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7 ヨウ

「やりましたね、カ、」

 カイ!と言おうとした口を、その本人であるカイの手が覆った。

 いったい何を? と尋ねるミネの視線に、カイはその場から彼女をひきつれ離れる。

 後には獣と、あちらの大陸から来た客人だけがぽつりと残された。

「一体どうしたんですか?」

 ミネは解放されるとまずはじめにそう言った。

「い、いや………。なんかあいつ、“カイ”を探してるって、」

 カイは曖昧な表情をする。

 それとともに、ミネの表情が小さく微笑む。

「まぁ、それは面白い話ですね」

「………言うと思ったよ」

 カイは呆れて息をついた。

 あいつが自分を探している。だからどうとは言わない。

 だが、この事実を告げれば、ミネにはもう充分だった。

「わかりました。とりあえずあの人にこちらの事情を話しましょう」

「う、ん」

 のってくれるだろうか。

 カイは内心でつぶやく。

 だが、考えればあちらに損はない。ただで宿に泊まれるのだ。しかも町長の。おいしい御馳走。暖かいベッド。

(言うことなしだな)

 ただ気になるのは人探しの件だ。

 カイにはあの人物に覚えがない。

 あの人物も同じく。

 ではいったい何が?

 水色の瞳はただまっすぐと正面へ向けられた。そこには庭の生垣があり、ふさふさと緑が生い茂っていた。だが、その景色は瞳には映されていない。

「カイ、…カイ……カイ、カイ!!」

「え? ………わぁ!」

 名前を呼ばれて我に返ると、まっ正面にミネの顔があった。

「もう。ボーっとしてないで、行きますよ」

「あぁ、うん!」

 カイは、さっさと戻っていくミネの後に小走りで続いた。


 話はバッチリだった。

 旅人は自分たちの話にのってくれることに了承し、承諾してくれた。

 だがそれは相手の意見も飲まなければいけないぶつぶつ交換。

 この町に用あって訪れた旅人は、やはり自分の要件なしにでは動いてくれないようだった。

「それで、明日の夕方に紹介したいんですが、」

 ミネがこの家へ招くための流れを説明していく。

「今は流石に、こんな夜遅くに人が訪れるなんておかしな話ですので、明日の夕方、正式にここにご案内いたしますね」

 庭の端、ミネは丁寧に正座をして話を進める。

 カイはその隣に膝をたて、後ろの方に手をついて。客人は二人の正面。家の壁に背中を預け、胡坐をくんで話を聞いていた。

「今夜は野宿するというお話でしたが、こちらにお泊り頂くことを提案したいんですが」

(………?)

 カイは首をかしぐ。

 まだ家主である町長に紹介してもいないのにどうやって?と。

 ミネは微笑んだまま左手ですっとカイを示した。

「こちらの、ドルテの部屋をお貸しします。少し狭くて埃っぽいかもしれませんが、気になさらないようでしたらぜひお使いください」

 ワンテンポ遅れて、カイの口がパカリと開く。

「………は?」

(ドルテ?)

 やはり話に頭が追い付かなかった。

「ねぇ、ドルテ」

 いいですよね。というミネの微笑み。

 その背後にはなかば脅迫のような黒い色が漂っていた。

「は、はい」

 カイは半強制的にその言葉を口にさせられるのだった。

「流石ですねドルテ。相変わらずのお人柄のようで安心しました」

 うふふと微笑み両手をぽんっと胸の前で組むミネ。

 なんでいつも敵わないのだろう、とカイは深く息をついた。

「で、そのあいだ私はどこにいたらいい?」

 ミネは微笑んだ表情を崩さないまま首をかしぐ。

「何いってるんですか?あなたはいつも通り自分の部屋をお使いになればいいでしょう」

「は?!何言って」

「お客様をもてなすのは家に居る者として当然の義務でしょう」

「・・・は、い」

 もう何を言ってもかなうはずがないのだ。

 カイはがくりと肩を落として大人しくその言葉に従うことにした。

 その耳にミネの声が小さく囁く。

「あの方から“カイ”の件について探るチャンスをあげたんですよ。感謝してくださいね」

 もう面倒だからどうでもいいよ。

 そんな言葉を飲み込んで、カイはただ一言「ありがとう」と言った。



   *



「ここだ」

 カイは一階の端の方にある一つの窓を静かに開けて静かに忍び込む。

 そしてまだ庭にいる人物を部屋の中から見下ろし、ふと疑問に思った。

 この場合、客人に手を貸した方がいいのだろうか?

