顧問と部員
授業終わりのチャイムが鳴る。他の学年と違い三年生は授業に対する姿勢が違い疲れ方もまた他の学年とは桁違い。
「ありがとうございましたー」
授業終わりの軽い挨拶がすみ達成感がじわりとこみ上げてくる。
ちゃんと生徒に間違えなく教えることができているかという不安がいつも授業前にみ上げてきてそして少し緊張する。これは何年先生をしても慣れないな、でも今日はそんな緊張の反面あることに対してのうれしさも反面で授業を行っていた。
なんせ私が顧問を担当していた部活「声劇部」に入りたいと言ってくれる生徒が昨日職員室に来たからだ。それは一年生ではなく二年生の天見さんと狭山君、なぜ二年になって入ろうと思ったのかは少し疑問ではあったがそんなことよりとにかくうれしかった。この学校の教師になってから初めて声劇というものにふれ私はすっかり彼らのファンになってしまっていたのだから、今年の春新入部員が入らず部員は菜ノ花さんの一人になってしまいこの部は廃部になってしまっていたけど、ついにまた復活できるチャンスが来たのだから私もできる限りあの子たちの期待に応えられるようにしないと。
そして部活をしていた頃生き生きとしていた菜ノ花さんは今は何か大事な物を失ったようなどこか悲しげな表情を時々見せていたためこの朗報を速く教えてあげたかった。そして一限がちょうど三年B組、菜ノ花さんのクラスだったので授業が終わるのが楽しみでしょうがなかった。
いつも授業が終わるとどこに向かうのかはわからないが菜ノ花さんは教室をでる。私は廊下に出て彼女を追うように声をかけた。
「菜ノ花さん!」
「小西先生?」
彼女とは
部活が廃部になってからあまり接点がなくこうして声をかけるのも初めてだった。そのせいか菜ノ花さんは少し不思議そうにこちらの様子をうかがっている。
人間って共通の何かがなくなったとたん関係がなくなることもあるから怖いよね、自分が学生時代仲の良かった友達で今も連絡とっている友達が何人居るか..
ま、まあ大事なのは今だからね!そう今は昔のことを思い出すんじゃなくて菜ノ花さんにこの朗報を伝えるのが先決だよね
「新入部員が来たの!!」
「どこ…にですか?」
どこに?あ、ああ今ここには居ないものね。
「職員室によ」
「いや、そうじゃなくてですね何部にですか?」
あ、そっちか、でもそっちは言わなくてもわかると思ったんだけどな、私があなたに関係のない部活の新入部員が来たことを教えるメリットが知りたいよ、もう!
「声劇部よ!」
「あ、そうですか」
あれ?なんか軽くない?お、おかしいな…
「え?今何部って?」
「声劇部よ」
きき間違いだったのかな?今度は周りに人がいれば聞こえてそうなくらいの声で言ってみた。まあ、今近くには私たち二人しか居なかったから問題ないけどね。
「ほ、ほんとうですか?」
びしっと私の手をつかみ信じられないという目でこちらの顔をのぞいてくる。
「本当よ!しかも2名!!」
「な、ならあと2名そろえば」
「そうよ!部活を再建することができる」
彼女にとっての朗報だと確信でき自信満々に答える。
「そう、ついに私が先輩に、」
すごいにやにやしながら何かぼそぼそといっている。そんなにうれしかったのかな、廃部になってからすっかり目が死んでいた菜ノ花さんの目が昔の輝きを徐々に取り戻して言っているように見える。
「先生、今日その二人の後輩の授業ってありますか?」
「んー」
少し考える、狭山君は昨日初めて見たからあの子のクラスは担当をもってないはず、それで天見さんは確かE組だったわよね?2-E組は確か…
「三時間目に片方の子の教室に行くわよ、なにか伝えておくことがあるの?」
「はい、ちょっと紙に書いて渡したい物があるので、二時間目が終わる頃に職員室の方に持って行きます。」
「そう、わかったわ、ならまた後で」
「はい、先生!」
では、私はこれで、と教室の中に戻っていった。
結局いつも廊下に出て何をしていたのだろうか。まあ特に気にすることではないしとりあえずは次の授業もいつも通り失敗しないように頑張らないと!
