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これはよくある異世界F(旧題:僕の無双はスライム限定)  作者: まるめぐ
第三章 王都とスライム
39/39

39王都のスライム街2

 よくさ、サスペンスとかホラー小説なんかでも殺される被害者や怖いものに追いかけられる主人公は夜に探検よろしく廃屋とかに入っていくけど、どうして彼らは昼間に動かないのかなって時々読みながら疑問に思って、時には彼らは馬鹿なのかって呆れたりした。


 だけど僕は今こそ彼らの最大の理解者足りうるとここに宣言しよう。


 だってさ、単にすべき事をしていたら夜になった、それだけの事だったんだ。


 誰が暗い夜に好き好んでスライム共を追いかけるよ?


 なし崩し、仕方がなかった、他にやりようがなかった、王都のために後回しにはできない、そして己の精神衛生のために放置不可。

 でも泣けてくる~。スライムの(ケッツ)を追いかけている自分に。

 僕達は見つけた一匹のスライムを尾行しながらしばらく歩いているけど、スライム歩速だからとにかく遅い。のっっっツォい!

 蟻んこを延々追いかけるのよりほんの少しだけ速いって言えばわかると思う。あのスライムは命の危機を感じていないから急ぎもしないんだよね。


「これだと朝になってもまだ追いかけてるんじゃないの僕達。ちょっとあいつにカ~ッツ!て入れてこようか?」

「アル、落ち着いてよ。ほら飴でも嘗めて」


 気を利かせたミルカが魔法鞄から出したミルカらしい苺味のロリポップを僕の口に入れてくれたけど、うん、そういう事じゃない。あとジャックは物欲しそうにしないでね? 気付いたミルカはジャックにもあげた。激レアだけど僕は食べたくはないハナクソ味だかを。二人の仲に一抹の不安を覚えたよ。


「んでもさー、マジにどこまでどう行くんだかなーあのスライム。いっその事繋いで犬みたいに連れとくか。ここ掘れわんわんって宝でも嗅ぎ付けるかもしれないし? それか吊して歩いて騒いだ辺りを掘ってみるとか?」


 ジャックが下手な冗談を言ってミルカが呆れ顔になる。


「どっちも地中の何かを探す感じだけど、スライム街は街の人が知っているくらいだし地上にあるんじゃないの?」

「僕もそう思うよ。大体、スライムわんわんは嫌だって言うかそれ以前に無理だよ。奴ら首ないし。無理に紐で括ろうとしたとしても表面でヌメッて中々うまくいかないんじゃないかな」

「あー、割った生卵の中に落ちた殻の欠片みたいに中々取れなくてイライラしそうだよな」

「何その例え?」

「リリーと同じ班で調理実習した時にそうなったんだよ、それを今思い出した」


 ああそれなら僕も思い出した。しかもジャック達の卵は双子の卵だったが故に「リリー見てくれ! これってまさに二人で一つ! 俺達みたいだな!」「うんジャック……!」と二人の周辺だけ調理の炎じゃない愛の炎が燃えていたっけ。皆いつもの光景だって気にしてなかったけど。

 結局目玉焼きにして仲睦まじく食べたみたい。課題はオムライスだったのにね。


 ……もしかしてジャック、リリーが王都に来てるからって気持ちが引き戻されてる?


 良かったねリリーとは思うけど、素直に全部は喜べない。

 だって彼にはミルカがいる。僕はミルカにも幸せでいてほしいんだ。

 内心誰も知らない板挟みに悶々としていると、ミルカが気にしたようにこっちを見てきた。


「嫌いな味だった?」


 うん、だから、そこじゃない。


「ううん、全然。美味しいよ。むしろ好きな味かも」

「そう? なら良かった。い、一緒よね。あ、あたしもその味……好き!」

「ふうんそっか。ジャックも好きだよきっと」


 何だかジャックがうっかり眉毛でも剃ったような顔をしたけどミルカに杖でド突かれて終わった。何だったんだろう。

 それから僕は余計な話を控えて忍耐強く追いかけて、ジャックはド突かれた弊害なのか「湧いた~湧いた~スライム共が~、降った~降った~赤白黄色~、どのスライムも憎らしや~」とかチューリップの替え歌を編み出して「ある~日~、街の中~、スライムに~出会った~」と森の熊さんを続けようとしたところでミルカから「近所迷惑よ」とまたもやド突かれていた。


