輪廻のプロトコル
プロローグ 綾の絶望
1993年7月
今年の夏は、冷夏と言われている。昨年のフィリピンの火山噴火の影響で、梅雨は長いし、お米が取れなくて、タイから美味しくないお米を輸入するらしい。とはいえ、私の様な高校生の日常に大きな変化はなくて、勉強に、部活に、忙しい毎日を送っていた。
ポケベルが鳴った。従兄弟の健二からだ。一応、恋人も兼ねてる。
「49106 (至急TEL)」
うん? 部活前に話したよね。何だろう。急いで公衆電話を捜すと、交差点の向こうに電話BOXが見える。財布からテレフォンカードを取り出して、度数を確認。よし、まだ百円以上は残っている。青信号で交差点を渡って、電話BOXのドアを開けて中に入った。受話器を上げてテレホンカードを入れて発信音を確認した所で、後ろのドアが開く気配があった。
「すいません、まだ・・・」と言った所で、口にハンカチみたいなものを押し付けられた。甘い匂いがする。「なにを・・」 そこまでで記憶が無くなった。
唐突に目がさめた。周りを見渡そうとしたけど、首が動かない。あれ?、手も足も動かない。身体の感覚もない。どうなって・・右奥から誰かが歩いてくる。女の人だ。
「ありがとう、綾さん。あなたの身体を貰ってやっと今日、病室を出ることができたわ」私の前に立っている人は、私にとても似ている。でも、25歳くらいの女性だ。
「こういう時の為に父はあなた達を作ったの。父は、あなたの意識を早く消しなさいと言ったけど、私はあなたにお礼が言いたくて・・ 今日まで待ってもらった」
「えっ、どういうことですか?」 やっと口が動いたが、声は出ない。
「身体がないから声は出せないわよ。あなたの意識があるのは、人工心肺装置から脳に血液が送られているからよ。今日までは、眠っていてもらったけど、お礼を言う為に覚醒してもらったの」
身体が無い? 人工心肺? どう言う事・・? 確かに首より下がまったく動かない、感覚も無い・・。どうなって・・。
「私の身体は癌に侵されて使えなくなってしまった。だからあなたの身体を貰ったの。この首の傷見えるでしょう。首から下はあなたの身体よ。そして、今のあなたは・・」
前に居る女性が横から何かを私の前にスライドさせた。前に人の顔が見える。首に太いチューブが繋がれていて、赤い液体が流れている。瞬きしている。「生きている生首?」
そしてその顔は・・ 鏡に写った「わたし・・・」
あまりの衝撃だった。でも、意外に冷静だった。多分、既に心臓が無い私は、興奮して心拍が早くなったり血圧が高くなったり出来ないからかもしれない・・。
「綾さん、今、少しずつ人工心肺から送り出す血液を減らしているの。多分、眠る様に意識が無くなると思うわ。悪く思わないでね。だって、あなたは、この為に生まれて来たのだから。ありがとう。さようなら」 私の意識は混濁して消えて言った。
真里 運命の歯車が回り出す時
2011年7月
また、この夢だ。先月から1週間に一度くらいの頻度でこの夢をみている。自分の生首って、なんて夢をみるんだろう・・。だけど、あの顔は確かに私・・。でも、今では考えられない冷夏だし、ポケベルって・・? 私の知らない事がなんで夢に出てくるんだろう・・・・?
この夢のせいで今日も30分も早く目を覚ましてしまった。「まったく、私の睡眠時間を返しなさいよね・・・」
私は、高橋真理、17歳。普通の高校生で、毎日、恋に、バイトに、部活に、ちょっとだけ勉強に頑張っている。最近見るこの夢にちょっと悩ませられているけど、あまりにも非現実的な夢なので、全く怖いとは思わない。唯一、睡眠時間が短くなってしまうことが頭痛の種だ。
登校の準備をして、リビングへ下りると、母が目を丸くして「まあ、最近早く起きることが多いわね。雪でも降らなければいいけれど・・・」と言った。
私は少しカチンときたが、気を取り直してリビングを見渡して尋ねた。「父さんは?」
母が朝食の準備をしながら答える。「もう出かけたわよ。昨日、言ったでしょう。今日はお父さんの開発している国産ジェット機の初飛行だって、茨城事業所に行くんだって」 母の百合は48歳。年の割には若々しくて綺麗だ。
「そうか、せっかく早く起きたのに残念・・」
普通女子高生と違い、私は父をとても尊敬しているし大好きだ。父の浩二は55歳、安曇重工の副社長だ。昔は、小さな町工場を経営していたのだが、バブル崩壊で経営に行き詰まり、私が生まれる前に、安曇財閥の会長さんのお力で安曇重工に拾ってもらった。父は、会長さんを尊敬しており、今の仕事も楽しそうだ。父の現在の仕事は航空機事業本部で国産ジェット機の開発を担当している。
「そうか、じゃあ達也のお父様も同じだね」
「そうね、一緒の社用車で茨城に行くって言ってたわ」
達也は、同じ高校に通う同級生。まあ、彼でもあるし、達也のお父さんは、安曇重工の子会社、安曇航空機の社長で父の部下だ。お互い東京の進学校で同じクラスになって付き合うことになったのだけど、それまで両方の父親が上司部下の関係とはまったく知らなかった。
もちろん、父に話した時もびっくりしていた。
ゆっくり朝食を終えて、最後の身支度を整えると、自宅を出た。今日は、少し早いので電車も空いていると嬉しいな・・。夏の通勤ラッシュは本当に堪えるから・・。
最寄りの駅で電車を降りて、学校までは約15分ほどの道のりだ。今日も真夏日という予想で、すでにこの時間もうだるような暑さだ。後ろから聴き慣れた声がする。
「真里! 待ってよ」 振り返ると見慣れた顔が走って来ている。そう、噂の達也だ。
「おはよう、達也。早いのね」達也はスラリとした長身、多分、ひいき目ながら、イケメンと言われるレベルの容姿だと思う。
「知ってるか? ほら、前に、この人お前に似ていると言った、安曇銀行の女性役員の」
「安曇京子さんね。私、あんなに綺麗じゃないし、銀行の役員なんてとでもできないわよ」
「いや、確かに似てるって、だって、お前最初に見たとき、彼女の娘かと思ったんだ・・ じゃなくて、何と安曇銀行の頭取になったってニュースで出てたぞ」
「えっ? そうなの。若いのに凄いな。私、あの人尊敬しているの。いつまでも綺麗で、男社会の銀行で役員やっていて。すごいと思う」
学校に到着した。達也とは別のクラスなので、教室の前で別れた。私の学校は進学校ということもあり、20年以上前からエアコンが教室に取付けられている。なので、外の灼熱地獄だが、快適な授業が受けられる。
1時間目の英語が終って、2時間目の数学が始って15分くらいしたところで、教室のドアが突然開き、教頭先生の顔を出した。
「高橋真理くん は居るか?」 唐突に、自分の名前が呼ばれて、固まってしまった。クラスの全員が私を見ている。
「家族からの連絡があったので、至急職員室に来てくれ」
「あー、今すぐですか?」と私。
「そうだ、そのまま帰宅する可能性もあるから、荷物も持って来なさい」
荷物をまとめて、数学の先生に挨拶をして、職員室に行くと、そこには達也も居た。
「えっ? あんたも? なんで?」
「知らないよ。真理が着てから話すって言われた」
その時、私のスマホの画面にニュース速報のメッセージが出た。
[安曇航空機国産ジェット機初飛行試験で墜落。乗員の安否不明]
「えっ?」 達也も同時に見たらしい。「うちの飛行機が落ちた」
そこに、教頭先生が職員室に入ってきた。
「二人のお父さんが事故にあった可能性があるそうです。今、会社の人が迎えに来ています。直ぐに茨城空港に向かって下さい。二人のお母様も別の車が迎えに行っているとのことです。急いで!」
学校の車寄せに、父の会社の社有車が停まっていた。
私と達也が乗り込むと、運転手は「それでは、これから茨城空港に向かいます。シートベルトをお願いします」だけ言って、後は無言で車を走らせた。
達也がスマホを操作し、初飛行の動画を見つけた。
飛行機は、離陸までは普通に見えた。離陸して15秒ほどで、突然、機首がほぼ真上を向いた。
そのまま速度を落とし、今度は、真っ逆さまに地上に落下した。
離陸してから墜落するまでは30秒無かったと思う。
「普通、社長や役員は初飛行に乗らないよね? テストパイロットだけだと思うけど」と私はつぶやく。
「俺もそう思う。ただ、飛行機は茨城空港近くの農地に堕ちた様に見えるから、地上の人を巻き込んではいない。そうするとこの事故と父さん達が関係しているとすれば、あの機体に乗っていたということかもしれない」
「えっ? うそ・・・」 その後、私は茨城空港に到着するまで泣きじゃくっていた。
安曇航空機茨城事業所 JEJ初飛行試験
その朝、浩二は、部下で安曇航空機社長の小山内茂雄と一緒に、安曇航空機の茨城事業所に到着した。時間は、午前7時を廻ったところ。本日は、浩二と茂雄が10年をかけたプロジェクトの大きな節目となる初飛行の日だ。戦後、長く航空機の開発を禁止されていた日本では、国産プロペラ機のYS11を除いて、現在まで商用旅客機を開発生産した経験を持っていなかった。
航空機産業には裾野を含め、幅広い技術やノウハウが必要であり、その育成には多くの時間が必要であった。ただ、モノ造りで生計を立てている日本がこの領域で世界に遅れている事は大きな弱みであり、日本のモノ造りの復活の為にも絶対に開発に成功させる必要があった。
この為、このプロジェクトは官民一体の国策プロジェクトとして、100人以下のリージョナルジェットを四菱重工がYRJとして、また安曇重工が150人乗りメイン市場のジェット機をJEJとして開発をすることになった。JEJはボーイングの737、エアバスのA320と競合する商品であり、他社に無い新しい技術の投入を国産技術のみで行うことに拘った。
JEJの機体は98%が複合材、エンジンは安曇重工製の国産で超高バイパス比の世界一の燃費を誇る。航続距離は東京ニューヨーク間の直行が可能な12,000km。完全フライバイワイヤのソフトウェアも安曇電子工業が開発した。また、安曇重工は航空機事業部を分社して安曇航空機を設立し、引き続き、開発は安曇重工主体で実施する体制ながら、新会社に航空機の企画、試験、生産、販売の機能を移管してプロジェクトを進めることになった。また、茨城空港横、航空自衛隊百里基地の南側に、航空機の開発生産拠点となる茨城事業所を2年前に開設した。
開発が遅れているYRJに比べ、JEJの開発は順調に進み、本日、ほぼ予定通りの初飛行にこぎつけたのだ。本当に感無量だと感じている。今日は会長も初飛行をご見学されるとのことで、その対応も含め、滞りなく準備は完了している。
あとは、初飛行の時間を待つだけとなり、浩二と茂雄は滑走路を見渡せる社内カフェテリアでコーヒーを飲みながら話をしていた。
「小山内君、そう言えば君も、僕と同じく中小企業の社長から、安曇重工に転身した口だったね。どうだね。まさか、あのバブルで会社を潰してしまった時に、こんなに技術者冥利に尽きる仕事が出来るなんて思ってみなかっただろう?」安曇航空機社長小山内が頷きながら応える。
「高橋さん、おっしゃる通りです。私は、それだけでなくて、なかなか子供にも恵まれず、妻と苦労している中、会長に拾って頂いて・・。その後、不妊治療も安曇病院で面倒みて頂いて、結果、待望の子供にも恵まれました。なので会長には一生頭が上がらないです」
浩二がビックリした目をして茂雄をみた。「えっ? 君も不妊治療を安曇病院で? うちも全く一緒だ。でも結局、うちは体外受精も必要だったんだけどね・・」 茂雄も驚いた顔で 「私達夫婦もです。体外受精で子供を授かりました。凄いです。本当に同じような運命だったんですね」
浩二は頷きながら「その二人が父親同士の事を知らずに付き合い始めたのも奇跡だな。どうだ、婚約でもさせるか?」
「高橋さん、二人はまだ高校生ですよ」浩二はハッとして、頭を掻きながら応えた。
