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20 ミネの部屋で

「一体俺まで、何の用だ」

 部屋に来る途中、階段ですれ違ったヨウは、そのままミネに服をつかまれ一緒に部屋まで引っ張られてきていた。

 迷惑そうな表情、というわけでもなく。特にどうでもよさそうな、表情の無い声だった。

 ミネは二コリと彼に微笑む。

 ヨウはこの微笑みが好きではなかった。何かをかどわかすような笑顔。これは、人を騙すのに優れた人間が持つ類のものだ。ペテン師、詐欺師、そう言ったせこい人間が得意とする表情。

 だが、生活上からか、この少女にはそういった類の人間にあるような胡散臭さは感じられなかった。きっと、極めれば最高の犯罪者になることだろうな、とヨウは彼女の笑顔を称賛した。


 *


 ミネがヨウに事の成り行き(町長から聞いたばかりの話)を説明する中、カイは背もたれのついた椅子を前後ろ逆に座り、黙ってそれを見ていた。

 ベッドに腰掛けるミネに、ドアの脇の壁に胡坐をかくヨウ。

 顎を乗せられた背もたれが、カイの体の重みにぎぃぃっと軋んだ。

「だから、あなたも手伝ってもらえませんか?」

 ミネがヨウに何かを頼んでいる。

「俺に、そいつを殺せって?」

 あざけた言葉とその表情はやけに反抗的だった。

 ミネは「どちらでも結構です」とだけ答える。

 ただ、手伝ってもらえればいい、と。

 カイはミネが何をしようとしているのかがわかった。

 手柄を立てようというのだ。

 あの男を。あいつが捕まれば、自分の疑いも晴れ、そして犯人を捕まえたということで町の人間の眼は変わるであろうから、と。

 だが、捕まえるのはカイではなく、ミネとヨウだ。ヨウはどうだか知らないが、ミネはやるつもりだ。

 それはとても危険なことであり、彼女が傷つくのはカイの望むことでもない。

「………いいよ」

 カイはミネへと口を開く。

「こういうことは大人たちがどうにかしてくれる。ミネは遅くまでの外出を控えて、私は一週間家で我慢してればいい。それだけだ」

「カイ?」

 ミネは不安な表情を彼女に向ける。

「ですが、このまま被害者が続出し、犯人もそのまま逃げたとなれば…」

「本物の化け物の誕生、か?」

 ヨウは無機質にそう言った。

 その言葉に、ミネは鋭い視線を向ける。

 だがヨウはひるまない。

「変に手を出して、お前が死んだらどうするんだ?」

 「お前」とはミネの事。彼の言葉は静かだった。

「お前は犯人のことを知ってる。その企てもだ。もし犯人が逃げたとなれば、お前がそれを町の人間に話せばいい。もしお前が死ねば、そいつを代弁してやる人間もいなくなるってことじゃないのか」

 「それは、」とミネは言葉に詰まった。

 確かに、カイが本当のことを言ったとしても、ただの罪逃れにしか周りには聞こえないかもしれない。だが、それはミネが言っても同じだ。たった一人の少女が、幾ら周りからの信頼もあるからと言っても、中の良い友人をかばってるにしか聞こえないだろう。

 ヨウもそれは分かっているはずだ。ただ、それがあるのとないのとでは、どちらがマシか、とミネに問うているのだ。

 ミネも、それは確かにある方がましだと、答えを出していた。

 彼女は黙ったまま、少し自分の頭の中を整理する。

「少し、父様の所に行ってきます。もう少し、今の町の状況について知っておきたいので、」

 ミネは静かに立ち上がり、自分の部屋のドアを押した。


 *


 他人の部屋に残されたヨウとカイは、黙ってそのままそこに腰を下ろし続ける。

「ミネ、きっとあいつのこと探しに行くと思う」

 カイは独り言のように話しだす。

「いつもそうだから。絶対に、良い方に考えて、それに賭けようとするんだ」

 それは、そのたびに、本当に良い方に向く。

 不思議な事に彼女ミネの決断が失敗したことはあまりない。

 だがそれは“あまりない”であって、“絶対無い”なわけではない。

 それを知っているのに、カイには彼女が止められない。それは、今まで止められた試しがないからだ。

 がんばって、がんばって、失敗した時は笑ってごまかせていた。

(でも、今回は今までとは違う)

 万が一が起こってはいけない。

「なぁ、ミネについていてくれないか?」

「なんでだ」

「私は外出禁止中なんだ」

「それは知ってる」

「お前、強いんだろ?」

「そうだな」

 否定をしないヨウに、カイは「こいつ」と呆れた。

「なら、お前も俺の質問に答えろ」

 それは、答えれば頼みを聞いてくれるということだろうか。

 カイは何かと尋ねる。

 ヨウは質問があると良いながら、それをまるでためらうかの様に口を閉じた。

 カイは不思議そうに、自分より下の位置にある赤を見下ろす。

 見えたのは、恐ろしい位に負の感情の色を浮かべる赤い瞳だった。

「“シン”を、知ってるか」

 カイはその名に目を見張る。

 その先で、客人の瞳からは全ての感情が消えた。そこにあるのは赤ばかり。

 二つの丸い水色はそっと細められた。

「………知ってる」

 部屋はしんと静まりかえる。

「やっぱり、お前、シンと関係あったんだな」

 カイの言葉に、ヨウは「あぁ」と喉で押し殺すように答えた。

「どうも似てると思ったんだよ。その赤い髪も、眼も。お前が来てからだ。シンをよく思い出すのは」

「似てるのは色だけだ。俺とあいつは全く違う」

 どうにも怒りを抑え切れていない赤に、カイは頭に浮かんだ単語を口にした。

「お前、シンと兄弟…」

「違う!!! あいつと俺は部族が同じなだけだ」

 ヨウは早口でピシャリと言いのけた。その否定の声に、窓がびりびりと揺れる。

(こいつ…本気で怒鳴った………?)

