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102.たとえ畏れ多くとも

 食後、トイレから戻って来たイザベルが得意げに言った。


「人避けと、声が漏れない術を掛けたわ。だから、どんな会話をしても大丈夫よ」


 ――とうとう、この時が来た。

 緊張に顔を引きつらせる美也子に対し、イザベルはにっこりと笑んでくれた。


「ねぇ美也子ちゃん、大事なお話があるんでしょ? ちゃんと聞くから、遠慮しないで」

「ありがとうございます、イザベルさん」


 軽く一礼し、気遣いに感謝の意を述べる。掘りごたつの床に投げ出していた足を出し、改めて正座をした。

 美也子の堅い様子に、場にぴりりとした空気が満ちた。


 この場の支配者である絹代の目を真っ直ぐ見て尋ねる。


「五百年に一度、『神の品評会』が行われていることをご存知ですか?」


 唐突な話題に、絹代はやや戸惑いを見せた。


「……ええ。確か前々回の優勝者はアスラ人だったそうです」

「へぇ、そうなんだ、あたし知らなかった」


 イザベルが口を挟み、すぐに口元を押さえる。話の腰を折ったと気付いたのだろう。

 彼女に苦笑してみせ、美也子は続きを告げた。


「今度の品評会で、オーヴィ――この世界の神は、私ともう一人の日本人女性、どちらかを選出するつもりらしいのです」


 案の定、全員がざわめく。

 アレクシスが愕然と言う。


「まさか……この世界の、不干渉の神が? 品評会に見向きもしなかったと聞いているが」

「理由はよく分かりません。ただの気紛れ、もしくは思惑があるのかもしれません」


 と言いつつも、美也子は何となく『気紛れ』説が有力ではないかと感じていた。

 櫻子のブログでは、神々はそういう気質の存在として描かれている。それは読み物を面白くするための誇張ではなく、真実なのではと薄々思う。


 だが今はそんなことはどうでもいいし、神の考えなど興味もない。


「だから品評会のために、他の世界で死んだ大魔導師の魂を集めて、この世界で転生するよう画策したそうです。狭く、なおかつ治安の良い日本という国を選んで」


 櫻子から聞いた話をそのまま伝える。


「にわかには信じられん」


 アレクシスはイザベルと目を見合わせる。


「確かにそうでしょうね。私には証明するすべがありませんが、その話をしてくれた女性を紹介することはできます。その人が、もう一人の候補。この世界に生まれた時から、この世界の神と対話していたそうです」


 隣で、ヘラーが息を呑む気配がした。

 絹代は動揺したふうもなく、美也子から視線を逸らさない。その態度に気圧されそうになりながらも、美也子は言葉を続けた。


「先日、その女性と会ってすべてを聞きました。そして、どちらが品評会に出るか神に決めさせるのではなく、この世界に存在するすべての識者の投票によって決定すると」


 そこでようやく絹代は表情を変えた。少しだけ眉を歪めて、疑問を呈する。


「識者、とは?」

「この世界に住む異世界人、そして前世の記憶を持っている人。神と十三世界について知る、あらゆる人たちのことです」

「つまりは、私たちも該当するわけですね」


 感嘆したように、絹代は頭を上下させた。


「はい。異世界から来ている人たちは、きっと他にもたくさんいますよね。前世の記憶を持っている人は、私の周囲だけでも数人います」


 それから美也子は、意識的に声を張り上げた。


「だからあなた方にはお願いがある。わたしが品評会に出られるよう、支援をお願いしたいのです」


 深く重く、部屋中に響くように。この場の人間すべての心に響くように、腹から声を出す。


「見返りに、生涯この世界に留まって、あなたがたアスラ人のコミュニティに尽くします」

「本当か」


 アレクシスが目を丸くしている。それをちらりと見遣って、美也子は絹代へ話を続けた。


「それだけじゃない。――神の品評会にて優勝すれば、何でも願いが叶うとご存じですね?」


 頷く絹代に、ならば話が早い、と安堵する。

 再び語気を強めた。


「私が優勝したら、アスラの安寧を願います。――天変地異を治めるようにと」

「……!」


 今までさほど表情を崩さなかった絹代も、強い驚きを見せた。

 一様に同じ表情をしているアスラの人々を順繰りに見つめ、一旦テーブルに視線を落とした。


「いえ……優勝しなくたって、アスラ神の生死を探るくらいできるはずです」


 再度視線を上げる。すべて、演説が効果的になるように意図して行ったことだった。効果のほどは自信がないが。

 そして、あえて強い言葉を使って宣言する。


「もし審査員席のような場所にのうのうと座っていやがったら、首根っこつかんでアスラに帰るように言います。もし死んでいるのなら、他の神に責任を取らせてやる!」


 場が静まる。誰も彼も、固唾を飲んでいた。


 沈黙を破り、絹代は厳しい顔で口を開く。


「……なぜ、アスラのためそんな畏れ多いことを?」


 絹代の言葉は、最もだった。だが美也子には、神よりも尊ばねばならない存在がいる。神への畏敬など知ったことではない。


 美也子は、机の下でエイミの手を強く握る。彼女の手は、ひどく汗ばんでいた。美也子だって、脇の下がしとどに濡れる不快感に思考が惑いそうになっている。

 今すぐエイミに抱き付き、頭を撫でて慰めて欲しい。


 だが今はまだその時ではない。ここからが、話の主軸だ。

 深く息を吸い、この場の全員の魂に響くように言う。


「それは――私がこの世で最も愛しく思っている人が、獣人だからです」


 そこでようやく美也子はエイミを見た。エイミもまた、幻術の掛ったまま美也子を見る。そしてその意を察し、術を解いてくれた。

 出現した獣の耳を見てアスラ人たちは刮目し、アレクシスに至っては腰を浮かせた。ヘラーは深くうつむいて吐息を漏らす。


「あなた方が獣人を憎んでいるのは分かっています。でも手出しはさせない!」


 美也子はエイミを庇うようにその上半身に抱き付く。

 前方では、イザベルにたしなめられたアレクシスが不服そうに腰を据えていた。冷静そうに見えて、魔女もまた静かな怒りをたたえている。


「だからその子の姿を隠していたわけね」

「そうです」


 震えるエイミの肩を、美也子はそっと押さえる。殺気を飛ばすアレクシスに怯みそうになりながら、その青い目を見つめ返した。


「彼女のために、私はアスラを平和にしたいのです」

「その獣人のため、だと?」

「――はい」


 強く頷き、美也子は立ち上がる。

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