 そうして飴を嘗め終える頃、ミルカが小さな声で不安を滲ませた。


「ねえ、何だかここら辺の建物は古いのか傷みが目立つようになってきたわよね。あたし古王都街でもここは初めて来るわ」

「他より古いのもあるだろうけど、見た感じ修繕ができてないから傷んでる箇所も結構多そうだよ」


 僕とジャックも建物の様子が変わってきているのには気が付いていた。

 スライムは依然としてのっそのっそ這っている。いい加減さっさとお前らの街に連れてけと内心で悪態をついたのが悪かったのかもしれない。


 次の瞬間、そいつはひょいっと地面の側溝に飛び込んで消えた。


「なっ……!」


 急いでそいつの消えた辺りに走ったけどもう影も形もなかった。


「み……失、った……」


 僕は天を仰いで雨に濡れる頬に紛れるようにして無念の涙を流した。

 するとジャックが身を寄せてきて声を潜める。


「おいアル、第一街人発見だ」


 促されて見ると細い路地へと曲がる角からちょうど一人、傘を差した三十代くらい男性が出てきたところだった。向こうは僕達に気付くと傘の下から注意深い眼差しを向けてきた。


 背が高く黒い肌に黒い髪で、髪型はアフロ。傘を持ってはいるけど長靴に白いレインコート姿だ。


 家の明かりを受けてレインコートの胸元でキラリとクロスが光ったから、ファッション的なものじゃないなら彼は聖職者なのかもしれない。


 その人は別に第一街人でもなかったけどこの時の僕らにとったら天の助けも然り。だって少し前からは周りに歩いている人が誰もいなくなってた。僕はこのままホラーな廃墟群にでも突入かって半分くらい本気でそんな可能性を考えていた。


 廃墟、か。でもここら辺は廃墟って言うよりは……。


「あのすみません、あたし達スライム街に行きたくて探していて、道を知っていたら教えて頂けないでしょうか」


 声に我に返ると、行動の早いミルカが丁寧にその通行人に話しかけていた。

 傘を差した男性はミルカがまだ若い女の子だとわかると少し安堵したようだった。僕とジャックもフードを一時的に外して顔を見せる。雨の夜分にこんな寂れた路上でフードを被った正体不明の三人組に接近されたら僕だって無警戒じゃいられないからね。


「スライム街なら勿論知っているさ。今ちょうど親戚の所からお暇してきたんだよ」


 わぁお! 何と一人目でビンゴ! こんな事なら心に負担のスライム尻なんぞを追い掛けてないで見掛けた数少ない通行人に聞き込みをしてれば良かったよ。


「そうなんですか! それならどうかお願いします。道を教えて頂けませんか。僕達どうしてもスライム街に行かないとならないんです!」


 男性は僕達を順繰りに眺めると太い眉を寄せた。


「しかしあそこら一帯は貧困層が多くて治安が悪いんだよ。案内するし行くのは止めないが気を付けて歩くんだよ」


 この時の僕達三人はおそらく同じ結論に至っていたと思う。


「そうなんですか。けれど、まあそれはどこの人口密集地でも他よりは治安が悪いって相場が決まってますよね、――スラム街は」


 そう、スラム街だ。さっき僕が変化してきたこの辺の建物の様子から思い至ったのはまさに貧困層の居住界隈だった。程度の差はあれそこに富裕者がいれば貧困者もいるのが人間社会ってやつだよね。

 蓋を開けてみれば、スライム街じゃなくてスラム街だったってオチかもなあ。


「ああ。スライム街はそうだね。だから、こんな時間だし特に余所者はターゲットにされやすい。危ない目には遭ってほしくはないんだが、それでも行くかい、スライム街に?」


 スライム街ってまた言った。

 彼は日を改めて明るい時に行ってほしそうだけど、そんな悠長な時間は、ないっ。


「行きます」


 僕の覚悟を決めた真剣な眼差しをじっと見つめ、男性はそこまで言うならと折れたように踵を返す。


「なら付いて来おいで。こっちだよ」


 ついさっき彼が曲がって来た路地へと引き返して行く。僕達はそれぞれ感謝を口に彼に続いた。


「世界にはそこかしこに貧困層の暮らす地域があるが、俺は常々ね、せめてスライム街だけでもどうにか治安を良くしたいと思っているんだよ。しかし思うようにはいかなくてね」


 黙って先導するのが気まずかったのか元々お喋り気質なのかはわからないけど、歩きながら男性は悩みを打ち明けるように語った。


 ええと、さっきから思ってるんだけどスラム街をちょっと噛んじゃってのスライム街だよね?


