4-5.待ち伏せ
「ここからは床も天井も雰囲気が変わるね。
まるで、洞窟みたいだ。」
「ちょっと!ここって古代文明の高スペックダンジョンじゃなかったの?」
「まぁ、古代人には古代人の都合とかあるんだろう。
費用とか時間とかやる気とかその他もろもろ、、、。」
おれたちはその暗く、寂れた道に足を踏み入れた。
死怪とよばれる怪物は、暗くじめじめした場所を好む。
そして、おれたちはまさにそのような場所に足を踏み入れて、
山のような死怪の大群に追いかけ回されていた。
「聖域の精霊ハイリヒトゥームよ、我が声を聞け!!
邪を穿つ聖者の領域を!」
アリーが聖域系の魔法で応戦しているが、
数が多すぎて間に合っていない。
素足、正確には腐った肉なのだが、、、が
湿った地面を踏むペタッという音が不快に響き渡る。
おれたちは全力疾走しながら、この危機的状況を打開する方法を探していた。
「ねえ!リネス。さっきの魔鉱石をうめて、連中を時間のループの中に
閉じ込めるのはどうかな?」
「そんなことできるのか!?特別な呪文とか儀式とかいらないのか?」
「たぶん、いらないと思う。あの石像にも魔法的な儀式の後はなかったし、
魔力を帯びていたのはこの魔鉱石だけだったから。」
「それなら頼む!おれはもう体力切れだ!」
「オーケー、それじゃあ埋めるよ。」
ネリーは一度立ち止まり、地中に魔鉱石を隠した。
その上で呼応魔法とよばれる魔力を帯びたものをマーキングする魔法をつかって、
あとで場所が分かるようにしたらしい。
「さすがだ!頭脳派が1人いると全然違うな!
なぁ、アリーさん!」
「私に喧嘩売るとか度胸あるじゃない?帰ったら覚えときなさいよ!」
最初の頃のできる子キャラはどこかに置き忘れたアリーが叫ぶ。
その後、無限のループの効果で死怪の追撃が止んだため、
おれたちは一息つくことができた。
「リネス、探索魔法で一通り階層の状態を調べたけど、次が最下層みたいだよ。」
「そうか、、、。そこにルベルがいるってことだな。」
「うん、いよいよだね。トリストンに続いてルベルも倒せば、
間違いなく人間側の優勢は決定づけられるから、
絶対に負けられない戦いだね。」
アリーがそっと言葉を続ける。
「私のね、生まれ育ったマリルという国はあいつに滅ぼされたの。
できるなら私の力でやり返したいけど力量不足は痛感済み。
でも、リネス、あんたはなんだかんだでできる子だから、
きっとルベルも倒せるわ。私たちも支援するから、自分を信じて。」
「ああ、そうだな。きっと倒せるよな。」
敵はルベルだと、ルベル1人だとおれたちは信じ込んでいた。
最下層につながる螺旋階段は気が遠くなるような長さだった。
時渡の人々はよほどの禁忌を隠したのか、いつ終わるとも知れない、
果ての見えない螺旋の繰り返しは永遠に続くかと思われたが、
その繰り返しは突然終わった。
銀色の鈍い光沢をはなつ金属で覆われた箱型の部屋、ところどころに
金属の突起物が床からはえており、その先端には光源が設置されている。
ゆらゆらと明滅する光源に照らされて、その部屋の
中央に陣取る「2体」の魔族の姿が浮き上がる。
「非力な人の子よ、よくぞここまで辿り着いた。」
低く臓物に突き刺さるような圧の声が耳に響く。
もっとも最初に世界に生まれ、最も長く生きる原初の魔族マルサス、
滅びたレムルスの旧跡におり、あまり活発には動かない魔族だったはずだ。
なぜ、奴がここにいるのか?おれはネリーやアリーに疑問の視線を投げかける。
「心配なさらなくてよいですよ?マルサスのみでなく、この私もいますから。」
暗闇から影が生まれ落ちるような歪みが生じ、そこにルベルが現れた。
「くそ、連中め、2体で待ち構えてやがった。」
「リネス、まずいよ。ルベルとマルサス、司令魔族2体はさすがに無理だよ!!」
「リネス、私もそう思う。連中の魔力は異常よ!さすがに勝てないわ!」
「我が同胞たるトリストンを打つとはその力尋常ならざるものとみた。
ゆえに、我自らが手をくださん。逃げようとは思うな。
時の賢者よ、この地を砕きて終わりなき無限回廊へ誘え!」
マルサスの命令は暗い空間に響き渡り、やがてその背後の空間が強烈な光を放つ。
「な、なんだ!?」
「時の賢者リーニャ、あなたたち人に裏切られ、人を恨んだ憎しみの賢者の名です。
ご存知でしょう?この迷宮を作り上げたのも彼女です。
そして、いま、この空間のみ時間的、空間的に切り離され、あなたたちの退路は無くなったのです。」
「リネス、まずいよ。転移魔法が使えない。
戦うしかないよ!」
「くそっ!!これはいよいよ追い込まれたかもな。
光の精霊リヒト、我が声に従え!
