8、渡された物
「さあて、大変だ。仕事が入ったぞ」
扉を閉め、じっちゃんは大きくノビをし、それから俺のほうを見てニタリと笑い、居間のほうの戸を大きく開けた。
「帳簿を持ってきてくれ」
言われて俺は、机の上の帳簿に乳母の置いていった紙を挟んで持つ。
じっちゃんに続いて居間の戸をくぐった。
さっきと同じ場所にジェンスは座っていた。一人で澄まして茶をすすっている。よく見ると、そのヒザの上には、ちょこんとサンが丸まっている。白い服に黒猫は映える。
ジェンスは指の背でサンの額辺りを撫でている。サンは眼を細めている。あまり来ない人間なのに穏和そうだからか、気に入っているらしい。
俺と目が合うとサンは一鳴きして俺の足元まで駆け寄ってきた。頭や脇腹をぶつけるようにして、しきりに俺の足に擦りついている。
「あとはアル坊のヤツをしょっぴいてこい」
そう言ってニコニコ笑うじっちゃんに帳簿を手渡す。それから俺は、しゃがんでサンの両脇に手を差し入れるようにして持ち、肩へと抱き上げた。サンの腹が温かい。
「でも、アイツは遠出できるのか」
「ワシが許可を出すからイイんだよ。つべこべ言うなよ」
じっちゃんが許可を出してどうすんだ。
アルの所へ行くついでに、この件をとりあえず話すだけ話してやるか。でも、遠出が無理なら俺一人で取りに行くことになるな。
「さっきの図面を見せてくれ」
「おっ?これか」
じっちゃんは帳簿を開いて挟まっている紙を開き、俺の前へ差し出した。
俺はサンを床へ放した。その場でサンは毛繕いを始めた。
「ティティスは今、どうなってんだ」
「はて、どうだったかな。そんなに越境も難しくはなかったハズだが…そもそも、どこにあるんだったかな?…え~と、地図見なきゃ分かんねぇな、こりゃ」
じっちゃんは戸棚を開けて地図を探し始めた。頼りないな。
「ティティスは今、帝国寄りの国、レジナ領になっているよ」
「そうそう。レジナだよ。お前さん、よく知ってるね。さては勉強してるな」
じっちゃんはジェンスの言葉に振り返った。戸棚から二、三冊の本が次々と落ちた。
「そうでもありませんよ。ティティスのことは有名だったので覚えていただけですよ」
二人の会話を聞きながら目線を紙のほうへ落とす。そこには細かく図が記されていた。城の敷地のすべてらしいまとまりの図と、その中の建物ひと棟の内部の図になっている。
平面の図から、まだ見ぬティティスの城を空間として思い描いてみる。
正門らしい所を通って正面にひときわ大きな建物がある。
その裏手に当たる場所に横長の建物が二つ、8の字型に渡り廊下でつながって左右対称に並んでいる。ちょうど砂時計を真横から見たようだ。
それの左側の建物が別図で拡大されている。『五階』と書かれた図の中の一室に赤で×印が書いてある。長方形の中ごろにあたる部屋だ。
不謹慎かも知れないが、宝の地図みたいでなかなか面白いな。
下になっている、もう一枚の紙を上へ重ねる。その問題の絵の図だ。図というか、色はついていないが、目や鼻まで判るくらいていねいに描かれている。
中央には髪飾りをつけた長い直毛の幼女がいる。その向かって左うしろの額に入った絵か何かに男が描かれている。直感だけど、こんな所に描くということは、これが国王なのだろう。
幼女の服の横に小さな字で『絵を逆さに見ると、御召し物に鳩が見えます』と書いてある。紙を逆さにしてみる…が、鳩は分からない。やっぱり実物じゃなきゃダメなんだろうな。
まあ、これだけ資料がありゃ充分に分かりそうだ。
「分かりそうか?」
あとはその時になってみなくちゃ何とも言えないが、目線を紙から上げてうなずき返した。
「そうかそうか。じゃ、ワシは、ちょいと洗濯してくるよ」
じっちゃんは満足そうにうなずき、壁にかけてあった前掛けを取る。
「ごゆっくり」
じっちゃんが振り返って笑顔を送ると、ジェンスは恭しく頭を下げ返した。
じっちゃんは奥の戸から出ていった。そのあとにサンが軽い足取りでついていった。