 スラム……スラィム……スライムってさ!


「スライム街での治安が良くなれば、安心してお客達もスライム街にある商店に来てくれるようになる。そうすれば利益も上がって貧困から抜け出せる。で、更に良い商品を扱って良いお客を得られれば利益も上がってもっとより良い生活ができるようになる。結果、食うに困っての盗みなんかが減ってより一層治安が良くなるって寸法なんだ。まあ、俺みたいな単純な奴の安直な理想論かもしれないがさ」

「そんな事はないですよ。スラム街が一つでもなくなって貧しさに喘ぐ人達が減るんなら、それは王都だけじゃなく王国全体にとってとても良い事ですよ。理想は高くあれって言いますし!」


 貧困撲滅! スライム撲滅!


「はは、そう言ってくれると有難いよ。俺はこれでもスライム街を愛しているから」


 僕は、僕達は、いちいち話を止めたくて仕方なかった。

 だがしかし、僕は、僕達は、いちいち話を止めたりはしなかった。

 だって話の腰を折るのは失礼だし、やっぱりまだ噛み噛みな人なのかもしれないなんて最早3%くらいしかない可能性を思って思い止まっていた。

 けど、どうしよう、いい加減もうむずむずが堪らない。花粉症レベルだよ。


「これからのスライム街は――」

「すっすいませんあのっ、さっきから気になってたんですけど、――スラム街ですよね?」

「ああ、――スライム街さ」

「いやいやですから、ス・ラ・ム・街ですよね? スライムじゃなくスラム」


 男性はどう見ても素でキョトンとしている。


「いいや、スライム」

「えーと、本当にスライム? スラムじゃなく?」

「ああ、スライム。格差底辺のスラム街でもあるスライム街」


 わけがわからない。

 だが敢えて僕は甘んじよう。その言語チョイスに。


「そ、それは主にどういう意味でスライムなんですか?」

「ん? スライム蔓延るスライムの街だからまんまスライム街だよ? よくそこら歩いてるし飛び跳ねてるのも見かけるね。知らないうちに踏むし」

「あ、ああなるほど~、文字通りスライムぴょんぴょんの街ですかー…………よし!」


 横のミルカが驚きと感心半分の声を出す。


「ならそれって、あたし達が最初に思ったまんまのスライム街って事じゃない。本当にあるのねー」

「俺も実は半信半疑だった。スライムの街だなんてな」


 ジャックも意外さを隠せないみたいだよ。わかる。僕も最初興奮はしたけど普通にスライムが路上を歩いてる街があるとまでは完全に信じていたわけでもなかった。

 ここでふとした疑問をぶつけてみる。


「騎士団には討伐してもらわないんですか?」

「うーんまあ所詮はスライムだしね。そもそも依頼するお金があれば他に使うだろう」

「確かに。ですけどどうして王都の人々には知られていないんでしょう? スライムでも魔物は魔物ですし騒がれていないのが不思議です」

「それはさ、住人達はスライムと住んでいるなどと広まれば、より嫌われ者になるからと他言しないんだよ。所詮はスライムだからとスライム街周囲の地域の者達も大して気に掛けない。要するにまあ他人事なんだよね。元々街を訪れる者も少ないしね」

「そうなんですか。だから知られていないんですね」


 複雑な納得の片隅で、僕の脳裏にはスラム街の人達に交じって街中を闊歩するスライム共の姿が浮かんだ。

 買い物かごをどうやってか持ってお魚を買いに行き財布を忘れて戻ろうとしてサンダル(どうやってか履いてる)か片方脱げて、あるのかないのかもわからない素足で尖った小石を踏んづけて悶絶しているスライムもいる。

 他にもスラム街だからかこそこそ葉っぱを吸ってる奴とか酒飲んで伸びてるのとか、キャットファイトしてんのとかナイフ片手に互いにぐるぐる円を描いてんのとか、エトセトラ、エトセトラ……。

