38王都のスライム街1
依然として雨は降ってはいたけど、古代魔法陣が消滅して王都で使えなかった魔法も普通に使えるようになった。
だからもうメアリー号も街中で使用できるようになっていて、アンジェラさんの宿で一緒に休憩をと誘ったものの、ウィリアムズさんはそれに跨がって僕のために守護の剣の鞘を騎士団に借りに行くと言って颯爽と飛んで行ってしまった。
僕達若者よりも余程タフなご老人だよ。
張り切っていて止める間もなかったから残された僕達三人は僕の提案そのままに宿に戻る事にした。
帰り道にはヌメヌメと点在する魔宝石って光景がエンドレスに広がっていたけど、僕達には素敵なスパイクがある。
まあそうは言っても、少しずつヌメリも普通の雨に洗い流されていた。
途中、生き残っていたスライムを着実に倒すためにも宿までの行程はかなりゆっくりめにした。
それでも細い側溝のその奥に逃げたのもチラホラいて、将来は都市の水回りを大々的に高圧洗浄する会社を設立するのもありか、なんて結構真面目に考えてしまった。
そこまではしないまでも奴らを野放しにはできない。放っておいたら確実に王都のどこかに一大コロニーを形成する。
王都の魔物除け結界は中から出る分には支障ないからと、奴らが勝手に王都外に出ていくだろうなんて楽観的な展望は持ち合わせていない。
人目を忍んで潜んで虎視眈々と僕みたいなトラウマを誰かに植え付けるに決まっているんだ。
宿ではエネルギー補充と部屋に戻って荷物から必要アイテムを見繕って纏めた。
スライム雨のせいで朝から送るに送れていなかった鳩レターも祖父に飛ばした。勿論この王都の近況を事細かに添えて。
宿内はスライム雨が止んですっかり落ち着きを取り戻していた。それでも宿泊客達はまだ完全には安心できないと宿に留まっている人がほとんどで、しかも彼らは冒険者としてスライム討伐に向かう僕達を応援してくれて宿バイトを代わりにやってくれるそうだ……と言うかそもそも彼らを給仕するためのバイトだったから彼ら自身が配膳やら皿洗いやらをしてくれる事で結果的に人手不足は解消される算段だ。
まあそんなわけで、装備の支度の他に彼らに段取りを教えたりと色々していたら宿を出発する頃にはすっかり夕方だった。
王都中心で一時的に吹き飛んだ雲はあれ風に流れてすぐにまた雨雲に覆われた上空には、残念ながら夕焼けは見えない。
宿に戻った時間も午後遅かったからなあ。仕方ないか。
宿の前、もう足元だけを気にすればいい街路の上で、雨避けにフードを被る僕はふと思った言葉を声に出す。
「ねえジャック、一度リリー達の様子を見に行った方がいいと思う?」
何の気なしに僕がリリーって言った瞬間、ミルカがどこか表情に不安のようなものを浮かべたのが見えた。
あー、そうだった。ごめんミルカ。ジャックにリリーを近付けるような真似をして。だけどリリーやメリールウ先生は僕達にとっては故郷の大事な友人知人なんだ。心配するのはごくごく普通の感情だ。それにあれだろうし、ジャックとは結構仲良くやってるんだよね? どこまで仲が良いかは知らないけどさ。ジャックは一度懐に入れた相手をとことん大事にする男だから不安がらなくてもいいのになあ……って思うけど話を振った僕が今それを言うのは無神経かもしれないから言わないでおく。
「……アルは、行きたいのか?」
「え? うーんまあ何だかんだでスライム雨は止んだし、あのホテルはしっかりしてるようだから全く心配じゃないってわけじゃないけど大丈夫かなって思うよ。むしろ先に逃げてあちこちに潜んだスライムをどうにかする方が後々にもいいと僕は思う。なんて僕から話振っておいてなんだけどさ」
とりわけ、見た目に惑わされたらいけない女子No.1なリリーは強いでしょ。並の暴漢程度、彼女ならあっさり倒せると僕は見ている。元婚約者をあれしたみたいに。
ダガーを使うのとは別に元カノがゴリラ並だってさすがに思ってもいないだろうジャックには言わないけどね。だってリリーってジャックの前では究極に女の子だからねー。今言っても意味がないけど。僕もジャックといる事が多かったから最近まで看破できなかったくらいだし。
「アルがそう思うなら俺もそれでいいな」
