2-4.司令魔族トリストンの襲撃
旧ガリア軍の戦闘形式をマティアスから聞かされたことがある。
光魔法で透明化した複数の拠点から、透明化した兵士が迅速に移動して
近辺の魔族に奇襲をかけるというものだ。この方法は最も生還率が高く
かつ効率的な戦い方であり、レジスタンスもその戦い方を採用しているとのことだった。
その日も斥候兵の魔族発見の知らせにレジスタンス戦闘員たちは現地に急行した。
旧市街地は魔族の数も少なく、その日は俺たちが町の外れの魔族を討伐することにした。
市外に到着した俺たちは、中位魔族との戦闘を開始した。
おれ、ネリー、アリーの3人は何度か一緒に戦う中でそれぞれの
担うべきポジションを見抜いていた。俺が白兵戦を中心に引き受け、
アリーは魔法による遠距離攻撃を中心に引き受ける
(ときどき暴走して前に出てくるんだが・・・)、
ネリーは安定した支援役として、身体強化、魔力強化、回復を担う。
俺たちは到着してから2時間ほどで30体の魔族を殺した。
「やっぱり、ポジション決まってると戦いやすいわよね!」
「ああ、役割分担がちゃんとしてると誰かさんが急に飛び出していかないから楽だぜ。」
アリーが視線で威嚇してくる。なんとも獰猛な女だ。
そんなこんなで一通り魔族を排除した後、俺たちは木陰で休むことにした。
「みんなお腹すいてないかな?」
というネリーの言葉を受けて、ついでに昼食をとることにしたおれたちは、
1人ずつ交代で監視役となり、順番に昼ご飯を食べることにした。
昼食のサンドイッチを頬張りながら、アリーが唐突にミーシャについて質問してきた。
「ミーシャちゃんって、どうしてレジスタンスにいるのかな?私さ、
最初に会った時からすごく気になってたのよね。あんな小さな女の子だよ?
帝都で学舎に通っててもおかしくない年齢なのに。」
「ミーシャはな、ここから離れたくないんだよ。あの子も、魔族に大切な人を
奪われたんだ。両親や妹、兄が魔族のガリア侵攻で殺されてるんだよ。
守りたかった誰かとの思い出の地を去ったら、本当に全てを失ってしまうと思ってるんだ。
だから、少しでもその人の温もりが残っていそうな場所にいようとする。」
「そんな理由があったのね・・。その気持ちって分かるかもしれない。
なんだか、私の母さんみたいだし。」
「この前話してたリンガルシアのお母さんのことか?」
「ええ、母さんもね、父さんの思い出に縋り付いてるの。
それを取り上げたら本当に何もかもダメになるくらい。
そんな母さんに私は何もしてあげられなかった。」
おれはアリーの言葉にいつもの元気が無くなっていることに気づく。
「みんな、誰かを守りたいって強く願ってる。でも、魔族はその気持ちを踏みにじる。
おれも多くの友人を失った。ネリーも母親を魔族にやられてる。
ミーシャもマティアスも多くの人々が守りたいと思いながら守れなかった。
でも、それでも助けられなかった人のぶんまで他の誰かを助けようって頑張ってる。
おれはそんなアリーがすげぇ好きだし、小さな抵抗を続けるミーシャやレジスタンスの連中を守りたい。」
「あいかわらず熱いのね、あんたって。普段はデレデレしてるくせにさ。」
いつものツンツンしたアリーが戻ってきておれは内心ホッとした。
「ちょっとかっこよかったぞ・・。」
そう言って胸に拳を添えられる。
「あたしもあんたのためにミーシャちゃんやレジスタンスの人たちをきっと守るから。」
「ああ!一緒に大切な人たちを守ろう!力を貸してくれアリー!」
その後、俺たちはまたいつも通りに食事を続けた。頬を赤らめ、
食事することに夢中な彼女は、なんだかかわいいと思ったのは秘密だ。
少し経った頃、周辺監視役のネリーが大きな声をあげた。
「リネス、大変だ。レジスタンスの基地が襲われてる!」
「なんだと!?あそこは透明化魔法で守ってるんじゃなかったのか!?」
「分からないけど、火の手が上がってるし、誰かが戦ってる。
それに・・、最上位レベルの大きさの魔族がいる。」
「ネリー、場所を代わってくれ。」
おれはネリーがいた木の上に登り、レジスタンス基地のある場所を確認した。
そこで激しく暴れる黒い影を見たとき、おれは血の気が引くのを感じた。
そのまま、急いで基地へ向かって駆け出した。
「ちょっと待ちなさい!あんた1人で突っ込んでいって何とかなるの!?」
後ろから慌てて追いかけてくるアリーの声が聞こえたが、
おれはその声に耳を貸していられるほど余裕がなかった。
