1-6.襲来
帝都が静寂に包まれて3日目、灰色の空に冷たい雨が降る中、おれは太陽がもっとも高く昇ったのと
同時に地響きと轟音を聞いた。
「ネリー、起きろ。きやがった!最上位魔族だ。前衛はおれがやるから、お前は後衛を頼む。
夜まで耐えたら撤退だ。とにかく奴の注意を森に向けさせないようにしよう。」
「う、うん。わかった。絶対死なないでね。いざとなったら僕のところに戻ってきてくれれば
転送魔法で逃げられるから。」
おれは真紅の短剣を抜きながら、頷く。
ただ、こういうときはたいてい主人公は死ぬもんだ。そんな諦めに似た感情を抱きながら、
おれは巨大なランスを抱えた最上位魔族めがけて駆け出した。
周囲では最下位魔族と赤目、兵士の混合部隊が戦闘を始めている。
圧倒的に不利な戦況を認識しながら、それでもおれは走った。
そして、やつの眼前に走り込むと同時に魔法を放った。
「火の精霊フォイア、我が声を聞け。熱き炎よ、悪しきものへ制裁の一撃を!」
剣の先端に膨れ上がった火の玉を魔族に向けて放った。しかし、火球は相手に
ぶつかるとまるで力を失ったかのようにかき消えた。
「通常の魔法ではだめか・・・。」
敵は淡い紫の大気のような靄に身を包んでいる。おそらく対魔力仕様なのだろう。
やつは地獄の業火のような真っ赤な瞳をおれに向けた。
殺されると直感で感じた。とっさに体を折ってしゃがみこむ。
そのおれの頭上をランスが真っ直ぐになんの躊躇もなく通過する。
時の精霊の力を借りておれは空間転移で一旦、その場を離れた。
「おいおい、冗談だろ。動きが全く見えないじゃねーか。それならこれだ。
力の精霊ライストゥング、我が声を聞け!力よ集え、かのものを打ち果たせ!」
いわゆる重力魔法だ。敵を一点に足止めして遠距離攻撃を行おうと考えた。しかし、
あの淡紫の巨体はまったく影響されず、暴れまわっている。
おれはネリーとの連絡用の通信石を埋め込んだ指輪に向かって声をかける。
「ネリー、聞こえるか?重力魔法が効かないみたいだからやむをえない。
おれが直接攻撃で少しずつダメージを与えるから、奴の動きが鈍ったところで作戦通りに頼む。」
「わかった!でも、気をつけてね。あんなまがまがしい殺気を放つ生き物、見たことない。」
魔族は魔鉱石が生み出した生物と考えられている。そして、連中の唯一の弱点は魔力の源たる目だ。
あのまがまがしい赤色の瞳をくだけば、対魔力装甲が効力を失うかもしれない。
装甲さえ無力化できれば俺には起死回生の一手があった。
「光の精霊リヒト、我が声を聞け。曲がれ、失え、我が身は不可視の靄をまとう。」
おれは詠唱とともに屈折魔法で自らの姿を消して、魔族に接近した。
「火の精霊フォイア、我が声に従え。裁きの刃に宿れ、肉を断ち焼き尽くせ!」
おれは過去の魔族との戦闘からやつらを殺すのにもっとも効果的な方法を予想していた。
やつらの対魔力装甲は人間のミリー使いが何人かかってもやぶれない。
その点においては悪魔と呼ばれる俺たちでさえ同じだ。
だが、装甲の隙間から見えるやつらの体に直接、高位の魔法や魔剣術を打ち込めばダメージを与えられる。
おれは愛刀を火属性の魔剣と化し、やつの左足の鎧の隙間に打ち込んだ。
憎々しげに魔族は悲鳴をあげ、不可視状態であるはずのおれに向かって
ランスを突き出した。傭兵として鍛え上げた身体術は、近接戦において非常に頼りになる。
おれは素早くランスをかわして、追加の一撃を打ち込もうとした。しかし、
最上位魔族の身体能力はおれのはるか上をいっている。
やつの振りあげた腕は次の瞬間には、おれの腹に直撃した。
豪快に吹き飛ばされたあと、腹痛をこらえながら自らの慎重さに感謝した。
「ちっ、強化魔法をかけてもらっておいて正解だったな。普通なら今ので死んでた。」
おれは、その後体力の限界まで同様の攻撃を繰り返した。
何度も何度も接近と単発の攻撃、最速での離脱を行う。そして、体力を最大まで削り取って
弱ったところをネリーの攻撃でしとめる。
俺たちの作戦は単純明快だった。ネリーには、あらかじめ粗悪な魔鉱石を削って作り上げた銃弾と
魔銃を渡してあった。上位の魔族はその瞳から最高ランクの魔鉱石に並ぶ魔力を生み出す。
そこに粗悪な混ぜ物をしてやることで相互干渉により、連中の目を破壊できるのではないか?
これはまだ証明もされていないおれの持論だが、いまはこれにかけるしかない。
このまま体力が持てば夜まで粘って撤退もできたが、この魔族はそれを許してくれないだろう。
普通の人間のネリーと体力を使い尽くした俺では確実に追いつかれる。
「ネリー、行くぞ!!」
「わかった!」
おれは覚悟を決めて、全魔力を剣に注ぎ込む。
「光の精霊リヒト、我が声に従え。まがまがしき闇の力を神聖なる光で射抜け。」
おれは精霊石から魔力を解き放ち、最大火力の光属性魔剣をやつの鎧の隙間に向かって打ち込んだ。
魔族は身体中からまがまがしい煙と悪臭を放ちながら、膝をついた。
その目に向かって、ネリーは魔鉱石の弾丸を放った。弾が命中した時、
やつの目からはどす黒い液体が溢れ出し、恐ろしい高音の叫びをあげた。
魔力を使い果たしたおれは精霊石を取り出し、詠唱を始める。
石に封じられた精霊の力でとどめを刺すしか道はなかった。
詠唱が終わり、火属性の高位魔法が解放され、対魔力装甲を失った最上位魔族におそいかかる。
おれの予想は当たった。やつの体を業火が包み込み焼き尽くして行く。




