25 追うか追わずか
獣の参戦もあり、ミネは精神的に落ち着きを取り戻していた。。
そこをミネも離れたところから水気を集め支援する。
だがそれでも、男に致命的なダメージを与えるには至らない。
ずるずると重たくなる植物。だが男は、それを皮一枚ごと切り落とし、これ以上植物が内部へ進入してこないようにと刀を振り続けていた。
男の動きが鈍ったのを見計らい、獣がその喉元を狙う。
だが、男は目ざとくその動きを察し、刀を振るって威嚇するのだ。
確かに弱ってきているとはいえ、その動きはやはり尋常ではない。今までの所業を物語っているとでも言うべきだろうか。
「………っ、が、」
一瞬、男の足が地面にへばり付き動きに詰まりがでた。いや、正しくは男の足に寄生した植物が、男の足と地面を結んだのだ。
そこに、獣が素早く飛びかかる。
ばきっ、と嫌な音に、ミネは一瞬首をすくませた。
やったのだろうか?
彼女の瞳は揺れる。
目の前で、獣が男の首元にぶら下がっているのが見えた。
では、やはりあの音は首の骨が折れる音。
始めて聞いた、命の終わる音。
ミネはへたりとその場に座り込んだ。
助かったという安堵と、殺してしまったという恐怖とが彼女の中に渦を巻き、どうしようもない虚しさを与えた。
彼女は、放心したように、獣のいまだぶら下がる場所から血の滴る様子を見つめていた。
「………このぉ、」
小さく聞こえた黒く重たい声。
ミネははっと肩を揺らす。
死んでいない。良かった。いや、そうじゃない。何で………。
少女の頭は混乱で一杯になる。
「邪魔なんだよぉ………!!」
男が薙いだその腕に、獣はぐっと噛みついていた。
そうか、ぎりぎりでわが腕を盾にしていたのか、と彼女が気付いた時には遅く、男は獣を振り払い、しゃがみ込んだままのミネへと刀を構え一拍もおかないうちに合間を詰めていた。
「っ、そんな、」
先ほどまでの動きとは打って変わって、丸で全ての傷を回復してしまったかの様な早さ。
間近に迫る銀と、男のひきつった笑み。そしてそこにある、くすんだ瞳。
「だめだ」と思った矢先、眼をつむっていた。そして、瞼を通しているにも関わらず眩しい、赤い明かりが辺りを満たした。
ミネはそっと目を開ける。
「………これは」
目を開けるとそこには、自分の前で火だるまになって燃える男の姿があった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」
男は絶叫しながら地面に手をつく。
地面がじわじわと男を中心に黒く変色していくのが、眼の前にいたミネには見えた。それだけでなく、自分の靴が重くなっていくような気がした。
「水を、集めている?」
ミネは驚きに後ずさる。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
ぼこ、ぼこぼこ、と地面は泥と化し、気泡を浮かべる。
そして、それは完璧な水となる前に宙に浮き、男の周りではじけた。泥水を全身に浴びた男は真っ黒だ。だが、その火は消え、ただれた皮膚に気持の悪い笑みを浮かべていた。
今の水で、まだ頭部に残っていた焼け尽きていない植物が、また少し根を広げる。
髪を喰いつくし、そしてこめかみへ。植物に支配されつつあるその体は、何ともむごいものだった。
ミネは罪悪感より先に、胸やけにも似た不快感を覚えた。
「うっ………」
夕飯を全て出してしまいたいと思う反面、その口元に自らの手で蓋をする。
「生きてるな」
男を挟んだ、ミネの正面、大通りの夜闇から、ヨウの姿が現れる。
「は、はは、ひゃはは、ヒャハハハハハハハハ、」
その姿を男も確認し、狂ったように笑いだす。
「また、またお前か!!あの時もだ。あの時も、俺を燃やした! 覚えてるかぁ?! あの時俺に言った言葉!!!」
「あの時?」
ヨウは不穏気に眉を寄せる。
「忘れたか?! 忘れるはずもないよなぁ!? あの時、俺がお前を殺そうとした時だ!! お前は俺に、『馬鹿げてる』と言った!!! なぁ、おい! 『馬鹿げてる』、『馬鹿げてる』だとぉ!!? ならなんであの時、俺を殺さなかったぁぁぁ!!!」
「お前、何を………」
「忘れたか? 忘れただと??!!! 俺を、俺を、忘れ……・・・ガハッ」
男は目を見開き、その場に膝をついた。
苦しそうにその喉元を押さえると、爪でがりがりとかきむしる。
根だ。
根が、ついにその喉を捉えた。
だが、その触手は男の手により引きはがされる。
男は血だらけの喉をひゅうひゅうと言わせ、狂ったように笑っていた。
「殺せ、殺す、殺、殺、コロ………ハ、ハハ…・・・・・・・殺せぇぇぇ!!!!…コロゼェェェェェェェェ!!!!!!!!」
*
