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4 視線

 朝霧の晴れ切らない頃、まだ人気のない広場に二つの人影があった。そして、その二人の足元には犬のような影もある。

 一人は袖が垂れ下った七分の服に、スカートともとれる長い腰布、ブーツという、一般着姿。もう一つは頭からすっぽりとこげ茶の布を頭にかぶり、性別さえも確認できない。

 あたりにあまり人気のない事を確認してか、そのこげ茶の物体は頭部からするりとその布を剥いだ。出てきたのはここの町ではあまり見かけない水色の髪。カイだ。

「と、言うことで、探しましょう」

 そう言って二コリとほほ笑む少女はミネ。彼女の言葉に、カイがただ頷くしかないのは見えていることだ。

 ここは街の中心にある噴水前。“センレル(湖)の町”というほど湖はないものの、ここは水が豊かである。“ここ”というより、“この大陸”と言った方が正しいであろう。この大陸にいる限りは水には困らずに済むのだ。

 そしてもう一つのあの場所は、物が言うには砂だらけの荒野らしい。

 勿論カイは行ったことがないので、その砂だらけな荒野がどういったものかは見当もつかない。その中であちらに住む人々は普通に生活しているとも言うし、水にも困ってはいないという。

 いったいどういう仕組みなのかと、疑問に思わなくもない。

(けど、べつに行ってみたいとも思わない)

 カイは視線を空へと向けた。

 彼女が知る限りでは、大陸はここともう一つ。いや、これは彼女に限ったことではない。たぶん全ての人々がこの二つの大陸しか知らない筈だ。

 こちらの大陸もあちらの大陸もかなり大きなもので、そこに住む彼らは未だかつて世界地図というものを見たことがない。最近、モノ好きなどこかの誰かが何年もかけて海を漂い大陸の輪郭をなぞったとかで、輪郭ぐらいなら知られるようになってきたのだが、その中身を知ることは一生をかけても無理なことだろう。少なくとも、カイがこうしてこの町で日常を送っている位では、この大陸の一端さえも知ることができないのは確かだ。

 噴水の前、更には腰に手を当てやる気満々のミネを前に、カイはどうしたものかと口を開く。

「あのさ、探すのって確か、」

「“あちらの大陸からはるばる海を渡って散歩をしにきた赤使いさん”ですよ」

「やっぱり、」

「えっと、あと優しくて強い女性の方であるとなおいいですね」

 そんな人間どこにいるんだ。

 カイは表情に出さないもの内心で大きく首をふった。いらわけがない、と。

 でなくてもあちの大陸から来た人間が、こんなちっぽけな町に来ることなど滅多にないのだ。海から近い地域や、ここよりはるかに大きな街なら分かるのだが。

「取りあえずさ、もしも運よく旅だか旅行だか散歩だかのあっちの人間と出会えたとして、どうやって赤使いかどうかを確かめるのさ」

「簡単ですよ。お相手して頂けばいいじゃないですか」

 にこにことほほ笑むミネが、カイにはそれがまた恐ろしく思えた。そして、分った上での問いを彼女へと投げかける。

「お相手って、…誰、が」

 ミネの視線が水色の少女から離れない。水色はというと、そのにこやかな視線から身じろぐように一歩下がった。タイルの敷き詰められた荒い地面がこつりと音を立てる。

「それは勿論、カ、」

「わかった!わかったからもういい。行く。私が行くから、もう言わないでくれ」

「あら、お気づかいありがとうございす」

 お気づかい頂きたいのは自分なのに。

 まるで幾つもの重石が積み重ねられているかのように、カイは自分の肩が重くなって行くのをしっかりと感じた。

 朝霧の漂うなか、まだ寝につけないのか一匹のフクロウが「ほう」と鳴く。まるで哀れな少女を悼むように。

 

 確かに簡単な事なのだ。相手が赤使いか確かめることは。

 ミネの言った通り、戦えば良い。全力で。相手が力を使わなくてはいけないと思うまでに。だがそれがどんなに危険な事か、ミネも分かっているはずだ。

(なんで自分がこんな役回りに、)

 カイは肩を落として目の前を行く幼馴染の背を追った。

 “赤使い”と“青使い”。

 これは“力”を持つ人間を示す言葉だ。“力”とは、勿論力ちからのこと。それを持つ人間の事を、人々は総称して“使い”と呼ぶ。そして、その“力”の内容によって“赤”と呼ばれるか“青”と呼ばれるかが決まるのだ。

 “赤”は炎。火を動かせる人間。

 “青”は水。水を動かせる人間。

 と、なんとも単純明快な名前の付きようなのだが、その力の持ち方も単純明快だ。

 こちらの大陸の血を持つ者は“青”の力を持ち、あちらの大陸の血を持つものは“赤”の力を持つ。それは大陸を移動しても変わらない。あちらの人間がこちらの大陸にきて子供をもうけようが、その子供は“赤”の力にしか目覚められないし、こちらの人間があちらの大陸で子供をもうけようが、その子供は“青”の力しか目覚めることができない。

 力が血の割合で来まるというのは、ごく一般の常識なのだ。

 そして、その力は誰もが持っている、というわけではない。運とでもいうものだろうか。その人間が力を持つかどうかはランダムだ。両親が力を持っていても、全く力の使えない子共が生まれてくることもある。