「そうだな、自分で言ってしまって反省しているよ・・・」
「あっ、会長がいらっしゃいました」 カフェテリアに安曇重工会長 安曇忠明が秘書を連れて入ってきた。秘書の原口は30前半だが、目を見張る様な美人だ。
「二人ともここに居たか、探していたぞ」 この老人は72歳とは思えない体躯をしている。いつも感じる歳相応の顔と、身体の若々しさギャップは驚くほどだ。
「実はお願いがあって探していたのだ。私を初飛行のフライトに乗せてくれないか?」 二人して目を見合わせた。
「会長、初飛行は万全の体制をとっているとは言え、リスクは0ではありません。その様な試験に会長を同乗させる訳には参りません」 浩二が諭すように安曇に言った。
「私は、いつも重工開発の最前線に居た。今回も同じだ。自分の会社が開発した機体を信頼出来なくてどうする? 」浩二は頷きながら答える。
「会長の想いは技術者として理解できます。ただし、今回は開発の責任者として承認できません。どうか、ご自重いただけますようお願いします」
頷きながら安曇は少し考えて続けた。
「わかった。それでは、こうしよう。君は、技術者として初飛行に同乗したいという私の想いを理解できると言った。それでは、君達が私の代わりに同乗して来てくれるか? もしくは、私が乗るかだ・・ さて、どうする?」
浩二と茂雄は再び目を見合わせた。少し考えて、浩二が口を開いた。
「分かりました。実は私も小山内君も初飛行に同乗したいとは思っていましたが、自重をしておりました。会長に自重をしていただく代わりに二人で初飛行に同乗して参ります。それで、宜しいですか?」 安曇は口元を笑みを浮かべた。
「承知した。後で初飛行の状況を後で報告してくれ。ありがとう」
結論は簡単だったが実行は一悶着あった。浩二と茂雄が搭乗することに、大多数の部下が反対の意見を出したのだ。ただこれは、会長の指示だと説明するだけで、皆は了承した。
また、既に終了していたウェイトアンドバランスの計算のやり直しや、重量バラスト(これは水の重さで設定する)調整等の追加の時間が必要で、9:45分の初飛行の予定が30分程遅れた。
幸い、浩二も茂雄も試作機への近々の試乗を予定していたので、緊急時の対応や緊急パラシュートの使用方法等の訓練もしており、搭乗資格という意味では大きな問題はなかった。
もし、不測の事態が発生した時は、搭乗ドアを火薬で吹き飛ばしパラシュートで脱出することになる。もちろん、万が一の事態への備えということだが・・
浩二と茂雄が更衣室でオレンジ色のツナギに着替えて準備が完了したのは8時半を廻った所だった。事業所から滑走路側へ出ると30m先に初号機であるJ01が駐機している。機体は安曇重工のコーポレートカラーであるライムグリーンに塗られ、尾翼にはJEJの文字が誇らしげに描かれている。その横には、サポート機である安曇航空機社用機のガルフストリームG550が駐機している。この中型ビジネスジェットは、本日の初飛行に同行し、外部からの飛行状況のモニターや初飛行状況の撮影を行う随伴機だ。
浩二は、この真新しいJEJの機体を見上げながら、6ヶ月前のロールアウト式典での感動を思い出していた。今日は、更なる感動が間近に控えていると共に、開発の大きなマイルストーンとなるのだ。
浩二と茂雄は徒歩で初号機の側まで移動した。本日の搭乗者は7人。我々以外の5名は、すでに機体横のタラップの前で待ってくれていた。フライトクルーは3名。機長の長谷川は45歳。防衛省テストパイロット出身で日本で飛行可能な殆どの航空機を飛ばした経験があるそうだ。副機長の神谷は42歳、JEJのロンチカスタマー極東航空からの出向者だ。エアラインでは査察機長の資格をもっている。予備のパイロットが佐々木38歳。長谷川と同じ防衛省のテストパイロット出身だ。その他にエンジニアとしてフライバイワイヤーのソフトウェアの開発責任者安曇電子工業の香川と安曇重工のメンテナンス責任者 高山が搭乗する。これに浩二と茂雄の2名を加えた7名が、本日の初飛行のメンバーだ。
「長谷川君、突然のリクエスト、申し訳なかったね。本日はよろしくお願いするよ」浩二は機長の長谷川に握手をしながら声をかけた。
「びっくりしましたが問題ありません。いつも通り仕事をこなすだけですから」
他のメンバーとも握手を交わし、長谷川に促されるようにタラップを登った。
振り返ると事業所のデッキに多くの従業員、報道関係者の姿が見える。また、遠方に数機の報道ヘリも飛んでいる。
「高橋さんはコクピットのジャンプシートに、小山内さんはエンジニアリングシートの予備席にお座りください」そう促されて、茂雄にそれじゃ後でと声をかけコクッピットに入った。
機長の長谷川が左席、副機長の神谷が右席、ジャンプシートの左側に浩二が、右側に予備パイロットの佐々木が座った。
「それでは、フライト準備に入ります」「Before Engine start check! 」
この機体は、未だ試作機であり飛行前チェックも多岐に渡る。例えば、飛行機の1275の測定パラメータは全て事業所内のコントロールセンターに10ミリ秒の頻度で送られているが、そのデータリンク が正しく出来ているかの確認を飛行機側とコントロール側で実施する。
「Before Engine start check complete!」エンジン始動前チェックが終了した。ここまで既に25分が掛かっている。
機長がカンパニー無線で呼びかける。「ガルフストリーム01、こちらはエンジン始動前チェックが完了した。離陸してサポート準備に入ってくれ」「ガルフストリーム01、了解」
随伴機側の離陸準備が始まった。「Hyakuri Ground, JAAA01テスト随伴機です。 Request Taxi」
茨城空港の管制は、航空自衛隊百里基地側でやっている。
程なく随伴機が地上滑走を開始し、 滑走路03Lより離陸していった。
浩二が乗ったJEJも、03Lの離陸ポジションまで移動した。フライトクルーが最終のチェックを進めている。
「高橋さん、準備整いました。チェイサーのガルフストリームが5マイル後方に着いたら離陸します」長谷川の声に、浩二がゆっくり頷く。
ヘッドセットのスピーカーから随伴機の無線が聞こえる。後方5マイル追従位置に着いたようだ。すかさず神谷がタワーを呼ぶ「Hyakuri Tower, JAJEJ01, ready for Take off」
「JAJEJ01, Cleard for Take off 03L、ご武運を」離陸許可が出た。
神谷が復唱すると同時に長谷川が声をかける。「離陸します。もう一度、シートベルトの確認をお願いします」浩二がもう一度頷く。
長谷川がスロットレバーに少し前に動かす。安曇重工製新型エンジンのキーンという音が高まる。「エンジンパラメータ、ステーブルです」神谷の確認が聞こえる。
「チェック」長谷川が答え、スロットルレバーの横にあるTOGAボタンを押す。
スルスルとスロットルレバーが前進し、エンジンが離陸出力に向け鼓動を高める。同時に背中にGを感じ、J01は加速を開始した。
「いい音だ」浩二は自社製エンジンの力強さに感動しながら呟いた。風音が少しづつ高まる。「80ノット」「チェック」二人のパイロットの息もぴったりのようだ。
「V1」「VR」神谷のコールと共に長谷川が左手のサイドステックをゆっくり引く。
J01はピッチモーメントを得て空を見上げる。それまで聞こえていたタイヤのノイズが消えた。「ポジティブクライムです」初めてJEJは地面を離れた。浩二が大きな拍手をする。
その時だった。
「なんだ、これは?」長谷川が声を上げる。よく見ると長谷川はステックを前へ押している。しかし機体のピッチモーメントは変わらず機首上げに動いている。PFDを見ると既にピッチ角は45度を超えてさらに機首上げが止まらない。後ろから香川の声がする。
「ピッチトリムが上向き限界に張り付いてます!」
マスターワーニング警報ランプが点灯し警報音が鳴りだす。失速警報音とステックシェイカーが同時に始まった。高度は1000フィートを超えたところ。機体ピッチは70度、速度は120ノットからさらに減速している。機体はそのまま減速し、1240フィートを頂点に機首下げに入った。コクピットの窓に地面の農地が広がる。機長は懸命にピッチトリムステアリングを回しているが効いていない様だ。GPWSの警告音が聞こえる。機首上げ"Pull UP!!"の警報に続き、降下率”Sink Rate"警報が鳴る。そしてついに地面接近警報”Terrain! Terrain!" が鳴り始める。
私が最後に覚えているのは、地面に映ったJEJの影だった。
もう一つの悲劇、そして安曇家へ
安曇重工の社用車が事業所に到着すると、見慣れた顔が出迎えてくれた。父の秘書の高山深雪さんだ。彼女も目を腫らした様に見える。同じく、達也を、達也のお父さんの秘書らしき男性が迎える。4人で3階の役員会議室に入った。私は車の中で泣き疲れていて、頭がボーッとしていたので、何の言葉も出なかった。深雪さんが、コーヒーを持ってきてくれる。達也が秘書に詰め寄る。「尾崎さん、父の事故ってどういうことですか?」尾崎という秘書は、困った顔をして深雪さんを見た。
「達也君、もうすぐ会長がいらっしゃって直接説明すると聞いているの。だから、もう少し待ってくれる?」と深雪さんが答えた。「会長が・・」と達也が話した所で会議室のドアが開き、背の高い老人が入ってきた。丁度、達也と同じ185cmくらいはありそうだ。初めてお会いするが、テレビ等で何度も見た安曇会長だ。その後ろにもう一人。「安曇京子さん・・・」私は呟いた。
帝国銀行頭取、とても50近くとは思えない美貌。そして安曇会長の長女・・・
普通だったら、尊敬する京子さんに会えて、天にも昇る気分だと思うけど、今は・・・
会長がゆっくり話始めた。「君達も既に知っていると思うが、我が社の飛行機が初飛行で墜落した。また、高橋君と小山内君は、そのフライトに同乗していた。現在、墜落現場の確認中だが、乗っていた7名全員は死亡した様だ。会社のトップとして責任を痛感している。特に君達は、大事なお父上を亡くしてしまった。この償いは私の責任だ」衝撃だった。多分、事故に巻き込まれたと理解していても、どこかで最後の希望にすがりたいと思っていたのだろう。また、涙が溢れてきた。ただ、声は出なかった・・ 「会長、何故父たちが・・? 母さんたちはどこに居るのですか?」達也が聞いた。「君らのお母さんも、もう到着する筈だ、少し待って・・」その時、会長の携帯が鳴り始めた。「ちょっとすまん」会長が携帯を取り出して話し始める。「私だ。うん、何だと!? どうしてそんな・・・。分かった、すぐ向かわせる」会長が電話を切り、一呼吸置いて私と達也を見た。
「お母様達が乗った社有車が柏インター付近で事故に巻き込まれた様だ。お母様達は、柏中央病院に運ばれたそうだ。車を出すから、すぐに向かってくれ」
常磐道を東京方面に走る車の中で、私は母の無事を祈った。母の車は事故渋滞に巻き込まれ、渋滞の最後端に停車した所で、後ろから来たトレーラに衝突されたとのことだった。
胸がドキドキした、私の家族に何が起こっているのだろう・・ 混乱していた。横を見ると達也も目に涙を浮かべていた。いつもの明るい達也からは考えられない顔だ。車は1時間ほどで、柏中央病院に到着した。
そこで、私と達也は、二人の女性の遺体と対面することになる。私と達也は、1日で両親を失った。
それから半年は、あっという間だった。
