2-9.光の精霊と試練
レーベンの神殿は、旧市街地から少し丘を登ると見えてきた。
ネリーは転送魔法で、呪詛に囚われたレジスタンスの人たちを
帝都まで運んで看病している。
一方の私は、冷たくなったミーシャの遺体を抱えて、神殿まで歩いてきたのだ。
幸い呪詛に囚われなかったレジスタンスのメンバーが数人おり、案内は彼らに任せた。
真っ黒な石階段を登りきると、そこには空と同化しそうなほどの青い小さな建物が存在していた。
「私、神殿って真っ白なイメージだったけど違うんだね。」
「この色は精霊色と言ってね、時間帯によって神殿の色が変化するんだよ。
生命の精霊の色は肌色だね。あと5分くらいで神殿の色が変わるよ。」
レジスタンスのメンバーが説明してくれる。
そのとき、基地に待機していたメンバーが報告に来た。
「さきほど集団墓地の方ですごい光量の爆発があったらしい。
とりあえず、仲間を向かわせたが、リネスのやつ、無事だといいんだが。」
「あいつなら大丈夫よ。あのデレ目は、運だけは強いから。」
「あんたら、仲良いし、強いし、すげぇよ。
最上位魔族をぶっ殺したって話も納得いったよ。
さて、俺たちは入り口を見張ってるよ。
ほんとに迷惑かけてすまないが、ミーシャのこと救ってくれ。」
「ここで救えなかったらあいつにキレられちゃう。
ミーシャちゃん、きっと助けてあげるからね。」
私は青い石作りの入り口に歩を進めた。
その瞬間、世界が変化した。
目の前にあった真っ暗な通路がなくなり、入り口も消えた。
私は出口も入り口もない真四角の空間にポツンとワープしてしまった。
「精霊という存在はいたずらが好きなのね。」
私の声はその空間で反射して、ひびきあう。
それはまるで何かの目覚めの予兆のようであった。
やがて、どこからともなく声が聞こえてくる。
「人の子よ、よくぞ参った。私は生命の精霊レーベン。
命を司り、命を奪い、また育むもの。」
「こんにちは・・?って言っとけばいいのかな。
精霊と会話するなんて初めてで。」
「われは人を見守り、その営みの繁栄を支えるもの。
表舞台には現れぬもの。よって、人の子がわれと触れ合うことはない。」
「そうね。人によっては信仰の対象ですらあるのだし。
そんな精霊様は私が今日来た理由も見抜いてるのかしら。」
「死したものを蘇らせたいのだろう?」
「ええ、どうしてもこの女の子を生き返らせないといけないの。
だから、力を貸して欲しい。」
「我の力を行使するには、神器が必要である。」
「神器?それってこのリメリスの髪飾りとかいうやつかな?」
「まさしくそれこそが神器である。
我が力はその神器を媒介に発現する。使用後は効力が失われ、神器も消失するが構わぬか?」
「ええ、構わないわ。だからこの子を助けてあげて。」
「よかろう・・。しかし、精霊と人はあくまで異なるもの。
我らの力を人の子に授けるには、試練によりその資格を示してもらわねばならん。
試練を受ける覚悟はあるか?」
「え、試練なんて聞いてないんだけど?