「そう? じゃあ早いとこ残党狩りに出発しようか。夜通しにはなるだろうけど、携帯食も寝袋も持ったしいつもの野宿と同じって思おう」
「そうだな」
ミルカには途中で一度宿に帰ってもいいって言ったけど、僕達より余程王都に思い入れのあるんだろう彼女はふるふると否定に首を振ったっけ。女子としてシャワーは大事でも王都の平和には代えられないって意気込みを口にした。全てが済んだら思う存分シャワーするってさ。
ぶっちゃけ僕達はボランティアで騎士達のように必死に無理をして王都の安全を守る義務はない。だからミルカも浴びたい時にはシャワーを浴びに戻っても誰も非難しないだろう。貴族の女の子だし本当は身綺麗にしたいに違いないのに、他者のために自分を後回しにできる。
ミルカ・ブルーハワイは誰より芯の強い女の子だよ。
一緒に冒険できて誇らしい。
そんな凄い彼女を見習って僕も今日は徹夜してでも強情にスライムを狩ろう。気恥ずかしいから本人には言わないけどね。
改めての決意を胸に僕は、僕達三人は雨の王都へと出た。
そう言えば守護の剣の鞘はメアリー号に乗ったウィリアムズさんがわざわざ宿まで届けてくれた。
彼が騎士団の偉い人だか備品整理の担当者だかに当代の使い手が現れたとの話をして、その選ばれし者がスライム雨を止めたんだと説明したら持ち出しOKが出たらしい。
詰め所に戻った騎士の中には上空でその様子を目にしていた人もいたようで、その話は事実だと証言してくれたからこそすんなり許可が降りたんだろうってウィリアムズさんは言っていた。
あと、騎士団の人達が一度僕に会いたいと言っていたそうだ。
まあそうなるだろうとは薄々どころか濃く濃く思っていた。だって僕が彼らの立場でも守護の剣の使い手がどんな奴か見てみたいって思うだろうから。
何なら菓子折りを持って中央騎士団の詰め所にご挨拶を、と提案したらおじさんは「本来向こうから来るべきなのだから、向こうから来るまでは構わないでおきましょう」だって。えー強~い。
うんまあね、仮に詰め所に足を運んだところで「こんな細い若造がだああ~?」とか筋肉で太い両腕を組みながらの騎士達に睨み下ろされ囲まれる想像しかできないしなあ……。せめて祖父みたいにモリモリの筋肉があれば良かった。
で、その守護の剣だけど、ぶっちゃけ上空での宣言通り、一回こっきり使ってあげたら騎士団に返そうかなと思っている。
二刀流はカッコいいけど不意に砕けられるって大きなリスクがあるのはやっぱり気が進まない。また粉々に砕けられても困るから口には決して出さないけど。
とにかく、諸々の心配はあるとは言え今はそっちは後にして意識を現状に戻そう。
王都に潜んだスライム共の殲滅に。
「もうさ、範囲が広過ぎてどこにいるのかわからないし、第一段階としては、地上からのルーラー作戦と行こうか。王都のどこか端の地区から巡って最終的に全部の地を巡って見つけた分は確実に掃討する、どうだろう二人共?」
「まあ手始めはそれでいいんじゃないか?」
「あたしも賛成よ。それから地下道や地下水路なりに下りてそこに逃げたスライム達を倒せば大体はいなくなるんじゃないかしら」
スライムはお腹を空かせて餌を求める時には地上の人前に出てくるだろうけど、それ以外だと警戒してじっとしてほとんど移動しないんじゃないだろうか。自然の森の中なら自由奔放だけど人の多い都市なんて警戒心を解けない。ベベチっと叩き潰されかねないからね。
そんなわけで、僕達は王都のランダムに選んだ端の地区へと移動した。
その途中の街角で、何と偶然にも騎士団のオーバル第一騎士団長と彼の部下だろう騎士達と鉢合わせた。
薄暗さの増していく街路で、傘ではなく雨避けにとフードを目深に被った僕達三人が最初怪しい三人組とでも思ったのか、オーバルさん達は警戒して身構えた。周囲には他にも人が居るとは言っても躍起になって地面を追って魔宝石を拾う人達ばかりだからか、かえって僕らは目に付いたみたいだ。
守護の剣を携帯していたけど、フードローブの下に隠れてしまっていて見えていなかったから当代の所有者だとも気付かれようがなかった。
「何者だ?」
オーバルさんの厳しい声に僕はフードを外した。
