
母の怒りは、ヘラーたちに向けられているのだと悟った。母にとって、娘を連れ去ろうとした者たちがどうなろうと、知ったことではないのだ。
その気持ちが、痛いほど理解できた。
「心配かけて、本当にごめんなさい」
うつむいて謝ると、母もまたうつむいた。長い髪が表情を隠してしまう。もしや泣いているのかと思った時、脳裏に記憶が蘇った。
父を亡くして、泣きじゃくる若かりし日の母の姿を。
美也子は唇を噛む。無力な自分が悔しい。それでも、母の愁いを取り除くため、今できることをするしかない。
わずかにかさつく母の手を取り、両手でしっかりと包み込む。
「お母さん」
呼びかけに、母は顔を上げた。少し潤んだその目を真っ直ぐに見つめる。
「私、絶対異世界なんかに行ったりしないよ。お母さんの側にいる」
強い声で、告げた。
「だから、安心して」
母はしばし呆然としていたが、やがてその口元が笑みの形になる。
「美也子、あなた、お父さんに似てきたわね」
「えっ!」
思わずイヤそうな声を上げてしまった。美也子と父が似ているということは、父とクリスデンが似ているということにならないだろうか。それは、あまりに厭うべき事態だ。
「何よ、イヤなの?」
「えーっと、そうじゃないけど……。どこが似てるの?」
恐る恐る聞くと、母は懐かしそうに言った。
「そうやって大切なことを言う時、相手の目をしっかり見て、手を握って話すところ」
「でも、自分の言葉をちゃんと伝えようと思ったら、当たり前のことじゃないの?」
「その当たり前のことができない人の方が多いわよ。私だって、できないわ」
そして母は美也子を抱き締める。
「プロポーズされたときのこと思い出しちゃった」
「そ、そうなんだ」
「お父さんの部屋で、ソファに横並びになったときにね、まったく同じように手を握ってきて……。んもう、思い出したら照れちゃうわ」
声こそ笑っていたが、母がどんな表情をしているか分からない。だが、空気を読んで、茶化しておく。
「それで、プロポーズの時、お父さんは何て言ったの?」
「そんなの、秘密に決まってるじゃない!」
「え~?」
そして、母子で大笑した。
ここで区切りたかったので短くなってしまいました。
お母さんも一応、ハーレム構成員だったりします。