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24 イワハダツルクサ

(もうすこし………もうすこし………)

 はぁ、はぁ…、と荒れる息を繰り返し、ミネは動きを切り返すように足を止めた。

 キレの良いその急停止に、追いかけてきた男は難なくも同じような急停止を決める。

 けっつまずいてでもくれればいいものと…、とミネはバツが悪そうに笑った。

「ここで、終わらせます」

 ミネは呼吸を落ち着かせ、大きく一つ、静かに息を吐き出した。

「お前じゃ俺に敵わんよ、」

「そうですか?」

「お前は弱い」

「そうですか」

 ニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべる男。

 ミネは二コリとほほ笑んだ。

「でわ、せめて楽しんでもらえますよう」

 そう言って懐から素早くナイフを取り出し投げる。

 サクッという音とともに、それは地面に突き刺さった。

 だがもう、そこに男の影はない。

 ミネは左へ転がった。

 彼女が避けた場所に、男のかかとがまっすぐと落とされた。

 黒いローブが男の後を追って優美に揺れる。

「確かに。少しは、………楽しめそうだ」

 男は自分に言うようににやりと笑った。

 ミネもにやりと笑う。

 その手元では、小袋が細かな粒子を流しながら、二人の行動をじっと見守っていた。


 *


 あれは銀色か、それとも金か。

 町を突っ切って、一つの明るい点が足音を軽く走っていた。

(急げ………! 本を取ったら、私も二人に合流しなきゃ)

 月の光を弾いて光るのは、水色の毛並みだった。

 二人とは獣とヨウのこと。カイの眼は必死だった。

 小さく口を開けたかと思うと、強く唇を噛む。

 血が出ることはないが、このまま力任せに噛み千切ってしまいたいという思いが、彼女の中にはあった。

 明かに焦りがある。

 願わくば、一跳ひとっとびであの森に行きたい。

 カイの首筋に、一筋の汗が伝う。


 *


「さて、どうするかな」

 ヨウはジョギング程度に走りながらつぶやいた。

 何しろ彼はミネのいる場所を知らない。

 あの獣は鼻があるからいいものの、彼にはミネを五感だけで探し出す能力は備わっていなかった。

「まぁ、だいたいは予想がつくか」

 赤は少しペースを上げ、何もない小さな路地を、黒い影となって駆けた。

(もしもこの予想が外れたら?)

 彼は自分に問う。

(そしたら、まあいい。………しらみ潰しに動き回るか)

 彼は自分で答える。


 *


(どういうつもりでしょうね)

 ミネは息を切らすなか、自分を追いまわす相手をちらりと見やった。

 相手は音もなく消える。

 ミネは「いけない」と思い、その場から飛びのく。

 そのすぐ後に、彼女のいた場所を薙ぐように、横一文字で男の蹴りが入った。

 ミネはすぐに脚を蹴りあげている男へと距離を詰め、持ってきた中で一番大きいナイフを突き出した。

 男の足が軌道を変える。

 ---カンッ

 乾いた音が空気を震わす。

(弾かれた!!)

 ミネはのけぞり相手の足を避け、後退する。

「はぁ、はぁ、はぁ、………」

 彼女は首筋に伝う汗をぬぐった。

(まったく………、どういうつもりですかね)

 相手のにやにやとした笑顔。

 その手に、あの獲物はない。

(私ごとき、武器は必要ないと?)

 ミネは内心唇をかむ。

(良いでしょう。後悔するのは貴方です)

 さらさらと細かな粒子を流していた小袋は、ついに尽き空になった。

 彼女の耳元で、水ノ音石がポツリと鳴いた。


 *


 ヨウはある匂いに眉をひそめる。

(くさい)

 生臭く、鉄くさい。

 それはまだうっすらとしたもので、人の中では鼻の利く方の彼だからこそ気づけた。

(あいつ、やられてないだろうな)

 鼻が利くと言っても、その匂いをかぎ分けられるわけではない。

 ヨウは焦りはしないものの、その脚を速める。

 あるものを見つけ、彼は大通りに出た。

 赤い瞳に映ったのは月明かりに照らされた小さな足跡。

「方向としては正解らしい」

 その足跡は点々と道の奥へと続いていた。

 彼はめんどくさそうにその先を見つめながらつぶやく。

「頼むから死んでくれるなよ」

(報酬、それと………鍵のためだ)

 赤の目つきがすっと変わった。


 *


 ―――ぽつん、ぽつん

 雫が滴るような、静かに広がる波紋がまるでまぶたの裏に見えるような、そんな音がミネから広がる。

 ただしくはミネの耳飾りからだ。

 水ノ音石は、その見た目こそ変えないものの、確かにその内部から雫の音を発していた。

 水の力に反応しているのだ。

 ―――ぽつん、ぽつん

 男は何が起こるのかと動きを止める。「面白い。付き合ってやろう」と、その眼をミネへと注ぐ。

「………知りませんよ」

 ―――ぽつん、ぽつん

 ミネは波紋の中心で二コリと笑った。

 ―――ぽつん、ぽつん、…

 突如、地面が声をあげて揺れ出した。

 その音に、水ノ音石の声はかき消される。

 ごごごごごごご…っと、地響きを上げ、ぼこぼこと大地はその身を起こした。

 男は目を見張る。

 その瞳はさも面白そうにギラギラと輝いていた。

(岩? 違う………植物か)

