8、近くて遠いもの
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六日目。日ぃも暮れかかったころ、ネゼロアのふもとに一番近い街に着いた。
わりと大きい街で、にぎやか。泊まるとこも、よりどりみどり状態。大通りにある超豪華な宿から、ひっそりと裏通りの裏にあるような汚い宿まで色々や。
ちなみに、俺がケチって超安宿を選んだ。それはもう不景気で、錆びた看板がギコギコゆうとる。
しかし、安いにこしたことはない。雨風がしのげればイイのである。
そう。こういうことの積み重ねで家計は助かっていくのだ。……って、どこかの理屈こきの勇者が言いそうなセリフやなぁ。
宿賃を先払いし、不景気を絵にしたような顔の宿屋の主人に幻術師マダンのことを聞いた。
「何っ?!マダンに会いに?ダメダメ、悪いことは言わない。やめたほうがイイぞ!」
目ぇむいて、鼻息荒く、猛牛みたいな顔でダメダメ言われてしもた。
「十日ほど前にもな、強そうなアンちゃんたちが、アンタらみたいに幻術師マダンに会いに行くって言って、結局、戻ってこないんだ」
オッサンは、身ぶり手ぶり激しく、それはもう熱く語る。
顔にツバが!
しかし、ただでさえ不安やのに、そんなん聞いたら、ますます不安が加速するわ。
「帰ってこない人らは、一体どうなったんですか??」
「ウワサだけど、遠くの国へ売られていったヤツがいるとか。まぁ、悪いことは言わないよ。やめることだな」
寝始めるころにはビュービューと風が吹いてた。壮絶に古宿やから、スキマ風が尋常じゃないぐらい寒い。
結局、あれからゴリ押しで宿屋の主人にマダンのことを聞いた。
幻術師マダンは、この近くの山中にほったらかしになってた古い屋敷に、いつのころからか住み着くようになったらしい。
そんなんやから、山に近づく人はおらんそうや。
そやけど、何の目的か、バカなヤツらが訪ねて行っては行方不明になっているという。
それにしても、足が冷えるなぁ。疲れて身体は重くなって眠たいんやけど、頭が妙に冴えてしもて寝られへん。
風のうなり声にますます不安になって、考え事ばっかりして寝られんようになる。帰ってこれん、帰ってこれんという言葉が頭ン中でグルグル回り出す。
「まだ起きとるか?」
「ああ」
「あ、びっくりした。何や、起きとったんか。起きとるんやったら俺が声かける前に言うてくれなアカンで。心臓止まるかと思たわ」
恐ろしく寝つきのイイ奴やから、問いかけに対し、すぐ返事があって逆に驚いた。いつも布団に入ると同時に寝てそうな人やのに。
「お前の一生って短いなぁ」
「どういう意味だ」
「だって、一生の時間から寝てる時間引いてみぃな。なんか損してへん?」
どう思たんか、返事はなかった。
「なぁ…風、すごいな」
ざわ~っと木の騒ぐ音がする。
「なぁ、お前は怖ないのん?」
「何がだ」
「マダンとかいう幻術師のとこ行くのん」
今夜は月もなくて部屋は真っ暗けや。声からしてクェトルは向こう向けに寝とるみたいや。
「帰ってこれんかも知れんねんで。怖ないのんか?」
返事はない。寝てもたんやろか。
その沈黙が俺には、すごい長い時間に思えた。
「ちょう、聞いとんか?もう寝とるんかいな。お前、帰ってこれへんの怖ないんか。のんきやなぁ、ってゆーか、図太いやっちゃな、お前は」
「うるさい。なるようにしかならないだろ」
「何や!無責任やなぁ!誰のせいや、こんなことになったんは」
思わず口をついて出た言葉を引っ込めるのは不可能。うわっ、何か気まずい沈黙が…。
「ああ、そうだな。俺のせいだ」
自分が先に言うてしまったのに、何も返事のしようがなかった。
何か、スゴい虚しくなって、反対側に寝返り打って、頭から布団をかぶり直す。
こんなん言うてしもたんは、お前が胸の内を何も言わんからや。
お前は、いっつも俺に何も言うてくれへん。俺は信頼もされてへんし、お前の癒やしにも慰めにもなっとらんということやろう。
もう、十年も一緒におる親友やろ。胸の内をぜんぶ明かしてほしいねや。
せやけど、俺もお前に何もかも明かしてるとは言われんし、絶対に誰にも明かせん、大きい秘密を持っとるから、お互い様やと思う。
もっとお前の近くにおりたいのに、その距離は壁があるみたいで何よりも悲しい。