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11 足音

 やがて日も暮れ、例の時間もそろそろだった。

 オレンジの光が山の向こうへと消えていく。

 子供達はそれぞれの家路につき、残されたのは静かに歌いだす虫達。

 ミネも、カイとヨウを連れ、温かい我が家へと向かっていた。

「近道しましょうか」

 ミネは突然方向を変え、右脇にあった路地へと入り込む。

 ここはカイもよく知った道だ。

 静かで、人けがなく、薄暗い。

 上を仰げば薄暗いくなった空が両脇の屋根に切り取られ、細長いラインを描いていた。

「ドルテは一番後ろを。私は前を行きます」

 そんなミネの指示により、カイは黙って赤い髪の揺れるこげ茶のコートの後ろを歩いた。

 気づけば横にはいつもの獣の姿。ここなら町の人間に見られる必要もない。獣はそれを理解してかカイの横に並んでいた。

 ふさふさとした尻尾が、悠々と左右に揺れる。

 その様子をひそかに眺めていたカイは小さく微笑んだ。

「それ、ペットか」

 突如前から投げかけられた無愛想な声に、彼女はびくりと肩を揺らした。

 ヨウの赤い目が、肩越しに水色へと向けられる。あまり興味があるような視線ではない。まるで時間をつぶすような。いかにも適当な問いかけ。

「………いや」

「なら家族か」

 小さな嘲笑。

 “家族”という言葉に、カイも小さく笑う。それは嘲りか、微笑みか。自分でもよく解らない。

「………いや」

 先ほどと同じ答え。

「そうか」

 ヨウは飽きたかのようにまた前を向いて黙って歩きだした。だが彼は、確かにあの水色の瞳が、「家族」という言葉にわずかだが柔らかく細められたのを見ていた。


 *


 カツン、という音に気づいたのは家まであと少しという距離だった。

 頭上から聞こえた、靴のかかとがレンガを蹴った音。

 カイはぴたりと動きを止める。

「どうしました?」

 ミネの問いかけに、カイは困ったように小さく笑う。

「ごめん、忘れもの」

「忘れ…? あ、カ………ドルテ!」

 カイは今来た道から少し外れ、手前にあった角を曲がっていった。カイの姿が消える際、あの獣の尻尾も一緒に壁の向こうへと吸い込まれていった。

 ミネは困ったように、水色の消えた角を見つめた。

 しばしの沈黙。

 彼女は仕切り直すように、旅人へと視線をうつした。

「では先に行ってましょう」

 旅人は何も答えない。

 ミネもまた、困ったような微笑みを浮かべたのち歩き出した。

 彼女の足が4〜5歩進む。

「俺も」

「………?」

 ミネの足はゆっくりと止まった。そして、今の言葉を確認するように振り返る。

「俺も忘れた。先に行ってくれ」

 そう言うと、ヨウはミネの返答も待つことなくカイの消えた角へと消えていった。

「あらあら」

 ミネは片手を頬に当て、彼らの消えた道をじっと見つめた。

「仲がよろしいですこと」

 彼女は呆れながら、だがどこか嬉しそうにほほ笑んだ。

「さて、ヨウさんはともかく。手ぶらのあの子はいったい何を忘れたんでしょ」

 楽しそうに微笑む彼女の表情は、作り物ではなく本物の微笑み。


 *


「誰だ?」

 後ろから追ってきたヨウが、カイへ問う。

 こいつも来てたのか、とカイは少々驚いた。

「この間、お前と合った夜に」

 「おかしな奴に殺されそうになった」と言葉をつづけようとしたカイの言葉に、「あぁ、」というヨウの言葉がかぶさった。

「殺し屋だろ」

「は?」

 カイは脚を止める。

「あの時お前を襲ったのは殺し屋だ。というより殺人鬼つった方が正しいか。山にうろついてるクズどもが、二人の子供にあしらわれたのに腹を立てて雇ったんだよ」

 ヨウの興味無さそうな声は、混乱しかけのカイの頭にゆっくりと入っていった。そして、入ってきているものの、理解するのに少々時間がかかった。

 その間、静かな路地の中に響く音はなく、獣は静かにゆっさゆっさとふさふさの尾を揺らしていた。

 しばらくしてカイは口を開く。

「お前、要するにあれを見てたんだな?」

 「あれ?」というヨウの疑問の視線に、カイは丁寧にも説明を加えてやった。

「あの夜、私があいつに襲われてた時のことだよ。それを見てたのか?」

「ああ。見てた」

それどころか、更に日をかけ上り、遠目にではあったが、彼はカイとミネが山で賊に襲われてる所にも居合わせていたのだ。

 当たり前の様に答えたヨウへ、カイは思わずこぶしを振り上げた。だが、赤はそれを軽々と避ける。