 偏見もあるだろうけど、ピキリとこめかみが引き攣る。

 路地裏で乳繰り合いそうになっているスライムカップルを想像したところで限界で、自分の脳内想像図をバリリと爪で引っ掻いて破いた。


「でもどうしてスライムが集まるんですか? まずその点が解せないんですよね。何かその辺りの事情を知ってます?」


 改めて、スライムがスライム街なんて呼ばれるくらいに一つ所に集まるだなんて普通じゃないって思う。駆け込み寺かっ。


「はっ、まさかその界隈の全世帯最低限一匹はスライムをペットとして飼ってるとか? それかスライム街にはアイドルスライムがいてファンスライムがスラたん女神激推しで終結しているとか?」

「ははは何だいそれは。俺も詳しい理由はわからないが、昔からスライムの巣が至る所にあるよ。溝とか土管とか床下とか屋根裏とかに。あと地下隧道にも沢山あるって話だった。俺は暗くてジメジメした場所は苦手なもので行った経験はないがね」


 地下隧道……トンネルの事だ。へえ、スラム街には地下トンネルがあるのか。


「わー、質悪いタヌキとかハクビシンっぽいですね。時たま何かよくわからない液体が天井から滲み出すとか床から臭うとかですよね。そんなの地獄過ぎじゃないですか。しかも地下にも巣があるなんて最悪ですね。まさに巣穴!」

「おおー、少年はよく知ってるなあ」


 一瞬で故郷の本邸の方じゃなくて納屋での惨状を思い出す僕へと男性はあははと明るく笑う。


「笑い事じゃないですよ、そんなのスライム街じゃなくスライム害! さっさと駆除しないと!」

「そうしたいのはやまやまなんだが、タヌキでもハクビシンでもスライムでもない、イタチごっこでね。巣を一つ駆除しても次の日には三つ別の巣ができてるって始末でさ」

「くっ、スライムのくせに三倍返し!」

「常にそうなるってわけでもないが、大体そうなるんだよ」


 ホント衝撃だ。ここだって華の王都の一部なのに……。やっぱりね、こうやって現地に足を運ばないと見えないものはあるもんだよなあ。


「しかしねえ、大人はともかくまだ幼い子供なんかは噛まれると大変だし、種類によっては臭いから、そういうのに寄って来られるのは困るとそこに住む親戚や知り合いはよく言ってるよ。まあ手やスライム叩きで叩いてどうにかできるからまだいいんだがね」


 辟易したような男性の言葉は彼が本心からスラム街を案じているからだってわかる。

 僕はジャックとミルカに目配せした。二人も以心伝心と頷いた。


「あの、僕達実は冒険者やってまして、スライム討伐が目的なんです」


 僕がそう言うと男性は驚いて振り返ってその顔を輝かせた。


「何とまあそいつは良かった。ならスライム街に急ごう」


 そうして、途中途中で見かける数も増えてきたスライムをやっつけながら足取りもスムーズに案内された件のスラム街。


 僕達三人はしばし言葉が出てこなかった。

 だって……想像以上の異常がそこには広がっていた。

 スラムの通りをよく見れば見る程隙間と呼べる場所にスライムが詰まっているのがわかる。スライム飽和状態で中に逃げ込めないスライムがそれでも無理やり入ろうと我先にと仲間をぐいぐい押している光景も見受けられた。変形できるのにそれも忘れたようにぎゅうぎゅう押し合いへし合いしているから詰まってしまって進まないと言った具合だ。何て言うか、バーゲン会場かここはっ! ここまでだったのか……っ!