 だがその問いもわずかな事で、客人はカイが迷っている間にひらりと部屋の中に入ってきた。

 外からミネの声が転がり込む。

「ドルテは今日は布団で寝てくださいねー」

 そのことばを残し、彼女はキッチンにある玄関ではない出入り口―――つまり裏口な訳だが―――に向かって消えた。

「はいはい」

 カイは呟くように返答し、頭を掻きながら窓を閉めた。

 振り返れば客人はもう荷物を下ろし、ベッドへ腰かけている。

 はぁ、っと一つ息をつき、カイは自分の寝床となる布団をせっせと準備した。


「で、お客様のお名前は?」

 部屋の隅にある机の蜀台に火を灯し、カイは布団の上、ベッドに腰掛ける人物へ尋ねた。

「ヨウだ」

「ヨウ、か。私は―――、」

 ミネの微笑みがカイの脳裏を横切る。

『よろしくお願いしますね、ドルテ』

 カイはコクリと唾をのむ。

「ど、ドルテ。よろしく」

「………」

 客人から返答はない。

 ベッドの上、ヨウと名乗った人物は、窓の外へ視線をやったまま動かない。

 そう言えば、さっきからフードをかぶったままだ。

 表情と言えば、フードの端から覗く口元のみ。それさえも無表情で、必要最低限の動きしか垣間見ることができない状態。

(礼儀知らずなやつ)

 そんな事を思ってすぐ、カイも自分がフードをかぶったままでいることに思い当った。

 どうしようか。

 少し考え、眼の前の人物に尋ねる。

「“カイ”と、会ったことでもあるの」

「いや」

 客人から帰ってきたのはそっけない返事。

「じゃあ見たことは?」

「無い」

「カイについて知ってる情報は?」

 しん、っと沈黙が訪れる。

 何かを感じ、カイはフードの下にある探るような視線に気づいた。

 カイは面倒臭そうに、相手に見えていない眉をよせ、言葉を選びながら答える。

「えーっと、私はただ、あんた…ヨウ、が、どういった状況で私の知り合いを探しているのか気になっただけで、…えっと、……特に深い意味とかないから、安心して、くれ?」

 自分の言葉の疑問符を、自分自身疑問におもいながらカイはしどろもどろに相手にそう伝えた。

 相手は少しの沈黙を置いて、重たげに口を開いた。

「俺が知ってるのは、名前と、性別と、“センレル”という町の名前だけだ」

 名前と、性別と、町の名前。

 カイは顎に手を当て、じっと動きを止めた。

(外見やら容姿については何も知らないってことか?なら、今ここでフードを取っても、私が“カイ”だってことは相手には分からないか)

 だが、もしかしたら相手が今言い忘れているだけで、容姿についての情報はもう持っているのかもしれない。

 何しろ、自分の容姿は、説明するには一言で十分な特徴を持っているのだから。

 カイはフードの横からわずかにたれる髪の毛をそっとつまんだ。

 そう、“カイ”という人物が持つ特徴。それは“水色”だ。

 この色を持つ人間はあまりいない。

 基本は黒から茶色。せいぜい少数派で灰色といったところか。髪の毛や瞳に決まった色はないが、多い少ないはあって当然だ。その中でもカイはかなりの少数派。

 水色という情報を相手が持っているなら、今自分が素顔をさらすのは得策でもないであろう。

 なにしろ、今はまだ、相手の“用”というものの内容を知らないのだから。

(警戒は………あっても損はないよな)

 カイはもう一度相手に視線を向ける。

「外見とか、何も知らずに探してたの?町の人間には聞いて回った?」

 相手の口元が不愉快そうに歪む。

「あぁ。けど、どいつも“そんな奴知らない”だと」

 口元の表情は正直なものだったらしい。

 声にもその不機嫌さがうかがえる。

(なるほど)

 町の人間たちの表情と口調が頭に浮かぶ。

(皆こぞって、カイの存在を否定したってわけか………)

 カイは少し、しゅんとうなだれた。

 蝋燭の灯がゆらりとゆれる。

(・・・まぁいいか。今は、)

 カイはフードを取って、もう一度挨拶した。まっすぐに相手を仰ぎ。

「はじめまして。えっと…ドルテ、です」

 カイとしては、使い慣れない名を自分のものとして口にするのはなんともおかしな気分だった。

 フードを外した彼女を前に、客人はじっと動かない。カイはどうしたものかと考える。

 一応、顔をさらし名を名乗るというのはそれなりに普通の礼儀であろうから、もし自分がこういう状況で相手から挨拶してきたら、自分もフードを取って名乗るはずだ。

 ということは、今、ベットの上で胡坐をかいているヨウという人物も、フードを取るかどうかで考えているのだろうか?

 いや、この状況でほんとうに自分はフードを取るだろうか?相手が信頼できるかどうかによると思う。自分が信用されやすい人間かというと、…正直あまり自信がない。

(ってことは軽く流されるかな)

 カイは「うーん」と内心で唸る。

 警戒心が強い、と言ったらカイも人のことを言えないが、相手は旅人だ。簡単に人を信用していては旅が勤まらないのも分かる。

(………そうだな、)

 悩んでも仕方がない。今は黙って相手に任せよう。

 水色は静かに待つことにした。

(まだフードに頼ってるんだよな、自分)

 自分の姿をさらすのが、とても恐ろしかった時期もあった。だが、もうそんな事にとらわれていてはいけないと彼女は考えていた。

 カイは相手を静かに見上げる。その水色の瞳を、まるで開き直って見せびらかすように。


 客人はそう時間をかけずにフードを外しコートを脱いだ。そもそもコートを着たまま寝るつもりはなかったと思うが、もし相手がそうとうな警戒心の持ち主であったならその可能性もあったでろう。

