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21 昼寝の時間

 話は思っていた以上に深刻だった。

 カイが籠って二日。この二日で、被害者は五人。

 昼間だというのに開かれたカーテンと火のともされた蜀台。誰もいない静かな部屋で、町長は苦い表情をして頭を抱えた。

『あいつを今すぐにこの町から追い出すべきだ』 

 この三日間連続で行われてきた朝会で、ついに今日、自分より年配の男は床を叩いてそう主張した。

 その意見に賛成の者は少なくない。

 特に、年配の者たちの賛成が多いのは痛いことだ。

 カイが知らないうちに、彼女の立場はどんどん失われていた。犯人はあの少女ということにしといていいのではないか、という声もあるのだ。

 確かに水色の髪という品は、大きな影響を町の人間に与えている。だが、手口を見る限り、あの年の少女には無理だと思えるものも多々ある。

 たとえば、昨日殺された青年。彼は胴を真っ二つにされていた。そして、体を二つに分けられる前にされたであろう“目”。二つをつぶされ、彼は逃げ惑った。そして、足を刺され、指を折られた。

 犯人は楽しんでいるのだ。

 年盛りの青年を相手に、あの水色が、ああも思い通りに弄ぶ事が出来るとは思えない。

 犯人はあの水色ではない。

 だが、そんな事はみんな知っている。

 なにしろ、他でもない自分があの少女をこの家に閉じ込めているのだから。

 ありがたいことに町の人間たちも、『家からは一切出していない』という自分の言葉を信じてくれている。

 問題はあの髪だ。

 犯人は、何かあの少女とかかわりがあるのか。

 あるとするなら、この問題を持ち込んだのはあの少女ということになる。

 村の者たちが引っかかっているのはそこなのだ。

 殺したいだけなら、犯人は好きにこの町を荒らし回すだけだろう。だが、そこにあえてあの髪を置いている。一体何故?

 村の者たちとも飽きるほど話し合った。

 そしてたどり着いたのは、『やはり“アレ”は厄病神なのだ』という、なんの解決にもならなそうな正しいとも分からない答えだけ。

 あれが厄病神と呼ばれていたのは今に始まったことではない。特に年を喰ったもの達は、昔話に関することとなると敏感で仕方ない。

 本当にアレを町から追い出してこの問題が解決できるなら、いくらでもやろう。だが、この問題はそれだけですむような物ではない。

 もし万が一、あれを追い出しても被害者が出続けたとして、更に、あの髪の毛がその時も発見されたとしたら。

 そしたら、きっと「追い出す」だけではとどまらず、「探し出して殺す」という話も持ち出されかねない。

「………まったく、」

 町長は疲れたようにこめかみを押さえた。

 眉間に刻まれたしわは深く、それはこの三日間で彼に圧し掛かった精神的な疲労の多さを物語っていた。

 どうしたらこの問題は終わりを迎える事ができるだろう。

 背もたれに深く寄りかかり、彼は眼をつむってまぶたの下から天井を見つめた。

『町の人間がこれ以上殺されてはいけない。ならば、外から連れてくるしか無かろう』

 今ごろ、長老に呼び出された者たちが町の外へ用心棒を雇いに行っていることだろう。

 犯人を捕まえれば、上等な謝礼金を払うと言って。

 犯人が殺しを楽しんでいるなら、そこにこちらから餌を投げ込んでやろうという話だ。そして、餌が犯人を捕まえてくれれば話も早い。餌が殺されてしまったとしても、それは確かに長老の言うように町の人間ではない。町の人間たちの安全は確かに保証されるのだ。勝手な行動さえしなければ。

 今のところ、屋内で被害があったという話は出ていない。そういった話が出る前に、何とか犯人を捕まえなければ。

 人の死は避けたい。それが、町の者であれ、餌とされる者であれ。

 この町は長である自分の故郷なのだ。そんな場所を、何者だか知れない輩に汚されるなど、絶対にあってはならない。

 そして、“化け物”という存在も…

 町長であり、父であり、この地に住む一人の人として、その男はこの町のために考えをめぐらす。


 *


 カイは、天井をじっと眺めていた。

 夕刻に入り、窓からはまぶしくも赤い光が入り込む。

 赤い光。

 真っ赤な炎。


 シンは見た目こそヨウと似た容姿だった。

 赤い髪、赤い瞳。褐色がかった肌。

 初めてヨウの姿を見た時、シンの事を思い出し言葉を失ってしまった。

『い、いや、えっと、………そう! し、知り合いにに似てるなって思って』

 あの言葉は嘘ではない。とっさ過ぎて唐突なセリフになってしまったが、確かに知り合いに似ていたのだ。

 そう、“シン”に。

 彼はとても強い人間だった。

 能力的にも、人間性にしても。

 とても強くて、眩しかった。

 まるで自分とはかけ離れた場所にいると思えたのに、彼は自分を見て「似てる」と言ったのだ。

 ただ一言、そう言って優しく微笑んでくれた。

 頭を撫でてくれて、そして―――


 ―――私は、思い出さなきゃいけない。


 *



 静かな部屋を、一つ黒い頭がのぞき込む。

「あらあら、昼寝の時間でもありませんのに」

 でも、寝てしまってるなら仕方ありませんね。とミネは開いたばかりの戸を閉めた。

 部屋に戻ろうかと階段を上っていると、丁度一つの扉から赤い客人の姿が現れた。

 ミネと目が合うが、会釈もしなければ何も言わずに、彼女の横を通り過ぎていく。

「あの、」

 ミネは無愛想な客人を呼びとめる。

「あの、今の扉は貴方の部屋ではありませんよね」

 その言葉に、客人はあざけるように答える。

「ここ、あんたの家だよな?」

 言外に「自分の家の事も知らないのか?」と、その声音は言っていた。

「えぇ、そうですね」

 ミネは笑顔で返す。

 客人は、この優しげな笑顔の裏に隠された怒りに気付いているのかどうか。とくにと言った会話もないまま、二人はそのままそこで別れた。

「生意気で無愛想。どこかの誰かさんに似てる気もしますが、」

 ミネはわが部屋の戸を押す。

「まだ、カイの方が可愛げがありますね」

 夕食になったらたたき起こしてあげなくては。

 ミネは両手を伸ばしてぐっと伸びをし、窓から覗く沈みゆく日をのんびりと眺めた。


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