「ええと、驚かせてすみません。アルフレッド・オースチェインです。こっちはジャックと、もう一人は同じ冒険者仲間の子です」
騎士団の詰め所で彼に名乗っていたジャックはともかく、ミルカの方は素性を明かしてもいいものか判断が付かなかったから伏せた。僕の紹介にジャックもミルカも雨の中少しだけフードをずらして顔を見せた。ジャックは軽く会釈もする。
ミルカは「あ」と声を出し僕と同じくフードを外した。
「オーバルおじ様」
「ん? おお、どこのお嬢さんかと思えばミルカちゃんか! 久しぶりではないか」
「はい。お久しぶりです。大変な時ですけどお仕事頑張って下さいね」
「おおありがとう。いやはや呼び止めて済まなかったな。今からだと宿に戻るのだろう?」
「え? いいえ、三人でスライムの残党を倒して回ろうかと。早い方がいいですから」
二人が知り合いだったのにはビックリだけど、今からスライム狩りと聞いてオーバルさんは表情を曇らせる。
「もう夜になるではないか。逃げたスライムは我々騎士がどうにかするから、君達はもう帰りなさい。ミルカちゃんが強いとは知っているが、暗いといくら相手がスライムでも危ない目に遭う可能性もあるのだぞ」
どこか無知な子供を叱るような声音に、彼はミルカや僕達を案じてくれているんだとわかった。
「おじ様、あたし達は冒険者としてクエストを沢山こなしてきましたし、スライム討伐に対しては自分達の腕に不足はないと思っています。大きな魔物だとダークトレントや、キングスライム……ううん出産していたからクイーンかしら、とにかく巨大スライムだって倒してきました。心配は無用です」
ミルカの証言にオーバルさんを含めた騎士達は目を見開いた。意外だったんだろう。
こんなところで騎士権限で良い子は帰りなさいと行動を禁止されても嫌だった僕は、ミルカを後押しするように一歩前に出ると真剣な目でオーバルさんを見つめた。
「オーバルさん、心配しないで下さい。何かあればミルカの身は僕とジャックが最優先で護りますから。それに僕達スライム討伐は譲れません。スライムに関してはエキスパートと自負できます」
「アルフレッド君……。そういえば君達はあのスライム雨の中、王都の外まで出ていたのだったな。遠目ながら見かけたぞ。あの状況を迅速に突破できるだけでも感心だ。我々騎士団も並の冒険者達もかなり滑って難儀していたようだからな」
「あ、はい。王都の危機をどうにかしたくて出ていました。足元は高性能スパイクを借りられたので危なげなく動けたんです」
すると、僕達の会話を聞いていた騎士の一人が僕達を思わずなのか指差して仰天の面持ちになった。
「だだだ団長、そうです彼らですよ! 王都上空であの巨大魔法陣を消滅させたのは! 俺離れて飛行して見ていましたから!」
「なぬ!?」
オーバルさんは怖いくらいにくわっと目を大きく開いて僕達を、主に僕を見つめて顔を近付けた。
「新たな使い手は少年だと聞いていたが……ではアルフレッド君がそうなのだな!?」
圧力にやや仰け反った僕は無意識にこくこくと首を振る。ローブをめくって腰にあるそれを見せると彼は嬉しそうに笑ってやっと離れてくれた。
瞬間沸騰的な興奮の落ち着きも取り戻したようだった。
「ふっそうか。ならば止めはすまいよ。こちらとしても王都に落ちてしまったスライムを一匹でも多く退治してくれる者が必要だ。だが三人共、油断は禁物だぞ」
「もちろんです。僕達は皆スライムには煮え湯を飲まされてきましたからね。奴ら相手に手を抜くつもりはありません」
ミルカとジャックもうんうんと力強く首肯する。そんなにこの宝剣のご利益は凄いのかオーバルさんは上機嫌にも「それは頼もしいな」と口元を緩めた。
何かあれば必ず騎士団の自分の所に知らせるように言われ、彼らと別れた僕達は言うまでもなく行動を開始した。
因みに、オーバルさんはミルカが小さい頃から知っている人で、何と彼女の婚約者の父親なんだとか。
えっ嘘でしょ……ってなった。僕もジャックも。ジャックなんて僕より複雑だろうな。
けどその関係だと、よくも息子を蔑ろに~っとか憎々しく思われるのが普通じゃないの!? あはっ仲良しなのが摩訶不思議ッ!!