「ヨウだ」

 初めの印象そのまんまに、旅人、ヨウは無愛想にそう言った。

 カイは珍しいその外見に一瞬言葉を忘れる。

(―――赤い、髪)

 赤い髪に赤い瞳、少し浅黒い焼けたような肌。

 相手のいぶかしげな表情に気づき、カイはごまかすように笑顔を浮かべた。

「い、いや、えっと、………そう! し、知り合いにに似てるなって思って」

 あはははは、という空笑いがむなしく部屋の空気を震わす。

 笑うんじゃなかった、とカイは後悔した。

 まだ、笑顔にもあまり慣れていない。

(面倒臭いなぁ)

 今日はもう疲れた。

 水色の頭に、そんな日常的な言葉が浮かんだ。


 *


 俺に質問を投げかけるそいつからは、探るような気配がうかがえた。

 ただの盗賊やら山賊なら、適当にあしらって片づけてやるのだが。こいつはそれとは違う。“カイ”の知り合い。

 いや、友人程度であるのかと思っていたが、そうでもないらしい。

 今の状況を見てもそれは明らかな事。どうやらこのドルテという人物は“カイ”の付き人か何からしい。

 “カイ”という人物。たぶんあいつだろう。

 そしてこいつ。“カイ”の思い人か何かか? 随分と信頼されている様子だった。

「外見とか、何も知らずに探してたの? 町の人間には聞いて回った?」

 ドルテが俺に尋ねる。

「あぁ。けど、どいつも“そんな奴知らない”だと」

 俺は一連の出来事を思い出し少し不愉快になった。

 町で“カイ”について聞いて探した時のことだ。町の奴ら、「知らない」「そんな奴はいない」とか言いながら、その眼は何かを隠している様子だった。

 だが、昨日今日の“カイ”の様子を見ていてわかった。あいつはこの町の人間に「かなり」と言っていいほど好かれている。多分、町の奴らはどこの誰だか知れない俺が“カイ”に危害を加える可能性を考えたのだろう。

 俺が思想にふける中、部屋の中に布が下される乾いた音がした。俺の意識はその音に引き戻され、今目の前にある人物を見ていた。

「―――………、」

 そこにあったのは水色の瞳。よく見ればその人物の髪も水色だ。

 室内に灯るランプと、窓から入り込む月明かりに、その透明な水色は金とも銀ともつく色に染まっていた。

「はじめまして。ドルテです」 

 そいつは改めて挨拶をする。まっすぐに俺を見つめて。

 その視線はまるで『好戦的』とも見れたかもしれない。だが、相手からはそう言った空気は感じてこない。たんに生まれつきの目つきの問題だろうか?

 少し思想の中を駆けると(適当に流そうかと思いながらも)相手にならってフードを外した。

「ヨウだ」

 この言葉を聞いているのかいないのか。ドルテは何も言わずに俺へ視線を向けていた。

 赤い髪に瞳。褐色の肌。水色という色を持つドルテにとっても、この色は珍しいのだろうか。確かに、この色は俺の故郷の大陸の古い部族の持つ特有の色だ。だから見たことがなくても当然だろうが………。

(無愛想な奴)

 男にしてはまだ輪郭の線が柔らかい。たぶん俺より年下だろう。

 あの瞳といい、表情といい、何を考えてるんだかよく解らない。警戒心はないように思えるが、完全に信頼されているようにも思えない。

 俺も特に話すことがないので口を閉じていたると、ドルテは誤魔化すように口を開き「い、いや、えっと、………そう! し、知り合いにに似てるなって思って」と言った。

(知り合い、か)

 一拍もかけずに分かる嘘だ。そんな事を思いながら、俺は頭を掻いて肌がけを引き寄せる。

「も、もう寝ようか」

 ドルテが少々遠慮がちにそう言った。

「そうだな」

 俺は適当に答え横になる。コートを脱ぎ、自分の枕元に置く。

「消すよ」

「あぁ」

 ドルテの言葉に俺の言葉が返ると、それを合図にランプの灯が消えた。窓から差し込む月の明かりだけが柔らかくこの部屋を照らしだす。

 物音はない。

 俺はしばらく見慣れない天井を眺め、そっと静かな眠りに落ちた。


ここまでお付き合い頂きありがとうございます!


ぐだぐだとした文、読みづらかったらすみませんm(_ _)m

出来る限り読みやすい文を目指しているつもりですが、目に余る点等ありましたら言ってやってください!


余談ですがアクセス解析を見ると、一話目と二話目からの読者数にかなりの差が出ていたりするんですよね。

皆そんなもんなんでしょうか?

やっぱり一話目のインパクトって大切ですね。私は見事に外してしまったみたいですが、まぁこの経験を次に生かせていけたらいいなとか思ったり思わなかったり!(゜∀゜;)


というわけでまだまだ話は続きます。皆さん、ふつつか者ですがお付き合いお願いします!!

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