JEJの事故は、最後に機内に持ち込まれたフライバイワイヤーのソフトウェアにバグがあり、それにより、離陸後、トリムピッチが誤作動したということだと聞いた。結局、亡くなった香川さんというソフトウェア開発のリーダが、最終のソフトを機内でインストールしていたということで、何故、そのソフトが作られたのか? どうしてインストールされたのかは不明という報告をだった。週刊誌等では香川さんが自殺をしたとの憶測記事が多く出たが、香川さんの人となりを知る人から否定のコメントも多数あり、結局、真相は闇の中となってしまいそうだ。
母の交通事故の件は、トレーラのブレーキ痕が無いことから衝突した運転手が居眠り運転だったと推測されているが、結局、この運転手も亡くなったので、調査はここまでとなると聞いている。
安曇航空機は、JEJは2号機を使って、3ヶ月遅れての初飛行を実施した。父と達也のお父様の後任の方が、二人の意志を継いて頑張ってくれているが、初飛行での墜落の報は、販売契約の25%もの解除に繋がってしまった。厳しい船出だが、父の想いを載せたJEJには絶対成功してもらいたい。
私と拓也の生活は激変した。安曇会長は私達の両親が亡くなった事に大きな責任を感じ、私は安曇京子さんの養子として、達也は安曇会長の養子として暮らす事となった。両親を失った私達が路頭に迷う事のない様、尽くしてくれた安曇のおじ様と京子さんには、本当に感謝している。
学校も、安曇会長が運営している安曇帝国大学付属高校に編入した。達也も私も、安曇家に恩返しをしたくて一生懸命勉強した。この大学は必要な単位を取得する事で、短期間で卒業できる。私と達也の現在の想いは、早く卒業して、安曇家に恩返しをすることだ。
あの生首の夢は、両親の事故以来見ていない。時間が経ち、私もすっかり忘れてしまっていた。
2018年6月 ニューヨーク
あれから7年、私は20歳で大学を卒業して安曇銀行に入社した。最初から将来の経営者としての英才教育を受けさせられ、本社の企画部、支店の融資担当、本社の融資部、秘書室と渡り歩き、現在は、ニューヨーク支店長としてニューヨークに着任して3ヶ月目だ。24歳の支店長は、もちろん前代未聞であるが私が安曇の家の人間である事、また、私の能力を見た周りの人達は、納得して私の下で働いている。京子おばさまからは、「貴女は私の後で頭取となるのだから、そのつもりで頑張って」と会う度におっしゃっているが、そんなに簡単に言われてもといつも思う。ただ、それが安曇家に対する恩返しと思って、必死に勉強して、仕事にも打ち込んで来た。
今日は、午前中の仕事を終え、午後のフライトで東京に戻る。東京での仕事もあるのだが、京子おばさまが少しお身体を崩されて入院された為、そのお見舞いも兼ねての東京出張となった。
今日乗るフライトは、父が開発していたJEJのフライトだ。JEJは4年前から就航しており、短中距離モデルが市場を席巻しているが、今年発売された長距離モデルが極東航空に就航し、極東航空はこの小型機をニューヨーク線に全上級クラス32席で投入した。小型機による長距離フライトの実現は、航空機市場にとっても新たなマーケットであり、この長距離仕様のJEJは220機のバックオーダを抱えている。安曇グループとしても、今や稼ぎ頭の商品だ。
実は、この長距離機材のプロジェクトリーダは、現在安曇航空機の専務となっている達也だ。達也の鼻息が聞こえてくるようだ。
「Mary, this is your flight information, and I already sent your e-ticket information on you e-wallet. So please see on your iPhone, Safe trip!」秘書のローラが私のiPadを抱えて来た。表示されたフライトスケジュールを一瞥し、ローラにThanksと言って、荷物を持ってオフィースを出る。ビルの地下駐車場に降りるとロブが車の後席ドアを開けて待っていた。私の専属運転手だ。レクサスLSの後席に滑り込みシートベルトをした。運転席に乗り込んだロブがゆっくりと車を発進させる。マンハッタンのオフィースからニューアーク空港まで、この時間だと1時間か・・
突然、決まった日本帰国に向けて、三日前から1週間分の仕事を前だしで処理した為、殆ど寝ていなかった。車の振動が心地よい眠りを誘って来る。
気づくとニューアークのターミナルC前に到着していた。ロブがドアを開け、荷物をトランクから降ろしてくれる。「Thanks, Rob. See you next Monday!」「Have a good flight, Mam! See you soon!」ロブに挨拶して、そのままセキュリティーゲートに向かった。
搭乗は16:30だった。実は今日が父のJEJには初めての搭乗だった。父が開発を主導し、達也が完成させたこの長距離機材で日本に帰ることになるなんて・・ボーディングブリッジを抜けて機体の一部が見えた時に、様々な想いが蘇った。ただ、搭乗してしまうと、他の機材と大きな差はない。この機体は単通路仕様でファーストクラスは1+1が2列で4席、ビジネスクラスは1+1のヘリボーン配列の14列で28席、合計32席のゆったりとした機内配置となっている。1Aのファーストクラスの席に腰を降ろし、寛いでいるとチーフパーサがウェルカムドリンクを持って来た。「安曇様、いつもご利用ありがとうございます。機長の関根が後ほどご挨拶をしたいと申しております。ベルト着用サインが消えたら、お食事の前にお時間を頂いて宜しいですか?」
「ええ、いいわよ。この飛行機は私の父の遺産みたいなものだから、是非コクピットを見てみたいわ」チーフパーサは、少しびっくりした顔をしたが、よろしくお願いしますと言って次の席に向かって行った。
出発は16:45を予定していたが空港の混雑で、離陸は17:32だった。小型機材にパワフルなエンジンを搭載しており、あっという間に高度を上げていく。程なくベルト着用サインが消えた。
チーフパーサが私を呼びに来た。コックピットのドアを開けて貰い、中に入るとそこには3名のパイロットが座っていた。
「安曇さん、ご足労頂いて申し訳ございません。You have」機長が振り返って話した。
「I have」副操縦士が応える。操縦を副操縦士に渡したようだ。
「そこのジャンプシートにお座り下さい」促される様に、空いているシートに座り、横のパイロットに軽く会釈する。
「コックピットクールの紹介をさせて下さい。まず、私が機長の関根です、もう一人の機長が安曇さんの横に座っている須藤です」隣の機長が宜しくと短く答える。
「そして副操縦士の高山君です」右席のパイロットが軽く会釈する。
「安曇さんのお父さんは、私の命の恩人なので、ご挨拶をと思ってご足労いただきました」えっ? という顔をした私を見て、関根が続ける。
「実は7年前に、私は安曇航空機に極東極東航空から出向していまして、初飛行試験時の乗員として、あのフライトに乗り込む予定でした。それが急遽高橋さんと小山内さんが搭乗されることになり、私は初飛行には参加しないことになったのです。結果、今、まだ生きています。なので、お父様のおかげと言えるかと・・」
「ちょっと待って下さい。今、急遽乗ることになったとおっしゃいましたよね? 私、それは初めて聞きました。どういう事情で急遽乗ることになったのですか?」
「さあ、私も詳しい事情は知りません。ただ、会長の指示だと高橋さんはおっしゃっていました・・」
「おじさまの・・」
「あと、もう一つ、私は、5日前に、極東航空向けの機材の領収試験に安曇航空機を訪れてまして、その時に現在のプロジェクトリーダである安曇達也さんにお会いしました。若いのに頭脳明晰で人間的にも非常に素晴らしい方ですね。達也さんも真里さんの事を褒めていらっしゃいました。確かにこんな若くて綺麗な方が、安曇銀行のニューヨーク支店長をやられているのは素晴らしいです。我々中年の時代は終わり、若者の時代が始まるのですね・・」達也以降の件は、殆ど頭に入らなかった。
「父が死んだ原因は、本当におじ様が関わっていたんだ・・・・!」
少し、混乱しながら、私はコクピットを出て、自分の席に戻った。
浮かび上がった小さな疑惑、そしてCEOに
羽田空港着陸は、定刻をより少し早い19:30だった。飛行機を降りて、入国審査、税関を抜けて国際線ターミナルの到着ロビーに出た。多分、秘書の竹本が迎えに・・
「真里! こっち、こっち!」声がする方を見ると見慣れた顔が見える。私は顔を抑えて首を振る。「なんで達也がいるのよ? 竹本さんは?」
「真里が帰ってくるって聞いたから、竹本さんにお願いして、迎えは俺に代わってもらった。嬉しいだろ?」
「別に・・・ 明日、会う約束だったじゃない。なんで今日来たのよ」
「ちょっと話があって、お前の家まで送るからさ、ちょっと話聞いてくれるか?」そう言うと私のハンドキャリーを勝手に持って駐車場へ向かっていく。
「まったく・・」とつぶやきながらも、私はちょっとだけときめいていた。
ただ、達也の話は、そんなときめきとは正反対の話だった。
達也の車は、テスラモデルSだ。電気自動車というだけで私は良く分からないが、運転席中央にある17インチのスクリーンが目を見張る。達也は国際線ターミナルの駐車場から車を出して、5分程で、首都高速横羽線に乗った。私の自宅は横浜みなとみらいの高層マンションの29Fだ。29Fフロアを安曇グループで所有しており、京子おばさまと一緒に住んでいる。
「さっきは、チャラチャラしてたのに、車に乗ったら黙っちゃって、どうしたのよ?」前を向いて無言で運転している達也に少し不満を言ってみる。達也が重い口を開いた。
「お前も知ってるだろう。極東航空の関根機長。彼は初飛行の当時、安曇航空機に出航していて、あの時のドタバタで極東航空に戻ったんだけど、先週、極東航空向けの領収試験の為、茨城に来た時にお会いしたんだ。それで少し話をしたら、父さんがあの初飛行に乗ったのは、安曇のおじさんの指示だったと言ったんだ」
「私も、聞いた。びっくりしたけど・・。でももちろん、おじさまは、飛行機が墜落するなんて思っていなかった筈だし、会社の経営者として、そんな指示をしたからと言って、誰も責められないわ・・」
「俺もそう思っていた。でも、俺は安曇航空機に入ってすで2年だ。また、当時、いろんな人に親父がなんでフライトに搭乗したのか聞いたけど、全員が当初よりの計画通りと言っていた。突然
、決まったって誰も言ってなかった・・」
私もハッとして「そうだわ。私もいろんな人に聞いた・・・」
「それで、社内の当時から居る人に聞いてみたんだ。最初は、みんな計画通りと言っていた。ただ、関根さんの話をしたら、何人かが会長の指示で、当日に急遽乗ることになった、達也さんには、会長から箝口令が敷かれていて、口裏を合わせることになっていたって言うんだ」
「えっ? どう言うこと?」
「多分、傷ついた俺たちにこれ以上の衝撃を与えないようにと言う配慮だったかもしれない。でも、もし、これが何かの陰謀だとしたら・・・」
「えっ・・・・」私の心臓がドキンと波打つ。
「同じ日に母さんが亡くなったのも、その陰謀の一貫だとしたら・・・」
「でも、それのメリットは何? 墜落事故は会社の経営に大きなネガティブインパクトになるわ。それをおじさまが自らの指示でやるとは思えない。お母さん達が亡くなったのだって、安曇グループにとって何のメリットもないわ!」
「そう、まだ陰謀だと断定できる程、全ては見えていない。ただ、俺は何かがおかしいと思うんだ。もし、その陰謀を実施するに足る、安曇グループ、もしくはおじさま達のメリットがあったとしたら・・」
「・・・」私は言葉が出なかった。
「杞憂に終わればOKだ。でも、俺は時間のある時に少し調査してみようと思うんだ・・・」
私の中で、様々な想いが渦巻いていた。一度忘れたかけた7年前の記憶が、走馬灯の様に周ってくる。そして不意に、あの生首の自分を思い出した。あれは、何だった?