悪しき者を焼き尽くし踊れ、殲滅の光よ!」
先手必勝と考えたおれは光魔法で攻撃を仕掛けた。
空間に生じた光の球体から無数の光線が生じ、ルベルとマルサスに向かう。
「ふん、低位の魔法など我には効かぬよ、人間。」
マルサスは腕を上げ、手のひらでその攻撃を受ける。
まるで光が奴の手に吸収されるようにその攻撃はあっさりと効力を失った。
「やっぱ、そんな簡単にはいかねぇか!
ネリー、強化魔法を!アリー、遠距離補助を頼む。」
「ええ、任せなさい!」
戦闘は始まった。原初の魔族の圧倒的な力は本物だった。
おれはまったく歯がたたない。
何度もなんども剣が打ち合い、火花を散らせる。
魔族の動きは流れるようで、まるで吹き抜ける風に向かって
剣を振るっているような気分になる。
やがて、数分間ほど戦ったのち、刃が打ち合うある瞬間、火花と蹴りがおれの腹を襲った。
少し距離を取り、マルサスはそっと呟く。
「期待はずれですかね?それともまだ本気にはなっていないのですか?
ならば、余興として私の必殺剣をお目にかけましょう。」
そういうとルベルはおれと距離を取り、腰から刀身のない剣の柄を抜く。
「不可視の魔剣、、、ってか?」
「ご明察です。我が魔剣は人では視認できぬ強大な魔の歪みをまとっているのです。
ゆえにこんな芸当も可能です。」
マルサスはさっと柄を振るった。空気が真っ二つに切れる音がした。
さーっと波打つようなざわめきが胸を締め付けた後、
斬撃はおれではなく、アリーにおそいかかった。
「くっ、、!」
アリーは速攻でボーデンの防御魔法を展開したようだが、
間に合わなかった。
その一撃は彼女の体に到達し、真っ赤な血が弾け飛ぶ。
「アリー!!!おい、お前、大丈夫か!?」
「ごほっ、はぁ、、、。だ、だいじょうぶなわけない。くそ、あとは任せ、、、る。」
アリーはどさっと床に倒れる。その体からは真っ赤な血が溢れ出してくる。
「ネリー、回復を頼む。おれはこいつらを抑えるから!!」
「う、うん!アリー、起きて!!眠っちゃダメだ。アリー!」
おれは愛刀を正眼に構え、マルサス、ルベルと少し距離を取る。
「風の精霊ヴィント、我が声を聞け!
風を束ねよ、刃となりて我に力を!」
おれは切っ先から風の刃、カマイタチをマルサスへ向けて放った。
それと同時に地面を蹴り、まっすぐにルベルへ向かう。
高速の剣戟を何度も何度もルベルの体に打ち込むが、
浅い傷はつけられても致命打にはなっていない。
「弱い存在ですね、あなたたち人間は。」
やつは飽き飽きした様子でそう呟き、一瞬で距離をとった。
そこから火炎系、氷雪系の禁術が無体に終わることなく、放たれる。
おれはネリーにあらかじめかけてもらった属性に対する強化魔法で
なんとかしのぐがそれもいつまでもつかわからない。
「マルサスよ、これはいささか期待はずれのようですね。
やはり、注意力が散漫なトリストンめが隙を突かれて倒されたというだけのようですよ。」
「うむ、この程度の力であるならばそうだろう。」
マルサスはゆっくりと腕を振り上げる。
「弱き人の子よ、我が魔の一撃をもって打ち倒してみせよう。
万物の霊よ、我がもとに集え。
その力、肉をさき、魂を分かつ一撃とせん。隙刃!!」
奴は呪文の詠唱が終わると、その不可視の剣をゆっくりと振り下ろす。
隙刃、見えぬ刃、レムルスの兵士を皆殺しにしたとも言われるやつの必殺剣の名だ。
刃は空間を割って突然現れる。
その刃は敵の背中をそっと撫で、血で真っ赤に染め上げる。
ネリー、おれ共にたったの一撃でやられた。
視界が霞んでいく中で、おれが最後に聞いたのは高らかに笑う魔族の歪な声。
そして、おれが最後に見たのは、美しいオレンジ色の光をはなつ少女の姿だった。




