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1.抱擁(表紙イラストあり)

挿絵(By みてみん)

※イラスト:siroma様




「ご主人様、起きて下さい」

 

 ささやきと共に、控えめに身体を揺すられて、美也子は緩慢に目を覚ます。

 自分の部屋の、自分のベッドの上。常夜灯の灯る薄暗い空間は眠りについたときのまま。

 

「ん……なにぃ?」

 

 腑抜けた声を発しつつ、美也子は声の主に対して寝ぼけ眼を向けた。

 母親だと思っていたが、薄闇の中で視認できたのは、見ず知らずの若い女だった。

 

「だっ誰!?」

 

 明らかな異常事態に一瞬で覚醒し、飛び起きた。


 『お母さん、知らない人がいる!』と叫べば、廊下を挟んで向かいの部屋に就寝している母が駆け付けて来るだろう。今すぐそうしなければ。


 だが、それを実行する気にはならなかった。

 逆上を恐れて悲鳴を呑み込んだわけではない。


 ベッドの脇にしゃがみ込んで、こちらを見つめてくる女性。

 彼女に対して、強い親近感と懐かしさを覚えたからだ。


 その感情が、強張っていた美也子の表情を和らげた。そして眼前の女性は、そんな美也子を見て満面の笑みを浮かべた。

 

「ああ、ご主人様、覚えていて下さった!」

 

 女性が抱きついてくる。その時鼻に感じた体臭さえ美也子には覚えがあった。

 記憶を探るため深く息を吸おうとし、はたと我に返る。これはあまりに異常で不可解な状況だ。


 女性の肩を押して引き剥がし、問う。

 

「ご主人様って何? あなた誰?」

 

 正体を掴むため、枕元にある室内灯のリモコンを取って明かりを付けた。

 眩しさでとっさに目を伏せてしまうが、美也子は必死で目を開け、同じく眩しそうに目をしばたたかせる女性へ視線を向ける。


「あ、ええ……?」


 ライトの下にあらわになった女性の姿を見て、美也子は愕然と呟いた。

 年齢は美也子より少し年上程度に見える。声音が落ち着いていたのでもっと大人の女性だと思っていたが、どちらかといえば『少女』に分類されるだろう。


 日本人離れした白い肌に端正な顔。短く切られた薄茶色の髪はふわふわで、その毛の合間――頭の両横から、獣の耳が生えていた。

 三角形でピンと立ったそれの根元まではっきり見えて、飾りでは無いことが分かる。本来人間の耳がある位置は毛で覆われていた。


 創作物でしかお目にかかったことのない、獣耳の生えた人間。


 女性――いや、少女の非現実的な容姿に美也子が呆然としていると、少女はベッドから離れ、フローリングの上に伏した。

 

「……やはり記憶が薄いようですね。予想しておりましたのに説明もせぬまま、突然の無礼をお許しく下さい」

 

 顔を上げて真剣な眼差しを美也子に向ける。

 

「わたくしの名はエイミ。今は亡き大魔導師ヒュー・クリスデン様の下僕にございます。そしてあなた様こそ、クリスデン様の生まれかわり。いまわの際の約束通り、転生された魂を追って参りました」

 

 エイミと名乗った少女は一息でそう述べると、感極まったように瞳を潤ませる。

 

「ああ、ご主人様……。ようやく見つけました。再びお側に侍る日が来たことを、十三神に感謝致します」


 ぽかんとするしかない美也子に、エイミは恭しく尋ねる。

 

「再度、お側に寄ってもよろしいですか?」

「え? ああ、うん」


 状況に呑まれて気のない返事をしてしまったが、歓喜をいっぱいに湛えたエイミが飛び込むように美也子の元へやって来た。

 

「ご主人様、ご主人様、ずっとお会いしたかった。ご主人様……」

 

 美也子の胸に顔を埋めて頬を擦り付けてくる。

 じゃれつくような仕草に、美也子は祖父母宅で飼っている犬を想起した。


 そして、されるがままになりながらも状況を受け入れている自分を冷静に自覚した。


 先程の少女の話は、頭が沸騰するような内容だった。

 だが、そんな馬鹿なことがあるか、これは夢か、何かのドッキリか、などとは思えなかった。


 エイミの人外の姿に拒否反応は一切起こっていない。それどころか、彼女の突拍子もない話が妙にストンと胸に落ちた。


 自分は確かに大魔導師ナントカの生まれかわりで、エイミの『ご主人様』なのだろう。


 だって、胸にしがみついている『獣耳の娘』がとってもいとおしい。

 胸の奥から沸き上がる感情に目頭が熱くなる。


 美也子はその感情に流されるまま、エイミを強く抱き締めていた。

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[良い点] 一話を読ませて頂きました。 タイトルから、興味をそそります。 タイトルがあるから、一話目から何だろう?気になるになりました
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