裏相撲地下トーナメント1
両国地下国技館は立会いを前に静まりかえっていた。
裏相撲最強の力士は雷電為右衛門だったと言われている。江戸相撲でも伝説的強さの雷電だったが、表の横綱にならなかったのは裏相撲で人を殺し過ぎたからなのだ。その成績は264勝0敗。
その成績には及ばずも、雷電に勝るとも劣らないと呼ばれているのが裏相撲第89代横綱・鶴翔≪かくしょう≫である。
鶴翔は身長205cm185kgの巨躯でありながら、立会いの変化やリーチを活かした素早い打撃で主導権を握る、悪く言えば小狡くしょっぱい相撲であった。だが命を賭けた戦いである裏相撲で、8年間無敗のまま横綱に君臨している。勝ち星は87勝0敗。これは戦後最高記録であった。全身の筋肉に残る傷跡がその戦いの歴史を物語っていた。
対する雷剛は196cm140kg。あんこ型の偉丈夫であるが鶴翔と向かい合うと一回り小さい印象を受ける。
しかし雷剛のこれまでの取り組みは疾風怒涛と言うべきもの。どの取り組みも一方的に相手を無力化してきた。一戦平均5秒で勝負を決めているのだ。
その決め手は地を這うようなブチかまし。
短距離走のクラウチングスタートのように飛び出し、地面ギリギリの高さで突っ込んでいく。
尋常ならざる脚力を最大限に引き出した低空ブチかましからの多彩な技で相手の息の根を止めてきた。
低空ブチかましの威力は大きいが、外した際のリスクも大きい。このハイリスクハイリターンな戦法は裏相撲ファンの間でも賛否両論であった。派手なだけのぽっと出だ、すぐに潰されると言う者もいた。
しかし不思議と誰も雷剛のブチかましを避けることができないのだった。雷剛は連戦連勝を重ね、デビューの先場所で優勝。怪我で辞退していた鶴翔と今場所でついに取り組みが行われることになった。
雷剛が鶴翔を殺せば即ち新たな横綱の誕生である。裏相撲に横綱審議会などと言うものはない。横綱を殺した者が横綱なのだ。
立会いの睨み合いから表の相撲とはまるで違う。これから相手を殺そうという殺気をぶつけ合う睨み合いだ。力士の肉体は全身凶器として極限まで研ぎ澄まされている。
この2人のどちらも、表の格闘技のどの競技でも世界チャンピオンになるポテンシャルを持っていた。その両者が土俵の中央で睨み合っている。
戦国時代風の甲冑を身に纏った裏行事も凄まじい気あたりに立っているのがやっとだ。ちなみに甲冑は飾りではなく身を守るために付けている。それほど危険なのだ。
何度目かの仕切り直し。鶴翔が土俵側に戻り塩を手に取る。しかし雷剛は動かない。
雷剛が鶴翔に向かって五本指を立てた。
「5秒だ。5秒で貴様の息の根を止めてやる」
雷剛が大声で、しかし落ち着いた声音で言い放った。鶴翔はそれに応えず、落ち着き払って塩を撒いた。しかしその顔には忿怒の形相が浮かび上がっていた。