 怒りにかられるヨウの姿に、カイは少々驚いた。無愛想で淡泊な奴とは思っていたが、そう簡単に感情に流されるタイプには見えなかったからだ。

 なのに今、殺気さえ感じさせるくらいに、眼の前の赤は怒りを燃やしていた。

 一体何があったのかと、カイは疑問に思う。

 そのカイの視線に気づいてか、ヨウは水色から目をそむけ、自分をなだめるように大きく息を吐きだした。

「奴は今どこにいる」

 声は落ち着いていたが、赤い瞳には爛々と燃え盛る怒りの炎が見える。

 カイはその赤い瞳をじっと見つめ、記憶をたどる。

「どこに………」

 随分前、頭に乗せられた温かい手。その温もりに触れるように、水色は自分の頭にそっと触れた。自分の髪をくしゃりと握り、あの頃の会話に耳を傾ける。


 *


『あっちにでも行こうかな』

 背の高い青年の指さす方。幼い自分は、『あっち』という場所に何があるかを知っていた。

『南の森は、イケナイんだよ』

『なんでだい?』

『イケナイんだって』

『誰が言ってたんだい?』

 あの人の問いに、幼い自分が視線で示したのはあの獣だった。

『彼が言ったのか』

『うん』

 彼はその言葉にくすくすと笑った。

『なら一層面白そうだな』


 *


 水色は昔の記憶から帰り、赤に答えた。

「南に行った。多分。森の向こう側に」

 正直な話、カイの記憶もあいまいだった。シンとはどこで別れたのか。そしてその後彼がどこへ行ったのか、彼女ははっきりと覚えてないのだ。

「そうか。なら、鍵は?」

 ヨウはこの間と同じ質問をする。

「鍵?」

 そしてやはいり、水色はここで訝しぐ。

「知らないのか?」

「知らないな」

 カイは息をついた。

 ヨウは何を考えてるのかわからない顔でカイを見ていた。

 落ち着いてきたのか、その瞳からは怒りの炎が薄まりつつあった。

「シンが来たのはいつだ」

 カイは思い出すように少し黙り、「7〜8年位前、かな」と曖昧な答えを出した。

 赤の、舌を打つ音が聞こえた。

「お前、幾つだ」

「14、………いや、15だ」

「15?」

 ヨウは一瞬考えを止めたようにカイを見た。だが、すぐに話を戻し、立ち上がる。

「分かった」

「じゃあ、」

「この話はなしだ」

 立ち上がり、去ろうとする赤に、水色は怒りをあらわにした。

「騙したな!?」

「騙して何かいない。ただ、お前の頼みに対して俺が得られる情報が少なすぎただけだ。小遣い足らずだったな」

 じっと動かない水色の視線に、赤はどうでもよさそうに背を向ける。

「納得できなかったらあいつについてもっと思い出せ。何か出てきたときは持ってくるんだな。俺がこの町にいる間に」

 ギィィと扉を開き、ヨウは付け足しで「じゃなきゃあのお嬢様が殺される前に、か」と言葉を置いて出ていった。

「なんだよ」

 怒っているようには見えなかったが、少し不機嫌な様子で部屋を出ていった客人。

 ベッドを殴る、軋んだ音が部屋に転がる。


 *


 少しの間であれ、怒りに呑まれそうになった自分へ、ヨウはため息をついた。

 呆れる反面、まだこの怒りを忘れずにいたことに安心する。

「“カイ”が女、か」

 ヨウは騙されたとでもいうように呟く。

 それにしても、7〜8年も前に自分へ言葉を残していたとは。いったいあの男はどういうつもりなのか。

 村を焼いたのが自分が5歳の頃。

(あいつが15か、)

 年下だと思っていたが、まさか同い年だったとは。

(つまり、シンは村を出て早くても2年でここに訪れた。そこであいつと合い、)

『彼女が僕の最後の出会い―――』

 焼けた家に置かれた炎。そこから伝わった声を思い出し、ヨウははっと目を見開く。

(最期って、どういうことだ)

『これは、僕のイシにより―――』

 まさかこれは、“意思”ではなく“遺志”?

 いや、そんなはずはない、と赤はかぶりを振った。


 ひとり部屋に残されたカイは、未だに椅子の背に頭を預けていた。

「シンがここにきて何をしたのか、か」

 思い出す。

 だが、出てきたのは断片的な思い出ばかり。

 シンは森をさまよう自分を拾ってくれた。そして、しばらくの間行動を共にしてくれた。

 そうしている間に、自分は彼から何か強いものを貰った。

 色や形のあるものではない。

 これは、漠然とした憧れや尊敬といったものとでも言うのかもしれない。

 そして、彼の頼みというのと交換に、自分の頼みを彼に叶えてもらい、そして。

「あ、れ………?」

 カイは頭を抱える。

(まただ)

 また、胸が締め付けられるような気分になってきた。

『約束だ』

「やく、そく………」

 何か、思い出さなくてはいけない。

 何か、大切なこと。

 何か、………何か―――

 額を抑える力は無意識に強くなっていく。

 水色は茫然と何もない壁を見つめていた。



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