美醜
娘は愛されていたのか
もう、東京に出てきてから何年が経つのだろう…
みすぼらしいスナックで働く私には時間が止まっているかの様に感じる
接客に出ることも少なく、いつもはカーテンの向こうでブランド物の瓶に安焼酎を入れ替えたり
簡単なおつまみを作るのが私の仕事なのだ…
でも、私はこうやって生きていけるだけありがたいのだ…
私は、父を殺したのだから…
私は、物心が付いた頃から母は居なかった
親戚や村の人達はそんな境遇を知ってか知らずか
みんな、私を「かわいいね~、かわいいね~」と言ってくれた
あの時の私は母が居ない寂しさを感じる事も無く、幸せだけを感じていた
しかし、中学生になると父は村のはずれの山林警備の小屋に引っ越す事になった
学校は歩いて2時間の距離になったので村の唯一の分校に一人きりで通う事になった…
担任の先生と週に一度は校長先生がやってくるこの学校は寂しかったけど
大学を出たばかりの先生は少し年上の兄の様でもあり、初恋の相手でもあり
それなりに思い出に残る学生生活だった…
でも、学校を卒業すると父は山奥にある秘湯に宿を開いた
そこは、登山客しか来ないような辺鄙な場所にあり
冬場は雪に閉ざされるような場所でした
ごく、自然に私はそこで暮らすようになり
父を手伝いながら夏になり、秋になり、冬になり...
気が付けば18歳になろうかという年齢になっていました
その頃の私は唯一の趣味であるTVで歌番組を見ると言う事に夢中で
男性アイドルの何人かには同世代よりも少し大きな胸をトキめかせたものでした
そのお客様が宿を訪れたのは春とはいえ、雪まだ深い18の春の事でした
その晩はお客様が一人だけだったので食事は3人で取ったのですが
温泉に入り、髭を剃ったそのお客様は思いのほか若く、初恋の相手である
先生に少し似ていて、それでいて男性アイドルの誰かに似ているような
不思議な感覚を感じました
ひとしきり飲んで、食べて、父と山について語ったお客様は
早めに部屋に戻りましたが、私はもっと話していたいと後ろ髪をひかれつつ
部屋までご案内して翌日の準備にとりかかりました
ふと、気が付くと夜半過ぎになりいつもの通りに露天風呂に向かいます
宿からは死角になり羽を伸ばせるお風呂の時間が私にとっては
イチバンのリラックスタイムです
たまに、猿がやってきては同じお風呂に入りますが、すっかりと父と一緒にお風呂に入る事も無くなった私にとってはそれはそれで寂しく感じる心を癒してくれる存在でした
そう、その夜までは...
私が露天風呂に入っているとスーっと人影が洗い場の方に見えました
暗くて良く見えないまま肩までお湯に浸かっていると
その影は湯船に入ってきます
向こうもこちらに気が付いて居ないようでしたが目線が合うと
お互いに驚きの声を上げました
なぜなら、その影は宿に泊まっているお客様だったのです
しかし、最初の驚きが過ぎるとお客様は普通に話しかけてきます
「この広いお風呂にひとりなんて贅沢ですね」
「お猿さんも一緒なんて都内では考えられない」など
いろいろなことを話していました
私は、胸がドキドキして話しも頭に入らない感じでしたが
都内では混浴は普通の事なのかと思い始めました
そのうちに隣にぴったりとくっついて来て一緒に遠くの山頂を二人で見ていました
ただ、そのうちにお客様が余所余所しくなり最後には
「すこしのぼせた様だ」との言葉を残してひとりで出て行ってしまいました
私は胸がドキドキしたまま少し洗い場で休んでから脱衣所に向かうと
先ほど出て行ったお客様が椅子に座ったままそこに待っていてくれました
しかし、声をかけようとしたその瞬間に浴衣を脱ぎ捨て
あっという間に私の胸を鷲掴みし、口に含んできました
驚きと戸惑いの中で声を上げることも出来ずにいると
今まで感じた事の無い感覚が頭を駆け巡っていきます
痛みを感じる事も無く女になった私は脱衣所から部屋に連れられて
何回目か、彼が荒い息を上げた後に私は意識を失いました
まだ、寒い山の宿は少しの時間で目を覚ますには十分な寒さを
感じさせてくれます
まだ、先ほどの事が夢か現かわからないほどの睡眠の後に室内を見渡すと
うっすらと明るくなった空が目に入りました
室内に人気は無く荷物も無く、お客様も居なくなっていました
山の宿ですから朝が早いお客様は少なからず居るのですが
そのお客様はゆっくり目の出発と聞いていたのでフロントに向かうと
父が見送った後でした
稜線を見ると遠くに動く人影が見えましたが声の届く距離でも無かったので
その影が朝日に消えるまで見つめていました
それからというものはこれと思ったお客様にはわざと間違えたふりをして
露天風呂に一緒に入るということを繰り返していました
最初はみなさん戸惑う物の半数以上のお客様は私を求めてきました
リピーターにまでなったお客様までいました
そして、ある日の事...
TVで見かけたアイドルに会いたくなり東京に出たいと父に告げました
そのアイドルは私と初めての混浴をしたあの男性にとても良く似ていたのです
コンサートで遠くからでも良いからひと目見たいと思っていた私に父は...
どうしても、OKを出してくれませんでした
会いたい
最初はそんなに本気では無かった男性アイドルの事を
気が付けばずっと考えるようになっていました
見知らぬ登山客に身体を預けても満たされないことが多くなり
心だけがぽっかりと東京に向かって行ってしまったみたいでした
このままでは私は一生をここで終わらせてしまう
見知らぬ男達に抱かれる事しか無い人生...
好きな人と会えず、慰めてくれる友人もいない...
母に会いたいと思った事は無いけどあの人には会いたい
その心を諦めるか父を説得するか...
でも、私が選んだのはどちらでも無かった
いま、血の海に息も絶え絶えに転がっている父はこちらを向いて
なにか話そうとしている
何を言おうとしているかはわからない
包丁を床に落として背中を向けて歩いていく私に父は最後の言葉を発した
「お前、ブスなんだから~!!」
振り返ると父はもう死んでいた
宿に火を点けて街に向かって歩いていく私は父の最後の言葉が理解できなかった...
でも、いまならわかる
私はデブでブスだ...
周囲と接することが無く過ごした私にはわからなかった...
でも、なぜ、男たちは私を抱いたのだろうか...
(宿の男性客編につづく)
3部作の予定