1-9.痛み
祝宴も無事に終わり、その後一週間ほど俺たちは休暇を与えられた。
久しぶりの休暇に時間を持て余していたおれは、帝都を散策することにした。
こうしてぶらぶらと町歩きして、たまにお店に入ってくつろぐという地味に
おしゃれな時間が好きだったりする。少しおひとりさまをこじらせた感が
あるがそこは気付かぬふりをして。
ネリーを見かけたのはそんな散策の途中でだった。
「おーい、ネリー。元気にしてたか?」
「ああ、リネス。昨日も会ったでしょう?ピンピンしてるよ。」
「そうだったな。どこかおでかけか?」
「うん、お墓参りをしようと思ってね。」
「そうか・・・。なんかごめんな、邪魔して。」
「ううん、リネスも来る?この国を救ってくれた君が来ると母も喜ぶと思う。」
ネリーは幼い頃、ガルベンシア近郊の山岳地帯の村で暮らしていたそうだ。
その頃にはすでに父は亡くなっており、母親が唯一の身内だった。
しかし、その村は魔族に襲撃され、母親はその時逃げ遅れたために魔族にやられた。
街道を歩きながら、ネリーは多くのことを語ってくれた。
その話を聞きながら、しかしおれは何も言えずにいた。
逃げるしかなかった弱さ、彼を逃すために盾になった母、
足がすくんで動けなかった勇気のなさ、村人に抱えられ逃げるしかなかった絶望感。
どうして彼はそんな辛い過去を抱えながら笑顔で居られるのか。
おれは尋ねるべきか悩んだ。悩んで結局聞けなかった。
街道を行き、大きな木を超えた先の森にその墓地はあった。
今はもう見かけなくなった個人の墓、小さな石を積み上げただけの簡素な作りだった。
「母さんが魔族に殺されたとき、ほんとに一瞬だったんだ。
でもね、その時に感じた胸の痛みはずっとなくならない。
気付くと胸が痛くて泣いてしまう。魔族を見ると胸が苦しくて逃げ出しちゃうんだ。」
ネリーはいつの間にか泣いていた。泣きながらおれの目をまっすぐに見て口を開く。
「僕は逃げ出した。また、立ち向かう勇気が出せなかった。
アスタナキアの砂漠で僕だけ生き残ったのは、僕だけが逃げ続けたから。
あの魔族は遊んでいた。僕の生きることへの欲望も、死ぬことへの怖さも見抜かれてた。」
「そう・・・・だったのか。」
おれはネリーにかける言葉が見つからなかった。
「僕は弱虫で卑怯者だ。だけど、あの最上位魔族との戦いで頑張るリネスを見てたら、
いつの間にか僕も必死になってた。絶対倒してやる!って。」
ネリーは優しい笑顔だった。ほんとうに優しい笑顔で泣いていた。
「こんな弱虫の僕でも、帝国を!みんなを守れるんだって!
そしたら、胸の痛みが・・少し楽になってた。
だから、ありがとう。リネス、君はこの国も僕たち家族も救ってくれたんだ。」




