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29 前夜にて

 疲れているとはいえ、やはり昨日の今日で、カイはあの湖には行かずにはいられなかった。

 男からの恐怖に解放された町は、以前と変わらない穏やかな空気の夜を迎えていた。だが、男の死体は全て焼けてしまったため、男を殺したという証拠はなくなってしまった。一応、町長が、男は捕らえたという話にしといてくれたらしいが、町の中にはそれをまだ疑っている者たちがいる。そして、もちろんカイへの疑惑も消えてはいない。

 男が死のうと捕まろうと、その元凶にカイが関係していると疑う者たちはたくさんいるのだ。

 まぁ、実際に関係していると言えばしているわけで、どちらにしろ、カイには弁解の言葉さえも許されない。

 カイは仕方ないかと思う反面、自分のある思想に胸を躍らせ、むしろご機嫌だった。


 *


 湖につくと、そこには先客がいた。

「ヨウ、何でお前」

「ここの主ってのがお前といるのは知ってるからな。噛み殺される心配もないってわけだ」

 カイが隣を見ると、例の主はまあるい瞳をカイへと向け首をかしげていた。

 彼ははたして、人間の言葉を理解しているのだろうか。

「で、それはそうとなんでいるんだよ」

「シンについて考えてたんだ」

 カイは言葉を飲み込む。

 どうやら考えていたことは同じらしい。

 ここはシンの最後の場所だ。

 自分よりむしろ、シンとの関係が深いであろうヨウを思うとこれは当たり前の成り行きなのだろう、とカイは思った。

 カイはお気に入りの、湖にひとつ突き出た大きな岩によじ登る。

「まだ、シンを恨んでるのか?」

「当たり前だ」

 ヨウは即答だった。

「俺にとってのシンと、お前にとってのシンは全く違う。確かにお前にとっては温和で優しい人間だったかもしれないが、だが、俺にとっては裏切り者でしかない」

 「そうか」とカイは少し寂しそうに湖に浮かぶ月をみた。

「私には、何でシンが力を手に入れようと思ったのかとか、ヨウの村を燃やしたのかとかは分らないけど、でもちゃんと理由があったと思うんだ。その理由が何であれ、きっと、シンらしいものだったんじゃないかなと思う」

(シンらしいもの、か)