達也の車は、マンションの玄関に着いた。
「それじゃ、明日の夕食で会いましょう。私も少し考えてみるわ」と言って、達也にキスした。
車を見送ってから、エレベータに乗った。29Fフロアに上がり、玄関の鍵を開けると、リビングの電気が点いてる。「あれ、おばさまは、検査入院の筈じゃ・・」と思いながらリビングのドアを開けると、おばさまがキッチンに立ってる。「お帰りなさい」鼻歌を歌いながら、何かを作っている。
「おばさま、病院じゃなかったの?」
「それが、検査は早く終わったの。病気は大したことないみたい」
「本当、よかったじゃない」
「そうでしょ、私もまだ若いと言うことよ」
「そうか、それなら急いで帰国しなくてもよかったかな・・ ちょっと立て込んだ仕事を飛ばしてきたんだけど・・」
「あっ、言っていなかったけ。もう、ニューヨークに戻らなくてもいいわよ。明日の午前中の取締役会に出席してね。そしたら午後は、安曇重工の取締役会に出席してもらうわ」
「えっ? それは??」
「明日付で、安曇銀行は頭取を廃止して、トップはCEOと言う役職になります。また、現頭取は退任して、CEOは優秀な若い人材を充てます」
「えっ? おばさまは退任するの? そうか病気もあるしね・・ ごめんね。おばさまが退任した後は、私に継ぎなさいと言われていたけど、間に合わなかったわね」
「何言ってるの、明日から、貴女が安曇銀行のCEOよ!」
「なにを・・? え、エッーーー!!?」
「そして、午後の安曇重工の取締役会で、現社長の大隅が退任するわ。安曇重工もトップはCEOと言う名前となって、そこに達也君が就任するの。貴女も安曇重工の大株主安曇銀行のトップとして安曇重工の取締役会で達也君の就任を応援してあげて」
結局、その夜は、おばさまの話を夜中まで聞く羽目となり、ベットに入ったの2時過ぎだった。普通は時差ボケで眠れないんだけど、今日は衝撃的な話が多く、疲れていたのだろう。あっという間に、夢の中だった。
久しぶりにあの夢を見た・・
「・・・悪く思わないでね。だって、あなたは、この為に生まれて来たのだから。ありがとう。さようなら」 意識が混濁して・・・ でもこの後がいつもと違った。
「真里さん、私は綾、貴女の半身。気をつけて。私の二の前にならない様に」
「私はここに居る、逢いにに来て・・・・」頭の中に声が聞こえた・・・
再び茨城空港に
2021年7月
安曇銀行のCEOに就任して3年が経った。私と同日に安曇重工のCEOに就任した達也と合わせ、当時は多くのメディアで話題になった。そして、私は一つ気づくことがあった。CEOとして職責を全うし、役員や部下に指示をする姿、一挙手一投足がおばさまにそっくりなこと。若い頃のおばさまの写真と瓜二つのこと・・・。
また、達也もおじさまの若い頃に似ているとよく言われるそうだ。
私は、あえておばさまと違ったファンションや髪形にして、他の人が気づかない様に努めていた。ただ、何故、ここまで似てしまうのか、漠然とした疑問を持っていた。
達也も、父への初飛行の搭乗の疑問、また自分が会長に似ている件、漠然とした疑念を抱えたままだ。でも、二人とも、毎日の忙しさ、また仕事の楽しさが、その疑問を深める余地を排除していた。
相変わらず達也と私は付き合っていた。昨年、婚約もしているが結婚するのは、もっと先だと思っていた。
安曇重工の業績は、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。安曇航空機は中型機のラインナップを揃え、グローバルシェアは20%に達した。もう少しでボーイング、エアバスの寡占を打ち砕けるとこまで来ていた。YRJを開発していた四菱重工は、安曇重工の傘下に入った。日清自動車、フロンティア電気も傘下に加え、総合モノ造り企業として日本一の会社となっていた。これも達也の手腕と言える。達也の仕事ぶりには皆が舌を巻いている。1代で安曇グループを作り上げた安曇のおじさまを凌ぐ実力という評判だった。おじさまは満足したのか、すっかり隠居生活を楽しんでいるみたいだ。
安曇銀行も同じく、素晴らしい実績を上げて来た。昨年の東京オリッピック後、景気低迷に、カンフル剤となる大きな投資案件をまとめた。新木場沖に新東京国際空港の建設が開始されたし、リニア新幹線の大阪への延伸も安曇銀行の案件としてまとめた。もちろん安曇重工の事業にも積極的に投資して、安曇銀行は、今や日本一、世界でも5本の指に入る融資残高を記録した。私も達也には負けられない。また、京子おばさまも、すっかり経営からは手を引いていて、今は世界中を廻っている。まあ、それでもただ遊んでいる訳ではなくて、色んな仕事を取って来るのは流石だと思う。
安曇銀行の次の大型案件としては、安曇航空機の第二工場を米国に建設するプロジェクトがある。今日、まさに安曇のおじさまと達也を乗せた安曇重工社有機が、アメリカのミシシッピー州ジャクソンへ飛ぶことになっている。州知事との建設契約の締結に臨む為だ。安曇のおじさまは、この仕事を最後に引退すると宣言しており、この最後の仕事にワクワクしていると仰ってらっしゃった。
二人の見送りに茨城空港に向かった。常磐道を走りならが10年前の事故を思い出していた。あの時は、泣きながらここを走ったから周りを全く見ていなかったけど、利根川を渡った先は、本当にのどかな風景が広がる。
茨城空港横にある、安曇航空機の事業本部のビルの車寄せに到着すると、達也の秘書が駆け寄って来た。原口さん、前は安曇のおじさまの秘書だった。相変わらずの美人だ。
「安曇様、お疲れ様です、会長がお待ちです」「原口さん、ありがとう、案内していただいて助かるわ」原口の口から会長が待っているとだけ聞いたのは、ちょっと気になった。
達也も居るんでしょう? まったく・・
4階に上がり、10年前、父の墜落事故の時に入った同じ役員会議室に通された。中に安曇おじさまがいらっしゃった。「おじさま、お疲れ様です。達也はご一緒ではないのですか?」
安曇の顔が冴えないのが気になった。「真里くん、よく聞くんだ、君が自宅を出た後、2時間ほど前、達也は倒れて、ここの事業所の横にある安曇茨城病院に緊急搬送された。どうもくも膜下出血の様だ」「えっ?」「現在、緊急オペ中だが、きっと大丈夫だ」「おじさま、どうするおつもりですか?」私は達也の事より先に契約の事を聞いてしまった。女よりCEOが前に出てしまう。「ミッシシッピー知事との契約は待つことができない、今回は、私だけで行ってくるよ。時間があれば、達也の側に居てあげてくれ・・」「わかりました。おじさまもお気をつけて」
直ぐに、原口さんに案内してもらい、隣の病院に向かった。
達也は、手術が丁度終わり集中治療室に入った所だった。除菌用の服に着替えて、達也のベットの横に行った。頭は包帯が巻かれ、首にはチューブが差し込まれていた。衝撃で、涙が溢れた・・・でも息をしていて、手を触ると温っかい。「生きてる。そう達也は父さんや母さんと違ってまだ生きてる。まだ、元気になるんだ」
集中治療室を出て担当の田所先生が診察室でカルテを見ながら説明してくれた。多分、数日から10日で、目を覚ますと思うけど、運動機能や記憶に障害が残る可能性もある。まったく障害が出ない可能性もある。いずれにしろ覚醒して見ないとなんとも言えないとの事だった。
「それと・・」田所先生は何か言いかけたが、なんでもないと言って話を終わらせた。
私は、田所先生に頭を下げて、診察室を出た。
頭がボーッとしていた。不安で涙が出てくる。ダメだ少し休もう。1Fに降りると、診察の待合室の椅子に腰かけた。そしてゆっくり目をつぶった。
不意にあの声が聞こえて来た。
「真里さん、私はここよ・・聞こえる?」びっくりして目を開け、周りを見渡した。周りには誰も居ない。「何、今の声・・・?」 この声を聞くのは3年ぶりだった。
気を取り直して、病院の出口に向かった。病院の外に出ると風で目尻に涙が流れるのを感じた。
再び墜落、そして達也の復活
少し歩くと安曇航空機の建物の向こうに滑走路が見える。ジェットエンジンの甲高い音が聞こえる。程なくしてビルの影からライムグリーンの安曇重工社有機が離陸滑走を始めたのが目に映った。おじさまが乗ったミシシッピー行きの機体だ。だんだんとスピード上げていく。滑走路の真ん中から少し先で前輪が浮き始め、直ぐに後輪も滑走路を離れ、タイヤの格納をしているのが見えた。
「おじさま、気をつけて」 その瞬間、違和感を感じた。飛行機の機首上げが止まらないのだ。これは、そう、何度も動画で見た父の墜落とまったく同じイメージ。飛行機はほぼ垂直に上を向くと、一転、機首を急激下げ、落下始めた。
そして、前回墜落地点の慰霊碑の500m北側に墜落した。その瞬間、目が眩む爆発と少し遅れて激震と爆発音が聞こえた。
結局、乗員18名全員が亡くなった。父の時と同じく遺体はバラバラで、墜落の火災で多くが消失しており、遺体の特定にはDNA鑑定が必要だった。この事故は大きなニュースとなった。安曇重工の社有機が墜落。それも10年前とまったく同じ墜落の状況、同じ空港。会長以下18名が搭乗。ただし、CEOの達也は直前に倒れ難を逃れた。話題性は抜群だった。
また、安曇重工の株価は墜落から5営業日でストップ安を更新した。その株価の下げを止めたのは達也だった。達也は3日目に目を覚まし、5日目の夕方に病院のベットからビデオによるコメントを発表した。
「まずは、18名の乗員、従業員の方がお亡くなりになった事、深く哀悼の意を申し上げます。またその家族の方々の心痛は私も同じ経験をした人間として筆舌に尽くし難く感じています。ご家族のみなさんの将来は全て安曇重工が補償致します。愛する家族を失った皆さんが、その上経済的な不利に見舞われないよう、全力でバックアップします。また、墜落原因の調査もほぼ最終段階に進んでいます。現在、世界中のJEJは飛行停止となっていますが、近日中に事故の原因を航空事故調査委員会と発表し、具体的な対応を明確化致します。そして、皆様が安心してJEJにお乗り頂けるように最大限の努力を進めてまいります」頭に包帯を巻いたままの若い経営者のこの心に響くコメントに市場もポジティブな反応をした。
また、その5日後、航空事故調査委員会は一次報告を発表した。JEJの社有機は試作機と同等1000以上のパラメータをリアルタイムで送信する機能を搭載していた。この為、機体の不具合の原因がソフトウェアの暴走で有ることが直ぐに突き止められた。また、ソフトウェアは前日の深夜に書き換えられたものだった。その書き換えの様子も機体に21個取り付けられているモニターカメラの動画情報として記録されており、直ぐに犯人が特定された。安曇重工の契約整備士の大川二郎という人間が犯人で、彼は逮捕される当日も、通常勤務についていた。まさか自分が捕まるとは思っていなかったようだ。彼の供述から、背景組織が割り出され、既に公安による調査が進んでいた。