「俺の知る限り、スライムがここまで多いのは今回が初めてなんだよ」


 僕達のいる通りではスライム狩りをしている若者達がいて、おじさんはやや同情的に彼らを眺めた。


「スライム雨が王都全体に降ったりしなければね、ここの者達も魔宝石で少しは稼げただろうが、この分では相場が暴落だろうからなあ……」

「率直な疑問なんですけど、普段からはスライム狩りをしてないんですか? していればもう少し生活だって良くなっていると思うんですけど」

「ああ、それはね、無論家に入ってきたのは駆除するが、外にいるのは他よりも殺気に敏感なのか感じるとすぐに隠れて逃げてしまうようでね。皆冒険者でもない素人だからってのもあってか一日頑張っても割に合わないらしい。ただね、うっかり踏ん付けるのはよくあるよ。殺意がないから向こうも無警戒なんだろうね」

「なるほど。ただし今は逃げようにも先が詰まっているので楽に狩れるってわけですか」

「そのようだね。まあスライムがいようといまいとここの経済には関係ないんだ。だから思う存分討伐していってくれ。叶うなら根こそぎね」

「わかりました。そこはお任せ下さい。最善を尽くします」


 僕がぐっと握り拳を作ってみせると男性は頼もしいねと頷いてくれた。


「でも真面目な話、予想以上に腐る程沢山いますけど、ホントどうして集まるんでしょうか? 些細な点でもいいんです、この場所には何か他とは違う点は本当にありませんか?」


 男性は少し考えるようにしてから「これは俺じゃダメだね」と顔を上げる。


「すぐに戻るから、ちょっとここで待っていてくれ。変な奴にはくれぐれも気を付けるんだよ」


 彼はそう言い置いて去ると、言葉通りややあってから一人の痩せた老婆を連れて戻ってきた。

 夜遅いのに起こしてきたらしい。


「お待たせ。話を聞くならこの人が適任さ。彼女はここらで一番この界隈をと言うかこの街自体を知っている人間だろうからね。だからこそちょっと来てもらった」


 ナイトキャップを頭にしたままの継ぎ接ぎだらけのフリフリ寝間着を着た人だった。小花模様の色褪せたゆったりした寝間着だ。

 男性と同じ黒い肌だけど髪の毛は白い。たぶん元の色は違うんだろう。年季を感じさせるしわ深い肌。白目は黄色味がかっていて少し斜視が入っているようだった。で、眠そう。

 傘の下で男性に背中を支えられてゆっくり杖を突いて歩く姿に、時の重みというか貫禄というかそんなものを感じて何となく背筋を正す。こんな夜分にと内心申し訳なく思いつつ、僕の人生の五倍とか六倍は生きてそうな老婦人へと敬意を表し会釈する。ジャックとミルカも同じだ。


「初めましてレディ。こんな雨の夜遅くにすみません」

「あしゃしゃレディだなんて大袈裟な坊やだねえ。もう久しく言われてなかった言葉だよ」


 喋り出してみると案外豪快に喋る人だった。


「この人はうちの遠い親戚のばあ様でね。生まれた時からずーっとこのスライム街に暮らしているんだとか。しかもかつては情報屋をしていたんだよ。気になる事は何でも訊いてみたらいい」

「情報屋!? 凄いですね!」

「あしゃしゃ大した事はないさ。個性的な職業の一つってだけさ」


 お婆さんは笑い飛ばしつつどこか満更でもなさそうにしわを深めた。


 情報屋を頼らなくても、図書館や資料館で得られるものもあるし、現地に足を運べば簡単に得られるものもある。

 ただし古代にまつわるものは古書を紐解いても目的の情報を得られるかは運による。


 そして時に古書以上のものや情報制限のされたもの、また、世に出てはまずいものを求めるなら、情報屋に対価を払えば得られる場合もある。


 情報屋が重宝されるのは、そう言った普通では知り得ないものが得られるからだ。

 しかもメモ書きは取らずに、得た知的財産を自らの頭の中だけに留めておく場合もある。

 そんな彼らは得てして恐ろしく記憶力が良い。

 貴重或いは危険な内容を取り扱い、ものによってはこれをしないと思い出せないと言ったように自分自身に暗示さえかける。

 情報を生業とするプロたる情報屋とはそういう生き物だった。


「それで? 若い冒険者さん達、あたしゃに訊きたい事ってのは? 雨だし足腰が痛いから手短に頼むよ」

「あ、はい」


 確かにご老体に立ち話は申し訳ないよなあ。


「あ、これで少しなら痛みを緩和できますよ。疲労も多少は」


 ミルカがおずおずとお婆さんの傍に寄って手に回復系ポーション入りの小瓶を握らせた。あれって割と高い代物じゃなかったっけ?


