7、道中の楽しみ【挿絵】
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ネゼロアはヴァーバルの東隣の国、エトランタとを分ける国境にあたる山脈の名前やった。
俺らが住んでるのはヴァーバル領の中でも王都で、ちょうど領地の真ん中にある。国境のネゼロア山までは片道七日かかる距離や。
クェトルと俺は、ヴァーバルとエトランタの国境へ向けてひたすら歩いとった。
もうあれから六日も経つのに、あいかわらずクェトルは必要最低限以下しかしゃべらん。マジでやりにくい。俺が一人でしゃべってても悲しいだけやし。
視界をさえぎる大きい山も何もない。百年も二百年も昔に造られた街道が原っぱの真ん中を通ってる。
ハァ~、単調で飽きてきた。まぁ、遠くに見えとったネゼロア山脈も、今は見上げるぐらい近くになってきたのんだけが救いやな。
時々、冷たい風が吹き抜けていって、思わず外套のえりを立てた。
よりによって一年で一番寒い季節に旅をさせられるなんて。まぁ、暑かったら暑かったで俺は文句を言ってそうな気もするけど。
しかし、ネを上げてもいられない。なんせ、じーちゃんが人質状態やから。俺らが帰るまでラダ家で囚われの身となっている。
こーゆーのって法に触れへんのやろか?
……いやいや、ソレを言うとったら、人ん家で暴れるのんも法に触れてまう。そこは暗黙の了解ということで内密に。
ところで、認めたくない事実がここにある。
マダンという男がメリサの宝剣の鞘だけを持っていて、その鞘を手に入れに行くことが、どれだけ危険か、ということや。
マダンという人は知る人ぞ知る悪名高い幻術師で、その人の屋敷へ近づいたら最後、みんな帰ってこなくなるらしい。
てか、めっちゃイヤやし!
って、そんな単純な言葉で片づけられんぐらいイヤやねんけど、それしか言いようがない俺のボキャブラリー。
そもそも、幻術師ってどんなんやろう?やっぱり変な術を使うんやろか。
……それにしても恨めしい。帰ってこれんかも知れんとこに行くのんは勇気がいる。いっそのこと、知らんぷりして逃走をはかりたかった。
でも、逃走できんように人質を取ったんやろな。巧いことやりよるわ!
死んだら絶対にラダの親子の所に化けて出てやろうと企てるのが俺の唯一の楽しみになりつつあった。
むしろ道中の励みになっている。
ひひひ、どこがエエやろか。やっぱ夜な夜な寝室に出るのんが精神的ダメージが大きいと見た。それか便所かな?今から楽しみになってきた!
俺って意外に陰険やな。
……と、クェトルの横顔を見る。
鼻筋の通った、なかなか端整な横顔。俺のヤケクソな思考をよそに、苦々しく眉間にシワを寄せて風に細めた目は厳しく、口は一文字に結んだまんまや。
俺は不必要なことはベラベラしゃべるけど、俺と違ってクェトルは何も言わんし顔にも出さんから何を考えとるんか分からん。
だいたい、なんであんな些細なことでケンカを始めたんか解らん。…いや、些細でもないか。
この人、普段は冷静っぽいけど、基本的にめっちゃ負けず嫌いやからなぁ。
何にせよ、言葉では何も語ってくれへんから、俺には理由がイマイチ解らん。いろいろ詮索してはみるけど、結局は堂々めぐりでめんどくさくなって考えるのをやめてまうのであった。
まず俺には、男の無駄な闘争心っちゅーのが解らん。別に澄まして終わらしとったらエエようなことでもわざわざケンカする神経が解らん。
お育ちが良くて、おりこうで、上品で優しい俺とは精神構造が違うだけなんやろか?