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19 食後の話

 家につくと、おばさんがお昼の支度をぱたぱたと始めていた。

 ちゃんと時間には間に合っていたことに気づき、カイは少々驚きつつ安堵する。

 買い合わせの荷物を台所のテーブルに置くと、黙って洗面台まで行き、砂ぼこりに汚れたその顔をばしゃばしゃと洗った。

 少々傷にしみり、カイは顔をしかめる。だが、そこは我慢だ。傷であろうとなかろうと、汚れと言う汚れを全て洗い流す。

 部屋に戻ったらまず着替えよう、と汚れた服を見下ろして、カイは自分の部屋の戸を押した。

「随分とお疲れな様子だな」

 水色はぴたりと固まる。

 一瞬部屋を間違えたかとも思ったが、この見慣れた室内は明らかに自分のものだった。

 そこにいつもならないはずの人物。いや、最近になってようやく見慣れてきた赤が当たり前のようにベッドの上に腰掛けていた。

 何かいい事でもあったのか、口元に小さく嫌な笑いを浮かべ肘をつき顎を載せている。

「お前、人の部屋によくも堂々と、」

「気にするな」

「それは私のセリフだろ! ていうか出てけ。これから着替えるんだから」

「は? 普通に着替えりゃいいだろ?」

 ヨウは呆れたように眼を座らせ、ベッドの上で後ろに手をついた。

 カイは一発殴ってやろうかと拳を握るが、そこはなんとか抑えてヨウのコートを荒々しくつかみ、ドアの前まで引きずる。

 「お、おい!」などとごちる客人を無視し、ドアを開けて“それ”を部屋の外へと押し出した。

「鍵をかけたいとこだけど、残念なことにこの部屋にはそれがない。絶・対・に、開けるなよ!」

 そう言って木造りの扉はバタンと閉じられた。

 ヨウは壁に背をつき呆れたように呟く。

「………着換え位で、女じゃあるまいし」


 服を脱ぎ、カイは部屋の端に置いてある鏡に映る自分の姿を見た。

 水色の髪と、水色の瞳。

 見慣れたそれには、もう何も言う言葉はない。

 ただあるのは、「これが自分」という、漠然とした受け入れだけ。

 新しい服を古びたタンスから取り出す。

 それを着るとき、肘がざらりと胸元に巻かれた布に当たった。

 晒しだ。

 この辺りの地域に根付く古い習わしで、16歳になるまで、女は日中晒しを巻かなければならない。中には嫌がるものなどもいるが、カイは特に気にならなかった。何しろ、こちらの方が動きやすいのは確かだから。それに、いちいち何重にも巻かなくとも、フックで簡単に取り外しできるものもあるから、面倒だとも思わない。

 昔は結婚するまで外すことができなかったらしく、今でも独り身の老人は晒しをまいていたりもするが、最近では16になったら外せると、風習が変わった。

 それでもこんな風習が未だに残っているのだから、この町もずいぶんと古臭いものだと、たまに思う。

 カイはフードの付いた黒いパーカーをかぶり、もぞもぞと袖を通す。

 ズボンも履きかえた後に、コンコンっとドアがノックされた。

「だからまだ開けるなって、」

「カイ、いますね?」

 ヨウかと思ったが、それはミネの声だった。

 カイは「なんだ」と戸をあける。

 そこには不安げな顔をしたミネがいた。

「どうし………」

 「どうしたの」と口を開けかけた水色は、よく知る少女の後ろにこの町の長を見つける。


 *


 そのまま二人は町長の部屋へと連れてかれ、どういうわけか3人、正座をして向かい合うはめになった。

 町長と向き合った時、カイは決して自分から口を開くことはなかった。

 ミネは別なはずなのだが、今はどうやら自分から口を開く気になれないらしい。

 このまま無駄に時間が過ぎていくのだろうか、とカイは少し不安になる。

「お前たちに、………一つ話さなければならない」

 町長は重々しく切りだした。

 今日は早くから朝会があり、忙しかったのだろうか。その表情には疲れの色もある。

「昨日に3人。一昨日おとといに一人、」

 この言葉に、カイとミネは顔を合わせはしないものの首を傾げる。

「町の人間が、何者かに殺された」

 ミネは「はっ」と口に手を当て、カイはきゅっと唇を引き結ぶ。

 二人の少女は知っていた。いや、心辺りがあった。

 特にカイは、その『一昨日の一人』は、直に見ている。もうこと切れた後だったが。

 次の日に騒ぎになっていなかったのをおかしく思っていたのは確かだ。

 だが、それが表ざたでなく、大人たちの間で密かに問題になっていたことを今知り、やはりと思った。

 町長は話を続ける。

「3人は、この町の人間だ。家の無い中年の男と、まだ幼い子供。あと、それを探しに出た母親」

「まぁ、」

 ミネの長い睫毛が、下まぶたに影を落とす。

「だが、一昨日の被害者は町の者ではなかった。服装からしても族の者だとわかった。さらにな、町の外からの情報だと、そいつがどうやら、最近山を荒らしていた賊の頭だということも分かった」

