2-10.不穏な世界
灰色の空、凍てつく冷気、肌を刺す殺気、魔族の居城とは
不穏と破壊の衝動で渦巻く地だ。
そこには2体の司令魔族が集まっていた。
「トリストンが果てたと報告があった。忌々しき人間の手でやられたそうだ。」
「あのデカブツは頭が足りない。非力な人間の策謀に絡め取られて朽ちたのでしょう。」
「ルベルよ、このまま領土を奪われ続けるようなことがあってはならぬ。
一気に人間どもを攻めようと思うが?」
「マルサス、それも良いことかと。決着は早くつけた方が良いのです。」
「うむ・・。」
その日、旧レムルス領土内では不気味な遠吠えが何度も響いていたと言う。
おれがトリストンを討ち果たした日、世界には大きな変化が起きていた。
広域呪詛と呼ばれる死の眠りから人々が目覚め始めたのだ。
人々は再会を喜び、奇跡に感謝したと言う。
そして、おれ、ネリー、アリーによるトリストン討伐の報が届くと
人々は熱狂的にその知らせを受け入れた。
帝国軍戦略本部ではトリストン討伐の報に涙を流す者、
東側諸国に出兵して帰らぬ人となった友の墓へ報告に行く者、
さらなる反撃へ向けて作戦を立案する者とてんやわんやの大忙しだった。
おれたちや、ガリアにて勇気を持って戦い続けたレジスタンスの面々は
特使並みに扱われ、俺たちは皇帝への謁見が許可された。
「遊撃隊隊長リネス、旧ガリアレジスタンスの者です。
司令魔族討伐の報告に参りました。」
「入れ、待っていたぞ。」
「失礼いたします。」
おれたちは玉座の間に続く荘厳な扉を開けた。
そこには皇帝ヨネス、大臣ティビ、戦略本部の重鎧のおっさんがいた。
最初に口を開いたのはティビ大臣だった。
「今回の働き、ほんとうにご苦労であった。」
「いえ、ありがたいお言葉です。」
そして、皇帝が続く。
「今回、そなたらを呼び出したのはトリストン討伐への感謝を
伝えたかったことに加え、連合軍本営から指令が届いたのでそれを伝えておこうかと思ってな。」
「連合軍本営から・・・?」
「手短に言うと、司令魔族討伐の勢いが消えぬうちに
魔族領土への侵攻を開始しようと言うものだ。その先陣をお前たちに任せたいというものだ。」
「そんなバカな構想を誰が練っているのですか!?
先の魔族領土への侵攻の際も、何万人と言う人間が死んだのですよ!?」
「連合司令のノイド長官だ。今回の指令に至る経緯もお粗末なものだが、
内容もお粗末そのものであるな・・。」
「経緯ですか?なぜ、長官はこのようなバカげた指令を出したのでしょう?」
「広域呪詛から目覚めたものたちが、ルイド・レムルスの真実、
連合軍本営の愚策、民を犠牲にして自らの利益ばかりに
固執してきた歴史を暴露したのだ。
彼らは戦場の最前線で本営の愚策やエゴの犠牲になってきたものたちだからな・・。
それに焦った長官が連合軍本営の威信回復のために
今回の指令を出したと言うのが、真実らしい。」
「バカげてる。連合は人間側の頭脳のはずなのに、
いつの間に愚策ばかりを弄する集団に成り果てたのですか!?」
「リネスよ・・。」
そこで重鎧のおっさんが口を開く。
「連合軍本営は、最初は真っ当な組織であり、
戦いの最前線で人々の盾となってきたのだ。
しかし、勇敢でその知略を頼られるものほど、魔族との戦いで犠牲になるのが早かった。
優れた人間は人々に頼られる、そして最前線で戦い散って行く。
その後に残されるのは頼るものもない、守るべきものもない、
諦めに支配された人間だけだ。それが今の連合軍本営の姿だ。」
「その理屈はわかるよ。でもさ、それでもおれは理解できないよ。
おっちゃん、あんたはどうしたいんだ?この指令に従うのか?」
「いや、帝国はこの指令を断ることに決めている。
いま、帝国には戦力となる兵士もほとんどいないのだ。
これ以上の出兵はすぐに破滅につながる。」
「それならば、おれたちが連合軍本営に直接伝えてきます!
長官とも話がしたいし、伝達員の役割、私にやらせていただけませんか?」
「そうじゃな、実際に魔族と戦う君達の口から現実を伝えられる方が、
長官も思い直す可能性があるだろう。
リネスよ、汝を伝達員に任命する。すぐに出立し、本営に迎え。」
「勅命、承りました。」