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9、近づくマダンの屋敷



…………



 あのネゼロア山も、今は目の前に覆い被さるように見える。


 高い頂上には雪が積もってて、目にするだけで寒さが助長されてブルッとくる。



 ……と同時に、小のほうをガマンしていることを思い出してもた。


「ちょっと、用を足してきますわ」


 俺はクェトルに、そう断ってから草むらに分け入る。



 冬は寒くて最悪やけど、あまり虫がいないことだけが救いやな。夏場に草むらなんかに入って用を足そうものなら、おケツがエラいことになりますわな。



 スッキリして、ようやく山裾に立ち入ると、立ち枯れっていうんか、枯れ木の森ばっかりで殺風景になった。


 たとえるならば、自分が小さくなってハゲたオッサンの頭に登ったような、そんな体験ができる。





 二時間も歩いたころ、周りは寂しい枯れ木の森から、いつの間にやら深い緑の森に変わってて、湿っぽいにおいが立ち込めていた。


 それもそのはずや。木の間からチラチラと水面が見える。宿のオッサンに聞いていたとおり湖があった。その北に屋敷があるそうや。



「あっ、あれかなぁ」


 木の間の獣道を水際に沿って回り込む。すると、視界が遮られるほど生い茂る木々から古めかしい屋敷が顔を出した。



 やっと着いたことが嬉しぃて、俺はルンルン気分で早足になった。けど、足元は落ち葉がフワフワして歩きにくい。なかなか思うようには進めへん。


 こんなに足元は不安定やのに、クェトルは平然と歩いていく。まったく、どないな脚しとんねん。


「ちょ、ちょっと待ってぇな!」


 スタスタと歩くクェトルの服をつかむ。



 このままやと、ほっていかれる。この人なら、たぶん確実に俺をほっていく。こんなとこで置き去りにされたら、もう生きて帰られへんと思う。だから、お前だけが頼りや!


 と、目で懇願してみるが、きっとキモいと思われただけであろう。




 それはそうと、夕焼けを背にした屋敷の影が湖に映り込んどって、絵ぇみたいでキレイや。こんなとこまで来て、そんな楽しみを見いだせるとは思わんかった。



 湖畔をぐるっと半周して、やっとこさ屋敷の前に出れた。もうすでに夕日も山の向こうへ隠れてしもて、辺りは薄暗くなってきた。おまけに寒くもなってきた。


 コケが生えた古い石の壁に城壁の門のように大きい戸がある。戸の鉄でできた部分には草みたいな浮き彫りがしてある。木の部分は古い屋敷に似合わず新しいみたいや。



 俺らは顔を見合わした。何となく流れで俺が戸を叩くことになった。


 戸は建て付けが悪いんか、叩くたんびにガタガタ音が出る。そのまま遠慮なく何度も叩いてみる。



 が、返事はない。けっこうな音がしてるハズやのに、不気味に静まり返っとるばかりや。


 広すぎて聞こえてへんとか? それか、空き家なんかな?



「ホンマに誰か住んどるんかいな」


 と、俺がつぶやくと同時ぐらいに戸が開いた。ギギィーと不快な音を立てて半分ぐらい開いて止まる。


 まるで物語に出てくる魔法使いの婆さんとしか言いようのない人が、のそ~っと、暗い顔してのぞく。あまりの不気味さに一瞬、ビクッとしたくらいや。


 お婆さんは俺より背が低くて、上目遣いにジーッと見られた。



「マダンは、いるか」


「何かご用でございますか?」


「マダンに会わせてくれ」


 クェトルは婆さんを見据えて言う。


 婆さんは俺らを上から下まで観察するように見てきた。なーんかイヤな感じ。



「少々お待ちくださいませ」


 婆さん口調は丁寧やけど、不信感いっぱいな感じで答え、戸を閉めて奥に引っ込んだ。




 マダン本人にでも確認を取りに行ったんやろか。もしアカンと言われたら、どうなるんやろ、と心配になる。



 そんなに待たず、再び戸が開いた。その隙間から婆さんがしわくちゃの顔を覗かした。



「お入りくださいまし」


 良かった。きっと許可が出たんやな。






 入ってすぐが広間になっとった。映り込むくらいにピッカピカな石の床や。よく磨かれてて滑りそう。


 天井には大きいシャンデリアが。薄暗い天井をよく見ると、小さい雲の浮かんでる青空の絵がかろうじて見える。



 婆さんは先に立って広間の左側にある扉を開けて案内してくれた。


 戸をくぐると、まず真っ正面に暖炉が見えた。赤々と火がついてて暖かい。


 それから、蝋のにおい。



 部屋の真ん中には十人ぐらいが座れそうな長いテーブルがある。燭台には、灯りがともされていた。


 せやけど、この暖かそうな火も、屋敷自体も幻術なんやないか、とも思えた。



 婆さんに促されて俺らはイスに座る。そうして、幻術師の登場を待つことになった。




 窓の外は、もう真っ暗や。



 どんなヤツなんやろう。



 いきなり術とかかけられてしまうんやろか。大丈夫やろか。



 いろいろと考えとると、ますます不安になってきた。




 ふとクェトルを見ると、まったく動じる気配もなく、澄ました顔しとる。それはもう、うらやましいぐらいに。




 そうこう考えとると、入り口の扉がギチッと開いた。



 俺は思わず身構えてしもた。





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