(………え、)

 おかしい。

 カイは目を見張る。

 殺したのは、きっとあの狂乱者だろう。だが、それを雇ったのはあの賊のはずだ。なのに、その頭が殺された。どういうことだ。

 水色は町長から目を離し、自分の膝先へと視線を落としていた。

 下を俯くままの水色と、不安な顔をする我が娘を前に、厳しげな表情で町長は膝の上で拳を握る。

「それでな、周辺の町やら村に連絡を取ったところ、山の中で、その頭の率いる賊が全滅してるのが見つかったそうだ」

 やっぱりだ。

 カイはぐっと歯を食いしばる。歯と歯がこすれ、ぎりりと自分の口内から音が聞こえた。

 狂乱者は、やはり狂乱者でしかないというわけか。

 カイの耳の奥に蘇る笑い声と、まぶたの裏に焼きついた眼光。

(あいつは、人を殺せる理由があれば、それに喜んで食いつく)

 よく見知った人間ではないが、なぜだかカイには“あの男”の考えが手につかむようによく解った。

(この町を喰い荒す気だ)

 自分という獲物に理由をつけて。

 だから、雇い主という手綱を引こうとする鎖も、全てバラバラに引きちぎった。邪魔者は全て消す。それさえも楽しみ。解放された彼は、万が一、自分カイとミネを片づけたとしても、この町にとどまり、その後の余響も楽しむつもりだ。

 カイは俯いたまま目を瞑る。

 なぜだか分らない。だが、とても悔しい。

 彼女にとって、この町は本当の故郷ではない。生まれたその地を故郷と呼ぶとしたら、の話だが。

 その本当の故郷でさえ、あまり好きとは言えなかった。だが、ここにきて、確かに何かが変わったきがした。ミネと合い、一緒に暮らし、その周りの人々と出会い。

 風あたりが悪いのは嬉しい事ではないし、この町に自分が受け入れられていない事も知っていた。たぶんこれからも、それは変わらない事であろうと思っていた。

 だが、“あの人”は良い町だと言ってくれたのだ。

 そして最近、やっとではあるが、その意味を自分も理解できてきたような気がした。

(なのに………)

 あの男は、ようやく理解できてきたそれを壊そうというのだ。

 自分の快楽のために。

 全て。

 あのスープとパンしかないレストランも、風通しの悪いじめついた店も。

 見る人がいなくなってもざばざばと歌い続ける、噴水のある広場も。

「………」

 じっと下を向いたまま顔を上げないカイをちらりと見て、町長は小さく咳をついた。

「でだな、肝心なのはここからだ」

 ミネはその不穏な声音を感じ取る。

 我が父の視線を追い、心配そうにカイを見つめた。

 町長の声は、頑なに事を告げる。

「殺された町の物たちだが、その衣類から、水色の髪が見つかった」

「………ぇ?」

「そんな!」

 カイは町長の言葉がよく聞き取れなかったように目を丸くし、ミネは驚きに声を荒げた。

 顔をあげた瞬間カイの瞳に、町長の顔と、昨日の夜に出会った男の顔が重なる。その脳裏に、髪を掴み上げられた時の光景が素早く浮かびかがった。

「まさか、」

(………あの時?)

 悔しげに歪められた瞳は、町長から逸らされ、また床へと落ちた。

 はめられたのだ、あの男に。

 ミネも眉をよせ、今ばかりは、いつものあの穏やかな表情を消していた。

 何もかもを吸いこんでしまうかのような真っ黒な瞳は、じっと我が父に向けられ、言葉を待つ。

「いいか。まだ犯人はお前だと決められたわではない。だから、これから一週間、お前の外出を禁止する」

「父様、」

 非難の眼差しを向ける愛娘を無視し、町長は「家にいる間はシャルゼの手伝いに励みなさい」と告げる。

 カイはそれを、壁一枚隔てた場所で聞いているかの様な気分だった。

 部屋を出て、ミネはカイの腕を引く。

 向かったのはもちろん、ミネの部屋だ。




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