 ヨウは小さい頃を思い出す。

 そして、シンが村から消えた時、あの炎の中で言った言葉。

 ―――全て手遅れなんだ

 ヨウはつまらなそうにつぶやく。

「俺にはもう、何があいつらしいのかなんてわからない」

 その言葉はカイのいる場所まで届くことはなかった。

 だが、その隣にいる獣の耳は、それをとらえたようにぴくりと揺れる。彼は伏せたまま、茶色い瞳をそっと閉じる。

「なぁ、ヨウ」

 切り返したようなカイの呼びかけに、ヨウは「ん…」とだけ答えた。

「その力、やっぱ訓練して使えるようになったんだよな」

「まぁな」

 彼はカイの方を見ようともせず答える。そして、暫く黙ったのち、じっと湖を眺めたまま尋ね返した。

「けど、お前も使えるんだろ」

 カイはその言葉に苦笑を洩らす。

「………そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」

 カイは、ヨウに内心を読まれてるような気がしてならなかった。

 岩の上、ひざを抱えて顎を腕に埋める。

 視線の先で、月が時たま、風に揺られ歪んでいた。

「怖いから、そうやってナイフに頼ってるのか。あと、その短剣を使わないのも、」

「そうだよ」

 ヨウが言い終わるまえに頷く。

 自分のその行動に、やはりまだ自分は弱いなと、カイは自嘲した。

「使えないモノを無理やたらと使って、取り返しのつかないことを起こしてからじゃ遅いだろ。だから、私はこれを選んだ」

 力を使えば、また暴走させてしまう。

 いつかの家と同じように、今回の湖と同じように。そしてそれは、十分自分の首を絞めてきた。

 そして、この短剣はその罪の塊だ。

 だからだろうか、自分はそれを肌身離さず持っていた。

「ヨウこそ、シンの死に納得できたのかよ?」

「いや。納得したくないな。あいつを殺すのは俺だった。それを、お前のような奴に横取りされたんだ。納得できるはずもない」

「お前な、」

 ヨウの声は心から不機嫌だと言わんばかりだった。

 カイは呆れたようにそちらへ目をやる。

 すると、その口元がわずかに持ち上げられているように見えた。だがそれはほんの一瞬。

「おい、」

 そういったのはヨウだ。

 彼は突然立ち上がる。

 カイは「いきなりなんだよ」と、少々驚いた。

「先に帰るぞ。お前と話すのもこれで最後だろうな」

「は?」

「じゃあな」

「じゃあなって、お前、………おい!」

 カイは言葉と状況がいまいち理解できないでいた。そんな彼女の様子など気にもせず、赤は早々と歩き去ってしまう。

 木々の奥へと消えゆく背中へ、カイは一言大きく叫んだ。

「絶対追いつくからな!! 待ってろ!」

 すると木々の向こうから苛々とした声が返って来た。

「誰が待つか馬鹿。来るな阿呆」

 馬鹿やら阿呆やらひどい言いように、カイは呆れたように苦笑する。

 そして、次第に何がおかしいのやらケタケタと笑い始める。隣で獣は不思議そうに首をかしいでいた。木々もざわざわとざわめきだし、水面も小さな波を浮かべだす。

 獣は横で伏せをして、カイの一人笑いに飽きたように、のんびりとあくびをかいた。だがその尾っぽは少し楽しそうに揺れていた。

 彼女は今までのつけでも払っているかのように、思う存分笑いはらした。


 *


 南の森から、町を突っ切って町長の家へと向かっているなか、ヨウの前に思いもよらない人影が現れる。

 まだ日も昇らない暗い町。日付が変わってそんなに時間もたっていない。しかもこの間まで狂った男が町人を襲い回っているという事件があったのだ。さっそくと夜遅くに外出しようという人物はなかなかいなかった。

「お前、ヨールスか?」

 ヨウの出現に、等の人影も一瞬驚いていた。

 だが、相手がヨウだと分かるとどういうわけか自信満々と言った感じだった。

「おまえ、そうか。噂になってたぞ。町長の家に居座ってるって旅人。ガキは化け物退治に英雄が来たとか言ってたな。そう言うことか」

 ヨウがあの男からヨールスを助けた時、ヨールスもその連れも気を失っていたため、2人がまともに顔を合わせるのは今回が初めてだった。

 ヨウはヨールスがカイをなぶっているところを観客として見ていたのでその顔を随分前からしっていたが、ヨールスから見たら全くの初対面でしかない。

 彼はじっくりとヨウのその容姿を見て納得する。

「英雄、か。そういうことか」

 クククっと彼は笑うと、ヨウを指差す。

「お前、面白いな。どうだ、俺達と組むか?」

 ヨウはヨールスの片手に目をやる。そこには、水色の糸のようなものが細い束で握られていた。

 どうやら何かの動物の毛を水色に染めたものらしい。それはまるで誰かさんの髪の毛にそっくりだった。

 この間までの事件を利用しようというわけか。

(懲りない奴だな)

 ヨウはその相手の根性にくつくつと笑いだす。

 その笑いをどうとったのか、ヨールスも楽しそうに笑いだした。

 ヨウは自分を指差すヨールスを無視してその横を通り過ぎる。

「つまらないガキの悪戯に付き合うつもりはないんだ。じゃあな」

 ヨールスはぴたりと笑いをやめた。 何かがぷつりと切れた音を立て、彼のこぶしが小さく震える。

 小さな風が流れた後、ヨールスは怒りの形相でヨウを振り返った。

「お前、何だと………?」

 彼の眼に、答えないヨウの背がどういうわけか水色の髪を持つあの人影と重なって見えた。

「俺を怒らせてただで済むと、」

「怒らせると、なんだ?」

 ひっ、という小さな声を漏らし、首筋に感じた痛みと共にヨールスは意識を失った。

 ヨウは軽く手をはたき、「つまらない奴」とつぶやいた。

 彼が踏みつけた水色の糸の束は、あっと言う間に灰となった。

 もう邪魔するもののいなくなった道を歩みながら、ヨウは面倒くさそうに頭を掻く。

(もう報酬も貰ったしな)

 部屋に置いて来た彼のカバンでは、小袋が満足そうに腹を膨らましている。

「さっさと町を出るか」


 日が顔を出すとともに、このセンレルの町から一つの人影が旅立った。



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