航空事故調査委員会は、これは機体の異常が原因でなくテロである事を発表したのだ。
また、引き続いた安曇航空機の発表で、世界中で飛行している258機のソフトウェアバージョンを本日確認し、また遠隔で対策ソフトをインストールした。現在のソフトは飛行前にそのソフトのバージョンが正しい仕様であるかどうかを安曇航空機のサーバと通信を行い、正しい仕様でない場合は飛行出来ない機能を盛り込んだ。
これにより全世界のJEJはセキュリティーの画期的な改善を済ませた。この内容は国土交通省、アメリカ連邦航空局、欧州航空安全機関の認証申請に入っており、承認後、JEJの飛行禁止を解除するとの声明だった。
この安曇航空機の迅速な動きに世界中のマーケットはポジティブに反応し、今度は、安曇重工株のストップ高が始まった。
また、達也は成果を出そうとしている。
真里は、達也の居ない間、安曇グループのトップの代理として、また安曇銀行のCEOとして様々な対応を進めた。
安曇会長のグループ葬、下がり続ける株に対する買い支え。円安に動く為替の抑制。結局、達也の病院に見舞いに行けたのは、墜落から10日が経っていた。達也は未だ茨城安曇病院の特別室に入院して居た。
達也の病室に入ると、ベットの上に座った達也がこちらを見た。
「達也、ビデオメッセージ見たわよ。素晴らしいコメントだったし、元気な声を聞けて嬉しかった。顔色も良さそうね」達也は微笑みながら答えた。
「真里さん、お見舞いに来てくれてありがとう。私はもう大丈夫だ。少々、身体の動きは制御できていないが、リハビリで治ると医者が言っていた」
「うん? 真里 さん? 達也、ちょっと話し方おかしくない? 何となくジジくさい気がする」 顔を掻きながら達也が答える。「言葉が喋れないかもしれないと言われた事を考えれば、これでも良いと思わんかね? 真里さん」「だから、そのさんを付けるのやめてよ・・ おじさまが亡くなったからと言って、話し方までおじさまの真似する必要ないから・・」
「分かった。出来るだけ、努力する」
「それで、いつ退院できそうなの?」「うーん、運動機能のリハビリテーションがこれからだからな・・まだ1ヶ月少々は掛かると思うぞ」「・・・分かった、とにかく早く復帰してもらわないと、私の仕事もやり切れないからね。お願いよ」
真里は、達也の部屋を辞して、病院の廊下に出た。「まあ、元気そうで、良かったわ、でもあの喋り方はないわね」階段を降りて、待合室を通る。そうだ、前回、ここで声が聞こえたんだ。
ちょっと立ち止まって、耳を澄ましてみる。「やはり何も聞こえないか・・・」
この後、しばらく、私は、あの声の事を忘れていた。
再びニューヨーク、そして
2021年12月
達也が退院して4ヶ月。私も達也もすっかり日常を取り戻していた。達也のリハビリは順調で、後遺症も全くなく回復した。今では、以前と変わらない、いや入院する前よりも更に素晴らしい仕事ぶりを見せている。そして一つの大きな変化があった。
1ヶ月前から、私達は同棲を始めた。達也の自宅、旧安曇のおじさまの自由ヶ丘の大豪邸に、私がみなとみらいから引っ越したのだ。私は、結婚してからで良いと思っていたが、達也の強い願いがあった。今は、プリ新婚生活を楽しんでいる。とは言え、私は忙しすぎて、家事全般は家政婦の田中さんにお任せきりだが、達也は毎日私と話が出来て、そして何より毎日 私を抱ける事に、大きな喜びを感じている様だ。退院して最初のセックスは、人が変わった様に感じた。私の身体をむさぶる様に何度も何度も私を抱いた。今でも、そんな激しいセックスが続いているが、私も達也を愛しているし、セックスも嫌いじゃ無いから、この状況を楽しんでいる。
来年くらいには結婚しても良いかと思っている。
私の安曇銀行のCEOとしての仕事は多忙を極めた。月に一度は海外出張もあり、とても多忙だ。ただ、海外出張には、安曇航空機の社有機を使わせてもらっているので、突然の出張にも臨機応変だし、日本から直行便が無い空港にも直接フライトが可能だ。なにより機内のオフィースで地上と変わらない仕事や会議が出来るのも気に入っている。出発が茨城空港と言うのは多少不便だが、これもすっかり慣れてしまった。
今日もニューヨークに来ている。3年前のニューヨーク勤務で、多くの友人を作っていた為、ニューヨークはお気に入りの出張先だ。今日は出張3日目で、1週間の出張予定の半ばを過ぎた。この様な1週間の出張の時は、安曇航空の社有機は一度、日本に戻って、また帰国便の日程に合わせやってくる。
ニューヨークの自分のオフィースで仕事をしていると、突然、私のiPhoneが鳴る。京子おばさまからだ。
「真里、私、どうビジネスは順調?」何となく声が弱々しく聞こえる。
「ええ、おばさま。計画通り進捗中ですよ。ご心配なく」
(なんだろう、普通電話なんかしてこないのに・・・)
「実は、今、病院なの。昨日、自宅に居たら突然背中に激痛が走って、救急車で病院に運んでもらって検査したら大動脈解離があって血管が破裂しそうなんだって。だから明日、緊急手術をすることになったの」「えっ?」
「少し危険な手術なんだって。だから、手術の前に貴女と話しておきたくて・・」「おばさま、直ぐに帰るわ。達也にも話して万全の体制取ってもらう!」
「真里、達也さんには言わないで。今いる病院も、安曇病院じゃないの。横浜医療センターて所」
「なんで達也に言っちゃいけないの? それに安曇病院の方が設備が整っているでしょう?」
「とにかく私のワガママ聞いて。それにもうこの時間じゃ私の手術までに帰国出来ないわ。私は大丈夫だから、しっかり仕事をしなさい。じゃあね。くれぐれも達也さんには連絡しないでね」
電話が切れた。混乱していた。まずは、何とか帰る事を考えた。日本は朝の6時、ニューヨークは今19時過ぎだ。何とか24時間で、日本に帰らないと。
日系の航空会社は夕方、ニューヨークを出発する便を持っているが、確か18時30分には出発だ。間に合わない。社有機は今から呼び寄せても、ここに到着するのに準備も含め18時間はかかる。他に手は・・
真里は頭を回転させた。確か、極東航空のロサンゼルスからの深夜便があったはず、それに乗り継げれば・・ パソコンでフライトスケジュールを呼び出す。これだ・・ニューアークのユナイティッド20:35に乗れれば、極東航空の羽田行き0:30にLAXで乗り継げる。羽田到着は・・ 「明日の5:50、よし」
オフィースにある荷物をまとめる。大きな荷物はホテルに置いているが、これは後で送って貰えばいい。チケットは車の中で予約しよう。ローラに至急、ロブに車を出す様にお願いした。行き先は「Newark Liberty Airport!! Please!!」「OK, Mary」ローラがロブに電話を始めるのを横目に見ながら、エレベータホールに向かう。この時間はまだ渋滞が残っている。ニュージャージ側に如何に早く渡るかだが、ロブならやってくれるだろ・・
結局、空港には20:20に到着した。セキュリティーを抜けてゲートに到着した時は20:35ギリギリだったが、まだ搭乗可能だった。搭乗してファーストクラス3Aに座ると、汗がどっと出てきた。LAXへのフライトは少し遅れて、羽田行きのフライトの搭乗もギリギリだったが何とか乗り継げて、私が横浜医療センターにタクシーで到着したのは、手術当日の7時だった。
そのまま、病室に向かう・・ おばさまは最上階の個室に入院していた。病室のドアを開けると、おばさまが目を丸くしている。「真里、どうして・・」部屋に入り、荷物を降ろしながら私は応えた。
「もちろん、おばさまの手術に立ち会う為よ。大事な人が危ない手術を受けるのに仕事なんてやってられないわ」おばさまの手術は9時からだった。程なく手術準備が始まり、彼女は手術室に入って行った。6時間を超える大手術だったが、何とか手術は成功し、午後4時前におばさまは集中治療室に入った。今は、ぐっすり眠っている様だ。
私は、病院を出て、虎門の安曇銀行本社に向かった。ニューヨークでの残務の対応を部下に指示して、帰宅に入ったのは、午後9時を廻っっていた。自由ヶ丘の自宅に到着すると、早くシャワーを浴びたかったし、達也にも会いたかった。(そう言えば、何故、おばさまは達也に言わないでと・・) 少し疑問を感じながら、玄関を入った。もう家政婦の田中さんは帰宅している時間だ。達也は・・まだ帰っていないのかしら・・ 私はとにかく疲れていて、眠りたかった。そのまま寝室に向かった。
寝室をドア開けると、照明が点いている。そしてそこには信じられない光景が広がっていた。私達のベットの上で男と女が裸で絡まっている。私を見た女の顔は・・「原口 ・・さん」そして、振り返った男の顔は「・・達也、何をして・・?」
私は、ドアを閉めた。衝撃だった。私はフラツキながら、リビングのソファに倒れ込んだ。疲れと悲しみで涙が出た。直ぐに達也がやって来た。
「真里、君はニューヨークに居るんじゃないのか? 何故、日本に?」
(達也、最初に言うことがちがうでしょう。弁解とかないの?) 私は泣きながら答えた
「おばさまが倒れたから急遽帰国したの。なのに達也は何してるのよ?」
また違ったリアクションが聞こえる。
「えっ? 京子が? どこの病院だ」 (なんでおばさまを呼び捨てているのよ・・)
「横浜医療センターよ、手術は成功したわ。でも今はそれより、この状況を説明して??」
達也は、答えず立ち上がって、リビングから居なくなった。程なくしてガレージの電動シャッターが開く音がする。直ぐに走ってガレージに行ったら、彼は既に車で出かけていた。
私は、混乱していた。リビングに戻ると、原口さんが服を着て立って待っていた。
「真里さん、達也さんとの事、申し訳ありません」原口さんが深々と頭を下げる。
「原口さん、私、ちょっと混乱してて状況がうまく理解できないの。まず、達也との関係を説明して」
原口は、ため息をついて、重い口を開けた。
「私は、もともと会長の秘書兼愛人でした。とは言え会長には奥様はいらっしゃいませんから恋人と言った方が良いと思います。達也さんの秘書になった後も、会長の愛人は続けていました」
