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10 シンの印

 勿論、この俺が他人の事情に首を突っ込むつもりはなかった。

 ただ俺個人の用事が無事に済めばそれでいいのだ。

(センレル、少女、カイ………)

 この言葉を知ったのはついひと月ふた月前の話。


 故郷を離れ、こちらの大陸に降り立ったヨウはある小さな村にたどり着いた。ブラウンという色がよく似合う、小さく可愛らしい村だ。

 そして、その村にある一つの家を見つけ、ヨウは“彼”の影を見つけた。

『なんだよ、これ』

 その家、いや、その“家だったものの残骸”を初めて目にしたとき、あちらの大陸からたった一人で旅をしてきた少年は言葉を失った。

 海を渡り、こちらの大陸へと渡ってくることの出来た彼の実力は、証明されたも同然だった。

 その彼が、たった一つの家の存在に、滅多にない激しい動揺に襲われたのだ。

 黒く焦げた地面。柱さえもろくに残っていない木組みの跡。小さく地面に転がるのは、炭と化し、灰になり、まさにもう塵芥ちりあくたとなり果てようとしている物達の断片。

 まるでそれは、彼の記憶にまだ鮮明な、故郷の残骸と重なった。

 赤い髪と赤い瞳をもつ少年はその焦げた地面の上に立ち、片膝をつく。

 じゃりり、と指につまんだ黒い砂は、もう生命が住まうこともできない位に焼き尽くされていた。

 赤い瞳がちらりと揺れる。

 彼はこれと似た手触りを知っていた。

 ただの炎では、これほどまでに物質を焼き尽くすことはできない。

 まるで三日三晩ずっと火を焚いていたかのような地面。

(同じだ)

 ヨウは腰を上げた。

『あいつが、ここに来た』

 だがなぜ。

 なんでこんな変哲もない村に。

 なんでこんな一般人の住まうような家を?

(どこまでも堕ちたか………?)

 今更幻滅などしない。

 ヨウにはもう、“彼”を正常な目で見ることはできない。

 しばらく赤の少年はそこにいた。

 そして、その哀れな家の骸をしばし探索してみた。

 灰を払い、焼き尽くされてスカスカになった“木材だったもの”達を退けて、何かを探しまわった。

 日は暮れ、あきらめかけたその時、小さな印を家の中心に見つける。

 それは明るかった日中では気づけないぐらいに仄かに輝いていた。

 日の光が退いたその時間、やっとそれはヨウの目にとらえられることが叶ったのだ。

 淡く輝くのは黒く焦げた地面の下。ヨウはコートの下から日に焼けたような手をのぞかせて、そっとその黒い砂を払った。

 ―――ぼぅっ

 ヨウの手がその輝きに触れると、印は小さな炎を吐き一瞬で消えてしまった。

 もうあの輝きも複雑な模様もあとかたもない。

『これは、通告。僕のイシにより君へと置かれた炎が伝えるもの』

 赤い瞳は驚いたように見開かれる。

 それもそうだ。心当たりのない言葉が、つらつらと自分の唇から紡ぎだされているのだから。

『君はきっと、僕を探している事だろう。記憶に追われ、怒りに急かされ。僕もきっと、君との出会いを望んでいる。だがそれは―――。少女を探すといい。センレルの地で。カイだ。彼女が僕の最後の出会い。じゃあな―――ヨウ』

 全ての言霊が紡ぎだされたのを感じると、ヨウは自分のその手を見つめ手握った。

 印から感じた熱。それが指先から腕へと伝い、その喉を通り自分の口から自然に声が出てきた。彼にはそうとしか説明できない。

 ヨウは押し殺すように、次は確かに自分の意志で声を発す。

「………俺が、お前を殺す」



 *



 ヨウがあの二人に追いついてみると、カイがドルテの耳を引っ張って何やら機嫌が悪そうに話しこんでいた。

 カイはあくまでもにこやかだ。その表情を崩さないのはなぜなのか。ヨウには固い自己防衛の壁が見える気がした。

 ドルテはドルテで、困ったように、その表情をわずかにゆがめていた。

「な、なんだよミ、」

「あなたは何でいつもいつも。あの男は信用なりません。何度言ったらわかるんですか」

「分かるも何も、ドッドは良い奴じゃないか。あいつは小さい頃から」

「そうです、小さい頃からどうしようもなくて悪戯好きで。私はあの方のおかげで山に一人遭難しかけたんですよ?」

「でもちゃんと見つかったじゃないか、」

「結果が問題ではないんですよ、ドルテ。一番の問題はあの方の手口―――」

 ミネはにこやかにしていた眼を、一瞬ナイフのように細くして眉を寄せた。


『カイ? あぁ、あいつならさっき西の山に木の実取りに行ったぞ』

『西の山………』

 10歳前後の少女は黒い髪をさらりと揺らし首をかしいだ。

 少年は地べたに腰を下ろしたまま「あぁ」と言って日の沈みゆく山を指差す。

 少女はその指の示す先を見た。暗く、危険な山。大人達でも一人では入り込もうとはしない山。そんな所にカイが?

 そう思うと、少女は居てもたってもいられなくなった。少年にこれ以上何かを尋ねようともせず、焦ったように唇を結び駆けて行く。何も言わず。誰も連れず。

 少女の姿が道の向こうに消えさる頃、少年の背後から一人の少女が現れた。水色の髪が夕日に照らされ赤く輝いていた。

『ドッド、今ミネが』

『………は? 気のせいだろ?』

『気の、せい?』

 少女は無表情に首をかしぎ、それ以上何も尋ねなかった。

 またいつも通り、人形のよう。

『腹減ったろ? 食えよ』

 ひょいっと投げたのは、可愛らしい包み紙につつまれた飴玉だった。

 少女は投げられたそれに手を伸ばすこともせず、無表情。飴玉は彼女の足元にぽとりと落ちた。

 水色の瞳には温度を感じず、柔らかみもみて取れない。

『ったく。ほら、』

 少年は落ちた飴玉を拾い上げ、少女の手に握らせた。

 少女は不思議そうに掌にある飴玉を見つめる。

 彼女の周りはいつも静けさが漂っていた。ひやりとして、冷たく悲しい。

 自分の身長の半分前後しかない少女を見下ろし、少年は小さく息をついた。

 やっぱり駄目か、と。

『まだ、ミネにしか笑わないんだな』

『………?』

 少女はやはり無表情だった。

 彼女は少年の言葉がよく理解できないように首をかしぐ。


 “カイ”はドルテの肩をがっしりと掴む。

「あなたに分かりますか?あの時いたいけな少女がその身に感じた恐怖がいかなるものか?」

「え、いや、その、………わからな、」

「ですよね? わかるはずも有りませんよね?」

 ヨウは二人に追いつくなり待ちぼうけをくらう事となる。

 だがこれでカイが先に行ってしまったことがわかった。彼女はあの店主―――ドッドを嫌っているのだ。何かしらの因縁があるらしいが、まぁ自分には関係のない事。

 ヨウはただ黙って二人を眺める。

 だが、やがて彼の存在にいち早く気づいたドルテがミネに制止の言葉をどことなくかけて三人は町の散策へと戻った。多分ヨウの存在はドルテにとって“カイの注意を逸らすに丁度いいもの”であったのだろう。

 カイから解放されたドルテは、ヨウの斜め後ろでほうっと小さく息をついた。


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