まぁ、いいわ。受けてやろうじゃないの!」
「ならば、死したものを台座の上に乗せ、目をつぶり祈りをささげよ。
再び目を開ける時、試練ははじまる。内容は試練を通して理解できるはず。」
私は言われた通りに、ミーシャの体を冷たい石の台座に置き、
目をつぶって祈りをささげた。再び目を開けた時、私は驚きで言葉を失った。
「・・・、父さん・・・なの?」
そこには失踪したはずの父が佇んでいた。
「アリー、久しぶりだね。元気にしていたか?」
「げ・・元気だけど、どうして?父さんは死んでしまったはず!!」
「君の心の中にある父親という記憶を取り出して、
精霊が生み出した虚像、それが私だ。
私は君の記憶の中のかっての私だが、いまこの世に存在しているかもしれない
君の父親とは異なる存在だ。」
「そうなのね・・。そうよね。それであれば納得できる。
精霊にはそういう不思議な力があるって聞いたことあるし。
それで私はどうすればいいのかな?」
「会話をしよう。そして自分なりの答えを見つけること。それが生命の精霊の試練だ。」
「会話・・か。精霊も残酷なことするよね。
それで、何について話すの?」
私はこれからはじまる試練に内心ドキドキしていた。
失敗したらどうする?何を問いかけられる?そんな疑問が頭の中を占拠していた。
だから、父の虚像が発した言葉がとんでもなく拍子抜けしたものに思えた。
「リメリスの髪飾り。君たちはあの神器をそう呼ぶようだね。」
「え・・ええ、そうよ。魔族に滅ぼされたリメリス王朝のお姫様が大切にしていた宝物
というのが名前の由来みたいね。」
「うむ、そうだ。あの神器は今はなきリメリスの姫サウレが大切にしていたものだ。
しかし、そのようなものになぜ生命の精霊の力が宿ったのだと思う?」
「リメリスは生命の精霊の加護のもとにあった国よ。
そのことが関係してると思うわ。はっきりした理由は分からないけどね。」
「うむ、ではお前に少し昔話を聞かせようか。サウレという優しく気高いお姫様の悲劇を。」
父の虚像は静かに語り始める。
「かって存在したルイドという大国は、リメリスと友好関係にあった。
そして、リメリスの美しい姫サウレとルイドの次期国王と呼ばれたリシスはとても仲がよく、
お互いが成人した年の開国祭に結婚した。子宝にも恵まれ、お似合いの2人だったという。
お互いを慈しみ、お互いを支え合う2人には幸せな未来が待っているはずだった。
だが、ルイドには脅威となる隣国レムルスがあった。
かの国は軍事最優先の独裁国家であり、大陸において双璧をなすルイドを滅ぼさんとしていた。
ルイド、レムルス、その国家間には火種がくすぶっていたのだ。」
「噂には聞いていたけど、あの二国が仲が悪かったって本当だったのね。」
「どちらかというとレムルスによる一方的な敵意が原因だったのだがね。
そして、悪魔の目覚めと呼ばれる世界の崩壊の引き金はレムルスという
国によって引き起こされることになる。」
「え・・・?父さん、何を言ってるの?
悪魔の目覚めは魔鉱石が暴走してルイドとレムルスが滅んだ悲劇であって、
どちらかが原因となったものではないわ。」
父の虚像は憂鬱な瞳で足元を見つめ、ゆっくりと首を振る。
「違うのだ。あの悲劇はルイドを滅ぼさんとしたレムルスによって
引き起こされた人間への魔鉱石移植実験が原因だ。」
「・・・・そんな!?」
「悪魔の目覚めの1ヶ月前、ルイド城を謎の集団が襲撃した。
そのものたちはルイドの近衛兵たちを退け、国王を暗殺した上、
サウレ姫とサウレの息子をさらった。
その際、謎の集団の半数が殺害されたが、そのものたちは
魔鉱石を体に埋め込まれた人間であった。
ただちに調査が行われ、レムルスの関与が判明した。」
「ちょっと待って!何を言ってるの?魔鉱石を埋め込まれた人間?
ルイドの王が殺されていた?そんないきなり史実と違うこと言われても
受け入れられないよ!?」
「信じようが信じまいがこれが事実だ。
この世界の歴史は連合軍本営によって偽りのものに書き換えられている。」
「うそでしょ?頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだよ。
さっき人間への魔鉱石の移植実験って言ったわよね?