「おやまあこれは中々……その心遣いを有難くもらっとくよ」


 情報屋経験者は物知りだからか、即座に価値のわかったらしいお婆さんはニヤリとして大胆にも寝間着の胸元にずぼっと手を突っ込んで仕舞い込んだ。もうさ、びっくらこいた。見えなかったから良かったけど。

 気を取り直そう。意図せずも情報料を先払いした形になったし、機嫌も上向いたみたいで良かったよ。ミルカナイス!


「僕達、スライムを根絶に来たんですけど、その前にこの界隈にスライムが集まってくる原因を知りたくて。そこを叩かないと元の木阿弥ですしね。それでここには他にはない何か特別な物とか環境とかがあったりするのかな、と」


 お婆さんはほほうと呟くとよくよく僕の顔を見ようとしてかすぐ前まで近付いてくる。顔を覗き込まれた。もしかしたら視力が弱いのかもしれない。


「坊やは良い目をしているねえ。芯が強い男の目だよ。あたしゃこういう目をした男が大好物でねえ」


 何故かじゅるりと舌嘗めずりするお婆さんへと男性が呆れ目を向ける。


「こう見えてばあ様、昔は数多くの男を袖にして泣かせたらしい」


 僕はまじまじとお婆さんを見つめる。どうしてもフリフリ寝間着に視線が行くから言われないと気付かないけどなるほど確かに顔立ちは上品だ。若かりし頃は相当の美人だったに違いない。その美貌を武器に情報を引き出す女スパイ……いい!

 うんうんと頷くと彼女は照れ臭そうに破顔した。面白い笑い方とは裏腹に可愛らしい人だなあ。


「そうそう、ここの事が知りたいんだったね」

「はい」


 お婆さんは記憶を手繰るように目の焦点をぼやけさせると、自らの記憶の抽斗(ひきだし)から取り出した情報をその口に紡がせた。


「この場所はかつては墓地だったらしいよ。それも百年二百年じゃなくもっともっと大昔のね。二千年か三千年か、もっと古いのかまではよくわからないけどさ。まっ、この街が街として造られる以前からあった墓地ってわけだ。それらの上にこの街は建っている」


 僕は何となく地面を見下ろしてしまった。

 墓や処刑場の跡地に建てられた病院とか学校とかの怪異の話は聞いた事がある。知らなかった、王都の下には……。予期せぬ形でホラーっぽい展開になっちゃったよ。


「ちょうどこの辺りには、ほとんど朽ちてはいたものの一際大きな霊廟があったようだよ。しかし墓標も墓碑名もなかったとかで誰の墓なのかは結局わかっていないんだとさ。まあ誰だろうと大昔のお偉いさんの墓には違いないだろうがね」


 この地のお偉いさんか。古代の王様的な人だろうか。


「ま、全部埋めてしまったから今更どうこう論じてみたところで無意味だろうけどね。ああだけど地下隧道には壁に当時の地層が剥き出している場所があるようさ。興味があれば下りてみるといいよ。勿論スライムわんさかだろうしねえ、あしゃしゃ!」


 お婆さんは一人そんな見解を述べた。まあ、歴史家とか発掘家でもない彼女からしたらこの下に埋まるのが誰の墓だったかなんてどうでもいいんだろう。


 だけどさあ、その大きな墓の影響でスライムが集うと考えるのは早計だよねえ。


 でも、ピンポイント過ぎでもある。


 この話は以上で、他に質問はないかと問われたものの咄嗟には思い付かなかったので、何かあればまた来たい旨を伝えれば快く承諾してくれた。そんなわけで僕達はお礼を言って男性とお婆さんと別れた。


 結局のところ原因解明とはならなかったけど、とにかくここが間違いなくスライム街なのは確かだ。


 右を見ても左を見てもやや上を見てもやや下を見てもスライムが目に入る。


「さすがにここまで居ると滾るよな」

「そうね」

「僕も二人に激しく同意! さあ思う存分暴れようじゃないか、このスライムパラダイスで!」

「「おー!」」


 治安云々とは言われたし、離れた路上にはスライム狩りをしている人相の悪いお兄さん達もいたけど、僕達の顔付きは彼らの知る誰よりもヤベエ奴認定に至ったのか、目が合ったりはしなかった。というかそそくさと逃げられた。残ったのは何も知らないスライム共だけだ。ああ複雑っ。

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