5、オッサンの企み
「こらっ! 何してんだ!」
どこからともなく、じーちゃんが走ってきて二人を引き離した。たしか七十前やったはずやけど、気合いやろか。ぴっちぴち十六歳の俺より力強かった。
って、感心しとる場合と違うかった!
「なんちゅーことしてくれたんや! エアリアルはん、いったい、どうゆうことですのんや?」
廊下の向こうから大声で叫びながら酒樽みたいなオッサンが走ってきた。ラダのオッサンや。
てか、いきなり矛先は俺ですか!?
冷や汗が背中を走る。冷や汗っていうぐらいやから、背中の下のほうからゾワゾワと冷たくなってゆくのんが分かった。
引き離され、それぞれ抱き留められている当の本人らは、肩で息をしながら、まだにらみ合っとる。
ちょうど、この前のお正月に見た闘鶏のように殺気立っとった。怖い。放したら、まだまだやりそうや。
「アル、いったい、どういうことなんだ」
じーちゃんまで俺を責め立てるんかいな。
俺は床に座り込んだまんま上目遣いに、じーちゃんとオッサンを交互に見た。何て言うたらイイんか、言葉が出んかった。
「アイツがいきなり殴りかかってきたんじゃ」
「なに言うてんねん!ちゃいますよ!ケンカ売ってきたんはダフのほうです!」
ダフの言葉に俺はムカッとして思わず言い返す。
何だか分からない、気まずい沈黙。
「ウチの倅が、とんでもないことをいたして申し訳ない!おい、お前も!」
じーちゃんは床に手をついてオッサンに頭を下げた。自分の横に座らしたクェトルの頭を押さえつけて強引に頭を下げさす。
何で?!ダフの野郎が全面的に悪いのに!
「そのとおりや! ウチの息子と、この有り様、どないして責任取りますのんや?」
その言葉に自然と周りに目が行く。
まあ……スゴい有り様なのは否定でけへんなぁ。だって、嵐の過ぎ去ったあとみたいになっとるんやもん。
石でできた彫像とか超バラバラ粉砕やし、絵ぇなんか修繕不可能なぐらい穴が空いてますがな。
ここまで徹底的にめちゃくちゃやと逆にすがすがしいのは何でやろか?
そのバラバラ粉砕の現場を改めて見て、俺は人知れず胸中で『う~ん、たしかに』と考え込んだ。
……つか、考え込む必要なんかない。言うまでもなく、悪いのはダフやないか!
「それに、エアリアルはん。アンタ、止めもせんと、ボーッと何してはりましたんや?」
また矛先が俺にきた。
「ちゃんと止めたつもりです!」
「言い返さんでよろしい。つもりやったらあきまへんやろ」
ラダのオッサンは太った身体を揺らし揺らし、身振り手振りを交えて言うた。
そら、言われたとおりや。でも、止められるわけないやん。それどころか、あまりの恐ろしさに大小同時に失禁するとこでしたわ。
つか、こんなことやから、はよ帰っといたら良かったんや。
「どちらにしても、人に傷つけて、オマケに人の屋敷のモノ壊して、ただで済むワケないんは心得てはるやろな?」
ネチネチやらしい顔で、じーちゃんに詰め寄った。じーちゃんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「ご主人、私は、どう責任を取らせていただいたらよろしいか?」
じーちゃんの言葉にオッサンは思案顔になって目線を転がした。
何を思案することがあるっちゅーんや!しらじらしさにもほどがあるわ。責任の取らせ方なんか初めから決まっとるくせに!
「せや、こうしまひょ。これやったら気ぃも収まりますさかいにな」
今の今、思いついたように言ってポンと手を打った。
「あの、前からお願いしてたメリサの宝剣、手に入れてきてもらいたいんじゃが、どうだす? 手ぇ打ちまっせ」
やっぱりそうきた。やらしいオッサンや。
「それだけは勘弁していただけませんか……?」
じーちゃんは青ざめた。
ラダのオッサンは無言で首を振る。
クェトルはキッとオッサンをにらみつけて拳を構えた。それをじーちゃんが押し留める。
「おーこわ。どういう躾してはるんやろなぁ。親の顔が見たいですわぁ」
『それはアンタのことやろ!』と俺は思わずツッコミそうになった。ノドを過ぎ、口をついて出そうになりましたとも。
「そこを何とか」
「いいや、一歩も引きやしまへんで」
じーちゃんの必死の頼みにも、ゆずるようすはない。オッサンは見苦しい身体をゆっくりと動かして全員を見回した。
「ついて来なはれ」