 そのすばらしいとも言える身のこなしが、カイにはとても腹正しく思えた。

「なんで助けなかった?!」

「助けてほしかったのか?」

「お前、」

「なんだ」

「………なんでもない!」

 少しやけくそな自分を感じながらも、カイはまた歩き出すことにした。

(人が殺されそうになってりゃ、助けるのが普通だろ)と内心腹を立てるカイ。早々とその場を後にしようとする彼女だが、その服が、がしりと何かにつかまれ引っ張られた。

 獣だ。

 カイは「どうした?」と首をかしげる。

 獣は今来た道をじっと見たまま、耳をぴんと澄まして固まっていた。

 ―――まさか

 カイの胸に不安がよぎる。

 確かに音はこちらからした。だが、ミネから離れてから、あの音は聞こえてきただろうか?

 本当にあれがいたなら、こんなにもずっと獲物を放っておくだろうか?

『二人の子供にあしらわれたのに腹を立てて―――』

 山をうろついているクズども。二人の子供。それはまさか………

 頭に過ったのは、この間山で出会った山賊だった。

「ミネ!」

 カイは駆けだす。

 できる限り全速力で。

 何もかもを忘れて、ただ来た道を走り抜けた。

「…ミネ?」

 ヨウもそれを追う。カイの行きついた考えと、同じ所に行きついて。

 だが、彼は“ミネ”という言葉を知らなかった。


 *


 そう。あの音はただの誘導だったのだ。

 ドルテ(カイ)とカイ(ミネ)をばらばらにして、一人ずつ片づけてやろうという、相手の作戦。

 たぶん、相手にとってヨウの存在も邪魔であったに違いない。だから、一人になった方を狙おうという、単純で明快な、気に食わない考え。

「ミネ!」

 前を行くドルテが、何かを叫んでいる。だが、ヨウにはその言葉の意味がわからない。

 カイは走りながら獣にサインを送る。「先に行け」と。自分よりはるかに脚の利く獣なら、最悪の状態を少しでも回避してくれる。

 走りゆく獣はあっという間に見えなくなった。

 カイもそれを追う。さらにそれをヨウが追う。

 おかしな追いかけっこは、細い路地の間で静かに繰り広げられた。

 やがて、おかしな匂いにカイは足をゆるめる。

 「どうした」と、ヨウは不審な視線でカイを見やった。

(なんで………、まさか)

 あの夜と同じだった。

 この匂いを、カイはあまり好まない。

 ふらりと足を前に進める。ふらり、ふらり、と酔ったかのように。

 まさか、そんな、と小さく呟く彼女を抜いて、ヨウはさっさと駆けていった。

 もう目的はすぐそこなのだ。こんなところで時間を無駄にはできない。

(カイからは、まだ何も聞いてない)

 ヨウは拳を握る。

 そう。すぐそこなのだ。まだ死んでしまっては困る、と。

 日も暮れて暗くなった町の中、その路地はさらに暗くなっていた。

 駆ける音も、少々荒い息遣いも、全てが闇に飲み込まれてく。

 視界がこれ以上良くなることはなかったが、すぐにヨウは目的の場所にたどり着いたことを悟った。

 この濃厚な血の匂い。

 まぎれもなく奴がいる。

「避けてください!」

 その声に反応し、ヨウは素早くその場所から飛びのいた。

 そこにすぐ、地面を突き破って蔓状の植物が現れる。

 その植物が狙うのは黒い影だった。

 だが、狙うと行っても蛇のように自由に動けるわけではない。それはあくまでも植物。ただ生えて、成長して、それだけだ。

 生えてきた植物は、もちろん簡単に避けられてしまう。一定の距離を保って、獣がミネを守り、ミネも自分を守る。

「お前、“使い”か?」

 ミネの横に並び、ヨウは尋ねた。

「はい。もちろんです」

 ミネはいつものごとく微笑む。だがその額には汗。よく見れば、ところどころ傷も見える。

「死んでなくて結構だ」

 ヨウは右手をかざし、影へと向けた。

 ぼぅっ、と何もない空宙に炎が燃え上がり、それは玉となってヨウの示す方へと飛んでいった。

「その言葉は、私にですか?カイにですか?」

 ミネはそっと微笑む。訪ねたそれは、とても小さな声。誰にも、何にも聞こえない、小さな呟き。

 それきりあたりは静かになった。

 影はもうここにはいない。

 獣も、いつのまにかいない。

 ヨウとミネの二人だけが、ぼろぼろになった路地で静かに立ちすくんでいた。


 やがて、ミネが思い出したように「カイ」と呟く。

 突然走りだした彼女の背を見つめ、ヨウはようやく自分の思い違いに気づいた。



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