「それでおじさまが亡くなったから、愛人も鞍替えしたの??」「違います。達也さんは会長と本当に似てらっしゃって、私も好意を持っていました。ただ達也さんには真里さんがいらっしゃるので、その様な一線超えるつもりは、毛頭ありませんでした。それが、2ヶ月前の真里さんの海外出張の日、自宅まで達也さんをお送りしたら、突然、襲われてしまったのです。私は、びっくりしました。でも、私は受け入れてしまいました。達也さんの体躯は会長と本当に似ていて、私の抱き方も問いかけも、声までも、会長そっくりでした。目を瞑ると会長に抱かれている様に感じたのです。」「何よ、それ・・」
「その後、真里さんが海外出張に行った先月と、今回、いらっしゃらない間は、ここに来て抱かれていました。でも、私、真里さんの事も大好きで、本当に申し訳無いと思っていました」
声が出なかった。何故、こんな事になるのか? 何故、達也が40を過ぎた女性に興味があるのか? リーズナブルな答えはみつからなかった。「真里さん、私、明日から、安曇重工を辞めて、達也さんの側を離れます。今は、それが私に出来る唯一の罪滅ぼしです。それで、真里さんへの償いになるとはとうてい思えませんが、どうか許してください」
原口さんは、深々と頭を下げて、出て行った。私は、広い自宅に一人で残され泣いていた。
いつの間にかリビングのソファーで寝てしまっていた・・・
再び茨城安曇病院へ
2021年12月
達也が退院して4ヶ月。私も達也もすっかり日常を取り戻していた。達也のリハビリは順調で、後遺症も全くなく回復した。今では、以前と変わらない、いや入院する前よりも更に素晴らしい仕事ぶりを見せている。そして一つの大きな変化があった。
1ヶ月前から、私達は同棲を始めた。達也の自宅、旧安曇のおじさまの自由ヶ丘の大豪邸に、私がみなとみらいから引っ越したのだ。私は、結婚してからで良いと思っていたが、達也の強い願いがあった。今は、プリ新婚生活を楽しんでいる。とは言え、私は忙しすぎて、家事全般は家政婦の田中さんにお任せきりだが、達也は毎日私と話が出来て、そして何より毎日 私を抱ける事に、大きな喜びを感じている様だ。退院して最初のセックスは、人が変わった様に感じた。私の身体をむさぶる様に何度も何度も私を抱いた。今でも、そんな激しいセックスが続いているが、私も達也を愛しているし、セックスも嫌いじゃ無いから、この状況を楽しんでいる。
来年くらいには結婚しても良いかと思っている。
私の安曇銀行のCEOとしての仕事は多忙を極めた。月に一度は海外出張もあり、とても多忙だ。ただ、海外出張には、安曇航空機の社有機を使わせてもらっているので、突然の出張にも臨機応変だし、日本から直行便が無い空港にも直接フライトが可能だ。なにより機内のオフィースで地上と変わらない仕事や会議が出来るのも気に入っている。出発が茨城空港と言うのは多少不便だが、これもすっかり慣れてしまった。
今日もニューヨークに来ている。3年前のニューヨーク勤務で、多くの友人を作っていた為、ニューヨークはお気に入りの出張先だ。今日は出張3日目で、1週間の出張予定の半ばを過ぎた。この様な1週間の出張の時は、安曇航空の社有機は一度、日本に戻って、また帰国便の日程に合わせやってくる。
ニューヨークの自分のオフィースで仕事をしていると、突然、私のiPhoneが鳴る。京子おばさまからだ。
「真里、私、どうビジネスは順調?」何となく声が弱々しく聞こえる。
「ええ、おばさま。計画通り進捗中ですよ。ご心配なく」
(なんだろう、普通電話なんかしてこないのに・・・)
「実は、今、病院なの。昨日、自宅に居たら突然背中に激痛が走って、救急車で病院に運んでもらって検査したら大動脈解離があって血管が破裂しそうなんだって。だから明日、緊急手術をすることになったの」「えっ?」
「少し危険な手術なんだって。だから、手術の前に貴女と話しておきたくて・・」「おばさま、直ぐに帰るわ。達也にも話して万全の体制取ってもらう!」
「真里、達也さんには言わないで。今いる病院も、安曇病院じゃないの。横浜医療センターて所」
「なんで達也に言っちゃいけないの? それに安曇病院の方が設備が整っているでしょう?」
「とにかく私のワガママ聞いて。それにもうこの時間じゃ私の手術までに帰国出来ないわ。私は大丈夫だから、しっかり仕事をしなさい。じゃあね。くれぐれも達也さんには連絡しないでね」
電話が切れた。混乱していた。まずは、何とか帰る事を考えた。日本は朝の6時、ニューヨークは今19時過ぎだ。何とか24時間で、日本に帰らないと。
日系の航空会社は夕方、ニューヨークを出発する便を持っているが、確か18時30分には出発だ。間に合わない。社有機は今から呼び寄せても、ここに到着するのに準備も含め18時間はかかる。他に手は・・
真里は頭を回転させた。確か、極東航空のロサンゼルスからの深夜便があったはず、それに乗り継げれば・・ パソコンでフライトスケジュールを呼び出す。これだ・・ニューアークのユナイティッド20:35に乗れれば、極東航空の羽田行き0:30にLAXで乗り継げる。羽田到着は・・ 「明日の5:50、よし」
オフィースにある荷物をまとめる。大きな荷物はホテルに置いているが、これは後で送って貰えばいい。チケットは車の中で予約しよう。ローラに至急、ロブに車を出す様にお願いした。行き先は「Newark Liberty Airport!! Please!!」「OK, Mary」ローラがロブに電話を始めるのを横目に見ながら、エレベータホールに向かう。この時間はまだ渋滞が残っている。ニュージャージ側に如何に早く渡るかだが、ロブならやってくれるだろ・・
結局、空港には20:20に到着した。セキュリティーを抜けてゲートに到着した時は20:35ギリギリだったが、まだ搭乗可能だった。搭乗してファーストクラス3Aに座ると、汗がどっと出てきた。LAXへのフライトは少し遅れて、羽田行きのフライトの搭乗もギリギリだったが何とか乗り継げて、私が横浜医療センターにタクシーで到着したのは、手術当日の7時だった。
そのまま、病室に向かう・・ おばさまは最上階の個室に入院していた。病室のドアを開けると、おばさまが目を丸くしている。「真里、どうして・・」部屋に入り、荷物を降ろしながら私は応えた。
「もちろん、おばさまの手術に立ち会う為よ。大事な人が危ない手術を受けるのに仕事なんてやってられないわ」おばさまの手術は9時からだった。程なく手術準備が始まり、彼女は手術室に入って行った。6時間を超える大手術だったが、何とか手術は成功し、午後4時前におばさまは集中治療室に入った。今は、ぐっすり眠っている様だ。
私は、病院を出て、虎門の安曇銀行本社に向かった。ニューヨークでの残務の対応を部下に指示して、帰宅に入ったのは、午後9時を廻っっていた。自由ヶ丘の自宅に到着すると、早くシャワーを浴びたかったし、達也にも会いたかった。(そう言えば、何故、おばさまは達也に言わないでと・・) 少し疑問を感じながら、玄関を入った。もう家政婦の田中さんは帰宅している時間だ。達也は・・まだ帰っていないのかしら・・ 私はとにかく疲れていて、眠りたかった。そのまま寝室に向かった。
寝室をドア開けると、照明が点いている。そしてそこには信じられない光景が広がっていた。私達のベットの上で男と女が裸で絡まっている。私を見た女の顔は・・「原口 ・・さん」そして、振り返った男の顔は「・・達也、何をして・・?」
私は、ドアを閉めた。衝撃だった。私はフラツキながら、リビングのソファに倒れ込んだ。疲れと悲しみで涙が出た。直ぐに達也がやって来た。
「真里、君はニューヨークに居るんじゃないのか? 何故、日本に?」
(達也、最初に言うことがちがうでしょう。弁解とかないの?) 私は泣きながら答えた
「おばさまが倒れたから急遽帰国したの。なのに達也は何してるのよ?」
また違ったリアクションが聞こえる。
「えっ? 京子が? どこの病院だ」 (なんでおばさまを呼び捨てているのよ・・)
「横浜医療センターよ、手術は成功したわ。でも今はそれより、この状況を説明して??」
達也は、答えず立ち上がって、リビングから居なくなった。程なくしてガレージの電動シャッターが開く音がする。直ぐに走ってガレージに行ったら、彼は既に車で出かけていた。
私は、混乱していた。リビングに戻ると、原口さんが服を着て立って待っていた。
「真里さん、達也さんとの事、申し訳ありません」原口さんが深々と頭を下げる。
「原口さん、私、ちょっと混乱してて状況がうまく理解できないの。まず、達也との関係を説明して」
原口は、ため息をついて、重い口を開けた。
「私は、もともと会長の秘書兼愛人でした。とは言え会長には奥様はいらっしゃいませんから恋人と言った方が良いと思います。達也さんの秘書になった後も、会長の愛人は続けていました」
「それでおじさまが亡くなったから、愛人も鞍替えしたの??」「違います。達也さんは会長と本当に似てらっしゃって、私も好意を持っていました。ただ達也さんには真里さんがいらっしゃるので、その様な一線超えるつもりは、毛頭ありませんでした。それが、2ヶ月前の真里さんの海外出張の日、自宅まで達也さんをお送りしたら、突然、襲われてしまったのです。私は、びっくりしました。でも、私は受け入れてしまいました。達也さんの体躯は会長と本当に似ていて、私の抱き方も問いかけも、声までも、会長そっくりでした。目を瞑ると会長に抱かれている様に感じたのです。」「何よ、それ・・」
「その後、真里さんが海外出張に行った先月と、今回、いらっしゃらない間は、ここに来て抱かれていました。でも、私、真里さんの事も大好きで、本当に申し訳無いと思っていました」
声が出なかった。何故、こんな事になるのか? 何故、達也が40を過ぎた女性に興味があるのか? リーズナブルな答えはみつからなかった。「真里さん、私、明日から、安曇重工を辞めて、達也さんの側を離れます。今は、それが私に出来る唯一の罪滅ぼしです。それで、真里さんへの償いになるとはとうてい思えませんが、どうか許してください」
原口さんは、深々と頭を下げて、出て行った。私は、広い自宅に一人で残され泣いていた。
いつの間にかリビングのソファーで寝てしまっていた・・・
綾との出逢い
「真里さん、聞こえる?」やはり聞こえた。周りを見渡したけど、近くには誰も居ない。
「聞こえるわ。あなたは誰?」 少し大きな声を出してしまった。受付の事務員の女性がびっくりして、こちらを見ている。「真里さん、声に出さなくても大丈夫、これはあなたの頭に直接メッセージを送っているから」「えっ? あなたは?」「私は綾、この建物の地下に居るの」
(地下? どうして・・)「京子を探しているんでしょう? 彼女も地下に居るわ」
「えっ?」「どこに居るの?」