魔族は元々は人間だったってこと?」
「それは違う。あれは人間の憎しみが生み出した創造物だ。
巨大な魔力を宿したものの体内に魔鉱石が埋め込まれた。
そのものはレムルスという国を憎んだ。
その国の人間を滅ぼしたいとな。その憎しみはやがていびつなまでに歪み、
人や世界への憎しみに変わったのだ。
その憎しみが魔鉱石を通して生み出した創造物、それが魔族だ。
そして、魔族の生みの親はサウレの息子なんだ。」
「まさか、魔族が人間の憎しみが具現化したものなんてね。なんだか、悲しい話だわ。」
「そうだな。さて、話を元に戻すぞ。
拉致されたサウレとその息子は、レムルスで酷い扱いを受けることになる。
息子は魔鉱石を体に埋め込まれ、サウレ自身はルイドとの交渉の材料にされた。
だが、交渉は決裂し、サウレは殺されることになる。
サウレは死の瞬間、せめて息子だけは助けたいと祈った。
人が誰かを守りたいという思いは貴い。
その祈りに応えた生命の精霊は彼女の髪飾りに力を与えた。それがリメリスの髪飾りだ。」
「サウレさんの想いが詰まった髪飾り・・。」
「そうだ。サウレの誰かを守りたいという気持ちが詰まった神器だ。
それを使えばたった1人、大切な人を蘇らせることができる。」
「ねぇ、父さん。教えて欲しいの。
そのサウレさんの息子は死んでしまったの?」
「その息子は生きておる。しかし、その子のことを話すのは残酷なことだ。
いまはまだ知らなくて良い。いずれ知るべき時が来る。」
「生きてたんだ・・。なんだか複雑な気持ちだけど、きっとその方がいいのよね。」
そのとき、私の中の何かが揺らいだ。願ってはいけない。
ミーシャのために使うべきと決めていたのに。
私は少し呼吸を整えて言葉を続ける。
「父さん・・。父さんは生き返りたいって思わない?
私や母さんともう一度楽しく暮らしたいって思わない?」
父は驚きの表情を浮かべた。そして、少しの思案ののち、首を縦に振る。
「許されるのなら、また君たちと幸せに暮らしたい。
母さんやアリーのことをそばで見守っていたいと思う。」
そして、少しの時を置いて言葉を続ける。
「そのリメリスの髪飾りを使えば私は再びの生を得ることができる。
どうするかは君次第だ。ミーシャを生き返らせるか、私を生き返らせるか、
他の誰かを生き返らせるか、それを決めるのは君だ、アリー。」
私は心の中で葛藤を繰り返した。どうすべきか、誰を助けるべきか。
そして、その時心の中に不意に現れた言葉は私に強い決意を生み出す。
普段はデレデレしてるあいつの言った珍しくかっこいい言葉を・・・
「一緒に大切な人たちを守ろう!」
あいつの大切な人が奪われるなんて私は耐えられなかった。
「父さん、ごめんなさい。私はこの髪飾りの力でミーシャちゃんを
生き返らせるって約束したの。だから、ごめんなさい。」
私はその時の父さんの虚像が浮かべた笑顔が遠い記憶にある思い出とリンクして、
目にあたたかいものが溢れ出してくるのを止められなかった。
「それでいいんだ。君ならそう答えてくれると信じていた。
我欲に溺れず、誰かを守りたいと思える自分の娘を誇りに思う。ありがとう。」
そして、優しい笑顔を浮かべて私の頭を撫でる。
「この試練はね、アリー・・、サウレのように自分の欲ではなく
大切な人を守りたいと言える心の強さがあるかを確かめるためのものなんだ。
本当のことを言うとね、私はまだ死んでいないんだ。
ただ生きているとも言えない。
だから、現実の世界で朽ちゆく私にあった時はそれがほんとの最後のお別れだ。
そのときまで別れの言葉はとっておこうと思う。」
「父さん!!!それってどう言うことなの!?父さん・・」
父さんの虚像は一瞬で消えて、また元の四角い空間が現れた。
「汝、試練に打ち勝かちしものよ。我はその心の強さに敬意を表して神器の力を解放せん。」
精霊の言葉とともにあたたかな光がミーシャの体を包み込む。
その瞬間、髪飾りは砕けてそこから美しい色彩があふれ出す。
七色の色彩はミーシャに触れ、その体に溶け込み、傷を塞いでいく。
「ごほっ。はぁ・・、あっ、おねえちゃん?
私、どうしてこんなところにいるの?」
「ミーシャちゃん、気がついた!よかったっ!ほんとによかった!!」
私は戸惑うミーシャちゃんの体を思い切り抱きしめる。
その後、帝都の病院で自分が死んでいたことを聞かされた彼女の動揺は言うまでもなく、
リネスが私に助けを託したこと、1人で司令魔族トリストンを討ち果たしたことを
聞いた彼女はとても喜んでいた。
「おにいが救ってくれたんよ!」
爆発してしまいそうな笑顔の彼女に私は苦笑いしながらも、
私にも誰かの思いを、命を守れたんだってとても嬉しい気持ちになった。