 ぐんぐんと成長する植物。

 それは蔓を複雑に絡ませ合いながら天へと昇っていった。

 そして、男は自分の身にも起きている変化にやっと気づいた。

(重い。なんだ)

 足、腕、肩、体のどこもかもが重さをましていった。

 いつもにはない不自然な重み。

「なるほど、あの砂か」

 袖に付着した砂ぼこりの一部から、大地に根を張る植物と同一であろう植物が発芽していた。

 早いものはもう蔓を伸ばし、他の者たちと絡まりつつあった。

 体の重さはそのせいだ。

 男の体についた粒子は、じわじわと服の生地に根を張っていた。ミネの撒いた種は、袋の外に放たれた時から小さくながら成長をしていたのだ。

 ミネはそれに気づかれないように相手をしていればいいだけだった。

 その間わずかに力を使い、空気中の水分をできる限り下の方へと集め、地表の種に触れないように、ゆっくり、慎重に。そして、全ての種が撒き終わったのを合図に、ミネは一気にその集めた水を地面へと落としたのだ。

 ミネが集めていたのは地面下の水分も同じく。それは沢山の養分を溶け込ませた、植物にとっては最高の食糧。

 種は水分を吸い、養分を吸い、成長した。

 これはミネのコレクションでお気に入りの一つだった。

 その植物は向こうの大陸で発見されたものだ。水のあまりない地に生息し、少量の水でも成長できる。本来の地でなら少量の水にしかありつけない植物だ。生息している地では大きくなっても1〜2メートル。だが、その本来の水量を超したら―――

「―――蔓は、何倍にも成長します」

 水の足りない地の植物。

 取り入れた水分を逃さないために、その表面は固く、石のよう。

 これならあの武器でも斬れまいと、ミネは踏んだのだ。

「貴方にこれを使うのは、少々もったいないと思ったんですがね」

 蔓に囲まれ身動きの取れなくなった男を前に、ミネはくすりと笑った。

 男の黒いローブは蔓と同化しつつあり、その蔓は周りの蔓とがんじ絡めになっていた。

 その周りにも蔓。

 男は蔓に縛られ、蔓に囲まれる形となっていた。

 その外でミネは苦笑した。

「ちょっと、被害が大きすぎました」

 あたりの地面はぼこぼだった。

 植物に水分を奪われた地面はからからになっている。

「これで、どうするんだ?」

 男に尋ねられ、ミネは尋ね返した。

「どうするって、何をです?」

「捕まえて終わりか? この状況だ。この馬鹿に固い植物で俺を串刺しにでもできるんじゃないか?」

「残念ですが、この方達は私の意志とは別です。この方たちはただあるがままに、その状況に合わせて成長をしただけであり、私にはその動きを操ることはできません」

「なるほど。だが、お前が動かせるのは水だけじゃないということか」

 ミネは目を丸くした。

「お前は、水を動かすとき、その水の中にいくらかの養分を溶け込ませている。それで植物の生長を促しているわけだ………っく、フフ、ヒャハハ…」

「見事な分析ですね」

(後は、呼ぶだけ、)

 ミネは男が動けないことを確認し、走った。目的地はすぐそこにある役所。

 後は、大人たちがどうにかしてくれる。 

 なにしろ、役所に助けを求めやすいように、大きく開けていて、それでいて役所に一番近いこの道を選んだのだ。

 大人たちも、あの様子を見れば男を拒否する理由もないはず。

 ミネは身動きの取れない男を背に走る。

 向かうは役所だ。

 自分の仕事はこれで終わる。

 これできっと、カイの立場も救われる。

 少女はあっという間に目の前に現れた戸を押した。後ろにはあの男が蔓の鳥かごに縛られている。

 とびらは何の抵抗もなくギィィと口を開けた。

 そこにミネはおかしな疑惑を覚える。

 なぜ、扉は開いた。なぜ、人の気配がない。

 彼女は扉の奥、目に飛び込んできた光景に我を疑った。

「そん、な………」

 そう。手遅れだったのだ。

 その室内に転がる無数の骸達。

 彼女の恐れていたことが、まさか一番初めにこの場所で起こるとは。信じたくもなかった。ミネは両手を頬にあて、震える瞳をなんとかその光景へと向け続けた。

(なんで、………ばれて、いた? いえ、そんなはずありません。でも、なぜよりにもよってここが一番初めに? 殺しが、屋内で行われたことはなかったはずです。・・・・・・・・・まさか、始めから決められていたとでも…?)