「私が案内するわ・・」頭の中にイメージが浮かぶ「階段・・」 会計エリアの横に階段がある。「そう、その階段を地下2階まで降りて」
待合室の椅子から立ち上がり、階段に向かった。ゆっくり降りる。「地下二階よ」
地下二階に降りると階段の先にドアがあり”関係者以外立ち入り禁止”の文字が見える。壁にはICカードの読み取り機が、ドアの上と階段の踊り場に監視カメラが見える。「ここ私入れないし、モニターされてると思うし」「大丈夫、電子ロックは今、解除するから」ドアの奥からジーという音がする。「モニターも真里さんは映らない様にしてるから・・」
確かにドアは開いた。中はまっすぐな廊下だった。いくつかのドアが並んでいる。監視カメラも5mおきに取り付けられている。「右側のB23の部屋の前に行って」右側の最初のドアはB21だった。左側はB22。すると次のドアか・・ 10m程歩き、B23のドアの前に立った。このドアは自動ドアだった。ICカードの読み取り機とその上に何かの装置がある。
「それは網膜認証だけど、関係ないから、警報装置も切ったし」「さあ、入って」
自動ドアが開く。中は薄暗く、手術用の照明と手術機材が見える。(あれは、ダビンチ・・)遠隔手術ロボットも見える。その先にベットがあり誰かが横たわっている。「おばさま!」 そこには京子が横たわっていた。手を触ってみたら暖かい。胸も呼吸に合わせ上下している。(良かった寝てるんだ・・)
「京子は、あなたに警告を送ったのを達也に見つかって眠らされたの」「えっ? なんで?」
「達也は京子を守りたい。京子はあなたを守りたいからよ」私は、また混乱した。
「綾さん、何が何だか分からないわ。もっと分かりやすく説明して!」
少しの沈黙の後、綾が言った。
「それじゃ、私の所に来て。B28の部屋よ」
私は、B23の部屋を出ると、左に曲がり廊下を進んだ。一番奥の部屋がB28だった。B23と同じ自動ドアが私の到着と同時に開いた。中に入ると、何かの機械音が響いている。水が流れている音もする。
「何かの実験室?」真里はゆっくり部屋に入った。左右に透明な円筒容器が並んでいる。何かが液体の中に浮かんでいる。よく見ると「腕?」「これは女性の体、でもこの胸の形、私そっくり・・」
「さあ、私は一番奥のケースよ、8番」よく見ると容器には番号が振ってある。手前から左右に1番、2番、3番、奥に8番の容器が見える・・ あれは、目を瞑った人間の生首。突然、その目が開いた。「これは私・・」そこには自分の顔、でも少し若い自分の顔がある。夢と同じ様に首に赤い液体が流れているチューブが繋がれている。「私が綾よ」その顔の口が動く。声は直接頭の中で聞こえる。「これは何?」「綾さん、あなたはどうして頭だけなの? どうして私、そっくりなの?」 私はとても混乱していた。ただ、何か全ての糸がもうすぐ繋がる予感がしていた。綾がゆっくり話はじめた。
「私は30年前に身体を亡くしたの。それからはずっと首だけで生きてる。代わりに、特殊能力を貰ったわ。一種の超能力かしら、この声はテレパシーね」「えっ?」 「この病院の中だったら話せるし、色んなものを動かせる様になったわ。ただ、私に供給されている血液は限定されていて、目覚めたら数分で眠ってしまうを繰り返していた。だから、目覚めた時に貴女にメッセージを送ってたの」
(あー、それで・・)「たまに声を聞いたのか・・・・」
「私、最初は東京安曇病院に居たの。あなたも定期的に東京安曇病院に来てたでしょう?」
そう私は安曇病院で生まれたが、小さい頃に病気をしたとかで定期検診で毎年通ってた。
「10年前、東京安曇病院で最初のイメージをあなたに送ったの・・ あなたへの警告の為・・」「それって、あなたが電話かけてたら眠らされて、生首になったイメージ、そしてあそこであなたの話していたのは・・もしかして・・」「京子よ、さっきB23で見たでしょう。彼女はあの時、私の身体を奪ったの。私の首を切り落として、自分の身体を捨てて、私の身体に自分の首を取り付けた。その時、彼女の身体は全身癌に侵されていたの・・」私の心臓がドキドキする。「でも、身体を据え変えるなんて、拒否反応とかあって、今の技術では無理だと思うけど・・」「その通り、だから彼らは周到な準備をしてしていたわ、私は京子のクローンだったの・・」「えっ」「厳密に言うと、京子も私も、そして真里さんも、安曇忠明の死別した妻、安曇敦子のクローン・・・・」
京子から聞いたという、綾の話は正に驚愕の事実だった。
綾の語る安曇忠明の過去
1967年7月
安曇忠明はこの時、28歳、帝国大学医学部を卒業し、そのまま大学で幹細胞の研究をしていた。忠明はこの時代、既にクローンの動物実験に成功していた。彼が成功したクローン技術は体細胞を核を除去した卵子に直接注入しクローン個体を製作する技術であり、公には1998年まで達成できない技術だった。彼は、ある個人的な理由からこの技術の完成を発表しなかった。それは、その技術を自分と妻のクローンを作る事に使用した為だ。若くして、同じく医師であった妻、敦子と結婚した忠明は、妻の事を本当に愛しており、彼女との子供が欲しかった。ただ、忠明が無精子症であった為、子供は不可能と診断された。子供が欲しかったのは敦子も同じで、妻の悲しみは、忠明を大いに悩ませた。そんな時、忠明はクローン技術を手に入れたのだ。体外受精による妊娠すらまだ技術的確立していない時代に、忠明は敦子の卵子を二つ取り出し、核を除去した上、自分と敦子の体細
胞を注入し、敦子の子宮に戻した。程なく、敦子は妊娠し、無事双子が生まれた。子供は男の子と女の子で、敏明と京子と名付けられた。この二人は、公式記録には残っていないが、世界で初めてのクローン人間ということになる。忠明と敦子のクローンがここに誕生したのだ。
1976年5月
安曇忠明は37歳になっていた。忠明は若い頃に獲得した医療技術のパテントを元手に、莫大な資金を手に入れた。それを原資に、当時倒産寸前だった帝国グループを手に入れ、名前を安曇グループに置き換えた。若きビジネスリーダーがここに誕生したのだ。俊明と京子は9歳。スクスクと育っていたが、忠明は自分の子孫をもっと残すという欲求に取り憑かれていた。それはクローンでしか実現できない。安曇帝国病院内で不妊治療をしている夫婦を探し出し、自分たち夫婦と背格好が似ていて、血液型も同じ2組の夫婦を選別した。その夫婦の妻から卵子を取り出し、核を壊して、自分と京子の体細胞を移植した。この2組の夫婦からやはり男の子と女の子が生まれた。この二人が田所健二と溝辺綾だった。二人は、もちろん彼等の両親も、自分が忠明と京子のクローンと言うことは知らないまま生活していた。
1985年
忠明は46歳。俊明と京子は18歳になっていた。この歳、俊明がバイク事故に遭った。忠明の懸命の治療にも関わらず俊明は脳死状態となった。忠明は自分の半身に起きた不幸を悔やみながら、また、科学者として別の欲求にかられていた。私は俊明の身体を活用できるのでは無いか・・・・。忠明は、その強い欲求に襲われたが、残念ながら未だ技術は整っていない。また、自分の移植手術を自分で執刀することはできないので、誰かにこの大手術を頼まなければいけない。
俊明の体を忠明に移植する。つまり忠明の頭を俊明の身体に取り付ける完全胴体移植術だ。
忠明は、俊明を植物状態のまま人工心肺装置で生かしておいて、その実行が可能となる日を待つ事にした。ただ、この技術的な挑戦は思わぬ形で実現することとなった。
1986年
敦子が突然、自宅で倒れた。検査をすると膵臓癌のステージ4であり、既に癌は他の多くの臓器に転移していた。忠明の懸命の治療を試みたが、残念ながら余命半年であった。
忠明は、あるアィデアを敦子に持ちかけた。京子の身体を敦子に移植したいと。敦子はまったく受け入れなかった。京子を殺すなんて有り得ない。京子は私なんだから、あなたは京子と生きてと敦子は言った。
その年の夏、敦子は45歳で亡くなった。忠明は本当に後悔した。あんなに愛した敦子を亡くした喪失感から人が変わった様だった。そして忠明は誓った。「絶対、京子は守る・・」
1993年
京子に膵臓癌がみつかった。他の臓器への転移もみられた。まだ、回復の余地はあったが、多くの臓器を切り取ることで、今後の生活にも支障がでる見込みだった。忠明の考えは明白だった。
「綾を使おう」 1976年に敦子のクローンとして生を受けた綾は、17歳になっていた。俊明の身体の移植は実現していないが、京子に綾の体を移植するのは私の執刀でできる。
直ぐに手を回し綾を拘束した。京子は最後まで嫌がった。「そんな他人に助けてもらうなら死んだ方がいいわ!」でも、忠明の考えは変わらなかった。全身麻酔で眠る直前に京子は言った。「私の身代りになる人を殺さないで・・おねが・・」忠明は一瞬、躊躇したが、二人の執刀に入った。
執刀から2週間が経ち、京子は立ち上がれるようになった。京子の願いを受け、綾の頭部には血液を流し、生かしておいた。しかし、意識を持たせる必要は無いから意識を消そうとしたら、京子が「私が会うまで意識を残しておいて」と言った。
京子を綾に会わせる為、綾の保存部屋に連れて行った。ここには京子の古い身体も保存してある。
京子を残して、部屋を出た。中から京子の声が聞こえた。
「こういう時の為に父はあなた達を作ったの。父は、あなたの意識を早く消しなさいと言ったけど、私はあなたにお礼が言いたくて今日まで・・・・」
しばらくして、京子が部屋から出て来た。そして、忠明の胸で泣きじゃくった。
1994年
忠明はもう一人の自分の半身、田所健二が安曇大学医学部に入ったのを知った。忠明は彼を育て、自分の移植を執刀させる事を思いついた。少し時間が掛かるが、自分自身に執刀してもらうのだから、何より安心だ。また、ほぼ全てのクローンを使い切った忠明は別のクローン製作を進めることにした。同様に不妊治療をしていた高橋と小山内は会社の経営にも行き詰まっていた。忠明は彼らを安曇重工に招き高い地位で優遇すると共に、不妊治療の一環で帝国病院での体外受精を進めた。この試みは成功し、この年に、高橋真理と小山内達也が誕生する。もちろん、敦子と忠明のクローンだ。
2004年
忠明は65歳になっていた。また、帝国病院で手塩にかけて育てている健二は28歳となり、外科医として頭角を現して来た。忠明は健二に自分の移植手術の執刀を持ちかけた。健二も、忠明と同様、新しい医療技術の試行に貪欲な欲求を持っていて二つ返事で乗って来た。これは、対外発表できない医療だとしてもだ。事故で植物の状態になって以来20年近く経つ俊明の身体だが、ほぼ冷凍状態で保存をしていた事もあり、若々しい肉体を維持していた。