私は気合いをいれて職員室に戻った。
面白くない日々だった。高校に入学して2年という間があっという間に過ぎ気づけばもう三年、今の私は充実した日々を過ごすことができているのだろうか。決して充実しているとは言えないだろう、二年までの生活が幸せすぎて余計にそのように思ってしまう。
一年の時、春期待を膨らませて高校に入学したのはいいものの中学時代部に所属したことのなかった私はどこの部活にも入るつもりがなくクラスで数人の友達をつくってそれなりの生活をしようと思っていた。だからごく一般的な部活に入って目指せ全国優勝とか、彼氏を作ってリア充になりたいとかそのような青春に期待を膨らませていたわけではないのだろう。
はじめは楽しかった周りの皆も友達を速く作りたかったのか気がつけばたくさんの友達ができていたからだ、でも4月の中盤頃に部活の体験入部の期間がやってきた時からだんだん変わっていった、私はどこにも入るつもりがなかったが周りの皆はそれぞれ違う部活に入部していったのだ。でも中学でも仲のいい子達はそれぞれの部活に入っていたから皆が部活動を初めてもこれまでと何も変わらない生活が送れるとそのときはまだ思って居た。
「ごめーん、今日昼ミーティングがあってさ、お昼先に食べてて」
でもその考えは甘かったのだと今となっては思う。
「今日部活あるから先に帰ってて、ばいばーい」
だんだん皆部活優先になっていった。
「今日は大会前だから一年皆で自主練するんだー」
そして気がついたときには
「・・・・」
私たちクラスの仲の良かったグループが自然と消滅していた。
クラスで班を組めといわれると今まで通りその仲の良かった人達で組むが学年の班分けになると皆部活動の友達と班を組む。ような関係で気がつけば友達というよりかはクラスの知り合いていどの関係になってしまっていた。
そのようにぐだぐだと一年生の春が過ぎ夏休みに入り、クラスだけの関係になった皆と遊ぶこともなく高校時代のはじめの夏休みは特に面白みもなく終わったのだった。
こんな生活は良くない、私も何かをしなければいけないんだと秋頃にだんだん思うようになっていった。でも具体的には何をすればいいのかわからず結局は今までと特に変わらない生活を送っていた。
そんなとき今の私にとって特大イベントが発生したのだ。文化祭の出し物を一人でぶらぶら見ていた時に目にとまった声劇部の張り紙、時間をつぶすのにもってこいだったので発表のある体育館に行くことにした。
その発表は決してすごいと言える物ではなかった、でも何でだろうか、すごく温かかった。
皆で頑張った作品!って感じがしてそのときの私にとっては少し泣きそうになるレベルその発表が終わってもその日はずっとその声劇部の発表が忘れられなかった。
次の日勇気を振り絞り部室へ行った。
そこに居たのは男3人女2人の定員ぎりぎりの今にも廃部になってしまいそうな人数だった。そこに居た人たちはものすごく温かく受け入れてくれてすごく楽しかった。気がつけば入部届を出していないまま2週間毎日部室に足を運んでいた。そして私はこの部活に入ることを決意した。
「あ、あの、わ、私この部活に入部したいです。」
上級生皆の顔が少し固まりちょっと不安になる。でも皆そのあとすぐ笑い出したのだった。
「ってか、まだ入部届だしてなかったの?」
「今思ったら俺渡し忘れてたかも..」
「「「「お前のせいかよ!」」」」
四人が息の合ったつっこみを入れる
「じゃあ改めて入部するということで、新入部員の菜ノ花さんです!」
ぱちぱちと拍手する音が聞こえる。
「こ、これからよろしくおねがいします!」
「「「「「こちらこそ!」」」」」
こうして私は、一年の秋になりやっと高校生に慣れたのかなと思った。
入部してからはもう時間が過ぎるのが早かった。来年の文化祭での出し物を決めたり、合宿という名のお泊まり会、小西先生が謎に依頼を受けてきたボランティア活動、他にもいろいろ本当にたくさんのことをした。あっという間に二年になり、入部してくれる人がいなかった事に少しショックだったものの高校二度目の文化祭出し物は私の案だった人形劇に決まり、新入部員が居なくてもこれまで通りの楽しい生活は変らず、文化祭に全力に取り組んでいった。出来は、何一つ変わらず去年と同じぐらいで決してものすごくいいという訳ではなかったが、その達成感はものすごい物だった。
私は今がいつまでも続けばいいのにと思って居た。
でも現実は刻々と時を進めていき気がついた時には先輩方の卒業式だった。
そして楽しい日々は過ぎ去っていた。でもあの場所はあれば、あの部室があれば、また昔と全く同じとは言わないがまたあの温かさを取り戻せるかもしれない、でも新入部員の勧誘は失敗し誰一人入らずに声劇部は廃部ということになってしまった。
そして三年の今私はあの一年の春とまったく同じ状況に陥ってしまっていた。
それでもまだチャンスは巡ってきた。小西先生の所に新入部員が二人来たというのだ、きっと昨日B組に私を呼びに来たというのもその子達なのだろう。
すごくうれしかった。5人じゃなくても3人からなら部員を募集するために空きのある部室を使うことが出来たはず、あの、あの部室を使いたいまたあの部室を、教室にもどり学校の地図を見るとその部屋はまだ空き部屋だった。またもどれるんだといううれしさがこみ上げてきた。三時間目の前に先生の所に手紙を持って行かないと、
「ここが声劇部の部室です。昼休みにでも一度足を運んでください、よろしくお願いします」
堅苦しいな、もっと軽い感じでいいかな、いろいろと試行錯誤しているといつの間にか2時間目が終わっていた。
よし!っと気合いをいれ先生のところに手紙を私に行く。
ああ、たのしみだな、どんな後輩なのかな、どう接しようかな、いろんな事を試してみよう、これからまた楽しいことがあればいいな。
気がつけばあの初めて部室に行ったときの感覚に似たような物を感じていた。