男の狂った瞳に、あの頃の光景がノイズと共にフラッシュバックする。
『夜盗か………全く』
その男は燃えるような赤い髪と、赤い瞳を持っていた。
ひょろりとしていて、決して強そうには見えない。
だが、その男に、“彼”は返り討ちになってしまった。
『くそがぁぁぁ!!!』
『弱い者いじめは好きじゃない。もうやめてくれ』
『弱い? 弱いだと! この俺が…!!!』
『少なくも、そうやって仲間とつるんでこんなことをしている時点で。これは力やそう言ったことの話ではない。お前の精神の話しだ』
『俺を馬鹿にする気か?!』
『馬鹿にはしない。だが、馬鹿げてるとは思う』
『なんだと!?』
『これ以上はやめておけ。お前には敵わないよ。俺の力は』
『ふざけた事を…』
“彼”を合図に飛びかかる夜盗の群れ。
そして、男を中心に真っ赤な炎が波のように走った。
炎の波は一人も漏らすことなく、全員に宿り消える。
そこにばたばたと倒れる火だるまとなった人間の群れ。
『すまない。その火は短くて三日、長くて七日は消えないんだ。俺にはこれ位までしか抑えられない』
『………こ、この、やろう』
『退いてくれればこうはならなかった。君たちにも非はあるだろ。耐えてくれ』
『ふざけ、やが………』
『じゃあな。死なないでくれよ』
炎に包まれる同胞。
その間を歩き去っていくあの男。
彼の意識は、気づかぬ間に闇へと落ちていた。
意識を取り戻した日、彼は自分を看病してくれていた他の者達、自分と同じ目にあい生き残り、まだ寝むりについている者達を殺し、その場所を捨てた。
*
「ヒ、ヒヒヒ、みんな、…皆死んじまえ………ひゃはは、はははははは!!!! 殺せぇぇぇぇ!!! 全部、全てだ! 殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
何かが破裂でもしたかのように、男は笑いだした。今までの狂い方とは明らかに違う。眼はあらぬ方を見ており、声は裏返り、当たりの壁をびりびりと震わせていた。
「ヒヒヒヒヒ、ヒャハハ、ハハハハハハハ!!!!」
獣のように、男は物を伝って役所の屋根へと飛び乗る。
ハハハハハ、ハハハハハ、と笑いながら、その瞳はミネとヨウ、獣を忘れたかの様にさまよい、一点を見つめ、ニッと笑った。
ギラギラと輝く瞳。
口の端をねっとりと舐める舌。
全てが狂っていた。
あの男の意思は、あの植物に犯されてしまったのだろうか。
ミネは不安に、胸の前で握った両手へ力を込める。
「ヒャハハハハッ!!!!!」
男はその場を振り向きもせずに消えた。
獣はいち早くに彼を追う。それに二人は気付かない。
「追いましょう」
ミネはヨウへすがるような視線を向ける。
「何でだ」
「何故って、危険だからです」
「危険?」
「このままあの人を放っておいては、町の人たちが危険に晒されてしまいます」
「じゃあお前は、あいつを追うことで危険に晒されないのか」
「………え?」
無表情のヨウ。
その言葉は、ミネ身を案じているようには感じない。ミネの言葉に対して、彼が上げ足を取ったとでも言えばいいのだろうか。
ミネは視線を下に落とす。
確かに危険だ。だが、自分のこの一度の危険でこの先の被害をなくせるのなら、それは彼女にとって選ばずにはいられない選択。
ミネは顔をあげ、一歩前に踏みでる。
「お願いです。一緒に、」
「脚、震えてるぞ」
「………」
はっとしたかと思うと、口をつぐんでまた俯いてしまうミネ。
怖いのだ。だが、彼女なりに一生懸命になっていた。怖さに立ち向かおうと、立ちすくむ自分と闘おうと。
ヨウはそんなミネを置き去り、一人どこかへ行こうとしていた。
「まってください! 一緒にあの人を、」
「辞めろ」
ヨウの言葉に、ミネはびくりと身を揺らす。
「ですが、」
「もういい。お前といい、あいつといい。人に頼られるのはうんざりだ」
『ミネを助けてくれ』と自分へそう懇願した水色。そして、そのミネは町のために、カイのために男を捕まえようとしている。
「震えたお嬢様を守りながらあいつを追うくらいなら一人で行く。お前は帰れ」
「………でも、」
「お前に傷が付くと、俺がどやされるんだよ」
え? という疑問符。
(………カイ)
ミネの必死の表情がすっと消える。そこに、和らげられた瞳と、今にも泣きそうな微笑みを浮かび上がる。
水色の名を思い浮かべるだけで、体中に巡らされた不安が、恐怖が、どこかに消えていく気分だった。
「………そう、ですか」
ミネは涙をこらえる瞳をヨウへ向ける。
「わかりました。お願いします」
どうかあの人を止めてあげてくださいね。
そう微笑む彼女を後に、ヨウはまだ朝日の沈む闇のなか駆けだした。
朝は近い。