しかもミルカが冒険者になるのを密かに応援してもくれたらしい。ミルカが自分も強くなりたいって相談したら強さは正義だとか何とかで協力してくれたんだとか。寛大なのか脳筋タイプで感覚がズレているのかそこはわからない。デリケートな問題だし大丈夫なのかをミルカ本人に聞くにも聞けない。
でもミルカからオーバルさんは方向音痴だって要らない情報はもらった。目的地までは案内の騎士が必ずいるんだとか、彼女は嬉しそうに教えてくれたけどさ、それも要らないよミルカ……。
他方、予想に反してジャックは動揺もなく冷静だった。変なの。君の恋人の話だろうにさ。とは言えデリケートな問題だからと僕はやっぱり下手に介入はしないようにした。
普通の雨に流されてはいたけど、まだ所々ヌメリが残る石畳を踏んで王都の端の地区に着いた頃にはすっかり暗かった。
端の地区とは言っても王都は王都、広い。例えば故郷の村が丸々王都の一地区みたいな感じだ。それが何十いや何百かもしれない数集まってこの王都を形成している。
因みにここは古王都側の地区の一つだから街並みは古風。街灯があるとは言え積まれた灰色石の家壁にその光は吸収されてしまい夜がより深さを増すようだった。
「雨止まないなあ」
ともすれば憂鬱になりそうな気分を変えようと、星の見えない真っ暗な空を見上げて溜息をつく。うん、わかっていたけど希望の星の一つすら見えない。
だがしかーし、この空のもっと向こうには沢山の星星とかドーナツ型の惑星なんてものもあるって話だ。そのドーナツ星じゃあ中心部分は一定地点以降は光を通さない暗闇で常に満たされている。だから遠い星に住む僕達から見ても穴の開いているようにしか見えなくてドーナツ星なんて呼ばれているんだよね。北から行っても南から行っても対称的な同じ辺りから闇に閉ざされ、その中に何があるのか誰も知らない。
ドーナツの穴には何がある?
なんて議論は天体学者達の間で近年ずっとなされているけど、誰も答えを得ていない未知の領域だ。ここからじゃ探索魔法も届きようがないしなあ。
学者の中にはとてつもなく濃い魔力で満ちているんじゃないかって言う人もいる。まあ、ただ暗いだけで何もないかもしれないけども。
僕はスライムが潜んでるんじゃないのかって勝手に思っている。だってあいつら暗い場所好きじゃん。排水管の中とかの。こじつけだけど、ドーナツ型の星だって究極排水管を輪切りにしたようなものだし、奴らがわらわら押し合いへし合い巣喰っていても不思議じゃない。
あー、そうは言っても万一本当に遠い星にまでスライムがいるとなると、宇宙爆発しろって感じだね。
「アル、アルってば、空なんてぼんやり眺めちゃってどうしたのよ? 雨で余計に濡れるわよ」
「ん、え、あ? ああごめんごめん、ついついこの宇宙の壮大さに心を打たれちゃって」
「ええ、何それ?」
ミルカは冗談だとでも思ったのか苦笑を浮かべた。まあいいさ、僕は結構真面目だったけどね。
今はジャックのトイレ待ち。
何とは無しに噴水公園でミルカと二人でいるんだけど、彼女は何だかずっとそわそわしっ放しだ。トイレに行きたいなら遠慮しないで行って来たらいいのになあ。でもそれを言ったらデリカシーないって怒りそうだから言わない。
「ジャック遅いなあ。この時間なのに、まさかの公衆トイレ混んでる説?」
「綺麗な子でも見かけて追いかけて行ったんじゃないのかしら?」
「あー、なるほど。リリーみたいな子がい……げふんげふん、ミルカみたいな子がいたのかもね! あっいやそれ以前にジャックはそこまでは危ない奴じゃないから、誤解しないでやってよ!」
一瞬脳裏に僕の失言で破局なんてショッキングな展開が流れて焦っていたらミルカは何か可笑しかったのか小さく吹き出した。
「ぷふふっ、わかってるわよ。ほ~んとアルとジャックは妬けるくらいに相思相愛よね。だけどリリーさんか、納得だわ。あたしに気を遣わなくてもいいわよ。あたしは人並みだし確かにリリーさんはとても美人だもの」
……ジャックと相思相愛? えー嫌だよ。リリーからライバル視されたくない。怖い。
「人並みって、ははっ謙遜するなあ。ミルカもリリーに負けないくらいに十分に可愛いよ」
「えっ……!」
「あ、ジャックが戻ってきたみたいだ」
噂をすれば影。ジャックは猛ダッシュしてくる。
「え、何だか物凄い顔してるんだけど? トイレ混んでるからもう少し待っててくれと言いに来た説?」
「わざわざそこまでしないと思うわよ」
「それもそうか。じゃあどうしたんだろう?」
トイレの話が恥ずかしいのか、やや頬の赤いミルカと怪訝にしながらその場で待っていると、息を切らして僕達の真ん前まで疾走してきたジャックは、開口一番僕の脳みそに電撃を食らわせた。
「たっ大変だアル! 今さっきトイレで聞いたんだがな、この近所にはっ、この近所にはな……っ、――スライム街がある!」
「なっ――スライム街!?」
スライム共の街だとおおおう!?