 ミネは自分の甘さを悟った。

 あの男が、獲物を失って大人しくその日を見過ごすことなどなかったのだ。

 きっと、彼は予想していた。今宵から獲物が外をうろつくことがない事を。だから、まずはじめにここをつぶしたのだ。

 町の治安を守る、この役所を。

「こうなったら、………私が、」

「ワタシが、なんだろうなぁ?」

 少女の大きな眼が、真丸と見開かれる。


 *


 ミネが振り返ったそこには、気配もなくあの男がいた。

 ローブを脱ぎすて、ぼろぼろになった服をまとい、彼は少女の首をしかと掴む。

 ゆらりと地面が足から離れていくのを感じ、ミネはぐっと歯を食いしばった。自分の首をつかむ手へ、力一杯に爪を立てる。だが男は余裕の表情。

(な、ぜ………)

 息苦しさが押し寄せてくるなか、ミネは男の背景にある蔓の群れを見た。

 すると、たしかにその中心にはあの男がいた。

 いや、違う。あれはぬけがらだ。あの黒いローブ。その下に幾つか切り落とされた様子の蔓と共に、銀の刀が二つに折れて落ちていた。

 岩のようなあの植物を斬った上、一番根付きの大きい上着を脱いで脱出したのだろうか。だが、ミネの見下ろした男の足元には、沢山の蔓が絡まっていた。それだけではない。髪や、首筋にも、あの植物のかけらが見てとれる。男の頬には、あの植物が皮膚にも根を張っており、なんとも奇妙な造形ができていた。

(あの刀。やはり没収しておくべきでした………)

 植物と人間が半一体となったかの姿。

 ミネの視線に気づき、男は空いている片手で、頬に張り付いた緑をひきはがす。

 ブチブチブチ、と嫌な音をあげ、植物とともにそこから血が滲んだ。やはり、あの蔓は皮膚の下の血管にまで根をのばしていた。

「ったく、甘く見てたなぁ。本当、甘く見てたよ」

 男はくつくつと笑いだす。

「この女ぁ。…楽しかったぜ? でもなぁ、重いんだよこいつ。動きずらいんだよ、これじゃぁ」

 男はぎりぎりとミネの首を締めつける。

「ふっ、…ぐ………」

 ミネはなんとかそれにあがらおうと、必死に爪を立てた。同時に、この状況でありながら、男の周辺に水気を集める。

「この女ぁ…!」

 男の体にまとわりついていた植物が、またそこで成長を始めたのだ。

 植物をはがしたはずの頬から、また新たに緑が芽生える。髪にまとわりついていた蔓は、髪と同化し、その頭皮へと腕を伸ばす。

 足もとの蔓は、男と地面を縫いつけた。

(このさいです。せめて、差し違えにでも………)

 男の手にたてられていた爪が、ふっと力を失う。


 ―――ふざけるな!!!


(………ッ!?)

 一瞬、よく知る誰かさんの声が聞こえた気がした。

(走馬灯って奴ですかね?)

 視界もかすみ、ろくに呼吸もできない中、ミネは小さく微笑む。

(カイの癖に、生意気ですよね………)

 疲れ切った瞳は、男を見てはいなかった。

 あるのは記憶の中の、あの水色。

 そして次々と浮かんでくる、あの頃。

(……………でも)

 ミネはその過去からそっと遠のいた。

 霞む視界だが、確かに男を見つめようと目を見開く。

「た、しか…に」

「・・・?」

 音の出ない唇を動かすミネに、男は歪んだ笑顔を向け、最期の一握りを加えた。

(確かに、ここはふざけてる場合じゃないですね)

 ミネはぐっとまたその両手に力を入れる。

 水気をまたできる限りに集め、男の体を全て蔓に食わせてしまわんと全力全身の集中力で抗った。

「ぐぅ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

 バチバチバチっと何かが弾ける。水だ。男へと集まっていたはずの水が、一気に弾き飛ばされた。

 ミネの頬を、肩を、腿を、鋭い切り傷が走る。

 そこへ何かが飛び込み、男へと体当たりを喰らわせた。ミネはドサリと地に落とされ、男はミネの視界から左の方へと消えた。

 ミネはじゃりりと地面に手をつき、げほげほとむせかえる喉へ手を当てた。

「………まさか、貴方も水を使えたんですね……まったく………油断、してましたよ」

 だが、今の様子だとそれを扱い切れて居ないようだった。

 ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、と苦しそうな呼吸。獣はその横にぴたりと並び、ミネの無事を確認すると、また男へと飛びかかった。

「この野郎ぉぉぉぉ!!!!」

 男はぶんっと刀を薙ぐ。

 獣はそれをひらりと避けて、地面を蹴って男へと距離を詰める。

「ハハハ」

 男は狂ったような瞳を獣へと合わせた。

 そして、その奥にいるミネへと、嫌らしく微笑む。

 ―――コノカシハ ゼッタイニカエス 

 植物の根がしっかりと這った頬を歪ませ、音の出ない唇がそう動いたのをミネは見た。


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