 逆に、全く力の使えない両親から、強力な力を持つ子供が生まれてくることもある。それはやはり運としか言いようのないモノなのだ。

 カイは視線の先で揺れる黒い頭を何気なくに眺めた。

(ミネだってやろうと思えばやれるんだ)

 だって、ミネは“青使い”じゃないか。

 カイは無意識に、腰にある短剣に触れていた。その横に一緒につるしてあるナイフがカチャリと音を立てた。

 自分にはがない。だから努力してきた。強くなりたくて。弱いままでいる自分が怖くて。

 ―――弱さは人を傷つける

 そう考えるようになったのはいつの事か。

 ミネに拾われ、ミネを知る度に、その言葉はカイの深く深くへと刻まれていった。

 自分は、弱いままではいけない、と。

 “青使い”であることを抜いても、カイから見たミネは本当に強い存在なのだ。いつでも周りを暖かさで包んでしまう、心地よい陽だまりのような存在。どんな時でも笑顔で、人からも好かれ、頭もいい。彼女自身の事も、周りの事も、理解しようとしているのがよく分かる。

 ミネの髪は黒いが、光に当たると紺色に輝く。それはここでは珍しい色だ。カイの水色の髪と同じく、黒い髪は珍しい。いや、普通の黒い髪なら幾らでも居るのだ。だが、黒い髪を持ちながらも、“青使い”であるのは今のところカイが知る限りではミネくらいだ。

 生まれてきた子供が力を持つ者かどうかは、髪の色を見てわかると言われる。それは何の根拠のない古くからの言い伝えでしかないが、確かに、力を持つ人間は、何かしらが青味がかっているか、赤味がかっているのだ。だから、この町の誰もが、ミネの幼いうちは、普通の、力を持つことのないただの子供であると思い込んでいた。だが、成長するにつれて、誰もが彼女の力と才能に気づかされていき、やがては魅了されるようにまでなっていた。

 彼女は本当にすごいのだ。

 本当に、すごいのだ。

 なのだから、

(だったら自分が戦えばいいのに、)

 青使いなのだから………。

 カイは唇を尖らせた。あくまで内心で、だ。

「あら、何か言いましたか?」

 突然振り返ってきたミネに、どきりと心臓を跳ね上げ、カイは両手を胸の前で振った。

 なぜこんなにも驚く必要があるのだろう。頭の中での呟きが、まさか目の前の相手に聞こえるはずもないのに、と、どぎまぎしながら。

「いや、なにも、」

「そうですか?」

 不審そうに眉をよせるミネを見て、カイは無理にも代弁を図るような話題を引っ張りだした。

「ただ、髪を見るだけじゃ駄目なのかなって思っただけ」

「それはそうですね」

 あわてながらもよくこんな自然な内容を持ってこられた、とカイは自分を褒めたたえた。

 ミネは唇に右手の人差し指を当てくうをみつめた。これは彼女の癖だ。何かを頭の中で整理するとき、彼女はいつもそうする。そして、それが終わると、何もなかったかのようにぱっと手を放すのだ。

 そう、ちょうど今のように。

「でも、やはり戦った方が確実ですよ。髪の色はあてになりません。無いように見えてある事もありますし、あるように見えて無い事もありますから」

 それは正にミネ自身を示すような言葉だった。無いように見えてある。人間見た目にはよらないということか。

「そうだね」

 カイはすんなりと納得し、「じゃ、行きますよ」とまた歩き出すミネの後にならって歩いた。フードをかぶり、前の背を追う。

(行くっていったいどこにだろう)

 カイは水色の頭をフード越しに掻く。

 そしてタイルの続く道をコツコツを靴を蹴る中、小さな何かを感じて足を止めた。

 その瞬間には、その小さな何かは感じなくなったのだが、その胸には消化しきれないとっかかりがあった。

「なん、だ?」

 自然とその脚は止まる。

 先を行くミネは気付いていない。

 だが、確かに誰かがこちらを見ていた。一瞬ではあるが、観察するような視線で。

 それは自分ではなく、他ならぬミネに向けられたものだった。敵意は感じず、ただ分らないものを見て解読しようという純粋な好奇心のようにも思える。

(好奇心…? いや、それともまた違う、)

 カイは足を止めたまま頭を抱えるが、ひざ裏を押す温かいものに気づき、視線を落した。

 獣だ。

 早く行こうとでもいっているのだろうか。

 獣があれに気づかないはずがない。彼があまり気にとめていないということは、危険なものではない、気にするほどのものでもない、ということだろうか。

 カイは小さく微笑んだ。

「そうだな。あんなのいちいち気にしてたらキリがないか」

 獣の茶色くてまあるいまなこが応えを待って水色を見上げていた。

 水色はフードを被り、それに応えた。彼の頭をぽんぽんと叩き、「置いてかれちゃたまらないもんな」と、朝霧で薄まるミネの背へと小走りで追いかける。

 水色の瞳はまだ月の残る空を見上げた。

(今日は晴れだな)

 もうすぐ朝日が霧を一掃する。




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