「ミーシャ、マティアス、みんな・・・。頼むから死ぬんじゃないぞ!!」
おれが到着したとき、そこには惨状が広がっていた。レジスタンス戦闘員10名のうち、
半数以上が死んでいるのか生きているのかわからない状況になっていた。
数体の中位魔族に応戦する戦闘員と中央では恐ろしいまでの存在感を放つ魔族と
マティアスが対峙していた。
漆黒のマント、いびつな形状の槍、全身を覆う鎧、
おれはそのまがまがしい姿に見覚えがあった。
「呪詛の司令魔族トリストン・・、てめぇなんでこんなとこにいやがる?」
おれの声を聞いて、その魔族はゆっくりと首をこちらに向けた。
「ひひひひっ、以前にお会いしたことがありますかな?矮小なる人間。」
「要塞都市ガルベンシアでの恨み、晴らす時が来たらしいな。」
おれは真紅の愛刀を抜き正眼に構える。
忘れもしない一年前、要塞都市ガルベンシアへの魔族の襲撃が行われた。
おれはその時、近隣の町に滞在しており、支援要請を受けて襲撃してきた魔族と戦った。
そのとき、ガルベンシアを滅ぼしたのが目の前にいるトリストンという司令魔族だった。
「なるほど、あのとき殺し損ねたネズミなのですね。」
「残念だが人間様はお前が思ってるよりも頑丈にできてんだよ!」
「そうですか。それは素晴らしいことですね。しかし、あなたたち人間というものは
素直に死ねば良いのにいつまでも抵抗を続けて、ほんとうに愚かですね?」
「うるせぇよ、邪道。マティアス、まだ動けるか?」
「・・・・。」
「マティアス・・?」
「ひひひひっ、無駄でございますよ?さきほど、広域呪詛にて
彼は覚めることなき悪夢へと誘われましたので。」
「広域呪詛だと?そんな無茶苦茶な魔法を使いやがったのか!
てめぇっっっ!ゆるさねぇ!!」
「待ちなさい!リネス!冷静になりなさい。」
通信石から響くアリーの声は冷静さを失いかけたおれの頭に一瞬の間を作り出した。
呪詛とは人の感情が高ぶることで感染する病気のようなものだ。
あのまま怒りのボルテージをあげて突っ込んでも間違いなく正気を失っていた。
「ひひひひっ、素晴らしいお友達をお持ちのようですね。それではこんなのはどうでしょう・・くっ!」
おれはトリストンに喋る間を与えず落ち着きの中に砥石で磨かれたように
鋭利な殺意をもって攻撃した。しかし、身体能力で勝る魔族に物理攻撃が
当たるはずもなく、おれは魔法攻撃に切り替える。
「光の精霊リヒト、我は汝の祝福を求めん。
永遠の監獄に囚われし悪意のものに辛辣なる裁きを!」
おれが詠唱を終えると、トリストンを囲うように光の檻が出現した。
これは光の高位魔法で、檻に閉じ込めた敵に光の槍を重畳して打ち込む攻撃だ。
「ほんとうに愚かですね。あなたたちは。ひひひひっ。」
トリストンの不快な高笑いが響いた一瞬のち、数十本の光の槍が、奴の体を射抜いた。
「よし、司令魔族も大したことないな!」
そう叫んだ瞬間、おれは背中を固く冷たいものがそっとなぞる感触に気づき
とっさに身を翻して距離を取る。
次の瞬間には、おれの背中から大量の血が吹き出し、地に伏すことになった。
「ごふっ・・、な、何が起こったんだ・・?」
おれはトリストンが槍を振り下ろした体勢で背後にいることに驚いた。
「ひひひひっ、見てみなさい。人の子よ。
あなたの魔法が今、幼い少女の命を奪ったのですよ。」
一瞬何を言われているか分からなかった。
だが、さきほどおれが魔法を放った場所に血だらけの人の姿があることに気付き、
おれは血の気が引くのを感じた。そこには、トリストンではなくミーシャが・・
ミーシャの死体があった。身体中を光の槍に突き刺されて絶命する姿に、
おれは思考が停止するのを感じた。
「幻想魔法・・・。異なるものを異なる姿に変換する魔法です。
仲良しのレジスタンスさんにはぴったりの魔法でしょう?ひひひひっ。」
「そ、そんな・・。違うんだ。わざとじゃない。おれは・・おれは・・。」
頭の中が真っ白だった。おれは血だらけのミーシャの元に走り、
まだあたたかくて、命のかけらが残っていそうな小さな体をぐっと抱きしめる。
「あああああっっっ!!!!殺してやる!
テメェだけはゆるさねぇ!!!!」
感情を高ぶらせては呪詛に飲み込まれる。
そんなことはわかっていた。だが、おれはとっくに理性なんて失っていた。
心を支配していたのは怒りだった。激しく燃えたぎる怒りが、身体中を蝕んでいく。
底なしの痛みが体を包み、意識が朦朧としていく。そして、世界が真っ暗になった。