5-6.残酷な真実
まぶたに水滴が落ちたような感覚に目を覚ますと、
そこには真っ暗な世界が広がっていた。
右を見ても左を見ても、前も後ろも、上も下も真っ黒だった。
神殿の中とは明らかに違うあたたかな空気、
体を包み込む不思議な力にここがどこかを知る。
「土の精霊ボーデン、あなたが導いてくれたの?」
「いかにも。」
背後で声がしたので振り返ると、そこにはからくり兵のような
格好をした物体があった。
「そうなのね。私は今日、確認したいことがあって来たの。」
私は答えを求めている。
簡潔明瞭で絶望的な答えを。
私は少しの間をおいて呼吸を整える。
「帝都北方のリンガルシアの先、貿易の谷に防御の魔法陣を
張った人物のことが知りたい。」
「よかろう。汝に時の流れを遡り、あの呪われた谷の過去の姿を見せよう。」
精霊は巨大な腕をめいっぱい広げ、何かを呟く。
視界は一度、闇に落ち、そして次の瞬間には私は貿易の谷の入り口にいた。
「人の子よ、あの魔法陣が構成された目的は人々を守ることにあった。」
精霊は語り始める。それに合わせて映像もゆっくりと進んでいく。
何もない殺風景な谷に突如として1人の人間が現れる。
「父さん、、、。やっぱり、そうなのね。」
父は胸に大きな傷を受けている。
死んでいてもおかしくない重傷だ。
いや、生気は失われている。
呪術のような刻印が頭に刻まれており、あの刻印の力で
意識が保たれているのか?
そして、傷口からは得体の知れない邪悪な何かがあふれ出そうとしている。
そんな重傷の体で父は、何かの呪文を唱えているようだ。
やがて、谷の入り口に2体の石像が現れる。
かって父が得意としていた土の精霊ボーデンの力を借りた障壁系魔法、
魔法・物理などあらゆる攻撃を無効化する絶対障壁を生み出す禁術だ。
そして、父の胸の傷から現れた何かは全てを巻き込んで
巨大な魔族ロバンへと姿を変えた。
「汝が父は死の間際で自らに呪いをかけた。
あの2体の石像により自らの魂であの地に守りの要を築いたのだ。」
「じゃあ、あの石像を壊したら、父さんは!父さんは死んじゃうの!?」
「人間であった頃の意識が失われることを死と呼ぶならば、その通り。
かの者を解放するすべはもはや死以外にはありえない。」
私は精霊の言葉を聞いて叫びたくなった。
生きていると信じていた父は魔族になっていて、
もう殺す以外に方法がないなんて。
残酷すぎると叫び出したかった。私は深く息を吸って、頭の中を整理した。
私は真っ直ぐに精霊を見つめながら尋ねる。
「教えて、精霊。どうやったら父さんを救えるの?」
「人として今一度蘇らせることは叶わない。
安らかな死を与えたいのであれば、この神器をもってかのものの前に立ち、
言葉をかわせ。」
精霊の体から光が1つこぼれ落ちる。
その光は私の手の平にふわりと落ち、その光の中から小さなガラス玉が現れた。
「清き魂に安らかなる眠りを与えよ。さすれば、また清き命を授けられん。」
それだけ言い残すと、精霊は消えてしまった。そして、私の意識も覚醒する。




