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1-3.戦場の少年兵

 黒いマントに身を包み、荒野を全速で駆けていく。

「くそ、あとは俺だけなのか・・・・!?」

空は灰色に濁り、大地は真っ赤に汚れていた。

そこかしこに転がった帝国軍兵士の死体からは

焦げた肉のにおいがたちのぼり、おれは吐き気を

抑えるので必死だった。

帝都から北西に2000kmの荒れ果てた土地でその日、

帝国軍200人と魔族2体が戦った。戦力差は明らかだった。

戦いの趨勢はすぐに決することになる。累々と積み上がる兵士の屍の間を拭いながら、

おれはアスタナキアの砂漠と呼ばれる最前線へと向かった。

途中、報告にあった下位魔族の一体を殺し、残る一体を探して駆け回っていた。

「ここは最後の砦だ。抜けられたら帝都がやられる。それだけは防がないと。」

その時だった。100mほど先で報告にあった上位魔族が

いびつな鎌のような形状の武器を振り上げて、

まさに人間側の最後の兵士の頭上に振り下ろそうとしていた。

「時の精霊ツァイト、我が声を聞け。時空よ歪め、我に道しるべを!」

おれは早口でそう唱え、兵士の前に立つ上位魔族を睨みつけた。

次の瞬間、おれはその魔族の目の前にいた。

これは魔法と呼ばれる能力の一つで精霊の名を呼び、

心にイメージすることで不可思議な事象を引き起こす人外の力である。

動きの鈍い巨体に拳をねじ込み、甲高い悲鳴をあげる魔族の胸に

向かっておれは装備していた真っ赤なナイフを振り下ろしながら唱える。

「死の精霊トート、我が声を聞け。悪しき輩を絶望の淵に誘え!」

相手の命を一撃で奪う死の魔法剣は、醜悪な魔族の命を一撃で刈り取った。

この世の終わりともとれる叫び声をあげ、相手は地面に倒れた。

魔族と呼ばれる人類の害敵、真っ赤な瞳、漆黒の装甲をもつ体躯、

そして圧倒的な魔法力をもち、出現してわずか5年で世界の大半を人間から奪った存在だ。

「大丈夫か?」

おれは目をきつくつむり、死を覚悟して身じろぎひとつしない兵士に向かってつぶやく。

「あ・・ありがとう。助かったよ。」

「立てるか?」

「うん、大丈夫・・・。」

戦場には不釣り合いな笑顔でその少年は笑いかけて来た。

正直、おれが女だったら惚れていただろう。

年は10代、透き通るような緑の瞳と綺麗な金色の髪が印象的だった。

「生き残ってるのはお前だけか?」

「うん、こっちの分隊はみんな魔族に殺された・・・。

そ、そういえば、下位魔族が帝都に向かってるんだ!早く止めないと!

後方ではもう一つの分隊が戦ってて・・・。」

「大丈夫だ。その魔族なら俺が来る途中で殺した。兵隊は誰も助けられなかったがな・・。」

「そんなことって。みんな死んじゃったのか・・・・。

それより、あなたは一人で魔族を倒したの!?」

「ああ、そうだ。」

その少年は驚き、そして、瞳に恐れをたたえていた。

そこに映るおれの顔、真っ黒なフードから覗くおれの真っ赤な瞳は魔族と同じ色をしていた。


 俺たちはそれっきり何も話さず、魔道車のとめてあるポイントまで移動した。

魔道車とは、魔鉱石の力で推進力を得る乗り物の名称で、

馬車が廃れたこの世界ではとても重宝されている乗り物である。

魔道車で走り始めて数分がたった。沈黙に耐えられなくなったおれは口を開く。

「ついにアスタナキアにも魔族が現れるようになったか・・・。

帝都が落とされるのも時間の問題かもしれないな。」

「・・・そうだね。国境の街はもう全部やられたみたいだよ。

帝都に逃げ込んで来る人が多すぎて、もうすぐ食べものが不足するだろうって、

兵站部の友達が言ってた。物資、兵士、食料、全てが足りない、

帝国が魔族に勝つ未来がイメージできないよ。

・・・、僕はネリーって言うんだ。あなたは帝国戦略本部が雇ったって言う傭兵だよね?」

「ああ、そうだ。おれはリネス。帝国に勝利を!なんて、心の底から叫んでるやつも、

いつからか見かけなくなったよな。

みんな魔族という言葉に怯えながら、静かに死を待ってる人形みたいだ・・・。

しかし、ネリーはすごく落ち着いてるよな。

おれのこの魔族そっくりな瞳を見た瞬間、逃げ出す奴もいるんだぜ?」

戦場でネリーにはすでにこの真っ赤な瞳を見られたので、

おれは何の躊躇もなくネリーに視線を向けた。

「怖くないって言ったら嘘になるかな。さっきの魔法だって、

ぼくには絶対使えないし、あんな上位魔族を一撃で仕留めるなんて信じられないもの。」

ネリーはそこまで言って、一度言葉を切った。

「でも、ぼくのことを助けてくれたし、こうやって普通に話してくれるし、

悪い人ではないのはわかるんだ。」

また、ネリーはまぶしいばかりの笑顔をおれに向けるのだった。

「ネリーの笑顔には癒されるよ。」

「ほんと?よかった。戦場で笑顔などありえないって兵士長に何度も怒られてたから。」

「モテない男にはネリーの屈託のない笑顔は、うさんくさい女の笑顔より価値があるぜ。」

「リネス、何だかチャラいキャラってイメージになってきたよ。」

「え!?それは勘弁願いたいが。」

空はいつの間にか透き通るような青色を取り戻し、後方に広がる悲惨な戦場の姿など

気にも留めないようであった。

ネリーはまだ少し目元が赤くなっており、気分も優れないようだが、

長く傭兵家業をやっている俺にとっては、

戦場を去ればそこであったことなど過去の出来事でしかなかった。


人は魔族に蹂躙され、奪われる。守るべきものも、守りたいものも・・・。


それがこの「終わりゆく世界」だ。


荒れ果てた大地の道無き道を魔道車は不気味に軋みながら進んで行く。

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