友人が王女様と結婚したいとか言い出しました
「バレット、バレット。王女様と結婚するのってどうすればいい?」
とある昼下がり。
学院の午後の講義が休校になり近場のカフェで時間を潰していたら、幼馴染のフリオが何か頭湧いてることを言い出した。
「そうだなー。まずおまえのそのお花畑な脳みそを鼻の穴から全部かきだすところから始めればいいんじゃないかな」
「さすがバレット。笑顔で凄い毒舌だぜ!」
しかしこのお馬鹿さんは今のが冗談だと判別する程度の知能はあったらしい。
なら王女様と結婚するのも無理だと分かるだろうがこのトンチキが。
「いやでも成り上がり系の物語じゃお姫様と結婚するのってよくある展開の一つじゃん」
「それ成り上がるための手段だから。お姫様と結婚するのが目的じゃねーから」
「なるほど。つまり俺は王を目指せばいいんだな」
「あってるけど間違ってる!?」
というか街中で堂々と反逆スレスレの宣言すんじゃねえよ。
「しかし何でまた唐突にそんな阿呆なことを言い出したんだおまえ」
「さっき暴漢に絡まれてる女の子助けたら王女様だった」
「さらっとフラグ立てに成功してやがる!?」
というか何故王女様がその辺歩いててしかも暴漢に絡まれている。
どう考えても王女様の名を騙る何かだろそれ。それはそれで不敬罪すれすれだが。
「なんかさー。王国の息がかかってなくてしかも腕の立つ人間や頭のキレる人間探してるらしくてさあ」
「きな臭さしかしねえ!?」
何をやらかす気だその自称王女様。
少なくとも王国の息がかかってないという条件の時点で胡散臭さしか存在しねえ。
「そこで説明のために同行していただいたのがこちらの王女様になります」
「どうも」
「ぶふぉお!?」
とりあえず落ち着こうとコーヒー飲んでたら、隣のテーブルに座ってた少女がフリオに呼ばれて頭下げてきたのでコーヒー吹いた。
いつの間にそこに居た。というか顔をよく確認したらマジで第一王女様じゃねえか。
「あら。滅多に外に顔を出さない私の顔が分かるなんて。本当に頭が良さそうな人ですね」
「だろ」
感心した様子の王女様と得意げなフリオ。
こいつもしかして頭のキレる人間枠で俺を売りやがったのか。
「流石ですフリオ様。貴方のような頼りになる方に出会えるなんて、私は王国一の幸せ者です」
「いやあー」
王女様に褒められてデレデレしているフリオ(馬鹿)だが、よく見ろ王女様俯いて「ちょろいぜ」って顔してるから。
そしてそれを簡単に見せるということは、俺には色仕掛けが通じないと判断して恐怖で屈服させにきてやがるのかこの王女様。
「聞いてくださいバレット様。今この王国にかつてない危機が迫っているのです」
「それ貴女のことじゃないですよね?」
何か涙目で必死に訴えかけてるけど、さっきのアレ見て素直に信じるほどピュアな生き方してねえんだよ俺は。
むしろ今この瞬間に逃げ出せないかと退路の選定すら始めている。
「そんな……酷い」
「そうだぞ! 酷いぞバレット! こんな可憐な女の子に!」
今度は泣き落としにかかった王女様とまんまと騙される馬鹿。
幼馴染が敵の味方してるというこの救われない状況をどうすべきだろうか。
ちなみに幼馴染を救うという選択は既に俺の中にはない。
「まあまずは私の話を聞いてください」
「それ聞いたら絶対に断れなくなるパターンでしょう」
主に秘密を知ったからには的な意味で。
俺がそう言うと、王女様はしばし笑顔を浮かべたまま沈黙していたが、不意に右手をあげると高らかに宣言した。
「とらえなさい!」
「イエス! マイプリンセス!」
王女様の号令に即座に応えるフリオ。
一瞬洗脳でもされているのかと思ったが、目を見た限り間違いなく正気である。
つまり俺の幼馴染は予想以上に馬鹿だった。
「させるかあ!」
しかし俺も勉強しかできないもやしっこではない。
即座にテーブルを蹴り上げて二人の視界を遮り、出口……は予測されているだろうから近くの窓を突き破って外へと飛び出す。
「またてめえかフリオー!?」
「え? ちょ、違!?」
そしてそんな大騒ぎを起こしたら店の人間が怒るのは当然だが、日頃の行いと言うべきかその怒りは俺ではなくフリオに行く。
近所の学生に恐れられるマッチョ店長に捕まりマウントとられるフリオ。
残念だったな王女様。フリオは確かに腕が立つが店長ほどではないし、全ての計算をご破算にするほど馬鹿なのだ。
さて。逃亡したはいいが厄介な人間に顔を知られてしまった。
現時点では王女様がもしかすれば本当に王国の危機を救うために暗躍している可能性も零ではないので、どこかにたれこむわけにもいかない。
だったら事情聴いてから判断しろよという話だが、先ほども言った通り聞いただけで引き返せなくなる可能性があるので嫌だ。
「とりあえず身を隠すか」
幸い今期の単位は取り終えている。
ほとぼりが冷めるまでは旅に出よう。ついでに観光でもするか。
そうこの時点では呑気に考えていたのだが……。
「あら。お帰りなさいバレット様」
「……」
何か自室に帰ったら王女様がリビングで紅茶飲んでた。
「情報源のフリオ様がこちらについているのですから、ここには戻ってくるべきではありませんでしたわね」
そういって「クックック」と笑う王女様。
どう見ても悪役である。誰だこの王女様が可憐だとか言ったの。
「それにしてもレイク村出身ですか。ご家族はお母様に妹様が一人だけ。奨学金がとれるということは本当に優秀なのですね」
そして実家からの手紙を見ながらそんなこと言ってる王女様。
この女この短時間で家探しした上にこちらの弱点的確に調べ上げて裏付けまでとってやがる。
「……家族の命ばかりは」
どうするか。もう許しを請うしかない。
恥もプライドもかなぐり捨てて土下座する俺に「おほほ」と笑いながら見下ろしてくる王女様。
「いやですわバレット様。私はバレット様が誤解をされているようなので、素直に協力してくれるようお話にきただけですよ?」
それは要するに「素直に協力しなかったら家族はどうなるか分かってるな?」という意味かこの女。
「いえ……その、ごめんなさい。やりすぎました」
「……はい?」
俺が屈辱から見えないように歯ぎしりしていると、突然王女様が憑き物が落ちたみたいに人が変わり謝り始めた。
「バレット様がいい反応をするものだから、つい追い詰めてみたくなって」
ついでここまでやったのかこの王女様。
俺今割とマジで自害も視野に入れてたんだが。
「無理強いするつもりは最初からなかったんです。ごめんなさい。ご家族にはもちろんバレット様にもこれ以上は関わりませんから……」
そう言うと、王女様は驚くくらいあっさりと部屋から出て行った。しかもぺこりと頭を下げて。
「……」
さて。今のは果たして本当かそれとも計算か。
少なくともあのまま無理強いされるよりは王女様に気を許したくなってしまったのは確かだろう。
「ハッ、誰が騙されるか」
そう言ってはみたものの、去り際の悲しそうな顔を思い出し胸がずきりと痛んだ。
ちょっと待て。まさかそこまで馬鹿だったのか俺。
「……知らねえよ」
しかしそんな感情に従うには俺はひねくれすぎていた。
厄介ごとなんてごめんだ。そう思い俺は王女様との出会いをなかったことにした。
幼馴染ががっつり関わってる時点で、事が起こったら無関係ではいられないということが証明されたのは一週間後だった。