ならば、ならばあああっ、いつだったかジャックを元気付けようと嘘八百で噛ましたスライムの学校もあるというのか!? そうなのか!?
僕は当然、ミルカも驚いた顔で暫し絶句した。
過呼吸になりそうになりながらも、僕は何度も何度も何度も何度も深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着けた。
「大丈夫かアル? 俺も聞いた当初はそうなった。詳しい聞き込みに行けそうか?」
「ああ、もう平気。早速出発しよう。ミルカはどうする、なんて愚問か」
「ええ」
「トイレで聞いた話だと、そこには長年どこからかスライムが集まってくるみたいで、住人達もどうせスライムだからとわざわざ騎士団に報告はしてないみたいだな。けど今回のスライム雨のせいでどうするかを悩んでいるみたいだった」
この王都ではスライム討伐依頼は出されていない。ならこれまでは自分達でどうにかしていたってわけだ。
「いやでも待って。そうなるとさ、スライム雨が降る前から既にあったって事だよね、スライム街。感知されないかもしれないくらいに弱っちくてもあの強力な結界を抜けて王都内に入ってこれるものかな? 何か裏工作的な方法で入ってきたならわからなくもないけど」
「そうよね。正式な依頼はしなくても魔物のいないはずの王都に出てきたんだもの、噂だって広まるはずだわ。だけどあたしも聞いた事がないし、箝口令みたいなものが敷かれているのかもしれないわね」
謀とスライムって言ったら……そういった搦め手が得意そうな存在に心当たりがある。人をおちょくったようにキヒヒと笑う声が耳の奥に思い出された。
もしかしてカルマは王都にいるのか? それで何らかの裏技で同胞を招き入れている? ならスライム雨も仲間を増やしたいとか思ったカルマの仕業じゃないだろうな。だとしたら古書街の老婆は今回の騒ぎとは関係ないのかも。
「スライム街があるって聞いてから思い返してみると、確かにここの地区に近付くに連れてスライムを見つける数が増えていたよな。あいつら集まってきてるんじゃないか?」
僕もミルカもジャックの言葉に思い返してみる。
「「確かにそうかも!」」
ああほらたった今だって向こうのベンチの下に見つけたよ。滅っ!
鋭敏なる察知で駆けて行って駆けて戻った僕を二人は感心したように見つめた。
「ふぅ、それで件のスライム街はこの地区でもどの辺りにあるって?」
「えーと、悪いそこまでは……。いやさ、俺も個室に入ってたから直接話をしたわけじゃなくてなー。ちょい盗み聞きみたいな感じだったんだわ。住人だろう人達は今回の雨でどれだけスライムが増えたかを心配してたぞ」
「なるほど道理だね」
キャパオーバーで、溢れる……。僕にはその光景が易々と想像できるけど最もしたくない想像でもある。人間嫌な事の方がよく覚えているってのに似ているかも。嫌なものほど頭に浮かべ易い。
「もしもだよ、そこが本当にスライムを引き寄せる何らかの効果があるなら、直接降ってきた奴ら以外にもこれから先、王都中に散ってる奴らがどんどん集まってくるよね。それでパニックが起きたなら一大事だよ」
「じゃあできるだけ早いうちに行ってやって一匹でも多くを駆除してやらないとな」
「そうね、早速聞き込み開始よ!」
おーっ!とやる気に満ちた鬨の声を上げた僕達は見つけたスライムを倒しつつ通りに出てようやくはたと気付く。遅すぎた、と。
近くの商店で聞き込みをしようにも夜で既にどの店も閉まっていた。夜がメインの酒場でさえも。雨のせいと、そもそもスライム雨騒動で朝から軒並み店を閉めていたと考えて妥当だ。
魔宝石拾いも暗いからと切り上げたのか、通りはほとんど閑散としていた。
時間的に民家を訪ねるのも気が引ける。
「……えーっと、とりあえず適当に進もうか」
「ああ、でもヒントなしかー」
「そうよね、でも……」
噴水公園から一番近い通りに佇む僕達。
ミルカはたまたま出てきたスライムの一匹をじっと見つめた。ええと、倒さないの?
「ねえ、あのスライムを追いかけてみたらどう? スライム街に向かっているのかもしれないわ」
「「あ!」」
盲点だった。
そいつは、そのスライムは、僕達に見られているとも知らず、うにうにと地面を擦り歩きしながら夜の街路を進んでいく。
ミルカの提案はビンゴかもしれない。




