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106.高校三年生、春

「あーんもう、三年からクラスが離れちゃうなんて、最悪~!」


 ファミレスのテーブルに頬杖をつきながら、愛奈が愚痴をこぼす。

 一年二年と同じクラスだった彼女とは、三年目にして離れ離れになってしまった。


「隣のクラスだから、体育は一緒だし、選択科目だって同じのにするでしょ」


 オレンジジュースを飲みながら、美也子は向かいの席の友を慰める。すると、愛奈はすがるような目線を向けてきた。


「……クラスが別でも、お昼は一緒に食べてくれる?」

「いいよ」


 快く了解したが、友人がクラスで孤立することにならないか不安だ。いや、リア充気質の愛奈に限って、それはないだろうか。


 今日は始業式だった。学校は半日で終了したため、ファミレスでランチがてらお喋りすることになったのだ。いや、お喋りがてらランチ、だろうか。

 とうとう高校三年生――受験生になってしまったか、と美也子はファミレスの窓から見える国道の風景をしみじみと眺めた。大量の車が名古屋方面に向かって走っている。


「そういえば美也子……」


 愛奈が不満そうに見つめてくる。


「どうしていきなり髪を切っちゃったの?」

「ああ、それは……」


 つい一週間前まで、美也子の髪は背中の半ばまであった。今は肩より上のボブになっている。洗髪は楽になったが、寝起きは縦横無尽に跳ねているので、セットが大変だ。

 美也子は上を向いて言い訳を考えた。悪魔を召喚し使役するのに大量の魔力が必要だったから、とは言えない。ましてや、神様を脅迫するためにそうしたのだとも。


「受験生になるし、気合入れるため、かな」

「ふーん」


 まったく納得した様子なく、愛奈は身を乗り出して手を伸ばしてくる。何事かと思っていると、その指が肩に触れた。


「この真っ白な毛、誰の?」

「ああ、それは……」


 また上を向く。これは隠しても仕方ない。きっと愛奈は、匂いで気付いている。


「悪魔の……だね」

「ふぅ~ん……そう」


 何か言いたげに大きな目を細め、愛奈はその毛をファミレスの床に捨てた。テーブルの下で、ローファーの踵が鳴る音がする。きっと、捨てたものを踏みつけているのだろう。

 本当に悪魔が嫌いなんだなぁ、と苦笑していると、不意に友人の表情が柔らかくなる。


「でもさ、ちょっと雰囲気変わったね~」

「そりゃ、髪を切ったから……」


 美也子の返答に、愛奈は苦笑して頭を振る。


「そうじゃないよ、春休み前は、ずっと張り詰めてピリピリしてたじゃない。それが全部なくなって、プラスして何かいいことがあったような、そんなカオしてる~」

「そ、そっか」


 可能な限り表には出さないようにしていたが、やはり()()の緊張感と、()()の達成感は顔に出ていたか。友人の鋭さに舌を巻くしかない。

 その時、低い声が掛かった。


「どけよ、お邪魔虫」


 トイレ帰りの真由香だ。毛虫でも見るような目で愛奈を睨みつけ、窓際へと追いやる。


「トイレ長かったね~」

「並んでたのよ!」


 愛奈の揶揄にヒステリックに叫んで、真由香は憤然と座席に腰掛けた。


「第一あんた、家が反対方向のくせになんでついて来たのよ」

「いや、私が誘ったから」

「ええ!?」


 美也子のフォローに真由香が顔を歪める。道理で道すがら頬を膨らませていたわけだ。


「ふん、真由香ちゃんは美也子と同じクラスなんだから、こういう時くらいあたしがいたっていいじゃない」


 愛奈の羨望に、真由香は嘲笑を浮かべた。

 悪魔の力でクラス編成を操作したことは、愛奈には内緒にしておいた方がいいだろう。真由香はそのためだけに、一年以上魔力を溜めていた。愛奈の編成に関しては弄っていないらしいが、真相は闇の中だ。

 ちなみに二年生の時は魔力不足のためそれができず、真由香からしてみればようやく悲願が叶った、といったところなのだろう。


 二人は横目で睨みあっている。たまに恐ろしいほど団結して行動をするくせに、そうでない時はまったくもって騒がしい。


「ほら、ゴハン来たよ」


 店員が注文の品を持って歩いてくるのが見えたため、そちらを指さして鎮めてやった。


 その時、愛奈のスマホが鳴った。画面をちらりと見遣って、愛奈は口をすぼめた。


「出ないの?」

「うん……。最近、いたずら電話が多いんだぁ。今度ママと警察に行くかも」

「そうなんだ……」


 愛奈はますます大人び、きれいになった。長期の休みを挟むと、その変化が顕著に分かる。廊下を歩くだけで、みなが彼女に視線を向けるのだ。

 いや、校内だけでなく、街中でもあらゆる人から声を掛けられる。告白もスカウトも、すべて断っているらしい。


 そんな彼女がストーカーのような存在に狙われるのは、悲しいかな必然なのかもしれない。

 だが、ただの人間のストーカーであれば、魔精の能力を持つ愛奈には問題ないだろう。


 かつての級友、工藤は言った。愛奈の前世の因縁により、転生後もその命を奪おうと、いつか異世界から狩人がやって来るだろうと。

 その工藤は、昨年他県に転校していってしまった。連絡も取っていない。


「愛奈、もし変なこととか、危ないこととか起こったら、すぐに電話してね。私、魔法を使って助けに行くから」

「えっ、それってヒーローみた~い!」


 ぱっと顔を華やがせる愛奈に、真由香がつまらなさそうに言う。


「ストーカーなら一発やらせてやれば?」


 その明け透けな物言いに、美也子は鉄拳制裁を考えた。

 だが二人の間にはテーブルがあって、ちょっと距離が遠い。ならばつま先で脛を蹴り上げておくか、と思ったがそれもやめておいた。

 なんだかんだ、真由香には世話になりっ放しだ。恐らく今後もそうなるだろう。


 愛奈がふふ、と笑みをこぼした。


「真由香ちゃんだって、その子どもっぽいパンツやめればモテるかもよ~?」

「てめぇ、いつ見た!」


 しかし、美也子が制止しないと――いや、制止したところで、この二人はいつまでたっても騒がしい。


 ――ああ、日常に戻って来た。

 嘆息しつつも、少し頬が緩んだ。

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