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8 パンとスープのレストラン

「よく眠れましたか?」

 ほほ笑むミネを前に、カイは頭を掻いてあくびを浮かべた。

「まあまあ」

「あなたにでなくヨウさんに訊いたんですよ」

 ミネはにこにこと朗らかな表情でバッサリとカイの言葉を切り捨てた。

 これはミネなりの遊びなのだ。水色をからかうのは彼女の仕事だ。

「まあまあだ」

 ヨウはカイの言葉をそのまま受け継ぎ答える。

「あら、それは良かったです」

 二コリというミネの微笑みに、ヨウはこの人物の腹黒さを感じた。

 カイとミネは、客人を連れて早朝の町を歩いていた。

 うっすらとしたボヤを漂わせながら、町はもう目を覚まし今日の仕事の準備に取り掛かっている。

 どこの店も、そわそわと、だがまだ少し眠たそうに、まぶたをこすりながら着々と開店を始めていた。

「この町で一番早く回転するレストランをご存知ですか?」

 まだ眠気眼なカイをよそに、ミネは楽しそうな微笑みでヨウに尋ねる。

「知らない」

 この町に来たのはつい先日のこと。ヨウは興味もなさそうに答えた。

「ならお教えします。そろそろ着きますしね」

 くすくすと微笑むミネを前に、カイはまたもやあくびを浮かべる。

(なんか楽しそうだなぁ、ミネ)

 朝早くに起こされたかと思うと、今日の朝食は外食だと言って布団から引きずり出され、顔に水をかけられた水色は、前を歩く二人を眺め呆れる。

(二人とも早起きだよな)

 私はまだ寝むい。

 カイは暖かい布団を思い出し、はぁっとため息をつく。


 *


 旅人を町長に紹介するのは今日の夕食でだ。それまでは家にいる所を見られてはいけない。

 そう言うわけでミネは朝食を外で食べることにした。

 父である町長には、友人と約束をしていると説明し、カイを連れ、ヨウを窓から出し、今こうして3人でここにいる。

 カイは、自分たちが家で食べてる間に、ヨウは勝手に町に出て食事を取ってくるだろう。だから心配はないんじゃないか、と提案していた。もちろんヨウもそのつもりで、ミネの言っていた夕食まで、適当にこの町を散策しているつもりだった。

 だが、ミネとしてはそれでは面白く無いのだ。

 できることならこの赤い客人について、もっと知る必要もあった。

 何のためにカイを探しているのか。知る必要がある。

「さて、朝食はここで。ミリティアさんの作るパンとスープは格別ですよ。あと、朝食が終わったら少しこの町を案内いたしますが、どうでしょう?」

 レストランというよりは誰かの家としか言いようのない建物の前でとまり、ミネは客人へと尋ねる。

 ヨウは少しの間をとって、首を縦に振った。

「食料の補充と、新しい靴とカバンが欲しい」

「わかりました。案内いたします」

 二コリとほほ笑み、ミネはその家の戸を押す。ヨウが入り、カイもその後を追おうと戻ろうとする木造りの戸を抑える。

「ぁっ、」

 何かが小さく声を漏らした。

 カイは後ろを振り向く。

 そこには、少し離れた場所に小さな子供が仁王立ちしていた。ポトン、と手に持っていた人形を落とし、引きつった表情でこちらを見ている。

「ぁ、ぁぁ、ぁ………、」

 子供の口からは言葉にならない音が漏れていた。

 カイはそっと顔をそむける。

 子供はドアの向こうへ消えていこうとする人物へ、指を突きつけ叫ぶように口を開いた。

「化け、」

 ―――ばたん

 その言葉が言い終わる前に、水色は室内へと消え戸は閉めらた。外にはその子供一人が置き去りにされた。

「ドルテ、もたもたしてないで、早く席についてくださいな」

 ミネの言葉に、カイはそっと顔をあげ、「ごめん」と苦笑いを浮かべる。

「子供の戯言です。気にすることはありませんよ」

 席につき、小さく聞こえた声に水色は隣を見やる。視線の先では素知らぬふりをしたミネがヨウにメニューを渡していた。

 カイはほうっと息をつき、自分もメニューへと目を通す。

「さて、何を頂きます?」

「何を頂くも何も、朝はパンとスープしか出ないんだろ?」

 カイはそう言いながらもメニューの一覧を視線でなぞる。頼む料理はもう決まっているのだ。暇つぶし程度にしかならない。

「まぁ、そういうことです。ヨウさんは好き嫌いありますか?」

「別に」

「そうですか、でわ、」

 腰を上げようとしたミネに、制止の声がかかる。

「パンとスープだろぅ。もう準備はできてるから待ってておくれ。今持って行くよ」

 カウンターの奥から聞こえたのはしわがれた声。それに続くように、ここの家主が姿を現した。

「おはようございます、ミリティアさん」

「おはようよ、町長の娘っ子。あと、久し振りだね、娘っ子の所の犬っころ」

「………犬っころって」

 カイはむすりと頬を膨らめる。

 奥から出てきたのは一人の老婆だった。

 幅のあるふくよかな体格に腰を曲げた姿は、丸で物語に出てくる魔女のようにも見える。

「相変わらずのようだね。こんな店に食べに来るのはあんた達くらいだよ」

 カイはちらりとその老婆の表情を見る。

 からからに干からびた唇は、優しげに微笑んでいた。

 だが、その上にある二つの瞳に表情はない。そこにはただ、白く濁ったガラス玉のようなものしかなかった。

 カイはそっと目をそらす。

「今日は客人もいるみたいだねぇ。あちらの大陸のお方かな?」

 とても見えているとは思えない瞳は、確かにヨウのもとへとむけられている。

 ヨウは怪訝な顔もせず頷き、ミネは微笑み、「ええ」と頷く。

「そうかいそうかい。面白そうな話をたくさん聞くといい」

 柔らかい声音でそう言い残し、老婆はパンとスープを置いて去っていった。

 奥から「食べ終わったら声でもかけておくれ」という親しげな言葉が投げかけられると、それっきり店内は静まり返った。

「さぁ、頂きますか」

 ミネは盆の上に乗せられたスープとパンを配ると、手を合わせて楽しそうにほほ笑んだ。


「ミリティアさんは、この町で一番長くお店を出している方なんですよ」

「長い割に客はいないけど………いてっ」

「軽率な発言はいけませんよ、カ………」

 カイ、と言いそうになった口をはっと止めて、ミネは「ドルテ」と言いなおした。

 何も気付いていない様子のヨウは、スープをスプーンですくう。

 カイは小さく口元を緩めた。

「軽率な発言はいけませんよー………って、あ!」

「ドルテの癖に、私をからかおうなんて一億年早いです」

 ミネはカイの皿からパンを一つつかみ取り、パクリと一口かじりついた。

 自分のパンが一つ食べられて行く様を見ながら、カイは「私のパン………」と肩を落とす。

 やはりヨウは、その隣で二人の行動を気に止めた様子もなくスープをすすり、パンをかじっていた。


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