手術は12時間に及ぶ大手術だったが、健二は無事成功させた。また、忠明は1週間程でベットから起き上がり、1ヶ月後には仕事に就いていた。
忠明は、65歳の頭脳に18歳の身体を手に入れた。一番困ったのは性的な欲求だった。忠明は、安曇大学を次席で卒業した才女、原口真紀を秘書として雇い、半年後には愛人として毎日の性的欲求を満たしていた。
2011年
忠明は70歳を超え、達也と真里の身体を手に入れる計画を立て始めた。
丁度、健二が脳移植の臨床実験を終わらせようとしていた。その結果は順調だった。
今度は、脳を入れ替えて、脳以外は全てを若返らせる事を計画するつもりだった。
忠明の計画は、今年のJEJの初飛行から実行する事で、綿密な計画が立案された。
そして、あの初飛行での陰謀が開始される
真実、そして絶対絶命
「真里さん、もう分かったと思うけど、あなたは京子さんへ身体を移植する為に生み出されたの。私と同じように。そして、達也さんも」 「つまり、10年前のお父さんの墜落事故もお母さん交通事故も」
「全て今日のために仕組まれたものよ。それによってあなた達二人を安曇の家に入れて、安曇のトップとして実績を作らせる、そして、新しく開発された脳移植を行い、忠明は達也さんの身体に、京子さんは真里さんの身体に移植される。そうすれば、若返った2人は引き続き安曇のトップとして君臨できるわ。そしてあなた達は脳しか残らない」
「そんな・・・」 でも、マリには疑問があった。京子おばさまのことだ。
「でも待って。おばさまは、私を助けようとしてくれたわ」
「そう、京子は最初からこの移植に反対なの、私の移植を受けたのもの本意ではないの。だから、私の意識を消さない様にしてくれたのよ」
「・・・・」
「今回も、自分の病気が忠明さんに知られると、真里さんに危険が及ぶと知って、こっそり横浜で手術を受けたの。でも忠明さんに捕まってしまって。」
「でも、この病院に移送されても目が覚めたら、あなたにメッセージを送った。最後まで真里さんを守ろうとしたけど、みつかって、もう眠らされてしまった・・」
「じゃあ、達也は・・」「あれは、忠明よ、脳を達也の身体に移植したの。飛行機事故も、達也のくも膜下出血も全て偽装工作。飛行機には、俊明の身体の移植後、保存しておいた忠明のオリジナルの身体の一部が載せられいた。だからDNA鑑定で彼の死亡が確認された・・」
「達也の脳は、この階のどこかに保存されているわ。私の首と同じく生かされてね」
不意に自動ドアの開く音がする。
「真里」
振り返ると達也が立っている。
「まったく、急に居なくなると心配するじゃないか。・・、僕と一緒に来るんだ」
「嫌よ。あなたは達也じゃないわ。安曇のおじさまね。だから、昔の愛人を抱いていたんだ。やっと合点がいったわ」達也は、驚いた表情を見せた。
「何故、それを知った? 京子が話したのか・・? まあいい。その通り、私の身体は達也くんだが、心は忠明だからね。私は、真里くんを抱いた。つまり浮気していたのは、君の方って事だ」
私は頭に血が上っていた。「父や母、それ以外のたくさんの人達を自分為に殺すなんて、あなたは人間じゃないわ」達也は笑っていた。
「そうだよ、私は他の誰にも無い能力を持っているからね。私が永遠に生きることがもっとも大事だとやっと気付いたところなんだよ。だから、私の大事な京子も永遠に生かす。その代わりに、君には消えてもらう。だって、君は私が生み出した存在なのだから。私が生殺与奪権を行使するのは自明だと思うよ」
「嫌よ、拒否するわ。その前にあなたを警察に突き出してやる・・・」
その時、私のお腹に何かが刺さった。
「それは麻酔注射だよ、大丈夫眠ったら、何にも痛く無いし、そのまま永遠に目覚めないだけだから」
私の意識が遠くなる「大丈夫、君の身体は京子が使うから、君は死ぬわけでは無いよ」
「私と京子の為に生まれて来てくれてありがとう・・・」
消え行く意識の中で、綾さんが「健二!」と呼ぶ声が頭の中に響いた。
陰謀は? そして運命は?
気がつくと天井が見えた。(私、生きてるの・・・・?) 声が聴こえた。
「真里さん、気がついた?」顔を横にずらすと京子おばさまの顔が見える。その後ろに、達也が倒れた時に会った先生が立っている。あの人は・・
「これは田所先生、健二さんと言った方が良いかしら、彼が忠明を止めて貴女を助けてくれたのよ」
そうか、あの先生が健二さんだったんだ。
健二さんはよく見ると本当に達也に似ている。でも、この人が達也の脳を移植したんだ。
でも、何故、ここに?
健二さんが口を開いた。「真里さん、大変な事に巻き込んで申し訳ない。また、僕は多くの罪を犯した、その償いはしっかりするつもりだ。」 私は思い出したことを健二に告げる。
「健二さん、私、失神する前に聞いた綾さんの声で思い出したの。綾さんがくれた夢の中で、健二さんが恋人だって、最後に健二さんに電話しようとしていた」
「そう、あの日、突然、綾は行方不明になった。僕は本当に失望したよ。お陰で、今も独り身だけど・・、それが10年前に。ここで勤務になって、8年前に綾の声を聞いて、初めて綾に起きたことを知ったんだ。それまでは忠明を師と仰ぎ、彼に胴体の移植手術までした僕だったが、僕自身も彼に利用されていた事を知った」健二は続ける
「本当に、綾の容器の中の姿は衝撃だった。それに綾があまりにも可哀想で。でも、僕は科学者だ、その時、僕は綾を必ず助けると決めた。そして、安曇忠明に、必ず復讐すると硬く誓った。たくさんの研究をした。その中で綾の為に心血を注いだのが、脳移植と記憶移植だ。安曇忠明には、脳移植の開発進捗のみを報告していた。そして臨床実験が完了した事を知って彼は、最後のプランを進めたんだ。達也くんと真里さんの身体を乗っ取るプランをね。」
「僕は、どの様なプランで彼がこれを実行するのか判らなかった。達也君のケースは自分を殺さなければいけないからね。まさか、飛行機を落とすとは思ってみなかったけど」「僕は彼の言いなりになった振りをしていた。そして達也くんを、嘘のくも膜下出血で入院させ、安曇忠明は、自分の脳を達也くんの脳に移植する指示をしたんだ。でも、僕がやったのは、脳移植じゃない、記憶移植だ。達也くんの記憶を一時的に閉じ込めて、そこに安曇忠明の記憶を流し込んだ、だから実は・・」
「もしかして・・達也は眠っているだけ・・」
「その通り。達也くんは、君の左側に寝ているよ」振り向くと達也が居た。少し、目頭が熱くなった。
「今、達也君の記憶を復活する処理をしている。もうすぐ目覚めると思うけど、それは達也くんだ。そして安曇忠明の記憶は彼の元の身体に戻った。
「忠明も、もうすぐ目を覚ますと思うけど。既にこれまで集めた証拠と共に僕は自首するつもりだから、彼は直ぐに捕まる。そもそも死んだ人間が生きているのだし、言い訳はできないけどね」
「それと綾の記憶は、京子さんの脳に移させてもらった。京子さんの記憶は、彼女の意志で少しずつ消えて行くことになる。今、話しているのは京子さんかな」
京子が微笑む。
「真里さん、さっきから話しているのは綾です。京子さんは今は眠っている。京子さんは、私に本来の身体を返してくれようとしているの」私は頷いた。
「それがおばさまらしいわ」
「私たちはそれぞれの半身だから、きっと仲良くなれるわね。あたなの今後の活躍にも期待しているわ」綾が言った。私も大きく頷いて、綾を抱きしめた。
あの出来事から3ヶ月。安曇グループの元会長安曇忠明の生存と二つの飛行機墜落への関与は大きなニュースになった。未だ公安の捜査は佳境に入ったところだ。
幸いな事に健二さんは、我々がクローンだと言うことに関しては情報を統制してくれている。
また、安曇忠明も、私たちが不利になる様な供述はしていない様で、それは健二さんの記憶移植で記憶の一部が欠落してしまったのか? 自分の意志で私達を守ってくれているのかは分らない。
健二さんの罪は、俊明さんの殺人幇助だが、すでに植物状態であった事、忠明の指示によるものであることから、弁護士からは執行猶予がつくと言われている。
忠明の方は、綾さんの殺人罪に問われているが、今となっては綾さんは、京子さんの脳の中に居て、綾さんのオリジナルの身体を動かしているから、綾さんが殺されたかどうかは分からなくなってしまった。もう、おばさまの意識は全く出てこなくなっている様だ・・ 少し寂しいけど、これがおばさまの考える正しい方向だったと理解している。
エピローグ、私達の未来
私と達也はすっかり日常を取り戻した。二人で自由が丘の安曇亭に住んで、力を合わせて安曇グループの経営を切り盛りしている。会長の犯罪でビジネスへは大きなインパクトを受けたが、私たちの力で、また、元の安定した会社に戻れるだろう。更に大きなチャレンジにも私たち二人なら取り組んでいけると考えている。
私たちの夜の生活も始まった。昨日、達也に抱かれた後、私は勇気を出して、ある質問をした。
「達也、おじさまが貴方の身体に入っている時の記憶はあるの?」達也は顔を掻きながら「一部だけなら記憶がある」「どんな記憶?」「うーん、真里を抱いている記憶かな・・」
私は、耳まで真っ赤になって「それって、おじさまが私を抱いているところ横で見ていたということ??」「違う、違う。あの時は、完全に俺が真里を抱いていたんだ。おじさんは何故か隠れてしまっていた」「それって、あの時抱いていたのは達也ってこと?」「そう思っていいよ。だから真里は浮気していない」私はニヤケてしまった。そしてハッと思いつき。「それじゃ、原口さんを抱いていたのは? あれはあなた? おじさん?」「それは全く覚えていない」
私はいじめ顔で聞いた「本当?」「本当だって!」私は嬉しくなった。「じゃあ、二人とも浮気はしてないって事だね。よかった」達也も嬉しそうだった。
「それじゃ、もう一つ報告があるの・・」「なに?」
私は、また顔を赤らめてお腹を抑えながら「私、あなたの赤ちゃんができたの・・」
達也が目を丸くする。「えっ? だって忠明のDNAは無精子症じゃ?」
「そう、クローンだからって、全く同じじゃないのよ。あなたも子供を作れるし、私も敦子さんや京子さんと違って若年性の癌になっていない。ただのコピーじゃないの。一人一人個性があるのよ!」達也がゆっくり頷く。
「この赤ちゃんも、忠明さんと敦子さんの子供ではないわ。個性を持った私たちの子供よ」
「私たちは、自分がクローンということを知って、少し後ろめたい気分を味わったけど、そんなの全く関係なかった。私は私だし、達也は達也。大事な個性を私たちの子供と一緒に大事にしていきましょう」達也は、私のお腹を撫でながら大きく頷いた。
FIN